実質賃金と毎月勤労統計をめぐるQ&A 参考値の前年比は▲0.3%(試算)

毎月勤労統計の「不正調査」をめぐる問題に関して、昨年(2018年)の実質賃金の前年比がプラス・マイナスいずれだったのかということが大きな注目を集めている。国会では連日この問題が議論され、「参考値」(共通事業所の実質賃金のデータ)の開示が強く求められている。こうした中、2月22日には名目賃金の「実質化をめぐる論点」を審議するための検討会が厚生労働省に設置された。そこで、以下ではこの問題についてQ&形式で論点整理を行ってみることとしよう。

 

 

Q1.いま話題となっている2018年の実質賃金(参考値(共通事業所系列))は、実際のところどのような状況となっているのでしょう?

 

A1.厚生労働省からは18年通年の参考値のデータは名目・実質ともに公表されていませんが、すでに公表されている18年の各月(1月~12月)のデータをもとに、18年通年の参考値ベースの賃金(前年比)を試算すると、実質賃金の伸び率は▲0.3%、つまり17年と比べて0.3%の減少ということになります(名目賃金は0.9%増)。これは現時点で公表されているデータのみを利用して算出した概数なので、上下0.1%程度の幅をもってみる必要があることに留意が必要です。

 

 

Q2.いまなぜ実質賃金のことが注目されているのでしょう?

 

A2.毎月勤労統計の「不正調査」をめぐる一連の議論の過程で、実質賃金の動向がアベノミクスの評価をめぐる指標としてクローズアップされるようになったためです。厚生労働省から公表されている2018年の実質賃金は前年比0.2%増となっていますが、野党は18年の各月の参考値の推移から、実際には実質賃金の前年比はマイナスだったと主張しています。

 

 

Q3.この議論はどちらの見方のほうが正しいのでしょう?

 

A3.それは一概にはいえません。毎月勤労統計については2018年1月分から調査対象事業所の大幅な入れ替えと作成方法の見直しが行われたため、17年までのデータと18年のデータの間に大きな段差が生じてしまっています。毎月勤労統計については、不適切な統計処理に基づく誤ったデータが公表され続けてきたという問題がありますが、上記の「段差」は、誤りを修正した後のデータ(再集計値)についても同様に生じるものです。

 

このため、厚生労働省から公表されている前年比0.2%増という数値(公表値・本系列)は、データの継続性が確保されていないという点で慎重に注意してみる必要があります。これに対し、参考値(共通事業所)は、17年・18年ともに調査対象となった事業所(共通事業所)の調査結果をもとにしたデータなので、データの継続性は確保されています。ただし、対象となる事業所の数がその分だけ減っていることから、公表値(本系列)よりも小さな標本(サンプル)に基づく推計値となっていることに留意が必要となります。

 

 

Q4.厚生労働省が検討会を設置した趣旨はどのようなものなのでしょう?

 

A4.厚生労働省の2月19日の記者発表資料によれば、「共通事業所の賃金の集計値については、統計ユーザーの多様なニーズに対応するため実質賃金も示すことを求める意見がみられる一方、実質賃金を示すためには共通事業所の集計値の特性に起因する課題など様々な論点が存在」するという認識のもとで、「共通事業所の賃金の実質化に係る課題を整理」することが、この検討会を設置する趣旨とされています。

 

もっとも、この説明にはいくつかわかりにくいところがあります。ひとつは、参考値(共通事業所)の名目賃金については、2018年1月から12月までの月次データがすでに公表されているということです。「共通事業所の集計値の特性に起因する課題」があることが、18年通年のデータの公表に慎重な対応をとらないといけない理由であるとすれば、月次データの公表についても同様のことがいえるはずです。こうした中、18年の各月の月次データがすでに公表されていることと、18年通年のデータの公表について検討会まで設置して検討を行うという慎重な対応がとられていることとの平仄が合っているのか、ということについてもきちんと検討することが必要です。

 

名目賃金と実質賃金では取り扱いが異なるのではないかとの指摘があるかもしれませんが、名目賃金から実質賃金を求める手続き(実質化)には、消費者物価指数のうち「持家の帰属家賃を除く総合」という指数を利用することとなっているので、名目賃金と実質賃金とで取り扱いを異にする必要はありません。

 

もうひとつ、参考値(共通事業所)のデータの特性やこのデータを利用する際の留意点については、昨年9月に「毎月勤労統計:賃金データの見方」という資料が厚生労働省から公表されていて、相当詳細な論点整理がすでになされているということにも留意が必要です。この資料では参考値を利用することのメリット・デメリットについての簡明な整理がなされ(同資料の14ページ参照)、「景気指標としての賃金変化率は、継続標本(共通事業所)による前年同月比を重視していく」との方針が示されています。こうした中で「参考値」の公表の可否などについて改めて検討を行うことの費用対効果がどこまで高いものかということについても、慎重に検討することが必要です。

 

 

Q5.アベノミクスを評価するための指標として実質賃金をとらえた場合、どのようなことが言えるのでしょう?

 

A5.今は、2018年の実質賃金の伸び率がプラス・マイナスいずれであったのかということが注目の的になっていますが、この問題はもう少し引いた目でながめることが必要と思われます。13年以降の推移をみると、実質賃金が大きく低下したのは13年の年央から14年の春にかけてのことで、最近時点については、振れを伴いつつも実質賃金はほぼ横ばいで推移しているというのが実際のところです。

 

この間、名目賃金が緩やかに上昇してきたことを踏まえると、実質賃金が低下したことの主因は、13年の年央から14年の春にかけて生じた物価の上昇ということになります。この物価上昇の4割ほどは14年4月に実施された消費増税(8%への税率引き上げ)の影響によるもので、残りは円安による輸入物価の上昇などによるものとみられます。 

 

 

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中里透 / マクロ経済学・財政運営

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