2014.06.01
普通の人生って面白い――『街の人生』(岸政彦)ほか
『街の人生』(勁草書房)/岸政彦
別にあたし偏見もたれるとかは平気だったりするわけね。平気なんだけども、でも、もったいないからいっかい見てから考えて物言うてごらんて。一度見てよ。それで好き嫌い言ってって。何の説得力もないよね。生理的に嫌いっていうのもあるやろうけど、それでも一度見てみろ。べきじゃない?そう思う。それが同じ人間よぉって感じね。(『街の人生』「りか「女になる」こと」より)
今回紹介する『街の人生』は、外国籍のゲイ、ニューハーフ、摂食障害、シングルマザーの風俗嬢、ホームレスといった様々な人たちのインタビューをまとめたものである。
インタビュー記事やルポルタージュでは、しゃべった内容をまとめたり、文章を整えたりすることが当然のように行われている。しかし、この本では、インタビュー中の語りをほとんど編集していない。著者の岸政彦氏は社会学者、にも関わらず、分析もほとんどない。
しかも、扱っているのは著名人や有名人の人生ではない。もしかしたら、さっき道ですれ違ったかもしれない「普通の人」なのだ。でそんなむき出しのままの語りを、しかも普通の人の人生を、さらに分析もなしで、それって本当に面白いの? と思った人もいるだろう。
しかし、そんな心配は無用だ。本書を読むと、人の人生はこんなにも面白いものなのかと驚く。一見、むき出しで断片的に見える語りの数々が、奥行きを持って感じられる。好きな写真を見た時、たとえば、ありきたりな塀と馬の尻尾が写っているだけの写真でも、フレームの外にある馬の姿や生活や歴史を想像してしまうかのように、ここでは語られなかった彼らの人生をさえも思いを巡らせてしまう。
そういえば、居酒屋で、喫茶店で、中華屋のカウンターで、隣り合わせた人の人生が垣間見えるような会話が聞こえてきて、耳をそばだててしまった経験がある人は多いのではないか。そんな会話を聞くような楽しさが詰まっているし、本を読んだ後には自分の周りの人の人生を聞きたくなってくるはずだ。装丁もかわいらしいのでプレゼントとしてもおススメの一冊。(評者・山本菜々子)
『境界の町で』(リトルモア)/岡映里
「興味本位。正直に言えば、私がはじめに福島に来たのは興味本位からだった。」
東日本大震災発生から3年が経ち、おびただしいほどの言葉が様々な角度から紡ぎだされてきた。その一方で、「これじゃない」というモヤモヤとした感覚がずっと残っている。もっと違った言葉を胸の内に秘め、モヤモヤしている人がたくさんいる気がしてならない。
ノンフィクションとも私小説とも言える『境界の町で』は、東京で被災した岡映里さんが「本当に会いたい人」を探す物語だ。岡さんは取材を重ね、足しげく福島に通う。様々な被災者に出会い、いっけんするとどうでもいいと思えるような仕草も含めて、その人の生の声を、ひとつひとつ残していく。
倒壊した建物の脇を通り過ぎるたびに、
「ここに人、まだいるんじゃね?」
と彼はしきりに中を覗いていた。
「誰かいませんか!」
思わず叫んだ。
「誰かいませんか! 誰か!」
彼が私を見た。
しかし、これはあくまで「岡映里さんの物語」だと思う。「本当に会いたい人」がいなかった岡さんが「興味本位」で福島に行き、そこに生きる人びとと出会う、岡さんの物語だ。
そうすることでしか、あの震災に向き合うことのできなかった人はたくさんいるような気がする。福島を消費してもいいのだろうかという不安で、いまだに言葉にできずにいる人が、そうした言葉を話せる相手のいない人が。
私は「彼」たちを記録したい。
私が完全に福島を忘れてしまう前に。
物事は、起こっては消え、忘れられてしまう。
彼らを忘れられる存在にしてはならない、と。
そして岡さんは福島で「彼」たちと出会い、「彼」たちの記憶の伴走者になりたいと願う。「彼」たちを忘れてしまう前に。彼らが忘れられないように。ぼくは岡さんのような言葉に、自分にとっての震災のリアリティが重なる。(評者・金子昂)
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