経常収支黒字減少のなにが問題なのか?

最近、日本経済の先行きについての1つの懸念材料として、経常収支黒字の減少、もしくは貿易収支赤字の拡大という問題が脚光を浴びている。そして、その背景にあるのが「日本企業の競争力低下」である。

 

まず確認をしておきたいのだが、日本の経常収支が減少し始めたのはここ数か月ではない。それにも関わらず、経常収支がクローズアップされているのは、今年にはいって日本の株式市場のパフォーマンスは冴えないためであると考えられる。これには、昨年の株価の上昇が「アベノミクス」成功の象徴であった丁度裏返しで、今年に入ってからの株価の不調が「アベノミクス」失敗の予兆として取り上げられる頻度が高まっているという事情がある。

 

日本の代表的な株価指数であるTOPIX(東証株価指数)は、2月28日時点で1211.66ポイントだが、これは昨年12月30日の大納会の1302.29ポイントから約7%の下落である。この株価指数の下げの一因として、日本の製造業の国際競争力の低下があるのではないか、という見方が台頭しつつある。筆者は個別企業の経営不振をあたかも日本企業全体の不振であるかのような報道スタンスには同意しないが、最近、いろいろなメディアで取り上げられることの多い、日本を代表する企業であるソニーの凋落がその象徴であるとされていることもあるようだ。

 

数字を確認してみよう。1月の貿易収支は、2兆7,900億円の赤字と過去最大の貿易赤字となった。ただ、もともと季節的に1月の貿易収支は赤字になる傾向があるため、この数字をもって日本の貿易赤字が急激に拡大していると考えるのは必ずしも正しくはない。だが、季節調整済の統計でも、1月の貿易収支は1兆8,188億円の赤字と、昨年12月の1兆2,588億円から赤字幅が拡大している。日本の貿易赤字が拡大傾向にあるのは間違いないようだ。

 

また、現時点では昨年12月までのデータしか発表されていないが、経常収支も季節調整済値では、9月以降、4か月連続の赤字となっており、数字上は、経常赤字が定着しつつあるようにもみえる。

 

これまで、経常収支黒字が「日本経済の強さの象徴」みたいな考えを持っていた人々にとっては、4か月連続の経常収支赤字という事実はかなりショッキングであり、「もう日本は終わりだ」という悲観的な見方が出てきてもおかしくはない。

 

 

国際収支統計に「損得勘定」を持ち込むことはできない

 

さて、一般論では、「日本は海外へ製品を輸出することによって外貨を稼ぎ、その外貨でもって、燃料や原材料、食糧を海外から購入している」と考えられている。その稼いだ外貨が経常収支の黒字という形であらわされ、逆に「経常収支赤字は、日本が海外で稼ぐ金額よりも、海外から購入する金額の方が多くなっていることを意味するので、このまま経常収支赤字が続けば、海外からモノを購入するための外貨がなくなってしまう」というのが経常収支についての「通説」となっている。

 

最近は、なにかと難しい経済問題を小学生でも理解できるように、かみ砕き、身近なものに例えて解説するテレビ番組や本が流行しているため、経常収支についても、このような一見わかりやすい解説がまことしやかに流されている。だが、残念ながら、これはまったくの間違いである。

 

国際収支統計は、単に、海外との財、サービス、金融商品等の取引を「複式簿記」の形式で表したものに過ぎない。経済活動は海外とだけではなく、国内でも行われているので、海外との取引だけをとってあれやこれや言ってもしょうがない。

 

またそれよりも、国際収支統計は「複式簿記」の原理に基づいて作成されているので、収支(簿記でいうところの「借方」と「貸方」)の値は必ず同じになる。つまり、国際収支統計では、経常収支黒字という形で「外貨を稼いだ(この表現も正しくないと思われるが)」お金は、同時に「資本収支赤字(海外への投資)」という形で海外に流れている。別に日本人は稼いだ外貨でせっせとため込んで、その外貨を使って海外からモノを購入している訳ではない。

 

これをひっくり返すと、経常収支赤字(財・サービスを受け取った代価として海外へのお金の支払い超)は必ず資本収支黒字(金融資産の取引によって、外国人が日本に支払ったお金の額)と等しくなる。つまり、資本収支が黒字ということは、金融資産のやり取りによって海外から日本に流入する、つまり、日本は海外から資金を調達する、ことで国際収支(日本と海外とのお金のやりとり)は、必ずゼロになる。

 

何度も繰り返すが、これは単なる「複式簿記」の原理であるので、「経常収支赤字の状況にも関わらず資本収支が黒字にならない」という事態は定義として成立しないのである。

 

しかも、国際収支統計は、財務諸表でいうところの損益計算書(P/L)でもないので、経常収支赤字は日本が「損失」(=損)を出していることを意味するものでもない点も付記しておく必要があろう。つまり、国際収支統計に「損得勘定」を持ち込むことはできないのである。

 

 

いつになったら「対外資産が枯渇」するのか

 

これを「ストック(資産残高)」でみてみよう。経常収支が黒字であれば、日本の対外資産は増える。日本は長らく経常収支黒字を記録してきたので、過去の蓄積から膨大な対外資産を保有している。経常収支赤字の状況が続けば対外資産が減少していくが、減少していくペースは経常収支赤字の規模に依存するため、仮に対外資産が枯渇することが「危険である」ということが正しいとしても、膨大な対外資産を保有する日本で「対外資産が枯渇」するような事態はなかなか来ない。

 

ちなみに2012年末の日本の対外(純)資産残高は296兆3150億円で、2013年の経常収支は3兆3061億円の「黒字(!)」だったので、2013年末の対外(純)資産は300兆円を突破した可能性が高い。今後、平均して5兆円程度の経常収支赤字が続いたとしても、対外(純)資産がゼロになるのは60年後である。しかも、まだ経常収支は黒字なので、対外(純)資産は減少していない。

 

さらにいえば、今後60年にわたって日本の対外(純)資産が減少していくかというとそれも必ずしも自明ではない。最近の議論では、まるで少子高齢化による人口減が対外純資産減少のように語られているが、今現在、経常収支黒字の増加ペースが早いドイツでは、労働力人口の減少が始まっている。

 

また、対外(純)資産が枯渇して、対外(純)債務国になったからといって、海外からモノが購入できないのか、といわれると必ずしもそうではない。例えば、アメリカもイギリスも対外(純)債務国である。アメリカの場合、「基軸通貨国」だから、対外純債権国か、純債務国かは関係ない、という意見が出てきそうだが、イギリスは基軸通貨国ではないし、かつてはIMFの融資を受けたこともある「経済危機を経験した国」である。そのイギリスで、海外からモノが購入できずに、国民に多数の餓死者が出たという話を聞いたことがあるだろうか。【次ページにつづく】

 

 

 

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