2023.03.02

インドネシアはいまラップが熱い

金悠進

最前線のアジア

いま、インドネシアのラップ・シーンに大きな変化が訪れています。今回は、2010年代半ば以降のインドネシア人ラッパーたちを国内外の社会状況を踏まえながら紹介していきます。

グローバルスターとなったインドネシア人ラッパー

2016年はインドネシア・ラップの歴史において画期的な年となりました。1999年にジャカルタで生まれた当時16歳の青年、リッチ・ブライアン(Rich Brian)がYouTubeにラップソング「Dat $tick」のミュージック・ビデオ(MV)を投稿したところ、動画は一夜にして再生回数1億回を超えるバイラル・ヒットとなりました。リッチ・ブライアンはヒップホップの本場アメリカで大注目を浴び、世界ツアーを実現し、グローバル・スターに躍り出ました。ブライアンを発掘したロサンゼルスのレーベル〈88rising〉(アジア系のラッパーとR&B歌手をプロデュースする)創設者は、「ここまでアメリカで人気になったアジア人ラッパーはいない」、「彼はまさに世界一のアジアンラッパーだ」と絶賛しました。

Rich Brian – Dat $tick

「Dat $tick」のMVは世界に衝撃を与えました。ピンクのポロシャツとリーボックのウェストポーチを身につけたブライアンが、ギャング、ドラッグ、暴力などを本場仕込みの英語詞でラップしています。ブライアンがどこまで戦略的だったかどうかは分かりませんが、「アメリカ人がステレオタイプに描くアジア系ファッション」をあえて着用し、その身なりや若々しい風貌に相応しくないほどの超低音ボイスと完璧なラップが、見た目とのギャップを生み、それが見事にアメリカ人にウケました。ブライアンがインドネシア人の多数派であるマレー系ではなく、少数派の華人系であったことも典型的な「アジア系」を彷彿とさせる上で有利に働いたことは想像に難くありません。

デジタルネイティブのラッパー

ブライアンは9歳からYouTubeを見て英語とラップを独学で学びました。華人系=金持ちというイメージは未だ根強いですが、彼は少年時代にホームスクーリングの生活を続けていたという背景からも、家庭環境は少し複雑そうです。インドアなブライアンにとっての娯楽がアメリカのヒップホップでした。14歳のときはほぼ一人暮らし同然で、アメリカの友人とスカイプばかりして過ごし、毎日マクドナルドとハリウッド映画三昧の生活を送る、まさに「アメリカかぶれ」の少年でした。

ただし、忘れてはならないのは、ブライアンが当初「リッチ・チガ(Rich Chigga)」と名乗っていたことです。これは「金持ち(リッチ)」+「華人系インドネシア人の蔑称(チナ cina)」+「黒人の差別用語(Nワード)」を組み合わせたものです。「華人系=金持ち」という自国あるいは自分自身の民族的属性に対するステレオタイプを揶揄(自虐?)しただけならまだしも、Nワードは、人種差別の歴史を背負うヒップホップ文化において、MCネームとして相応しくありませんでした。「Dat $tick」がアメリカで大ヒットしたのちに「チガ」の名が知れ渡ると、このNワードが批判され、彼は「ブライアン」に改名しました。9歳から英語とラップを学んだとはいえまだ当時16歳の青年。アメリカへの憧れが人一倍強かった一方で、同国の人種問題・黒人差別の歴史をシリアスに捉えることができなかったのかもしれません。

リッチ・ブライアン

    俺みたいなチガに手を出さないほうがいいぜ

    You don’t wanna f*ck with a chigga like me, man.

    (Dat $tick)

ブライアンとインドネシア

ではブライアンはインドネシア国内のラップ・シーンでどのような位置づけにあるのでしょうか。これは私見ですが、ブライアンを「インドネシアを代表する」ラッパーとしてみなすことは、必ずしも正確ではないように思います。もちろんブライアンが世界で最も有名なインドネシア人ラッパーであることは疑いようがありません。しかし、ブライアンは基本的に国内のラップ・シーンを完全に度外視して、一気にグローバル・スターとなったという点で極めて異例の成功例でした。いずれにせよ、インターネットの普及によって、ローカルなヒップホップ・シーンで地道に活動せずとも、一気に世界的な評価を得ることができるようになったことは、インドネシア音楽史上においても大きな変化でした。

こうしたブライアンの世界的人気に、政治家たちも注目するようになりました。彼は2022年にアメリカ最大の音楽フェスティバル「コーチェラ」に出演した際、ステージ上のスクリーンにモナス(独立記念塔)を投影し「インドネシアのジャカルタ出身だ」と自己紹介しました。なぜ、わざわざナショナリズムのモニュメントを映し出したのでしょうか。その真意は定かではありませんが、そのパフォーマンスに対して、インドネシアの政治家がメディアを通じて御礼を伝えていました。そして、インドネシアの若者に向かって、「君もブライアンのように成功できる」と期待を寄せました。

じつはこの3年前、2019年にジョコウィ大統領は大統領官邸にブライアンを招待していました。ブライアンが伝統衣装(バティック)を着用して丁寧なインドネシア語を話すレアな姿がテレビで放送されました。インドネシア政府は、ブライアンを「世界に挑戦し成功した象徴的な若者像」として持ち上げました。この背後には若者を政治利用したい政府の思惑が透けて見えます。彼を政治的に利用し、国内社会の多数派、すなわち大票田である若年層から支持されたい政府の願望が見え隠れします。

ブライアンとジョコウィ大統領

成り上がり、ヤング・レックス

ブライアンのようなグローバル・スターではありませんが、インドネシア国内では知らない人はいない超有名ラッパーがいます。インドネシアで最も商業的に成功したラッパー、ヤング・レックス(Young Lex)です。上半身タトゥー、だいたい上裸、金ネックレス、荒っぽい言葉遣いといったギャングスタ・スタイル、しかもユーチューバーという、国内ラッパーでは異色だらけのこの男が、ラップで成り上がったのです。

注目すべきは、ラップと社会階層の関係です。1990年代のインドネシアの初期ラッパーたちは大学進学組の高学歴エリートが多かった。しかし、2010年代に登場した新世代のヤング・レックスは「リアルな」低所得労働者だったという点はポイントです。

    大学行く金もない

    高卒でオフィスボーイ(雑用・掃除員)として働いた

    でも今じゃオフィスボーイを雇ってるぜ、boy

    ぜんぶ底辺からのスタートなんだ、boy

    上の奴らにコケにされた、boy

    でも俺たちは成功する権利がある、boy

Young Lex – Office Boy

ヤング・レックスの2017年の曲「Office Boy」は(すべて「boy」だけで韻を踏む「斬新な」リリックも面白いが)まさにヤング・レックスの成り上がり、貧乏人から超セレブへの大出世物語を、象徴的に表しています。

同じ時期にブレイクしたリッチ・ブライアンとは表現スタイルや活躍の方向性は異なりますが、ブライアンとヤング・レックスに共通しているのは、非インテリ、非エリートでありながら、インターネットという新たなツールを通じて、一気にトップまで上り詰めたことです。これはインドネシア・ラップ史上においては画期的でした。高学歴中心のヒップホップ文化のエリート支配が崩れ、「民主化」されたわけですから。

Young Lex

フィメールラッパー、ラーメンガール

とはいえ、インドネシアのラッパーの多くが男性であることに変わりはありません。インドネシアに限ったことではありませんが、女性ラッパーは非常に少ないのが現状です。そんななか、インドネシアのラップ界に彗星の如く現れた女性ラッパーが、ラーメンガール(Ramengvrl)です。2016年のデビュー曲「I’m Da Man」がヒットし、2019年、インドネシアで最も名誉ある音楽賞「AMIアワード」のラップ部門の受賞を果たしました。同賞受賞者はこれまで歴史的に男性ラッパーたちが占めていましたが、女性ラッパー単独受賞としては史上初めての快挙でした。彼女は不真面目でキャッチーでヒップホップっぽくない名前がいいと、「ラーメン好きの女子」として「ただのおふざけ」でラップを始めました。

    クソビッチどもが私のことをブスと呼ぶ

    別にいいよ、私にはカネがある

Ramengvrl – I’m Ugly (2021)

彼女のラップやMVはブライアン同様ギャグセンス満載でユニークですが、ブライアンやヤング・レックスとは異なり、彼女の表現にはルッキズムなど社会批判的な要素が含まれています。その背景として、ラーメンガールは彼女の先輩にあたるラッパー、ヤッコ(Yacko)の実践を継承しているといえます。ヤッコは性暴力反対を掲げ、男性中心的な音楽業界に鋭い批判を示す女性ラッパーの先陣を切りました。ヤッコいわく、インドネシアではセクハラが日常茶飯事で、自身もまたその被害者です。特に女性の演者・観客は公演中に性的嫌がらせを受ける例が多数あります。女性たちに反撃を促す意味でヤッコがつくった2017年の曲「Hands Off」のMVには女性アーティストが多数登場しています。そのMVなかにデビューしたてのラーメンガールもいます。

Ramengvrl

ラーメンガールは英語詞で最新のラップを取り入れており、アメリカや日本でも知られているという点で、ブライアン同様、グローバルな舞台でも活躍しています。とはいえ、ブライアンと異なり、ラーメンガールはジャカルタのローカルなヒップホップ・コミュニティを活動基盤とし、デビューした経緯があります。2010年代以降、こうしたヒップホップ・コミュニティがジャカルタだけでなく、バンドンやジョグジャカルタ、バリなど各地方都市を中心に生まれてきており、各地で独自のシーンを形成しています。

このように、インドネシアではラップ・シーンが成熟しつつあり、今現在のラップはリッチ・ブライアンだけではなく、さまざまなカリスマ性、スター性を備えた多種多様なタイプのラッパーたちがそれぞれの舞台で活動の場を広げています。彼、彼女たちのラップをもっと聴きたい方は、私が作成した以下のプレイリストを楽しんでいただければと思います。

Spotifyプレイリスト「インドネシアヒップホップ」(作成者:Yujin Kim)

プロフィール

金悠進

国立民族学博物館機関研究員。
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。

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