2017.10.17

左派・リベラル派候補がアピールすべき要点

松尾匡 経済学

経済 #消費税#日銀

今回の選挙では、日本の左派・リベラル派が、安倍自民党と小池新党の改憲・復古主義勢力の前に消滅同然に陥るか、それとも、暮らしの苦しみや不安を抱く多くの普通のひとびとのエネルギーを集めて大きく躍進するかの岐路に立っていると思います。それはひとえに、これらのひとびとの望みに答える経済政策を打ち出せるかどうかにかかっています。

私は今回、民進党が解体していく情勢の中で、「ひとびとの経済政策研究会」で経済政策のマニフェスト案を作り、まだ草稿の段階からあちこちツテを尽くして参考にしてもらえるように働きかけました。それがどのくらい伝わったのかはわかりませんが、もう公示もなされた今となっては、今さらこれ以上各党の掲げる経済政策を左右しようとしても無理でしょう。

ですから、せめて個々の候補者のみなさん、特に、政党に所属せずに、左派・リベラル系の野党統一候補などとして闘っているみなさんにお願いします。本稿にお示しするものの中に、今からでも採用していただける政策主張があるならば、ぜひ採用してください。私たちのマニフェスト案の中から、特に重要なものを取り出して、この場を借りて説明させていただきます。各陣営で活動をされているみなさんも、もしご賛同いただける項目がありましたら、ぜひ選挙公約・選挙戦術として採用するようお働きかけいただけますようお願い申し上げます。

 

「消費税を上げたら不況になります!」

まず、安倍首相が消費税の10%引き上げを打ち出していることは、明らかに敵失ですので、相手の一番のウィークポイントとして最大限とりあげる必要があります。

これまでなぜ安倍自民党が圧勝を続けたのか。なぜ野党が負け続けたのか。その理由は、多くの有権者、特にやっと職にありつけた若者が、安倍政権になってからの経済状況のいくぶんかの改善に安堵し、野党が勝ったらまたリストラや就職難が吹き荒れる不況時代に戻るのではないかと不安に思っていたからです。

これが見事に攻守逆転するわけです。チラシに、ポスターに、「消費税を10%に上げて、不況時代が戻ってきてもいいのですか」と大書きしましょう。「消費税が上がるとまたリストラの時代がきますよ」と駅前で繰り返しましょう。大学のキャンパスの前に街宣車をつけて「消費税が上がると就職ができなくなりますよ」と叫びましょう。

これまで安倍さん側の武器だった言い方が、そっくりこっち側の武器として使えるのです。実に痛快極まりないことです。ガンガンやれば必ず勝てます! これで、秘密保護法や共謀罪法を進め、マスコミを統制し、言いたいことも言えない世の中を作り、一部の日本会議系極右仲間だけで国を私物化しようとする企みが阻止できるのです。手を緩めてはいけません!

先方は消費税増税の悪影響がオリンピック特需で相殺されることを計算に入れていると思います。しかしそれは地方には及びません。ただ消費税の悪影響だけを受けます。地方のみなさんは、「ふざけるな! 地方はまだ不況だ。五輪は遠いぞ。」と消費税批判するべきです。

また、世界経済を見渡すと、中国はバブル崩壊するのではないかとか、トランプ通商政策は大丈夫なのかとか、北朝鮮がミサイルを撃ってまた円高になるかもしれないとか、景気に水を差すような不安要因がいっぱいです。こんな中で消費税を上げて、はたして大丈夫なのでしょうか。その不安感に訴えたら、安倍自民党の支持はかなり崩せるのではないかと思います。

安倍首相は、今度の増税分は教育無償化に使うと言っています。しかし、消費税引き上げで景気が挫折したら、せっかく低下した子どもの貧困率も元に戻り、結婚や出産をあきらめる人も増え、家計を支えるために進学をあきらめる青少年も増え、何のための教育無償化かわからなくなるぞと言いましょう。

もし可能ならば、消費税の5%への引き下げを主張することが効果的です。自民党が消費税を引き上げると言い、野党がみんな「上げません」とだけ言っている中では、「引き下げる」と言えば一気に票が集まります。「5%に下げて好況間違いなし!」とスローガンに掲げたらいいと思います。

 

「リストラも就職難もない時代を確実にします!」

長期不況と新自由主義に苦しめられてきたたくさんの人々を安心させ、グッと心を掴むために次に掲げるべきことは、「もう二度と不況時代には戻さない」という言葉です。福祉や医療や教育や子育て支援など、普通の人々の暮らしをよくするために思い切っておカネをかけて、たくさんの雇用を作り出すことを公約してください。「財政・金融・分配政策を総動員して、リストラも就職難もない時代を確実にします!」と力強く約束するのです。それが、人々が、とりわけ若者が今一番聞きたい言葉です。

もちろん、景気は循環するものですから、良くなった景気もまた悪くなることはあるとはみんな思っているでしょう。世界でまた経済危機が起こった時、日本だけ無縁でいられるわけはありません。でも、そんなときにも大丈夫だという安心が必要です。「万一景気が後退しても、直ちに大規模な景気対策を打ち、あの長期不況時代が再現されることは絶対にないようにします」と、一番目立つところに堂々と書いておきましょう。

このかん、中国の株の暴落や、ブレグジット投票などで世界経済が荒れるたびに、日本では株価が下がり、景気に黄色信号が灯りました。そのとき、野党はいつも「アベノミクス破綻」と煽っていたものですが、煽れば煽るほど、危機感を覚えた有権者は自民党に入れていたのです。それは、世界経済がこんな大変なときに野党に任せられないという気持ちが働いたからです。そんなふうに思わせないよう、我々こそが、そんな危機の時に雇用と暮らしを守ることができるのだと信頼してもらう必要があります。

特に、リーマンショックのときの円高放置でひどい目にあった下請け関係の人たちや、円高時代にしぶしぶ海外移転を余儀なくされた業者や、それで雇用を失った人々がたくさんいます。「景気がよくない時に円高が進んだら、躊躇なく為替介入して円高を抑えます」と言って安心してもらいましょう。工場町でそう訴えて、安倍内閣は、中国の株暴落やブレグジット投票のあとの円高進行に、何も手を打たなかったじゃないかと攻撃しましょう。

「ユリノミクスで小泉政権初期の経済が戻ってきます!」

小池百合子さんたちの「ユリノミクス」は、歳出削減を掲げています。景気拡大効果は政府支出の規模で決まります。支出規模を増やさなければそれは決して景気対策とはなりません。

安倍さんはいまだにプライマリーバランスにこだわっていることが叩きどころなのに、小池さんのブレーン(安東泰志さん)は、逆に安倍さんがプライマリーバランス実現を先送りしたことを批判しています。しかし、プライマリーバランスは世界的には財政健全化の指標とはみなされていません。財政健全化の国際標準指標は債務残高の対GDP比です。まだ十分景気がよくなっていないのに、プライマリーバランスの黒字化を目指す(こちら)なんて、とても重い負担を経済にかけることを唱えています。

しかも小池さんのブレーンは、これまで円売り介入をして買ってきた外債の含み益を利用することを唱えています(こちら)。これは外貨を円に換えることですから、円高に向けた圧力をかけることになります。また景気の足が引っ張られてしまいます。

小池さんたちの一番の叩きどころは、やっぱり小泉さんゆずりの緊縮新自由主義者だということです。緊縮ではとうてい景気はよくなりません。小泉さんはまだ金融緩和には頼りましたが、小池さんたちは「金融政策に過度に依存せず」と報道されています(こちら)。それで、いわゆる成長戦略ばかり唱えていますが、これは生産能力を拡大する政策ですので、総需要が増えなければ現実の成長はもたらされません。かえって人手が要らなくなって失業が増えます。

特に、小池さんたちの公約は、「アベノミクスは、民間活力を引き出す規制改革が不十分でした」として、規制緩和を安倍内閣よりも熱心に唱えています。まだ景気が十分熱していないときに規制緩和をして競争を激しくすると、値崩れして倒産や失業が増える一方、人々が値下がりで浮いた所得を支出にまわすことはしないので、デフレがひどくなります。

一言で言えば、小池さんたちが唱えていることは、まだ量的金融緩和が本格的でなかった小泉政権初期の、財政削減、規制緩和政策をまたやろうということです。あのとき日本経済はどうなりましたか。失業急増、正社員大幅削減、就職氷河期、年間3万人の自殺者…。小池さんと小泉さんが手をとって並んだ写真を掲げ、「あの時代を思い出して下さい」「また就職氷河期がきてもいいのですか」とガンガン宣伝してください。「希望の党」は若者ほど支持率が低いです(こちら)。この傾向をさらに徹底させ、他の世代にも広げましょう。

「財政危機論はデマです!」

さて、保育や教育の無償化、奨学金給付、介護士や保育士の待遇改善等々、福祉・医療・教育・子育て支援などの充実に関しては、私から言われるまでもなく、みなさん十分力説されていることと思います。

その上で、上述したような積極的な財政出動を唱えたならば、ただちに「財源はどうするのか」と反対陣営から攻撃を受けることでしょう。「こんなにたまった国の借金を減らさなくていいのか。支出を増やしている余裕はないぞ!」と。ときには味方陣営からそんな攻撃が飛んでくるかもしれません。

そこでまず、財政危機を煽るのは財務省高官や新自由主義者のプロパガンダだということを強調してください。財政危機論を煽って緊縮財政にすれば、財界は、財政負担を避けることができます。小池さんたちが提唱しているような、国有財産の安売りや、歳出削減による新たなビジネスチャンスでもうけることもできます。福祉削減や教育費削減でやむなく働かざるを得なくなった安い労働力をこき使うこともできます。軍事費は聖域扱いですので、福祉を削れば削るほど、軍事費にまわすことができ、軍需でもうかることにもなります。

だから、大企業を支配する人や富裕層といった一握りの人の利益のための財政危機論キャンペーンなのであって、決して私たちの「将来世代」のためではないということを強調してください。消費税増税や緊縮で不況になったら、そもそも「将来世代」が生まれなくなるぞと言いましょう。

そもそも「将来世代に負担をかけない」というスローガンはおかしいです。誰かの支出は同世代の誰かの収入であることに注意しましょう。一世代全体をまとめて見たら、増税するとその分将来世代に残す資産は減りますので、将来世代の手元に残るのは、現在増税しても将来増税しても同じです。違いがあるとしたら、単に世代内部の再分配の問題です。

今増税・緊縮しないことで将来世代に残す負担があるとしたら、旧世代の消費する生産物を作ることばかりに労働が割かれると、機械や工場を作るのにまわす労働が減って、将来世代が入手できる財の量が減ってしまうという効果だけですが、失業が発生する可能性があるならばこうはなりません。現在増税・緊縮して景気が悪くなって失業者が増えたら、機械や工場など、将来世代に残すものも減って、将来世代も本来できたはずの生活ができなくなります。

それに、実は日本の政府の借金は、財務省を支配する人たちが煽るほど大変なものではありません。国債の四割以上は今、日銀が持っています。そのうち、将来インフレが高まったときにそれを抑えるために売りに出したりする分を除けば、残りは民間に出ていくことなく、期限がきたら永遠に借り換えして、政府がおカネを返すことなく日銀の金庫の中に存在し続けます。

たしかにその分の利子を政府は日銀に払いますが、日銀は経費を除いてもうかった分は政府に利益を納める決まりになっていますから、結局日銀職員を公務員扱いして税金で養っているとみなせば、利子なんか払っていないのと同じです。要するにその分は国の借金が消えてなくなっているとみなすことができるのです。

しかも、インフレ抑制のために使われずに日銀の金庫の中に残る国債は、日本の正常な経済規模が名目額で成長するかぎり増え続けます。返さなくていい国債の額は、長期的には増えていくということです。政府の借金の問題は気にする必要はないのだと大声で言って、人々を財務省の洗脳から解きましょう。

それに、オリンピックや万博のために国債を発行しても、それが将来の生産に役立つわけではないですが、子育て支援や教育のために国債を発行したら、それで労働人口が増え、知識や技能の水準が上がり、将来の生産力の維持拡大に役立ちます。その分税収も増えて元が取れることになります。だから将来世代に負担を残すなどと言うのは言いがかりです。やらない方が将来世代に負担をかけるのだとキャンペーンしましょう。

 

「ないところからとるな。あるところからとれ」

その上、日本にはまだ税金をとれるものがたくさんあります。

みなさんは、不用意に「格差が拡大している」と口にすると突っ込まれますから注意してくださいね。所得再分配後のジニ係数など、数字の上では改善している統計が多いです。それは当然で、失業して所得を得ていなかった人が、職に就いて所得を得るようになり、パートや派遣の時給など賃金が低い地位ほど賃金が上がっていますので、個人所得で全体をまとめるとそうなるのです。

しかし、日本はアメリカなんかと違って、形式的な個人所得を比べるとそれほど格差はないのですが、実は経営者の人たちは、会社のおカネを自分の私的な利益のために自由にできる場合が多いです。当然それはジニ係数を測る計算には入ってきません。それに日本でも、働かなくても、株の配当や不動産所得が莫大に入ってきて大もうけしている人はいますが、全体のジニ係数を左右するほど数は多くないだけなのだと思います。

今、庶民の所得がわずかしか増えていない中で、大企業や富裕層が史上空前のおおもうけをしていることは、みなさんよく説明されているとおりです。

その一方で、大企業にも富裕層にも一方的に有利になる税制改革が続いてきたことも、いつもご指摘されているとおりです。1990年代には法人税の実効税率は約5割でした。それが、90年代末と民主党政権期に引き下げられました。さらに安倍政権になってからは、「世界で一番企業が活躍しやすい国」とのスローガンのもと、特に熱心に引き下げが続き、2016年にはついに3割を切りました。さらに2018年には29.74%に下げる見通しです。それだけでなく、経団連は2025年までに、消費税を19%にまで上げるよう提言しています。

この点については、小池百合子さんも、特定業種での法人税実効税率20%までの引き下げを公約しています。特定業種と言っていますが、実現すれば、やがて対象は拡大していくでしょう。安倍政権の批判だけでなく、忘れずにご指摘ください。

2016年の法人税減税に際しては、抱き合わせで、利益が出ていなくても課税される外形標準課税を拡大して、赤字法人は負担増で淘汰される設計にしてあります。すなわち、多くの中小企業には負担増で、主に大企業ばかりがもうかる仕組みです。この法人税減税により、2017年度は国税で2390億円、地方税で3940億円の減収が見込まれています。

大富裕層に対する税金の優遇もなされてきました。1970年代には75%だった国の最高所得税率は、80年代、90年代を通じて引き下げられ、現在45%になっています。住民税も含めると、93%だったのが50%になっています。税率の刻みの数も大きく減らされています。

また、小泉政権以降、証券税制優遇策や、個人投資家の投資利益に対する軽減措置など、資産課税の軽減策が進められてきました。しかも、株の配当や株を売ったときのもうけは、普通の所得とは切り離して課税され、どれだけもうかっても一律15%しか所得税がかかりません。大富裕層の人たちは、働いて稼ぐ所得よりも、労せずに株から入ってくる所得の方がはるかに多いですから、こんな税制の結果、所得1億円を超えると、所得が高くなればなるほど所得全体に占める税率が低くなっていることはご存知のとおりです。

このかん、財政赤字が拡大した原因の第一は、税収が傾向的に減っていることです。それは、消費増税や雇用流動化で人々の購買力を抑制して緊縮政策を続けたために、長期不況が深刻化したことも一因ですが、法人税減税や累進軽減で税収が減ったことも大きな要因です。このつけを庶民にまわすような政治をこれ以上続けてはならないと、大いに宣伝してください。

だから、法人税と累進課税の累進度を、せめて90年代レベルに戻すのだと主張したらいいと思います。もっと上げることを掲げてもいいと思いますが、90年代当時はそんな税率でもその後と比べるとはるかに好調な経済を維持できていたのですから、説得力を持つと思います。株からの利益など、財産所得はすべて他の所得といっしょに総合課税して、超高額所得者も所得が高いほど税率が高くなるようにすることも力説してください。「ないところからとるな。あるところからとれ」がスローガンです。

なお小池さんたちは、法人税は減税すると言いながら、内部留保に課税すると主張しています。株主に配当する分は、法人税として取られる中には含まれますが、内部留保には含まれていません。ということは、株主への配当を促進する仕組みになっています。大金持ち優遇の姿勢が表れていると宣伝してください。

「日銀の作ったおカネは有効に利用します!」

そして大事なことは、中小零細業者とか、家のローンを組んだ人とか、世の中には金利が低くなって助かっている人はゴマンといるということです。不用意に低金利批判なんかしたらゴッソリ票を失います。死活問題の人がたくさんいますからね。例えば、自民党系の組織に組み込まれている人が、適当にお付き合いで手を抜いて選挙運動するか、必死になるかが、野党側のそんな言動で左右されますからご注意ください。

むしろ、日銀が国債を買っておカネを作って出していることを利用しない手はありません。教育や子育て支援の効果は、ターゲットの子どもたちが大人になって活躍するようになってやっと、税収として現れるのですから、日銀にタダみたいな金利にしてもらっているこのときこそ、30年国債を出して資金調達して、デフレ脱却までにできることに集中して取り組めばいいじゃないですか。

奨学金は、いずれは全部給付型にして、既存の奨学金債務はみんなチャラにしてしまうべきだと思いますが、それは時間がかかることです。だとしても、少なくとも、今ある有利子奨学金の原資を、今のゼロ金利の市況で国が借り換えして、全部無利子にしてしまうことは、ほとんどコストがかからずにすぐにできることだと思います。

最低賃金引き上げは、みなさん掲げていらっしゃることと思いますが、ぜひ派手な数字を上げて、低賃金で苦しんでいる人たちの支持を集めて欲しいところです。しかし、その一方で、経営の苦しい中小零細企業の人たちを退かせてしまいかねないところがあります。法人税などの負担を軽減するのもいいのですが、ただ企業規模だけで負担増と軽減を分けるというのも限度があります。そこで、中小零細企業のために、デフレ脱却までは、日銀の作ったおカネを超低金利で賃上げ資金として融資する仕組みを提案し、中小零細業者の人たちに安心してもらいましょう。

あるいは、法人税を大幅に上げるなどと言ったら、企業が設備投資をしなくなって景気が悪くなると有権者から心配されるかもしれません。本当に景気がよくなって、インフレの心配をする時期になったなら、法人税が重いせいで設備投資をしなくなるくらいが、総需要が減ってインフレが抑えられてちょうどいいのです。どうせ設備を拡張しても動かす人手が不足しますし。でもまだ景気が挫折しかねない今のような時期には、心配されるのももっともです。

そこで、日銀の緩和マネーをタダみたいな金利で調達して、「デフレ脱却設備投資・雇用補助金」として、設備投資や雇用拡大をする企業に給付することを提唱すればいいと思います。すると、取られっぱなしになるよりは使った方がましになりますから、設備投資や新規雇用が拡大し、景気に対してプラスになります。この際、複雑怪奇な大企業優遇の租税特別措置をすべて廃止し、この補助金に一本化します。

でも野放図にこんなことを続けたら、インフレがひどくなってしまうと心配されそうですので、歯止めもはっきり打ち出しておきましょう。歯止めは、当面は今の日銀のインフレ目標と同じ2%の値を引き継げばいいと思います。この補助金は、景気が拡大するとともに縮小し、インフレが歯止めの値を超えたら停止します。すると企業の正味の税負担が重くなり、総需要が減ってインフレが抑制される仕組みです。もちろんそのときには日銀もおカネを出すのを引き締めますので、インフレを抑えるのは簡単です。

同様に、日銀の緩和マネーをタダみたいな金利で調達して、「デフレ脱却手当」として、すべての日本居住者に毎月例えば一人三万円を配ることも提案したらいいと思います。これも、景気が拡大するとともに縮小し、インフレが歯止めの値を超えたら停止するのです。期間限定とはいえ、毎月配られるのですから、これまでの一回きりの給付金と比べて、消費拡大効果は大きいでしょう。

これらの仕組みにしたら、歯止めギリギリまでやるのは当然ですので、歯止めのインフレ率になるぞとみんな予想します。そうすると、借金が目減りするはずと思って、企業の設備投資が増えます。最低賃金や生活保護や年金なども、この歯止めのインフレ率プラスアルファで必ず上がっていく仕組みにしておけば、一般庶民も借金が目減りすると思って、住宅や耐久消費財の需要が増えます。かくして総需要が増えて景気がよくなります。

言ってはならないことは、すぐにも金融緩和を手仕舞いにして金利を上げるというようなことです。今そんなことをしたら景気が頓挫することは、どんな経済に疎い人でもわかります。とても票を集めることはできないでしょう。リーマンショックのときの景気後退は、日本ではリーマンショックの半年以上前(内閣府によれば2月)からすでに始まっていました。日銀による金融緩和打ち止めに日本経済が耐えられなかったのです。

若者は右派イデオロギーを望んでいるのではない

最後に、どこの党も「研修」名目の外国人奴隷制度の廃止を重点政策に掲げていないことに一言もうしておきます。外国人技能実習生制度は、その人権を無視した奴隷的な労働実態から、国連人権理事会ではこれを廃止するよう調査報告されています。

日本の労働者のあいだでは、せっかく労働市場が締まりはじめ、さあこれから賃金も上がってまともな水準になっていくと期待している矢先、政府が同様の仕組みを広げようとしていることもあり、はなはだしい低賃金で安くこき使える外国人労働者に、雇用を奪われるのではないか、雇用をめぐる競争で賃金が引き下げられるのではないかと怯える気持ちが広がっています。これは全く正当な不安です。そして今ならまだ、奴隷的条件で虐げられている「研修」名目の外国人労働者への素朴な同情も、搾取的な使用者への健全な怒りも、同時にいきわたっているものと思います。

ここで、こうした有権者の不安に応え、世界の恥である外国人奴隷制を廃止して、国籍によらない同一労働同一賃金を全うし、もとから日本にいる人々の雇用を奪うことのない高い労働条件を使用者に強制することを公約したならば、大きく支持を獲得することができるでしょう。しかし、左派・リベラル派の政治勢力がどこもこうした方針を目立つところに掲げないならば、同じ大衆の不安が、極右ヘイト勢力を隆盛させるエネルギーになるに違いないと思います。

今、若者ほど自民党支持が高いことがしばしば報道されていますが、これを「若者が保守化している現れ」とみなしてはなりません。ナショナリズムもヘイトも、たとえあったとしても「後付け」です。極右「日本のこころ」の政治家を迎え、一生懸命左派・リベラル派を排除した「希望の党」が、若者の支持を集めることができず、若年層支持率で大きく自民党に水をあけられていることからも、彼らの自民党支持の本質が右派イデオロギーにはないことがわかります。

ただ望んでいるのは、雇用不安のないこと、まともな暮らしのできる賃金、少しでも人間的な労働条件です。この気持ちに現状でアピールできているのが安倍自民党だけであるという事実を直視し、それを圧倒的に乗り越えるアピールをしてください。今年のイギリス総選挙では、保守党圧勝の前評判だったのに、労働党は反緊縮のマニフェストがウケて、大躍進して保守党を過半数割れに追い込みました。今からでも十分いけます。がんばってください。

プロフィール

松尾匡経済学

1964年、石川県生まれ。1992年、神戸大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。1992年から久留米大学に奉職。2008年から立命館大学経済学部教授。

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