2025.01.14

『1インチの攻防 NATO拡大とポスト冷戦秩序の構築』(M.E.サロッティ[岩間陽子、細谷雄一、板橋拓己他訳])

吉田徹ヨーロッパ比較政治

1インチの攻防 NATO拡大とポスト冷戦秩序の構築

著者:M.E.サロッティ[岩間陽子、細谷雄一、板橋拓己他訳]
出版社:岩波書店

ウクライナ戦争が始まってからすでに2年が経とうとしている。なぜロシアはウクライナ侵攻に踏み切ったのか、様々な憶測が飛び続ける。おそらくその真相は明らかにならないだろうし、戦争に踏み切る理由がひとつである可能性もない。しかし、その大きな理由として冷戦後のロシアの処遇や西側との安全保障環境があったことは間違いがないだろう。

侵攻当初から、NATOの東方拡大がロシアを刺激し、その防衛策として侵略に踏み切ったという分析は、特にリアリズムの立場にある国際政治学者からなされてきたし、日本のプーチン支持派・理解派も同様の指摘をすることがある。そもそも、冷戦が終わって西側、特にアメリカはNATOを「1インチたりとも東へ移動しない」(ベーカー国務長官)と約束したはずではないか、と。

ウクライナ戦争以前に公刊された本書は、膨大な資料やインタビューを通じて、冷戦終結時に、どのような認識や戦略が各国であったのかを検証する、一級の研究だ。ただしその目的はNATO拡大の約束があったのか、なかったのかを突き止めることに費やされているわけではない。ロシアも一時は検討したという、NATO加盟国拡大のプロセスがどのような戦略や意図(場合によっては無戦略)によって実現したのかを立体的に描くことにある。

タイミングや範囲、方法について拡大についてはあらゆる選択肢が広がっていたが、なぜその中で特定の方向が選ばれることになったのか。私たちがいま生きている歴史の根源を確認することができる。

プロフィール

吉田徹ヨーロッパ比較政治

東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学博士課程修了、博士(学術)。現在、同志社大学政策学部教授。主著として、『居場所なき革命』(みすず書房・2022年)、『くじ引き民主主義』(光文社新書・2021年)、『アフター・リベラル』(講談社現代新書・2020)など。

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