学校にエアコンなんて贅沢か?――温暖化が進む世界で子供たちの学習環境を考える

1. アメリカの研究結果から――暑さは子供の学力に影響を与えるのか?

 

先月、NBER(全米経済研究所)のワーキングペーパーで、暑さが子供の学習成果に与える影響を分析した研究が公表されました(Heat and Learning)。試験日に天気が悪いと、テスト結果が悪くなるという分析はちょこちょこ出ていたのですが、これは試験当日ではなく年間を通じて平均気温が高かったり、猛暑日が沢山あると、どれぐらい教育活動がダレて子供の学習成果が低下するのか、というのを分析しています。

 

アメリカは南に行くほど貧しくて学力が低いので、暑さが学力を低下させるんじゃなくて、地理的に貧しい地域が暑い所に多いからそれが子供の学力に影響するんじゃないの? と相関関係と因果関係にうるさい人なら思うかもしれませんが、この研究は同じ個人間の成績のバラつきを利用して、その辺りの問題をクリアしています(これをstudent fixed effectと言って、米国の教育経済学では比較的よく使われる計量経済学的な手法ですが、これの詳しい説明は今回は割愛します)。

 

結果を先に述べると、年間の平均最高気温が1℃暑くなると、子供の学力が偏差値換算で0.045程落ちるようです。米国はデータが充実しているので、学力がどれぐらい所得向上に寄与するのか分かっています(16歳の時点で偏差値が1違うと生涯所得で100万円弱違ってきます)。なのでこれを基に計算すると、平均気温が1℃上がると、学力低下による生産性の低下で、個人の生涯所得が約4万2千円下がってしまうようです。

 

これを基に学校にエアコンなんて贅沢なのか考えてみましょう。例えば、30人学級をエアコンで5℃ぐらい冷やしてやると(5℃×4万2千円×30人)、割引現在価値で600万円以上の価値があるということになります。極端な少人数学級とか、エアコンがほとんど室温を冷やさない場合(恐らく北の方の地域がこれに該当すると思いますが、だったらそもそもエアコンを購入しないでしょうから、あまり妥当性のある考えではないと思います)を除き、さすがにエアコンの購入費や運営費がこれよりも高い、というのはちょっと考えづらいですね。つまり、学校にエアコンなんて贅沢…というわけではなく、全然ペイする教育投資だということが分かります。

 

(この研究の基本線は私も同意するのですが、湿度を考慮していないのはどうかな? と少し思いました。例えば、イエメンのサナアにいた時に気温が物凄く高かったのですが、湿度はそこまででもないので、日陰に隠れれば比較的やり過ごせる感じがしました。これに対しタイのバンコクは、イエメン程気温は高くないのですが、湿度のせいで不快感が物凄いんですよね。こんな感じで冷房&除湿で組み合わせて考えると、もうちょっとエアコンの価値は高いかもしれないなと思います。いずれにせよ、日本の夏は本当に暑いので米国以上に学校エアコンの価値は高いでしょうね。)

 

メインの結果以外に、この研究で2点面白いなと思った点があります。一つ目は、夏休みの間どれだけ暑かったかはほとんど子供の学習成果に影響がない一方で、授業期間中の暑さだけが子供の学習成果に影響があるという点です。筆者たちは、この部分を基に、やはり暑いと学校での学習が阻害されると結論付けていて、夏休み中の家での学習については暑さは関係ないのかなと一瞬疑問に思ったのですが、そもそも平均的なアメリカの子供は夏休みに家で勉強していないんだな…と気がつきました。

 

二つ目は、暑さの影響は不利な環境にある子供達の間でより大きく出ている点です。白人と黒人&ヒスパニックを比べると後者は前者の3倍も暑さの影響が出ますし、富裕層と貧困層を比べても同様の結果が出ています。これは、富裕層の子供が暑くて学校で勉強できなくても、家庭教師などでそれを補うことが出来るのに対して、貧困層の子供はそういった手立てをすることができないために見られる現象のようです。

 

こういった現象は、この暑さ研究だけでなく、少人数学級や教員の質に関する研究でも見られます。学習にネガティブな影響を与える要因は不利な環境にある子供達にこそ大きな影響を与え、そのような要因の積み重なりで恵まれた子供と不利な環境にある子供の間の学力格差が生まれ・拡大していく、という認識はもっと広まっても良いでしょうね。

 

 

 

 

2.途上国の学習環境をめぐる政策議論の話

 

上の議論のように、暑さに代表されるような学習環境も子供の学習成果に影響を及ぼすことが分かってきています(当り前じゃないか、という指摘はその通りなのですが、重要なのは特定の要因がどの程度、子供の学習成果に影響を与えて、そのための対策にどれぐらいの費用を投入するのが正当化されるのか、が分かるようになるという点だと思います。)

 

翻って途上国の子供達の学習環境を見ると、そもそも青空教室というのもありますが、換気や採光が不十分な劣悪な教室で学んでいるという状況がそれなりに見られます。なぜ途上国の子供達の学習環境はあまり顧みられないのか、自分の経験から少しお話をしてみようと思います。

 

第一にドナー側の教育への理解不足が挙げられます。

 

アカウンタビリティの高まりにより、経済的な手法や考えを用いた教育支援が拡大しています。ただし、教育生産関数を用いた教育経済学的な分析には他の教育分野と比べて強みも弱みもある点は注意が必要なのですが、この弱みの部分が見落とされているケースが散見されます。

 

教育生産関数分析は、インプット→(ブラックボックス)→アウトプットという図式を基に、インプットに対してどれだけアウトプットを出せたのか、という分析をします。インプットに対して、どれだけアウトプットを生み出せたのか、費用対効果や費用便益を計算できるので、アカウンタビリティを果たすのに適しています。その一方で、教室の中をブラックボックスとして扱うので、教室の中でどのように教育活動がなされているのかの把握に弱みを持ちます。

 

今回の暑さのテーマに寄せると、他の教育分野であれば、とても暑い日に子供も教師も教室内でだらけている様子は直ぐに把握できると思いますが、教育経済学的にはこのだらけているということの把握が主にアウトプットを通じてなされるので、理解が不十分になりがちです。言い換えると、子供たちがどう学んでいるかへの注意が不足しているために、学習環境への注意も散漫になりがちになるということです(気温は、インプットとして把握できるので、学習環境の中でも圧倒的に分析されやすいテーマではありますが)。

 

この結果、インプットとして把握しやすい、机や椅子・教科書・学校のような「物がない」という点と、「学校で学ぶ準備ができていない」という点(就学前教育のレディネスが十分ではない・健康状況が学ぶのに適切な状態ではない…虫下し薬の配布など))注意が過剰に向きがちになる点は注意が必要だと思います。

 

第二の理由として、学習環境のスタンダードの欠如を挙げたいと思います。

 

日本の場合、「建築基準法」を遵守した学校建築がなされていて、採光やら何やら色々と考慮されていますが、こと途上国での学校建築になると、そもそも遵守すべきスタンダードが存在していない国が多くあります。マラウイもそんな国の一つで、この学校建築スタンダードの作成支援も実施していましたが、そもそも国がそういったことを進めるだけのキャパがない上に、各ドナーがそれぞれの思惑を押し込もうとするので、プロジェクト開始から数年経っても一ミリも進展がないという状況でした。

 

このように、遵守すべきスタンダードが欠如している状況では、各ドナーが各自で学校建築をしてしまうため、中には換気が不十分で暑い中で子供が勉強する羽目になるようなものまで見られます。

 

例えば、ユニセフは「Child Friendly School」を推進している関係で、子供の学習環境にかなり配慮した学校建築をしていますが、もちろんその分コストも高めのものになります。その一方で、ある国で某ドナーは、その国の「教室当たりの生徒数」を成果指標として採用していたので、子供たちの学習環境を完全に無視していかに安く「教室」を建築するかにだけ囚われ、教室当たりのユニットコストもユニセフのそれのわずか1/4という安かろう悪かろうな教室をボコボコと建築していきました。小規模NGOによる学校建築も盛んですが、取りあえず形に残るものを作ってバンザイで終わっているものが見受けられ、なかなか頭の痛い状況が多くの途上国で繰り広げられています。

 

最後の理由として、誤った費用対効果分析に言及します。

 

ユニセフ内でもChild Friendly Schoolは、子供の学習成果を上げるうえで費用対効果が悪いとして反対するグループが存在しています。考えてみればその通りで、今回の研究を事例とすると、換気も抜群の素晴らしい学校を建築して、子供達が5℃ほど涼しい所で勉強できるようになったとしても、成績改善の効果は0.2σほどに留まります。その一方で、低学力の子供に対する少人数学級の導入もほぼ同程度の効果を生み出します。

 

例えばマラウイの場合、教員を一人増やして少人数学級を導入するコストは1000ドル以下で済みますが、教室建築の場合約30000ドルかかり、30倍もコストをかけて結果は同じ、ということになります。確かに、これだったらChild Friendly Schoolの建築なんてやめてしまえ、となっても不思議はありません。ちなみに、私の上司だった人はこの費用対効果の低さを理解しつつも、それでもChild Friendly Schoolは推進する必要があると思うと悩んでいました。

 

しかし、学校建築に3万ドルかかるからと言って、それをそのまま「コスト」と換算するのは正しいのでしょうか?も確信はありませんが、恐らく間違っているのではないかと思います。正しいコストの見積もりは、

 

(Child Friendly Schoolの教室建築費用ー一般的な教室の建築費用)ー(Child Friendly Schoolの耐久年数も考慮した維持費用ー一般的な教室の耐久年数を考慮した維持費用)

 

で計算しないと間違いではないのかなと思っています。なぜなら、Child Friendly Schoolの反実仮想は、「子供たちが青空教室で学んでいる」、ではなく「子供達が一般的な教室で学んでいる」だと考えるからです。これであれば、Child Friendly Schoolは耐久年数も長いので、実はそれほど他の介入と比べても費用対効果は低くないのではないかなと思います。

 

いずれにせよ、現在は学校建築にお金をかけても、学習成果向上に対する費用対効果は低いという考えが一般的で、あまり子供達の学習環境が顧みられないのが現状です(日本のJICAの支援はこの例外にあたる印象を受けます)。

 

 

3.まとめ

 

学校にエアコンなんて贅沢だ! という議論は学力への影響を基にした費用便益分析をしてみると、とくに温暖化が進む世界では、ほぼほぼ間違いであることが分かります。根性論をうつのではなく、いかに快適な学習環境を子供たちに提供できるか考えていく必要があるでしょう。

 

これは先進国に限った議論ではなく、途上国支援でも真剣に顧みられる必要があると思います。とくに、アフリカの中でも貧困地域は暑い場所に位置していることが多く(首都はマラリアを避けるためにか、案外高地にあるので、そこまで暑くなかったりします)、貧困国のもっとも厳しい状況にある子供たちにこそ、学習環境を考慮した支援が届けられる必要があるでしょう。

 

サルタックとして建築事業はやらない方針ですが、専門性を活かしたアドボカシーでこの点を訴えていけたらなと思います。

 

 

追伸

 

米国では摂氏ではなく華氏が使われているのですが、この記事の執筆に際してイチイチ華氏を摂氏換算したわけですが、煩わしかったです。車を運転すればマイル表示だし、スーパーに行くとポンド表記とか米国は度量衡に関して何かと煩わしいことが多いです。しかし、この米国の事例は、「スタンダード」が存在していても、それを無視するアクターが存在することを象徴していて、途上国の学校建築もスタンダードができたところで、それを守らないアクターが続出するんだろうなという気もします。

 

 

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