2023.04.14

ラオスでコンテンポラリーダンスを実践する――ファンラオ・ダンスカンパニーの試み

大村優介 文化人類学

最前線のアジア

2020年12月に上演された作品「Phuying」(振り付け:Noutnapha Soydala)より。女性の生の歓びや悲しみ、女性の中の多様性を鮮やかに描いた作品。写真提供:Fanglao Dance Company

「コンテンポラリーダンス」

「コンテンポラリーダンス」と聞いて何をイメージするでしょうか?これまで全く聞いたことがないという人もいるでしょうし、劇場で行われるアーティスティックな踊り、または、型にはまらず不思議な動きの踊り、というようなイメージを持っている人もいるかもしれません。もしくは具体的に、1980年代以降にフランスやアメリカやドイツや日本などの国で現れてきた革新的なダンスの潮流や、様々なダンサーたちの名前を思い浮かべる人もいるかもしれません。実のところ、「コンテンポラリーダンス」の定義は明確にあるわけではなく、伝統舞踊やバレエ、モダンダンスなどと区別される「新しい」、「現代的」などとされる様々な踊りを含む言葉として、地域や時代、そして個人によって様々な形で使われているという事情があります。

日本語で見られるコンテンポラリーダンスについての解説でしばしば紹介されるのは、欧米の国や日本の踊り手たちです。しかし視野をより広くすると、「コンテンポラリーダンス」というカテゴリーは世界の様々な場所で用いられていて、そこでは多種多様なパフォーマンスが行われており、そして日々新しい表現が探究され、生み出されています。ここでは、東南アジアのラオスで2019年から文化人類学の研究を行ってきた私が出会った、ラオスでコンテンポラリーダンスを踊るダンサーたちについてご紹介したいと思います。

ラオスでコンテンポラリーダンスに出会う

2019年2月、私は文化人類学の研究のためにラオスの首都ビエンチャンで長期滞在を始めました。その際、街の中に小さなギャラリーを見つけ、研究活動の息抜きとして時々通うようになりました。i Cat Galleryという名前のそのギャラリーは、オーストラリア人のオーナーとラオス人の画家の二人が共同で経営しており、絵画や写真、彫刻などの展示を定期的に開催しています。

そのギャラリーである日、世界の様々な国から来たダンサーとラオスで活動するダンサーがギャラリーで踊るという企画が行われました。観に行ってみると、10人あまりのダンサーたちが各々個性的な動きでギャラリーに来た観客の間をところ狭しと動きながら、ラオスの伝統楽器ケーンの幻想的な音色に合わせて次第に一体感を増していき、観客を巻き込みながら、とても刺激的で実験的な時空間を作り上げていました。

その時に踊っていたのが、ラオスで初めてコンテンポラリーダンスを実践するグループとして設立された、ファンラオ・ダンスカンパニー(以下、ファンラオ)のダンサーたちでした。それ以降、私はラオスにいる時はかれらが行う公演をなるべくすべて観に行き、ダンサーたちにインタビューも行ってきました。それだけでなく、かれらが開催するワークショップや教室に参加し、ついにはいくつかの公演に出演して自らも踊るようになっていました。ここからは、ラオスにおけるコンテンポラリーダンスシーンを切り拓いているファンラオの活動について紹介します。

ラオスで初めてコンテンポラリーダンスを実践するグループ

ファンラオは2013年、ヌット(Noutnapha Soydala)とカカ(Ounla Phaoudom)という二人のダンサーによってラオスの首都ビエンチャンで立ち上げられました。ヌットは親戚や学校の授業を通じて伝統舞踊に親しみ、カカは幼い頃に友達と見たビデオを通してヒップホップダンスに興味を持っていたそうです。その後二人は10代半ばの時、2004年に設立されたラオ・バンファイというストリートダンスのグループと出会い、さらに、フランスを拠点に活動していたダンサーのオレ(Olé Khamchanla)と出会います。

オレはラオス生まれで幼少期にフランスに移住し、ヒップホップを出発点として様々なスタイルのダンスを吸収し、コンテンポラリーダンスの制作も行っていました。2006年、フランス政府が支援するプログラムでラオスへ渡り、ヌットやカカなどラオスの若いダンサーたちと出会い、その後ラオスのダンスシーンと関わりを深めていきます。そのオレとともにヌットとカカは、ラオスの地方部の学校でダンスを教えに行くプロジェクトに関わったり、海外での滞在制作やワークショップに参加したり、ラオス国内で公演を重ねたりして経験を積みます。特にオレが2010年に始めたFang Mae Khong International Dance Festivalはラオス国外から招いたダンサーも含めた多彩なプログラムで毎年開催されており、ヌットとカカも運営に関わっています。

2018年、ファンラオは自前の劇場であるファンラオ・ブラックボックスを作って活動の主な拠点とします。かれらは国内外で何度も公演を重ねるだけでなく、ダンスの教室も運営しており、様々なスタイルのダンスの裾野を広げることに貢献しています。教室では「ヒップホップ」、「ブレイクダンス」、「Kポップカバーダンス」、「コンテンポラリー」、「ジャズダンス」などのカテゴリーの教室が定期的に設けられており、2022年からは新たにショッピングモールの一角にスタジオを設立し、練習や教室のための場をさらに拡充しています。

ファンラオの拠点、ファンラオ・ブラックボックス。筆者撮影

ファンラオの公演 ほかの芸術ジャンルとの積極的なコラボレーション

 ファンラオのコンテンポラリーダンスの公演は不定期に、様々なメンバー編成で実施されています。中心的なメンバーはいるものの、関与の度合いの違うダンサーたちが公演ごとに参加したりしなかったりという形です。公演場所は自前の劇場であるファンラオ・ブラックボックスのほか、フランス政府が運営する文化センターであったり、企画によっては大使館や公共の広場、大学の講義室を会場とすることもあります。さらに海外での公演も多数行っており、2019年にはフェスティバル・トーキョーで二つの作品を上演しています。

ファンラオの東京公演の際の様子。提供:Compagnie Kham

毎年の最大のイベントは先ほど述べたFang Mae Khong International Dance Festivalであり、コロナ禍の影響で外国からの入国が厳しく制限されていた2020年と2021年を除き、海外から招待したダンサーによるパフォーマンスやワークショップを含む様々なプログラムが約1週間にわたって実施されています。

近年のパフォーマンスを見ていて特徴的なのは、ほかのジャンルのアーティストとのコラボレーションをよく行っているということです。例えば2020年のダンスフェスティバルでは「Photodance」と題して写真家や映像作家との共同制作を行ったり、2021年のダンスフェスティバルでは画家とのコラボレーションで「Drawdance」という企画を行っています。

8組のコンビが参加した「Drawdance」では、様々な形で「描く」ということを取り入れたパフォーマンスが行われていました。ダンサーが画材と触れあいながら踊ったり、ダンサーが踊るそばで画家がライブで絵を描いたり、既に描かれた絵の前でダンサーが踊ったり、タッチペンで描画されスクリーンに映し出される模様の動きとダンサーの動きが融合したパフォーマンスなど、様々な試みがなされ刺激的なプログラムでした。

2020年12月のFang Mae Khong International Dance Festivalの様子。提供:Compagnie Kham
2021年のFang Mae Khong International Dance Festivalの様子。提供:Compagnie Kham

ラオスにおけるコンテンポラリーアートの状況

このような芸術ジャンルを越えたコラボレーションが積極的に行われている背景には、ラオスでは「コンテンポラリーアート」と名付けられるような芸術実践が公的な芸術教育の中でも、一般的な認知度の面でもマイナーな位置に置かれているという状況があります。

しかし、その中でも2000年代以降、特に2010年代から活発に、制作・表現・技術共有の場を小さな規模から作っていく試みが現れてきています。例えば、先ほど触れたi Cat Galleryは様々な形態、作風の作品展示の企画を実施しながら、芸術学校を卒業したばかりの学生にキュレーターとしての機会を与えており、首都ビエンチャンのコンテンポラリーアートの重要な拠点となっています。そのほかにも映像、演劇、音楽など様々なジャンルで素晴らしい作品が生み出されており、ファンラオの活動もちょうどこの流れと同時的に現れているものです。ジャンルの異なるアーティストたちはお互いの活動を良く見ており、日常的に交流し合っています。その結果として、ジャンルを超えた興味深いコラボレーションが実現しているのです。

ダンス作品にほかのジャンルのアーティストが参加するコラボレーションだけではなく、ダンサーがほかのジャンルで活躍するという事例も見られます。例えば2019年にヴェネツィア国際映画祭や東京国際映画祭などでも上映された映画『永遠の散歩』(The Long Walk)(監督:マティー・ドー) には、ファンラオの立ち上げメンバーであるヌットが重要な役柄で出演し、近未来が舞台のSFホラーの物語の中で存在感のある演技を見せています。ほかにも、写真の展覧会に出品するダンサーや、映像制作の分野とダンサーとの二足のわらじで活躍する人もいます。

2022年のダンスフェスティバルでは「Artistic Talk」というプログラムがあり、オーケストラ奏者、劇作家、ダンサー、画家、伝統楽器の奏者が集まり、自分たちの来歴や活動について発表し、意見交換する場が設けられました。そこでは新たに自分の表現の場を切り拓くことの苦労や喜びについて、とても刺激的なトークセッションが展開されており、今後もジャンルを横断した魅力的な共同制作が見られるのではないかという期待や希望を感じさせるイベントでした。

2022年12月のFang Mae Khong International Dance Festivalでの「Artistic Talk」の様子。写真提供:Fang Mae Khong International Dance Festival

様々なダンスの中心地としてのファンラオ

ファンラオに話を戻すと、ファンラオのもう一つの重要な特徴は、コンテンポラリーダンスだけでない、様々なスタイルのダンスの裾野を広げようとしているということです。ファンラオは複数のスタイルのダンスを教える教室を実施していますし、ヒップホップ・フェスティバルなどの多彩なイベントの運営にも関わっています。ファンラオの立ち上げメンバーであるカカは今後のビジョンとして、「ファンラオを、様々なダンスに触れることのできる中心地にしたい」と語っています。

このことはファンラオが実践するコンテンポラリーダンスの表現にも影響を与えています。ファンラオでは、ほかのスタイルのダンス、特にブレイクダンスやKポップカバーダンスを入口としてファンラオに関わり、そこからコンテンポラリーダンスを踊るようになるダンサーが多くいます。様々なダンスの中心地としてのファンラオの下に集まってきたかれらが、各々のやり方で「コンテンポラリーダンス」というものを解釈し、表現することによって、ファンラオが実践する「コンテンポラリーダンス」の内容は絶えず新鮮に問い直されながら変化しているのです。

ファンラオ=互いを聴く、ラオスを聴く

「ファンラオ」というグループ名の「ファン」はラオス語で「聴く」ということを意味します。そしてラオス語の「ラオ」は「ラオス」という国名を意味するとともに、「彼/彼女」という三人称の代名詞も意味します。では、「聴く」とはどういうことなのでしょうか?

ファンラオのFacebookページの自己紹介文には、「ファンラオの活動はすべての人がお互いを聴くためにあります」と書かれています。ファンラオの立ち上げメンバーのヌットによれば、この「聴く」というのは、同じワークショップに参加している時、または同じ舞台に立っている時、お互いの存在にしっかりと注意を向け、お互いを尊重するということです。ヌットはそこにコンテンポラリーダンスの魅力があると言います。

ファンラオのパフォーマンスに魅せられた私は、研究者としてダンサーたちにインタビューを通して「聞く」だけでなく、かれらのワークショップや公演に参加し、自分も身体を動かして踊ることによってかれらの活動を注意深く「聴いて」きました。その経験の中で感じ取れるのは、ファンラオの実践するコンテンポラリーダンスは、現代のラオス都市部に生きる、様々な志向性と個性を持つダンサーたちがお互いを「聴き」、触発し合う中で生み出され、現在進行形で変化し続けている舞踊だということです。

2021年4月に上演された「Khid Hod」(振り付け:Noutnapha Soydala)で踊る私。写真提供:Fanglao Dance Company
2022年12月に行われたファンラオによる作品「DanceUp!」(振り付け:Olé Khamchanla)より。NGOのVoiceと協働した企画で、ラオスの性的少数者の経験をもとに作られた作品です。規範を外れたアイデンティティの表現を否定するような社会の圧力や束縛の苦しみと、その中でも立ち上がって仲間とともに歩き続ける強さと明るさとが両方表現されている作品です。写真提供:Fang Mae Khong International Dance Festival

※本稿の内容は、松下幸之助国際スカラシップ(2017年度)、りそなアジア・オセアニア財団調査研究助成(2021年度)の助成を受けた調査によって可能になったものです。

プロフィール

大村優介文化人類学

東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程所属。専門は文化人類学(ラオスの都市、セクシュアリティ、現代アートの研究)。2016年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2019年~2021年、ラオスの首都ビエンチャンにて長期フィールドワークを行い、その後も断続的にラオスを訪問し調査を行っている。

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