2012.10.29

Education at a Glanceから見る日本の女子教育の現状と課題 

畠山勝太 比較教育行財政 / 国際教育開発

教育 #女子教育#ジェンダー政策

先月、経済開発協力機構(OECD)から”Education at a Glance 2012 (図表で見る教育)”が出版された。この出版物はOECD34カ国+G20諸国の教育状況を、比較可能でかつ信頼できる指標を用いて比較することで教育問題を浮き彫りにし、教育政策の効果・進捗状況も明らかにすることで、各国の教育改革に活かせるように出版されているものである。本編は600ページほどあるが、それとは別に各国毎に教育状況の特徴と課題が記された簡潔なカントリーノートも出版されている。

日本についてのカントリーノートももちろん出版され、多くのメディアはEducation at a Glance本体ではなくこちらの内容を取り上げている。しかし、本編では教育とジェンダーを扱ったセクション(A4、P72)が設けられているが、日本のカントリーノートにはこのテーマを扱った部分が無い。では日本の教育状況が、教育とジェンダーの現状と課題が認識される必要が無い素晴らしいものかと問われると、決してそうとは言えない。

教育とジェンダーについては、国・地域毎にその課題が大きく異なっている。例えば、一般的に中南米では中等教育における男子の早期退学、中東では労働市場や移住が引き起こす高等教育における女子の高すぎる就学率、アフリカ・南アジアでは初等教育における女子の就学状況の低さ、アメリカでは低学年男子の学力、といったことが課題と考えられている。東アジア全般で見られる課題は教育段階におけるジェンダー格差であり、日本も例外ではない。ゆえに、今回は教育段階におけるジェンダー格差、とりわけ女子教育に注目して、Education at a Glanceを参照しつつ、いくつかの国際比較が可能な教育指標を用いて他のOECD諸国と日本を比較することで、日本の女子教育の現状と課題を描きだそうと思う。

OECDに加盟する国は全てで34カ国あるが、OECD加盟国の中でも所得水準のばらつきは大きく、特に高所得国と上位中所得国では教育制度・教育財政の在り方・抱える教育課題に大きな隔たりがあり、比較分析の対象としてあまり適切ではない。そこで、本記事では便宜上、日本を含む高所得国のOECD加盟国を持ってOECD諸国と表記することとする。

義務教育段階における女子教育の状況

まず、義務教育段階における日本の女子教育の現状を見ていく。日本を含むOECD諸国では義務教育の就学率はほぼ100%に近いため、女子教育の量に関する考察は省略し、教育の質に焦点を当てて考察していく。

最初に、TIMSS(国際数学・理科教育調査)という、主にカリキュラムの習熟度の測定を目的とした国際学力調査の2007年の結果を用いて、第4学年と第8学年(それぞれ小学校4年時と中学校2年時)の女子教育の質を見ることとする。尚、データはTIMSSを実施している”IEA(International Association for the Evaluation of Educational Achievement)”が出版している国際数学レポート国際科学レポートを参照している。

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これらの図は国名が左側に位置するほど、同じ国内の男子と比べた時の女子の数学の成績が良いことを意味している。また、棒グラフが赤で囲われている国・科目は、男女の間で統計的に有意に学力差が存在していることを意味している。図1は小学校4年生の結果を表している。図1が示すように、日本は小学校4年生の段階では数学でも科学でも男女間に学力差があるとは言いきれない結果となっている。数学においてはTIMSSに参加しているOECD諸国の過半数の国で、科学においても半数近くの国で、男子の方が女子よりも成績が高くなっていることを考慮すると、初等教育における日本の女子教育の質は高いものであると考えられる。

図2は中学2年時の状況を示している。この教育段階においても、日本では数学でも科学でも男女間に学力格差が存在するとは言えない結果となっている。半数の国で科学においては男子の学力が高く、数学においても2カ国で男子の学力が高いことを考慮すると、中学2年時においても日本の女子教育の質は決して低くはないと考えられる。

さらに、PISA(生徒の学習到達度調査)の2009年の結果を用いて、15歳時(義務教育修了時)の女子教育の状況を見る。PISAはOECDが行っている国際学力調査で、主に読解力・数学・科学分野におけるリテラシー能力の測定をその目的としている。データはOECDが出版している”PISA 2009 Results: What Student Know and Can Do (volume 1)“を参照している。下記の図3・4・5はそれぞれ読解・数学・科学における各国の男女の得点差を示している。読解では全てのOECD諸国で女子が男子よりも得点が高い一方で、数学では半数以上の国で男子の得点が女子よりも高く、科学では、男子の得点が高い国もあれば、女子の得点が高い国もある。


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日本は読解力では女子が男子より得点が高く、数学・科学では男女の間に得点差があるとは言い切れない状況となっている。OECD諸国を見渡すと、トップクラスの国を見れば確かにフィンランドのように女子が全科目で男子よりも得点が高い国も存在するものの、全体的に見ると日本の義務教育段階での女子教育の状況はOECD諸国の中でもかなり良い方であると言える。

以上のように、国際学力調査の結果を用いて小学校4年時、中学校2年時、義務教育修了時の女子教育の質を見てきたが、その結果を見る限り義務教育段階において女子教育の質に大きな課題があるとは言い難い。「OECD諸国との比較から見る日本の教育支出の特徴と課題」の中でも言及したが、女子教育の観点から言っても日本の義務教育段階は大きな課題があるとは考えづらいのが現状である。

高等教育における女子教育の現状と課題

次に、高等教育における女子教育の状況を見る。高等教育段階の教育の質は定義も難しい上に、国際的に比較可能でかつ信頼できるような指標が存在しないため、教育の量にフォーカスを当てて高等教育段階における女子教育の現状を見ていく。

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上記の図6は、高等教育における男女の就学比率である。出典は世界銀行の”World Development Indicators“である。OECD諸国の殆どの国で値が100%を超えており、これは男子よりも女子の方が高等教育に就学していることを意味している。日本は韓国と共に、女子の方が男子よりも高等教育での就学状況が悪いというOECD諸国でも珍しいグループを形成しており、高等教育段階での日本の女子教育は量に大きな課題を抱えていると言える。

しかし、日本の女子教育は高等教育の量の面で問題があると言っても、高等教育の形態は短大・大学・大学院と異なっているし、工学系・理学系・社会科学系・人文科学系・サービス系等とその内容も多岐に渡っている。冒頭でも述べたが、日本に関するカントリーノートでは言及されていないものの、Education at a Glance本体の方ではこの情報を掲載・分析しているので、これを参照にして日本の高等教育における女子教育の量の内訳の現状を見ることとする。

まず、ISCED 97(International Standard Classification of Education:国際標準教育分類)に基づいた高等教育の分類に従って、各教育形態別に新規卒業者に占める女性の割合を掲示した箇所(OECD 2012, Table A4.5)を参照する。高等教育はISCED 5B(主に大学よりも年数が短く、かつ卒業後就職をする者が大半である教育機関)、ISCED 5A(主に理論に基づいたカリキュラムを提供し、最低でも3年以上の教育年限で、次のレベルの教育段階に進学する資格を与えられる教育機関)、ISCED 6(より先進的な研究を指導し、最低でも3年以上のプログラムを提供している教育機関)、の3種類に分類することが出来る。ISCEDはあまり耳慣れない概念であると思われるので、完全には一致しないものの以下便宜上ISCED 5Bを短大、ISCED 5A・First Degreeを大学、ISCED5B・Second Degreeを修士課程、ISCED 6を博士課程として扱う。

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上記の図7・8・9・10はそれぞれOECD諸国における新規短大卒業者、新規大学卒業者、新規修士課程修了者・新規博士課程修了者に占める女性の割合を表している。図7が表しているように、日本は高等教育における女性の就学状況は極めて悪いものの、短大卒業者に占める女性の割合はOECD諸国の中でも高い方となっている。その裏返しで、図8・9・10が表しているように、大学・大学院卒業者に占める女性の割合は、OECD諸国の中でも最下位となっている。もちろん日本のこの短大卒業生に占める女性の割合が高く、大学・大学院のそれは低いという状況は、高等教育全般におけるジェンダー格差の観点から言って決して望ましいものではない。

さらに高等教育の内容に着目して、日本の女子教育の状況を概観することとする。大学で学んだ内容と賃金の関係は、「高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか?」の中でも、また先月”U.S.News & World Report”の記事でも取り扱われたのだが、基本的に量的な研究を行う学問を学んだ方が、質的な研究を行う学問を学ぶよりも賃金は高く、失業率は低くなる傾向がある。さらに、質的な研究を行う学問の中でも、社会科学、人文科学、サービス系の順に雇用や賃金に結びつき難くなる傾向も認められる。では、日本の女子教育の状況はどのようになっているだろうか?

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上記の図11・12・13・14・15は、Education at a GlanceのTable A4.6から持ってきたもので、それぞれ工学系・理学系・社会科学系・人文科学系・サービス系の新規卒業者に占める女性の割合を表しており、順に賃金や雇用に結びつきづらくなっていると考えられる。図11・12・13が示しているように、賃金や雇用に結びつきやすい系統の卒業者に占める女性の割合は、日本はOECD諸国の中でも最低レベルとなっている。これは、そもそも高等教育における女性の就学状況が悪いことを示しているだけと思われるかもしれないが、そうではないことを図14・15が示している。比較的賃金や雇用に結びつきづらいと考えられている人文科学系やサービス系の卒業生に占める女性の割合では、日本は前者ではOECD諸国の中でも上位に入り、サービス系に至ってはOECD諸国でトップに立っている。

この章の冒頭で紹介した高等教育段階での男女の就学比率を見る限り、日本はOECD諸国の中でも数限られた女子の就学率が男子よりも低い国である。しかし、その就学形態や就学内容を見ると、就学率から見えてくる現状よりも、課題がはるかに深刻なものであることが読み取れる。高等教育は義務教育と異なり、修了後直ちに労働市場へと入っていく段階である。この段階で問題があると、たとえ義務教育がどれだけうまく行われていたとしてもそれを台無しにしてしまう。この点まで考慮すると、いかにこの日本の高等教育における女子教育の課題が大きなものであるか見えてくると思う。

まとめ

ここまで日本の女子教育の現状と課題を概観してきた。Education at a Glanceといくつかのデータを参照すると、日本の女子教育は義務教育段階まではOECD諸国と比べてもかなり良好なものであることが示唆されている一方で、高等教育段階においては大きな課題が存在していることも示されている。この課題は様々な要因が複雑に絡み合って発生していると考えられるので、データに基づく分析で女子教育の阻害要因をあぶり出し解決していく必要がある。ここでは、日本のデータ分析に基づかないものの、一般的に女子教育の阻害要因になると考えられているものの中で、日本に当てはまりそうなものをいくつか紹介しようと思う。

(1)女性教員不足の解消

女子教育の進展が見られない場合、まず女子に不利な教育環境の存在が疑われる。この中には、学校/通学路の安全性・カリキュラム・女性教員の不足など様々な要因が存在する。日本はこの中でも女性教員の不足が深刻な状況となっている。下記の図16・17は、Education at a GlanceのTableD5.3から持ってきたもので、それぞれ高校・大学/大学院段階での女性教員比率を表している。2つのグラフが示すように、日本の高校・大学/大学院段階での女性教員比率は、OECD諸国の他国をかなり引き離して最下位に位置している。

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女性教員の存在そのものが女子を学校に行き易くさせるメリットもあるのだが、女子学生にとって働く女性のロールモデルとなる点も見逃せない。特に労働市場と接続してくる後期中等教育(高校)及び高等教育段階(大学/大学院)では女性教員にこの役割も期待されるのだが、日本の少ない女性教員比率ではそれが難しい。ここでは示さなかったが、日本は前期中等教育(中学校)及び初等教育段階(小学校)でも女性教員比率がOECD諸国の中で最下位レベルであり、女性教員比率を高めるための教員養成・採用・教員保障制度を考えていくことが求められている。

(2)中長期の教育計画

前回の「高等教育の量的拡大はどのように行われるべきか? 」の記事の中で、過去20年間で大学生の数が約57万人も増加するという高等教育の量的拡大が行われてきたが、この量的拡大は賃金や雇用に結びつきづらい分野、つまり文系分野や私大を中心として推し進められてしまったという問題点を指摘した。

前回の記事中では触れなかったが、文部科学省の学校基本調査によれば、この約57万人の増えた大学生の性別の内訳は、男性が約5万人、女性が約52万人となっており、この20年間で行われた高等教育の量的拡大の対象者の90%以上は女性だったということになる。

つまり、前回の記事で指摘した問題点は、そのまま女子教育の問題点として存在していると言っても過言ではない。一度作ってしまったものの転換は難しいが、可能な限り既存・新設する学部を国立大学の理系を中心として推し進め、そこに女性をアファーマティブアクション的に取り込んでいくという選択肢がある。また、一般的に男子と女子では教育需要の制約条件が異なってくるため、詳細な調査を行ったうえでこれまでとは違う形の教育需要の喚起策(例えば、一人暮らしをせずとも大学に通学できるような大学立地計画、現状の教育ローン中心の生徒支援策の中から一部を女性向けの奨学金へと切り替え、補助金を理系学部に集中させて理系の授業料を抑制、といったことが考えられる。) を取るという選択肢もあるだろう。

(3)家庭教育

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上記の図18・19はそれぞれOECD諸国の女性の労働参加率と男女の賃金格差を表している。これらの図から分かるように、日本の女子教育が高等教育段階で大きな課題を抱えていることの裏返しでもあるが、日本の女性の労働参加は他のOECD諸国と比べて進んでいない。女子教育との絡みでいうと、他のOECD諸国と比べて、女子が育つ家庭の中に働く女性のロールモデルが少ない、ということを意味する。さらに、日本は他国以上にジェンダーに関するステレオタイプが強い、とも聞く。そうなのであれば、なおさら他のOECD諸国以上に積極的に家庭教育に介入していかなければ、女子教育の課題を解決することは難しい。

IMF・世銀総会で来日中のIMFラガルド専務理事が「日本経済に活力をもたらす上で、女性が果たす役割は極めて有効だ」と述べたことをはじめ、いくつかのレポートで日本経済の発展のためには女性労働力の活用が肝要であると言及されている。これまで、日本の女性の賃金も労働参加率も低い原因として、就職差別といった労働力の需要側の問題や、産休や労働時間、待機児童の問題等の労働環境の問題がよく取り上げられてきた。しかし、労働力の供給側の問題もまた、この原因となっているであろうことが考えられる。

他国と比べても立ち遅れている日本のジェンダー状況を改善するためにも、そして日本の経済発展のためにも、高等教育段階における女子教育の課題の克服は、日本にとって重要な政策課題の一つであると考えられる。

(本記事は日本で無所属の時期に書かれたもので、どの組織と関連するものでも、どの組織の意見を代表するものでもありません。本記事はチャリティとして書かれたものであり、謝金相当額の半分は東北の被災地の子どものために活動している「一般社団法人プロジェクト結」へ、残りの半分は途上国の子どものために活動している「特定非営利活動法人日本ネパール女性教育協会」へと、シノドスさんのほうから寄付して頂いております。)

参考文献

Martin, M.O., Mullis, I.V.S., & Foy, P. (with Olson, J.F., Erberber, E., Preuschoff, C., & Galia, J.). (2008). TIMSS 2007 International Science Report: Findings from IEA’s Trends in International Mathematics and Science Study at the Fourth and Eighth Grades. Chestnut Hill, MA: TIMSS & PIRLS International Study Center, Boston College.

Mullis, I.V.S., Martin, M.O., & Foy, P. (with Olson, J.F., Preuschoff, C., Erberber, E., Arora, A., & Galia, J.). (2008). TIMSS 2007 International Mathematics Report: Findings from IEA’s Trends in International Mathematics and Science Study at the Fourth and Eighth Grades. Chestnut Hill, MA: TIMSS & PIRLS International Study Center, Boston College.

OECD. (2012). Education at a Glance 2012: OECD Indicators, OECD Publishing. http://dx.doi.org/10.1787/eag-2012-en

OECD. (2010). PISA 2009 Results: What Students Know and Can Do-Student Performance in Reading, Mathematics and Science (Volume l) http://dx.doi.org/10.1787/9789264091450-en

プロフィール

畠山勝太比較教育行財政 / 国際教育開発

NPO法人サルタック理事・国連児童基金(ユニセフ)マラウイ事務所Education Specialist (Education Management Information System)。東京大学教育学部卒業後、神戸大学国際協力研究科へ進学(経済学修士)。イエメン教育省などでインターンをした後、在学中にワシントンDCへ渡り世界銀行本部で教育統計やジェンダー制度政策分析等の業務に従事する。4年間の勤務後ユニセフへ移り、ジンバブエ事務所、本部(NY)を経て現職。また、NPO法人サルタックの共同創設者・理事として、ネパールの姉妹団体の子供たちの学習サポートと貧困層の母親を対象とした識字・職業訓練プログラムの支援を行っている。ミシガン州立大学教育政策・教育経済学コース博士課程へ進学予定(2017.9-)。1985年岐阜県生まれ。

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