2012.09.14

量的緩和第三弾(QE3)の内容と特徴

片岡剛士 応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

経済 #量的緩和#QE3

周知のとおり、米連邦準備理事会(FRB)は9月13日の連邦公開市場委員会(FOMC)にて量的緩和第三弾(QE3)を決定した。以下では今回の政策決定の内容と特徴を中心に述べることにしたい。

FRBがQE3へ踏み込んだ背景

今回FRBがQE3へと踏み込んだ理由とはどのようなものなのだろうか。FOMCのステートメントにまとめられている米国経済の動向は次のとおりである。米国経済は緩やかに拡大しつつあるものの、直近の8月雇用統計(非農林部門雇用者数は9万6000人増となり、7月の14万1000人増を下回る。一方で失業率は7月の8.3%から8月は8.1%へと低下した。)の動きは相変わらず鈍いという状況である。家計消費は拡大しつつあるが、設備投資は伸び悩み、住宅市場も回復の兆しが見られるものの依然として停滞している。追加緩和のリスクは、追加緩和を行うことで過度のインフレを引き起こしてしまう事だが、原材料価格が上昇しつつある中でインフレ率が急騰するリスクは低く、長期的なインフレ率の見通しは安定している。

雇用と物価上昇率という2つの政策目標にコミットしているFRBにとっては、停滞が続く雇用環境の中でインフレ率が急騰するリスクが低いということになれば、追加緩和を行う余地はある。まずこの点が確認された事がQE3に踏み込んだ理由だろう。

しかし追加緩和に踏み込むことがインフレ率の観点からは是認されたとしても、追加緩和が失業率を低下させることが正当化されなければ、今回の決定には至らなかったと考えられる。この点については、9月1日に開催されたジャクソンホール会合で発表された論文(Lazear and Spletzer(2012), Labor Markets and Monetary Policy http://www.kc.frb.org/publicat/sympos/2012/el-js.pdf)のインプリケーション-2007年から2009年における失業率急騰は景気悪化に伴うもの(循環的要因)であり、構造的要因に基づくものではない-が影響しているだろう。失業率悪化の過半が構造的要因であればFRBが追加緩和を行ったとしてもそれが失業率に与える余地はわずかだが、循環的要因に基づくのならば追加緩和を行うことで実体経済の好転と失業率の改善を見込むことが可能である。

さて追加緩和のロジックは以上の形で担保できるとして、QE3は果たして効果を持ちうるのだろうか。この点については従来から疑問の声があった。2010年11月から2011年6月までの8ヶ月間にわたって1ヶ月あたり750億ドルのペースで6000億ドル分の米国債の追加購入を行ったQE2は、株式市場をはじめとする資産市場や実体経済に一定の効果をもたらしたが、雇用創出に大きな影響を持ち得なかった。QE2と同じ手法を延長・拡充する形で再度QE3を行ったとしても、雇用創出が大きく改善することは望み薄という批判があったのは事実であるし、一定の正当性を持つ。

QE3の概要

だがFRBが今回採用したQE3の中身はQE2とは大きく異なっていた。QE3の概要をおさらいすると次の3つのポイントに集約できるだろう。

まず毎月400億ドルのペースで住宅ローン担保証券を購入し、住宅ローン担保証券購入を通じた金融緩和策を、労働市場の持続的改善と失業の減少を促すほど経済が強い事が確認できるまで続けると言明した。QE2と異なるのは国債の買い取りではなく、住宅ローン担保証券の買い取りをすすめるという点だ。そして毎月の買い取り規模は明示したものの、総額をあらかじめ明示することなく、労働市場の持続的改善と失業の減少を促すほど米国経済が強い事が確認できるまで、他の追加的手段の導入も辞さずに緩和を続けると言明したことも相違点だ。

そして本年6月に延長を決定したツイストオペは維持することが明らかになった。ツイストオペの緩和分を考慮すると、毎月850億ドルの緩和ということになる。

さらに政策金利であるFFレートの水準を少なくとも2015年半ばまで維持するであろうと言明した。経済見通しの下方修正と合わせる形で、より長期にわたりFRBは緩和を継続するであろうとの姿勢を明確にしたというわけである。

QE3により期待される効果

以上がQE3の概要だが、期待される効果はどのようなものだろうか。大きく4つのポイントがあると考えられる。

1つ目のポイントは、先にも述べたように、国債ではなく住宅ローン担保証券を購入することを通じて、住宅市場へのテコ入れを図ろうとしている点である。住宅市場の低迷が持続することは、米国経済が本格回復に至らない大きな要因である。FRBは自らの政策手段を通じて住宅市場へのテコ入れを行う意図を明らかにしたというわけだ。

2つ目のポイントは国債ではなく住宅ローン担保証券を購入することの意味である。これは住宅市場のテコ入れに加えて、ポートフォリオ・リバランス効果をより効かせるという意図もあるだろう。QE2と同じく国債の追加購入を進めることが、市場の安全資産への逃避を後押しするだけの効果しか長期的に持ち得ないとすれば、それは好ましくない。というのは量的緩和策の長期的なゴールは名目金利を下げることではなく上げることにあるからである。

もう少し補足しよう。量的緩和策により貨幣供給が進めば、短期的には流動性が高まることで名目金利が低下する効果が見込めるが、名目金利の低下は耐久消費財や資産の購入を刺激することで実質所得の増加や物価上昇につながっていく。そして実質所得の増加は貨幣需要の増加につながり、物価上昇は実質貨幣残高を減少させるために長期的には名目金利が上昇する。更にフィッシャー効果によっても名目金利は上昇する。こうして短期的には流動性が高まることで名目金利は低下するが、経済の回復が進む長期では名目金利は上昇する。国債の追加購入が国債の金利を下げるのみの効果しかもたらさないのであれば、本来の目的を達したとは言えないだろう。住宅ローン担保証券を購入することは、国債からよりリスク性の高い資産への需要が進むことをうながすという効果を意図しているとも考えられるのである。

さらにQE3によって期待される効果がある。QE3では毎月の住宅ローン担保証券購入額は設定したものの、最終的な購入額のゴールを設定していない。その代わりに「労働市場の持続的改善と失業の減少を促すほど経済が強い事が確認できるまで」購入を続けるとしている。つまり条件を明示した上で、一定のペースで「無制限に」住宅ローン担保証券を購入していくということだ。

「労働市場の持続的改善と失業の減少を促すほど経済が強い事」が具体的に何を指すのか、より明確な指標で代表する方が好ましいのではないかという点については議論の余地があるものの、国債の買い取り額の総量と毎月の買い取りペース、そして終了期限をあらかじめ設定した上で金融緩和策を行ったQE2とは大きく異なるポイントである。この点はバーナンキ議長が言明しているように、ジャクソンホール会合におけるマイケル・ウッドフォード教授の研究(Woodford(2012),” Methods of Policy Accommodation at the Interest-Rate Lower Bound http://www.kc.frb.org/publicat/sympos/2012/mw.pdf?sm=jh083112-4)の影響もあるだろう。

最後の4つ目のポイントは時間軸の延長である。より長期にわたり政策金利を低水準にとどめることで金融緩和を持続させるという姿勢を明確にすることで、予想に働きかけることを意図している。

以上の4つがQE3により期待される効果であり、QE2とQE3とを分かつポイントである。中々回復しない住宅市場に直接メスを入れつつ、より将来の予想に働きかける側面を重視した金融緩和策と言えるだろう。

日、米、欧の金融政策

既に述べたように、9月のFOMCで米FRBはQE3に踏み切った。そして欧州中央銀行(ECB)は9月の定例理事会において深刻化する欧州債務危機の影響を和らげるためにOMT(Outright Monetary Transactions)の実施を決定した。これはECBが償還期間1~3年の短中期国債を市場から無制限(買い入れ規模の上限なし)に買い入れるという枠組みである。ただしOMTによる国債の買い取り対象国はEFSF及びESMに支援を要求した国に限られ、EFSF及びESMが要求する財政健全化といったマクロ経済調整プログラムが完全実施されない限りOMTは適用されず、OMTを通じて供給されたユーロは完全に不胎化される(つまりOMTに基づく国債購入によって供給されたユーロは同額だけ吸収されるため、ネットのユーロ増加はゼロとなる)という特徴があるため、OMTの導入と政策金利の維持というECBの政策決定は「既存の金融政策の強化」と見るべきだろう。

追加的な財政政策が期待しにくい欧米の現状の中で、新たな枠組みのもとでの金融緩和策に踏み切ったFRBと、現状維持のスタンスの中で問題国の国債金利の上昇を食い止める枠組みを新たに提示したECBとを比較すれば、米国経済と欧州経済への影響の差は明白であると考えられる。

復興需要に伴う財政支出が緩やかに進む一方で、今後増税が目白押しといった状況にある日本経済において、日本銀行はどのような金融政策を行うのだろうか。来週18日・19日に開催される9月の政策決定会合では現状維持との観測もあるようだが、デフレと円高が持続する中で少なくとも追加緩和の決定ぐらいはして欲しいと期待することすら無理な相談なのだろうか。

プロフィール

片岡剛士応用計量経済学 / マクロ経済学 / 経済政策論

1972年愛知県生まれ。1996年三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2001年慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程(計量経済学専攻)修了。現在三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員。早稲田大学経済学研究科非常勤講師(2012年度~)。専門は応用計量経済学、マクロ経済学、経済政策論。著作に、『日本の「失われた20年」-デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店、2010年2月、第4回河上肇賞本賞受賞、第2回政策分析ネットワークシンクタンク賞受賞、単著)、「日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点」(幻冬舎)などがある。

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