2014.05.21

裁判員制度スタートから5年――市民参加の視点から考える課題

坂上暢幸 一般社団法人裁判員ネット理事

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2014年5月21日、裁判員制度がスタートしてから5年になります。市民が裁判員として司法に参加する制度の趣旨からすれば、法律の専門家だけではなく、多様な市民による検証と議論が必要です。新しく司法の担い手となった市民が参加する裁判員制度の課題について考えたいと思います。

裁判員制度の5年の概観

まず裁判員制度のこれまでの5年を概観してみましょう。最高裁判所によると[*1]、全国で2014年2月末までに6,392人の被告人に対して裁判員裁判が開かれ、裁判員と補充裁判員として4万8,345人の市民が審理に参加しました(裁判員3万6,027人、補充裁判員1万2,318人)。また、裁判員候補者になった人は、173万7,106人にのぼっています。

[*1] 最高裁判所「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~平成26年2月末・速報)」http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_jyoukyou/h26_02_sokuhou.pdf(2014/5/6閲覧)

裁判員裁判で判決が言い渡された被告人(判決人員[*2])は6,260人で、その内訳は6,222人が有罪、33人が無罪、5人が家庭裁判所への移送(少年法55条による家裁移送決定)となっています。

[*2] 判決人員には、裁判員が参加する合議体で審理が行われずに公訴棄却判決があったものは含みません。

裁判員裁判で扱われた事件の罪名別の被告人数は、強盗致傷が1,430人で最も多く、殺人が1,403人、傷害致死が632人と続きます。無罪判決の内訳は、強盗致傷2件、殺人6件、傷害致死6件、現住建造物等放火1件、覚せい剤取締法違反15件、強盗致死(強盗殺人)1件、保護責任者遺棄致死1件、組織的犯罪処罰法違反1件となっています。無罪判決のうち、およそ半数が覚せい剤取締法違反事件です。また2014年4月末時点で裁判員裁判において死刑が求刑された事案は全国で28件あり、そのうち21件で死刑判決が出されています。

次に裁判員裁判における量刑についてですが、2012年12月、最高裁判所は職業裁判官のみの裁判と裁判員裁判の判決を比較した調査結果を公表しました[*3]。この中で、殺人や傷害致死など8つの罪名[*4]における量刑分布は、殺人未遂、傷害致死、強姦致傷、強制わいせつ致傷及び強盗致傷の各罪で、実刑のうち最も多い人数の刑期が、「重い方向へシフトしている」ことがうかがわれる一方で、殺人既遂や殺人未遂、強盗致傷及び現住建造物等放火については、執行猶予に付される率が高まっていることも見られました。このことから全体としては量刑の判断に「幅」が広がりつつあることが言えるかと思います。

[*3] 最高裁判所「裁判員裁判実施状況の検証報告書」(2012年12月)http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/kensyo_houkokusyo/hyousi_honbun.pdf (2014/5/16閲覧)

[*4] 殺人、殺人未遂、傷害致死、(準)強姦致傷、(準)強制わいせつ致傷、強盗致傷、現住建造物等放火、覚せい剤取締法違反

また上記8つの罪に関しての裁判員裁判において執行猶予の判決となった485件のうち、保護観察がついたものは270件で、これは執行猶予判決の55.7%にあたります[*5]。裁判員裁判で保護観察付の執行猶予の判決が下される割合は、職業裁判官の裁判における割合(35.8%)を大きく上回っており[*6]、裁判員が裁判後の「被告人の更生」に強い関心を持っていることもうかがわれます。

[*5] 最高裁判所(2012年1月末速報)http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_jyoukyou/02.pdf(2012/5/12閲覧)

[*6] 最高裁判所「裁判員裁判実施状況の検証報告書」(2012年12月)http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/kensyo_houkokusyo/hyousi_honbun.pdf (2014/5/16閲覧)

こうした変化は「判決や量刑に市民感覚が反映され、司法に変化が表れている」と前向きに捉えることできる一方で、同じ罪を犯した被告人に対しては、一定の「量刑の公平性」が求められるべきでは、という懸念もあるかと思います。

この他に裁判員裁判における量刑については、2014年1月、全国60の地裁・支部が、評議における量刑判断について検証作業を行うと報じられました[*7]。この背景には、裁判員制度が導入された2009年5月から2013年10月末までに判決が言い渡された5,794人のうち、約50人に対して求刑を上回る刑が言い渡されており、中には「どのような要素を重視して刑を重くすべきだと判断したのか不明確な判決が散見される」ことがあるようです。各地裁は、「評議の秘密」に触れない範囲で、個々の裁判官が量刑の判断方法を裁判員にどのように説明しているのか。また量刑検索システムをどのように活用しているのかを検証するとしています。この検証結果を踏まえて最高裁でさらに議論されるということで、評議のあり方の見直しにつながる可能性もあるという指摘があります[*8]。

[*7] 読売新聞(2014/1/29)

[*8] 同上

次に、市民の出席率・辞退率についてですが、選任手続期日に出席を求められたにもかかわらず、辞退もしないままに出席しなかった裁判員候補者の割合は増加しています。すなわち、選任手続期日に出席した裁判員候補者数の出席率は、2009年83.9%、2010年80.6%、2011年78.3%、2012年76.0%、2013年74.0%と減少しています[*9]。一方で、選定された裁判員候補者のうち、辞退が認められた裁判員候補者の割合は、2009年の53.1%から2013年の63.3%に上昇しています。

[*9] 最高裁判所「裁判員裁判の実施状況について(制度施行~平成26年2月末・速報)」http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_jyoukyou/h26_02_sokuhou.pdf(2014/5/6閲覧)

市民の声を集める

筆者は裁判員制度を自分たちの問題として捉え、情報を社会で共有し、考えることができる機会と場をつくるべきだと考え、一般社団法人裁判員ネット(以下「裁判員ネット」)を2009年4月に設立し、活動を行ってきました。

裁判員ネットは、裁判員制度について情報発信し、裁判員制度に対して市民が主体的に考えることができるようにすることを目指す市民団体で、会社員、臨床心理士、学生、弁護士などの多様なメンバーが運営に携わっています。市民が裁判員として司法に参加する裁判員制度の趣旨からすれば、法律の専門家だけではなく、多様な市民による議論が活発に行われる必要があります。市民の視点から、刑事司法や裁判員制度についての議論の機会をつくり、あるべき姿を模索し、情報発信を行っていくことを目的にしています。

この裁判員ネットの主な活動のひとつが裁判員裁判市民モニター(以下「市民モニター」)です。これは、公募(インターネットやクチコミ)で集めた市民に裁判員裁判を傍聴してアンケートに答えてもらうというものです。さらに同じ裁判を数名で傍聴した場合は、その事件について、傍聴した人たちが「裁判員になったつもり」で議論して、自分たちの判決を考える「模擬評議」も実施しています。2009年8月に東京地裁で行われた全国初の裁判員裁判よりモニタリングを開始し、現在も随時行っており、2014年4月現在、市民モニターに参加した人は272人、モニタリングの件数は545件となっています。また模擬評議はこれまでに27回実施され、延べ231人が参加しました。

また私たちは裁判員経験者の交流会組織「裁判員経験者ネットワーク」の事務局としても活動してきました。これまでに経験者の交流会は17回開催されたほか、裁判員経験者からのヒアリングも行ってきました。

こうして集まった声をもとに、2011年と2012年に、そして今年の5月17日に、裁判員制度見直しに関して「提言」としてまとめ、公表してきました。これらの取り組みを通じて見えたこととして、現在の裁判員制度には見直すべき点がいくつかあるということです。それは裁判所の運用のレベルのものや、法的な仕組みレベルのものまで様々あります[*10]。ここでは、そもそも「市民参加」のシステムとして裁判員制度が社会に存在するためにという観点から、以下3つのテーマに関して述べたいと思います。

[*10] 裁判員ネット「市民からの提言2012春」http://saibanin.net/updatearea/news/files/2012/05/teigen_20120519_1.pdf 参照

裁判員及び裁判員経験者の心のケアをより配慮すること

2013年5月、死刑判決を言い渡した裁判で裁判員を務め、証拠調べで殺害現場や遺体の傷口のカラー画像を見たことなどが原因で急性ストレス障害となった女性が、国に損害賠償を求める訴訟を起こしました。また、審理の途中で裁判員が気分の悪さを訴えたケースもありました。これらの事件に限らず、裁判員の心理的負担は大きいものがあります。重大な刑事事件を対象とする裁判員裁判に、市民が責任をもって参加するためには、裁判員及び裁判員経験者の心理的負担について十分に配慮する体制をつくる必要があります。判決に関与する裁判員の心のケアは、裁判員制度の重要な課題の一つです。

私たちは裁判員経験者の交流会を続ける中で、医療的な行為まで至らなくとも、裁判員経験者同士で経験を語り合い、交流することが心のケアに役立つということが、わかってきました。

そこで裁判員及び裁判員経験者の心のケアについては、裁判員になる前の段階、裁判員を務めている段階、裁判員を務め終わった後の段階で、それぞれ次のような見直しが必要だと考えます。

(1) 裁判員になる前の段階

まず裁判員になる前の段階では、裁判員なるための「心の準備」ができる環境をつくることが必要です。そのために以下2つの点における改善が必要です。

a. 裁判員裁判の情報提供を行い傍聴しやすい環境をつくること

裁判員経験者からは、「一度で良いから、裁判員になる前に裁判を傍聴しておけばよかった」という声をよく耳にします。いきなり「非日常的」な刑事裁判という空間で重大な判断を迫られることは、心理的に大きな負担です。したがって裁判員になる前に傍聴という「体験」を通して実際に裁判員裁判がどのようにして行われているのかを知ることは、「心の準備」として重要な効果があると言えます。例えば、裁判員候補者名簿記載通知や呼出状の中に、傍聴できる旨を記載し、裁判員候補者用の問い合わせ窓口を用意するだけで、事前に傍聴しやすい環境になるはずです。

b. 政令に定められた辞退事由として、精神的負担が重大な場合には辞退できる旨を周知徹底すること

精神的負担が重大な場合に辞退できる(裁判員法辞退政令第6号)可能性があることは、ほとんど知られていません。これまで裁判所は辞退を柔軟に認めてきていますが、そもそも裁判員候補者がそのことを知らなければ、辞退を申し出ることはできません。そのため、精神的負担が重大な場合には辞退できる旨を周知徹底することが必要でしょう。

(2) 裁判員を務めている段階

裁判員を務めている段階においては、裁判員を務めている間も臨床心理士等に相談できる機会をつくることが必要です。具体的には、全国8か所の高裁(または同所の地裁)に臨床心理士を配置し、電話または面談が随時できるようにすることが必要です。

(3) 裁判員を務め終わった後の段階

a. 守秘義務の範囲を限定し、心理的負担を一人で抱え込まないようにすること

裁判員経験者にとって、裁判員経験の核心部分である評議に関して広範な守秘義務が課され、それが生涯続くことは裁判員経験者にとって大きな負担になります。ですから、守秘義務の範囲を限定して、心理的な負担をひとりで抱え込まないようにすることが求められます。

b. 裁判所の「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」について見直しを行うこと

裁判員経験者にとって、メンタルヘルスサポート窓口が存在することは重要です。裁判員経験者が、心理的にも物理的にもこの窓口を利用しやすくするために、(i)裁判所の設置ではなく、裁判所で心理的負担を感じた裁判員経験者が相談しやすいように独立した第三者機関とすること。(ii)上限5回まで無料という相談回数の制限をなくすこと。(iii)相談に際しては、守秘義務が解除されることを明示することが重要です。

裁判員の体験を市民が共有できるようにすること

市民が主体的に、裁判員として刑事司法に参加できる、社会的な土壌をつくるためには、裁判員の貴重な経験を社会に共有することが不可欠です。しかし現在の制度では、裁判員候補者には候補者であることの公表禁止義務があり、公にすることができません。

そして、裁判が終わった後は、裁判員経験者には評議について広範な守秘義務が課されます。これらの規定は、候補者及び経験者にとって、「どこまで話せるか」を吟味する前に「とにかく言わない」ことを選択させる可能性があります。制度開始から5年経ちますが、裁判員の貴重な経験が社会で共有されているとはいえません。この状況を変えるためには、これらの規定の見直しが必要だと考えます。

裁判員候補者の場合、裁判所から具体的な日時が指定された呼出状を受け取ったことを公にしてしまうと事件が特定されるおそれがあります。しかし、呼出状を受け取る前の段階は、裁判員候補者は年間約25~30万人にいることから、「裁判員候補者になった」ということがわかるだけでは、不当な働きかけがされる可能性はほとんどありません。したがって、呼出状を受け取ったことは公表禁止とすべきですが、本人の同意があれば「裁判員候補者であること」自体は公表しても、裁判員候補者のプライバシーや生活の平穏を保護するという公表禁止規定の趣旨には反しないと考えます。

また、裁判員経験者の場合、経験の核心部分である評議に関して広範な守秘義務が課されていることで、その経験を市民の間で共有することが難しくなっています。勿論裁判員の自由な討論を保障し、事件関係者のプライバシー等を保護する必要はあります。しかし、評議の経過や発言者を特定しない形での意見の内容、評議の際の多数決の数といった部分は、守秘義務の対象から外すべきだと考えます。現在の「評議の秘密」の範囲を限定して、発言者を特定して意見の内容を漏らす場合だけを守秘義務の対象とすべきです。

このように守秘義務の範囲を限定することは、市民が主体的に裁判員として参加できる社会的土壌をつくるとともに、評議のブラックボックス化を防いで、公正な裁判が実現されるための第一歩となります。

市民の視点から裁判員制度を継続的に検証する組織を設置すること

裁判員制度は、市民が司法に直接参加する制度です。裁判員制度のあり方について、法律の専門家だけではなく、司法の新しい「担い手」となった市民の声を反映させることが大切です。

裁判所は裁判員経験者を招いての意見交換会を開いたり、裁判員経験者へのアンケート調査を行ったりしています。このような形で市民の声を集める試みは、専門家にとっては有意義な機会かもしれません。しかし、アンケートや意見交換会の枠組みでは、市民が制度を検証する立場に置かれているわけではありません。また現在裁判員へのアンケートは、判決日、判決を出した後すぐのタイミングで、裁判所の中で記載しているというのが実情です。一種の「高揚感」を感じているタイミングでの調査だけではなく、裁判員が冷静にふりかえりながら書くことが出来る時期に調査を行うことも必要だと思われます。こうしたことも含めて裁判員制度の検証は、専門家が主導する場だけではなく、市民が主体的に裁判員制度の検証を行う機会もあるべきではないでしょうか。

裁判員法では制度施行から3年経過後に制度の見直しを検討する旨が定められ[*11]、法務省に「裁判員制度に関する検討会」が設置[*12]されていましたが、2013年6月21日にこの検討会は閉会となりました。しかし、裁判員制度が今後も存在していく以上、継続的に検証や見直しをするための仕組みが必要です。裁判員制度は常に市民が関与しながら動き続けるものです。その動きを継続的に観察してチェックすることが不可欠です。

[*11] 裁判員法附則第9条

[*12] なお、これとは別に最高裁判所には有識者による「裁判員制度の運用等に関する有識者懇談会」が設置されています。

そこで、裁判員経験者を含めた「裁判員制度市民検証委員会」(仮称)を設置し、不断に裁判員制度を検証する体制をつくるべきだと考えます。この委員会は、裁判員経験者など一般市民を中心とした組織で、裁判員裁判のモニタリングや、裁判官との模擬評議を行うなどして、継続的に裁判員裁判の運営状況を観察し、改善点については助言や勧告を裁判所や法務省に対して行うことができる組織です。

裁判員制度が市民参加の制度として社会に存在していくためには、このような検証を行うしくみが、制度とセットになって初めて、冤罪を防ぎ、より公正な裁判への「市民参加」に近づくことができるのではないでしょうか。

おわりに――市民の声が裁判員制度の価値と未来を決める

刑事司法において、専門家だけに全てを任せていた状況は大きく変わりつつあります。裁判員制度のあり方について、私たちは「他人事」ではなく「自分たちの問題」として主体的に考えていくことが必要です。

市民が刑事司法の新しい担い手として、裁判員制度の実状を知り、意義を考え、この制度が本当に必要なのかどうかも含めて議論することによって、初めて市民の主体的な参加が実現するのです。そのためには専門家だけではなく、市民の声を集め、制度に反映させていくことが重要です。

どのように多くの市民の声を集めて制度に活かすことができるのか。ここに、裁判員制度の価値と未来を決める最大の要素があるのです。

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http://www.flickr.com/photos/goincase/2629764552

プロフィール

坂上暢幸一般社団法人裁判員ネット理事

一般社団法人裁判員ネット理事。東京都生まれ。中央大学大学院修士課程修了(社会学修士)。裁判員経験者交流組織(裁判員経験者ネットワーク)世話人。裁判員制度開始当初から裁判傍聴を続け、制度改善について市民の立場から提言を行う。また法教育の分野でも活動し、市民講座や出張授業、教員向け研修の講師も行っている。

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