「妊娠しやすさ」グラフはいかにして高校保健・副教材になったのか

担当大臣の現状認識

 

さらに、9月4日の閣議後の記者会見の内容として、「訂正したグラフの内容について「専門家にも見てもらっており適切だ」「調べたい方は出典を明記した」と高校生ら読者が自ら調べられることを強調した」という内容も伝えられている。この会見内容については、下記記事で報じられた。

 

「保健副教材:「妊娠しやすさ」訂正後のグラフにも問題」(9月4日 毎日新聞)(最終確認日:20150907)

 

疑問をもたなかった高校生はグラフの内容をうのみにしたままでよく、疑問を持った高校生は自分で調べよということらしい。

 

今回のグラフに関しては、本来、Wood (1989)、Bendel & Hua (1978)、Sheps (1965)、Jain (1969)の4つが挙げられていてしかるべきであったことを確認しておきたい。とりわけ、正誤表という段階になっても、Bendel & Hua (1978)が抜けたままというのは理解しがたい。かなり調べない限り、グラフをめぐる事情はわからない。

 

 

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「高校1年生用啓発教材「健康な生活を送るために」(平成27年度版)の訂正」正誤表の出典部分(最終確認日:20150907)

 

 

なお、正誤表でも、訂正されたのは曲線のカーブのみで、肝心の縦軸の内容はそのままである。

 

 

不思議な全国知事会

 

ところで、有村大臣の記者会見の現状認識は、極めて不思議なものだといわざるをえない。

 

というのも、大臣みずから、この4月に開かれた全国知事会との意見交換(「有村女性活躍担当大臣、内閣府特命担当大臣(男女共同参画、少子化対策)と全国知事会との意見交換」)という会合で、「女性の妊孕力の年齢による変化」について、問題のグラフを用いて説明を行った様子が見られるからだ。

 

 

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http://www.nga.gr.jp/data/activity/committee_pt/project/ikusei/h27/15042001.html(最終確認日:20150907)

 

 

全国知事会のウェブページには、配布資料が詳しく公表されている。

 

 

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平成27年4月20日「全国知事会配布資料」より(最終確認日:20150907)

 

 

この資料では、「誤った数字」ではないO’Connorら(1998)にそっくりな曲線のグラフが使用されている(出典非表示)。

 

 

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平成27年4月20日「全国知事会配布資料」より

 

 

全国知事会「正しい数値」のグラフを使用して、高校生の副教材には「誤った数値」のグラフが掲載されるという状況は、どう頭を捻っても理解できない。

 

 

問題は「図1」だけではない?

 

今回の高校副読本に関しては、他にも不可解なことがある。9団体の提出した「要望書」では、副教材に「妊娠・出産の適齢期やそれを踏まえたライフプラン設計」などを「盛り込」むことが要望されたわけだが、その際の「参考資料」の目玉として今回のグラフとともに使用された「図2 妊娠・出産に関する知識(国・男女別)」の方も、大変不思議な利用のされ方をしている。

 

 

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「要望書」提出を伝える家族計画協会機関誌(第732号)の誌面(最終確認日:20150907)

 

 

実は、このグラフは、冒頭で触れた「少子化社会対策大綱」に至る検討過程でも使用され、「日本は他の先進国に比べ、妊娠に関する知識の習得度は低い」なる状況認識のもとでの数値目標設定にあたって根拠として使用されたグラフである。(注)

 

(注)なお、このグラフは、さらにさかのぼると、いわゆる「女性手帳(この段階では.『生命(いのち)と女性の手帳(愛称別途検討)』)が検討された過程でも使用されていた。(「少子化危機突破タスクフォース 妊娠・出産検討サブチーム報告」

 

 

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「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会(第3回)」(2014年12月12日)で、配付資料として、委員である国立生育医療研究センター周産期・母性医療診療センターの齊藤英和氏によって提出された「妊娠適齢期を意識したライフプランニング」冒頭の図版

 

 

この図をもとに「日本は妊娠にかかわる知識がかなり低い国であることがわかりました」とプレゼンテーションが行われた。(「新たな少子化社会対策大綱策定のための検討会」(第3回)議事録

 

筆者が瞬時に「妙」と感じた点をとりあえず、2点あげてみる。

 

(1)なぜ調査対象国のほとんどで「妊孕性の知識」が女性の方が有意に高いのに、日本は男性の方が高いのか。そういう国は、「先進諸国」のグループには他にはなく、それ以外のグループでもブラジルとトルコだけである。

 

(2)そもそも、なぜ「先進諸国」で日本だけが「妊孕性の知識」が少ないのか。通常であれば、これらの点を解決することなく、こんな怪しいグラフを典拠にして何かを検討することなどありえないはずだ。

 

もとの論文(Laura Bunting et al. Hum. Reprod. 2013:28:385-397) を読んでみたが、論文本文中で、日本の群を抜いた低さに言及がなされている気配はないようだった。日本のみがこれだけ低いというのに、目立ったかたちでの言及がない以上、それなりの理由があるはずなので、論文と一緒に公開されている調査対象者についての表(Supplement)を開いてみた。

 

それを読み、疑問に思った点を下記にまとめてみる。私は、社会調査の専門家というわけではないので、検証は、専門の方々にお任せしたい。ただし、理系の学生実験のレポートであってさえ、異なる集団について得られた数値をそのまま比較したりすれば、むろんただちに「不可」である。

 

(1)先進諸国中で日本の調査方法だけが異なる。他の先進諸国では、Facebookなどを利用したオンライン調査を行ったのに対し、日本に関しては市場調査会社を使って調査を行っている。つまり、他の先進諸国での調査では、(オンラインで調査に協力するような)そもそも妊娠や不妊といった問題に関心のある人々が調査に回答したという偏りがあった。対して日本では、そのような偏りが相対的に発生しにくい調査方法を採っていたと思われる。

 

つまり、日本と他の先進諸国の知識に関するデータは、比較可能とはいえないのではないか。そのことは、下記(2)~(4)に示されるような、日本と、その他の先進諸国での、回答者の特性の著しい違いにも現れているのではないか。

 

(2)調査対象者中の医師受診歴のある人の割合が、日本のみ先進諸国中で群を抜いて低い(先進諸国平均73.9%、日本29.9%)

 

(3)調査対象者中、子どものいる人の割合が、日本のみ先進諸国中で群を抜いて高い(先進諸国平均28.1%、日本49.5%)。

 

(4)調査対象者中の女性の率が、日本のみ先進諸国中で群を抜いて低い(先進諸国平均87.6%、日本58.2%)。(1)の事情のもと、調査主体の男女半々にデータを集めたいという願望が期せずしてある程度反映されたのが日本だったようだ。なお、同調査では、女性の方が、知識が多いと指摘されている。(注)

 

(注)“Fertility knowledge and beliefs about fertility treatment: findings from the International Fertility Decision-making Study”Laura Bunting et al. Hum. Reprod. 2013:28:385-397 (最終確認日:20150907)

 

仮に、この疑念が極端にまちがっていなかったとすれば、「要望書」の資料に掲載したことが公開されている図1のみならず、図2までもが不適切だったということになる。検討段階でこの図が持ち出され、数値目標までがこのグラフに準拠して立てられた「少子化社会対策大綱」についても、どう考えればよいのだろう。

 

専門家、有識者、学協会などが、科学的に非妥当な資料を政策決定の場に提出し、科学的に非妥当な前提のもとでの議論を誘導したり、教科書・副教材に科学的に非妥当な内容を載せたりしてよいのだろうか。

 

これは、くらくらするほど大きな問題だと思う。執筆者の手に負えるような問題では到底ない。本稿では、グラフ自体についての初歩的な指摘にとどめたい。

 

今回、副教材における「妊娠のしやすさ・不妊」関連知識とでもいうものの新規重点記載が実施されたのは、「妊娠・出産に関する医学的・科学的に正しい知識について理解の割合が他の先進諸国に比べて極端に低い状態を是正する」ことを目的としてのことであった。

 

仮にその前提が崩れるのであれば、今回のいわゆる「妊活」の重点的増頁や、教材全体を通しての女性の妊娠にフォーカスした内容の改変を行う必要はなかったことになる。また、仮にページを増やすにしても、従来からの地道な現場の実践を反映するかたちで、高校生にとって最も切実な内容を、多様なライフスタイルを念頭におきつつ丁寧に説明すればよかったということになる。

 

その場合、内容はまったく異なるものになったはずだ。もちろん、不適切なグラフが挿入されることも、その挿入が「間違った数値」になることもなかっただろう。

 

 

もう一度、なぜ不適切なグラフなのか

 

ちなみに、こうした明らかな間違ったグラフであっても、問題と思わない人もいるようだ。その典型が、「子どものできやすさはある年齢まであがり、その後下降するのだから、そんなに目くじらをたてなくても……」という系統のものだろう。

 

しかし、当然ながら、誤った情報を高校生の副教材にのせてはいけない。今回のグラフにおいて、私が問題だと感じた4点を最後にまとめたい。

 

 

1)引用の問題

 

高校生向け副教材であれば、掲載データの集め方の倫理性など、通常の研究よりはるかに厳しく検討されるべき。なのに、あまりに無造作な孫引きである。Wood(1989)のグラフもBendel & Hua(1978)の値を再計算したものなのであるし、Bendel & Hua(1978)のデータも、1960年代に発表されたそれぞれ違った論文から利用したものであった。孫引きどころか、ひ孫引き、夜叉孫引きである。

 

 

2)改変されたデータを使う問題

 

「高校生にわかりやすく説明するための簡略化」というには、あまりにも数値が違いすぎる。副教材グラフにみられる22歳でのくっきりしたピークは、今回の「改変」によるものだし、それ以降の数値の急激な下降部分についても言を俟たない。(なお、グラフの「改変」経緯については、田中重人氏の「日本産科婦人科学会等9団体による改竄グラフ使用問題」が参考になる。)(最終確認日:20150908)

 

 

3)生理学・生物学的な何かに見せるかたちで女子のみのグラフを載せる問題

 

老化現象は性別に関わらずやってくる。生殖関連に関しても同様だ。それが生物学の標準見解であることもいうまでもない。男子についての数値データも出てきている2015年の今になって、なぜ女子のみにグラフを用いて20代前半からの老化を強調するのだろう。

 

そして、これだけグラフの「改変」を施してまで女性の「妊娠のしやすさ」なるもののピークが22歳であると強調しておきながら、高校1年生(15歳の生徒も含む)に配布されるこの教材では、グラフの左側に対応する十代での妊娠に伴う母子のリスクについて一切触れていないのである。

 

 

4)そして、「22歳がピーク」と高校生を脅すという根本の問題

 

全員配布の高校用副教材である。高校生にとって22歳なんてすぐそこだ。大学を卒業するのは早くて22歳、ただでさえ新卒でなければ就職が難しい社会において「22歳が出産できるピークです」と(しかも、間違ったデータで)脅されても、高校生にすればたまったものではないだろう。進路選択を大幅に狭める内容だというほかはない。

 

また、高校生が、「文部科学省発行の副教材に掲載された内容」を読んだ親や教員などから進路選択のアドバイスを受けることも忘れてはならない。

 

 

(注)「疑問を持った高校生は正誤表を手掛かりに自分で調べよ」という現況にかんがみ、前半はなるべく平易な表現を心がけた。通常の論文とかなり文体が異なることをご海容いただければと思う。

 

[Tweet 1] https://twitter.com/segawashin/status/634875963990507520(ツイートに関しての最終確認日:20150907)

[Tweet 2] https://twitter.com/sakinotk/status/634876126305775616(ツイートに関しての最終確認日:20150907)

 

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