文部科学省汚職と競争的資金を、オバマ政権の経験から考える

大変残念なことですが、連日、文部科学省の汚職問題がメディアを賑わせています。いくつもある汚職事件の中でもわたしがとくに気になっているのは、天下りの問題、それから利益供与と私的見返りの問題です。なぜなら、この二つに共通するのは、近年、教育政策/教育経済学分野で議論が進んでいる「競争的資金」が絡む問題だからです。

 

なぜ最近、競争的資金が話題になっているかというと、オバマ政権がこの競争的資金を活用して教育改革を強烈に推進したからです。米国の経験から考えても、競争的資金は汚職を引き起こしやすいのですが、そもそも競争的資金は教育政策においてどのような議論をされているのでしょうか? 今回は米国の経験から、日本の汚職事件と、国際教育協力への示唆を考えてみたいと思います。

 

 

1.競争的資金の幕開け前夜

 

(この節の話は、こちらの論文の前半部分で議論されているところがあるので、詳しくはぜひそちらを参照してみてください)

 

オバマ政権は誕生直後にRace to the Top (RTTT)と呼ばれる、州政府を対象にした競争的資金を導入し、教育改革を推し進めました。これを理解するために、少し米国の教育政策について触れたいと思います。

 

米国の教育政策というのはきわめて地方分権的に行われていました。その中心となっていたのは、学区選挙によって選ばれる、一般的な行政システムから切り離され、徴税権を持った教育委員会です。州政府は教員免許やカリキュラム、学校カレンダーといった規制を制定する程度に留まり、日々の学校運営にはほとんど影響力を持ちませんでした。連邦政府はというと、教育省もないぐらい教育政策とは無縁でした。

 

こうした状況に変化が起こるのが1965年です。リンドン・ジョンソン大統領は、貧困との戦争(War on Poverty)の一環として、Elementary and Secondary Education Act (ESEA)を制定し、困難な状況にある学校に対する資金支援や、障害児教育支援を実施しました。これは、連邦政府から州政府を通じて資金が配分される仕組みであったため、これまでおもに規制を制定するだけであった州政府に、新たに資金が適切に使われているかどうかのモニタリングをするという役割を担うように求めるものでした。

 

日本でも広く知られているように、米国の教育は国際学力調査での平均点が低いだけでなく、その格差も大きく、大きな教育課題を抱えています。そして、このスケープゴートにされたのが、前述の教育委員会です。1980年代になると、A Nation at Riskの出版を契機に、いかにこの教育委員会から権限を取り上げるかが教育政策の焦点となりました。教育問題に熱心な州知事(Education Governor)の筆頭格であった、ビル・クリントン・アーカンソー州知事が大統領になり、The Goals 2000が制定されたことで、この動きが急加速していきます。

 

この流れはクリントン政権の後を継いだジョージ・ブッシュ大統領のもとで本格化します。前述のESEAは4年に一度、その延長手続きが取られる必要があるものなのですが、ブッシュ政権はこの延長を活用して、No Child Left Behind (NCLB)法を制定します。NCLB法は、公的資金を受け取っているすべての学校に対し、州政府が実施する標準化された学力調査で、毎年改善(Adequate Yearly Progress: AYP)を示すことを求めました(連保政府はこの他にも州政府に対して、AYPに進捗が見られない学校に対する介入や、教員の資質向上などを求めています)。

 

21世紀になって初めて、米国連邦政府は教育政策に対して強い介入を行うようになっただけでなく、州政府には新たにテストに基づくアカウンタビリティの役割を果たすことが求められるようになりました。2009年に就任したバラク・オバマ大統領の教育政策は、このブッシュ政権の流れを引き継ぐものだというのは、オバマ政権の教育政策を理解するうえで重要なものとなります。

 

 

2.オバマ政権が導入した競争的資金

 

(この節の話はこの論文に詳しいので、お時間のある方はぜひ参照してください)

 

この記事の本題である、オバマ政権の競争的資金の話に移ろうと思います。オバマ大統領の教育政策は基本的にブッシュ政権のそれを推し進めるかたちとなります。

 

オバマ大統領の就任直前にリーマンショック(金融危機)が発生し、アメリカは未曽有の危機に直面します。オバマ大統領はこの未曽有の危機に立ち向かうために、アメリカ復興・再投資法という、約8000億ドルの景気刺激対策法を通します。そして、このうちの43.5億ドルをRace to the Top (RTTT)と呼ばれる、基礎教育分野における競争的資金としました。

 

この競争的資金の対象は州であり、各州はプロポーザルを連邦政府に提出し、その内容によって資金が分配されるか否かが決まりました。プロポーザルは、教員研修の改善、中退の予防、共通基準に基づく学力テスト、データシステムの構築、成績の悪い学校の改善プラン、の5項目から構築され、プロポーザル全体で500点満点で評価されました。

 

RTTTへのプロポーザルを作成するために、連邦政府は州政府に対して研修や指南書の作成を行ったのですが、これに加えて各種NPOもプロポーザル作成の支援をしているのは特筆すべき点です。なぜNPOが作成支援を行うのでしょうか? 以前の記事(ビルゲイツやザッカーバーグは救世主なのか、それとも破壊者なのか?――教育政策における新たな利益団体の話)で、財団と、その支援を受けたNPOが引き起こす教育政策上の問題点を指摘しましたが、このRTTTにおいてもその資金を州政府が受け取れば、そこから利益を得るNPOが出てきます。そのようなNPOが州政府のプロポーザル作成の支援を行っていたわけです。

 

金融危機によって各州政府の資金繰りはかなりカツカツになっており、RTTTの資金は喉から手が出るほど欲しいものでした。この結果、RTTT分配の第一ラウンドには、46の州政府がプロポーザルを提出しました。この分配は三ラウンドに分けて行われ、合計で19の州がRTTTによる競争的資金を受け取ることができました。

 

興味深いのは、RTTTにプロポーザルを提出しなかった州や、プロポーザルは出したけれどもRTTTの資金を受け取れなかった州でも、RTTTで記載された教育政策が推進されたという点です。良いプロポーザルを作成するためには、その基準にされている教育政策に乗り出しておくというのは必勝法の一つなので、後者については理解が容易だと思います。

 

では、なぜ前者のようにプロポーザルの作成すらしていない州にまでRTTTが意図した教育政策が波及したのでしょうか? それは、各州政府はお互いの教育政策から学び合っているからです。とくに、地理的に隣接した州の政府は、比較的コンテクストも似ていることから、お互いの学びあいが密に行われています。このため、いくつかの州で特定の教育政策が導入されると、この学び合いネットワークを通じてその教育政策が拡大していく、という現象はRTTT以外の教育政策でも見られる現象のようです。

 

ちなみにですが、ここで恐ろしく勘の鋭い読者の方は、前述のブッシュ政権のNCLBは、AYPを満たすことを条件にESEAに基づく資金が提供されたけれど、あれはどうなったんだと思うかもしれません。オバマ政権は、このAYPを満たせなかった罰則を取り消す(NCLB Waiver)条件として、RTTTで推進しているような政策を州政府に行うように求めました。

 

しかし、これは後に大きな非難を浴び、オバマ政権は最終年に、これまでの教育政策は誤りであったことを認めさせられる事態に陥ります。自分が正しいと信じるものを推進するために使えるものはすべて使うというと聞こえが良いですが、オバマ政権が結構姑息なこともしたのは教育政策の別分野の研究をする上では重要なポイントなのですが、この記事の内容とは関係ないので、この辺りにとどめておこうと思います。

 

では、このRTTTは子供の学習成果を改善できたのでしょうか? まだ結論を出すには早すぎますが、いくつか言えることはあります。第一に、RTTTはチャータースクールなど、伝統的な教育システムとは異なる形態の教育システムを拡大させましたが、これはあまり学習成果の改善に結びついていません。その一方で、「障害児をクラスメイトに持つと学びが阻害されるのか?――障害児教育の教育経済学」の中でご紹介したように、予期せぬマイナスの副次効果を持っていました。第二に、アカウンタビリティの強化それ自体は、学習成果の向上につながりました。

 

また、これまでの教育政策分野での知識の蓄積を基に考えると、恐らくRTTTは長期的な学習成果の向上には結びついていないと考えられます。NCLBの経験から分かったこととして、この手の外部グラントは、(1)グラントの受け手のキャパシティビルディングを明示的に行っていない場合、意図したようには教育政策が回らず、効果が発揮されない、(2)グラントによる活動がグラント撤退後も続くようにリソース配分がなされなければ、この活動が持続することはない、(3)グラントの金額が十分に大きくない場合、教育セクター内で予算の組み換えを招き、他の教育活動に支障をきたす。そして、たとえグラントによる活動が教育成果を改善したとしても、この他の教育活動へのネガティブな影響によって、グロスで見ると効果がないケースがある、という3つの特徴をもちます。しかし、残念なことに、RTTTはこの3つの特徴すべてを満たしており、NCLBの経験が当てはまるのであれば、教育成果の改善には結びつかなかったと考えるのが妥当でしょう。

 

この章のtake homeポイントは以下の6点です。次章ではこの6点を基に日本の教育政策を考えていきます。

 

(1)資金がカツカツな相手に対して競争的資金を導入するのは、意図した政策を広めるためには効果的な手法である

 

(2)競争的資金の導入は、競争に直接参加しないものに対しても波及効果を持つ影響力の大きな政策選択肢だと言える

 

(3)評価基準の選定や、プロポーザルの評価の段階で、利益団体が入り込みやすい

 

(4)評価基準が教育成果の向上とリンクしているかの判断は難しい

 

(5)競争的資金の額が小さい、キャパシティビルディングにつながっていない、グラント終了後のプランがない、このような場合にはグラントによる効果は見込めない

 

(6)人に恨まれるようなことや、姑息なことをすると、後で痛い目にあう

 

 

3.日本で教育政策に競争的資金を導入する是非

 

前章の話を基に、日本の競争的資金の話を考えてみましょう。日本の大学は、国立大学運営交付金の削減に象徴されるように、資金的にカツカツになっています。このような状況下で競争的資金を導入すれば、中央から各大学の政策をコントロールするのは非常に容易になりますし、競争的資金に直接応募していない大学に対しても影響力が発生します。つまりトップダウン型の教育改革を実施する上で、競争的資金の導入はとても効果的であると言えるでしょう。

 

しかし、問題点が三つあります。一つ目は競争的資金へのプロポーザル作成の問題です。RTTTのNPO団体のように、日本の競争的資金に関与することで副次的に利益を得るようなアクターは存在するのでしょうか? 答えは、一連の文部科学省汚職のニュースを見ればYesになるでしょう。そして、それは誰かと言えば、天下りというかたちで利益を得る文部科学省の職員です。これは、公的機関が出す資金によって、その機関の職員が潤う図式になるので、完全にアウトです。

 

二つ目の問題点は、競争的資金のデザインは効果的か? という問題です。たしかに、中央政府が意図する政策を浸透させるという点では効果的なのですが、教育成果を改善するという点で効果的なのかは疑問が残ります。

 

競争的資金の活用において、何をプロポーザルの評価基準とすれば教育成果が向上するのかは、非常に難問です。これまでもこのブログでわたし以外の筆者も言及していますが、教育政策は意図せぬ作用を持つこともありますし、その効果も文脈によって異なってしまったりします。

 

わたしも基礎教育やデータを活用した教育計画支援の分野で10年以上勤務し、関連分野で修士号を取得し、博士課程に来ましたが、正直なところ、自分の専門分野で競争的資金を導入する場合、どのような評価基準を作成すれば教育成果につながるのか、まだ良く分かりません。

 

日本の官僚の方々は、3年程度でジョブローテが起こり分野の知識の蓄積もできないですし、関連分野で大学院に行かれていない方々が多数です。はたして、そのような方々に教育成果を改善するための評価基準を作成することができるのでしょうか? もちろん、日本のキャリア官僚は非常に優秀な大学を卒業しているので、わたしのように大学院で勉強したり、実務経験を重ねなくても直観的、ないしはまぐれ当たり的にそれを見つけ出すことができるのかもしれません。

 

しかし、今回の汚職事件の報道の中で、キーワード主義や、「どうやってだますか」、といったことがプロポーザル作成の上で重要であったことが明らかになってきていますが、これらの報道から判断するに、文部科学省に教育成果を改善するための評価基準を作成するだけのキャパシティは存在していない、と考えるのが妥当でしょう。

 

最後の問題点は、競争的資金の規模と位置づけです。高等教育は専門分野ではないので明確には分かりませんが、文部科学省が出している競争的資金を見ると、一件当たりの金額も、人を雇用することやキャパシティビルディングまで考えると、決して大きなものとは言えません。また、大学への資金を絞り上げていることを考えれば、よほど注意深く競争的資金後の青写真が描かれていない限り、競争的資金によって行われた活動が持続するとは考えられないのですが、そのような工夫がなされているようには見受けられません。

 

まとめると、競争的資金はたしかにトップダウン的に教育政策を実施する上で非常に効果的な手法なのですが、少なくとも(1)利益団体への天下りや見返り享受の完全な予防、(2)文部科学省職員のキャパシティビルディング、(3)グラントデザインの改善、が徹底されない限りは、子供の火遊びと変わらないものだと言わざるを得ないでしょう。

 

 

4.国際教育協力での競争的資金の話

 

さて、私の専門分野は途上国の教育なので、少し本業に絡めた話もしようと思います。国際教育協力分野で競争的資金に近いものとして、Results Based Financing (RBF)を挙げたいと思います。

 

競争的資金は、プレ・ポストの、プレに対して資金を付けるものです。これの問題点は、どの馬が勝つのか分からないのに、「外れ馬券を買うからダメなのであって、最初から当たり馬券だけ買えばいいじゃないか」と言ってるようなバカバカしさに集約されます。

 

しかし、RBFは成果を出したものに資金を重点的に配分するので、プレ・ポストのポストで資金を付けるものになります。もちろん、競争的資金のようなバカバカしさはないのですが、それでも問題を抱えています。何が最大の問題になるのかというと、成果を出したことが偶然ではなく必然でない限り、重点的に配分された資金が教育成果につながらないということです。意外とこれは難問で、平均への回帰という現象を知っている人なら、なおさらこの難しさが分かるかと思います。

 

また、このRBFはもともとヘルス分野から出てきたアイデアであり、それが教育分野にも当てはまるのか吟味は必要でしょう。とくに、教育の成果はヘルス分野における成果以上に多岐に渡るので、何をもって「成果を出した」と判断するのかは慎重になる必要があります。

 

さらに、教育分野での成果給やインセンティブペイの研究を見ると、教育成果にリンクして資金を出すよりも、そのインプットとなるものに資金を付ける方が効果的だと言われているので、RBFもじつは思っている以上に効果がないのかもしれません(具体例をあげると、子供の学力テストの成績に資金をリンクさせるよりも、教案の作成などに資金をリンクさせる方が効果が高いと考えられている、といった話です)。

 

ちなみにですが、このヘルス分野から出てきたアイデアが教育分野に進出してくるというのはユニセフでとくに顕著にみられます。ユニセフの活動費の8割はヘルス系で使われ、教育系に使われるのは2割未満なので、このような状況になるのは致し方ないところがあり、実際にユニセフでよく使われるボトルネックアナリシスなどはヘルス分野で出てきたものが教育分野でも使われている典型的な例だと言えるでしょう。

 

ユニセフのもう一つの特徴は、分権化された組織体系で、世界銀行の職員の圧倒的多数が本部勤務なのに対し、ユニセフの場合、本部にいる人員はほとんどいません(教育分野だと、世界全体で600人近くの職員がいますが、そのうち本部にいるのは20人程度です)。このため、本部がある教育政策を推進しようとしても、途上国にあるオフィスの権限が強いので、Child Friendly Schoolのような例外を除くと、ユニセフ全体で統率が取れた教育政策の推進というのはほとんどできていないのが現状です。

 

とはいえ、大半の途上国オフィスは資金的にカツカツなので、今回紹介したような競争的資金を導入すれば、地域事務所が媒介となって、これに応募した事務所だけでなく、応募していない事務所へも影響力を行使できる可能性が高いのではないかなと考えています。卒業後にユニセフに戻るようなことがあれば、日本政府と組んで何か取り組めればなと考えています。

 

最後はややとりとめのないものになりましたが、日本・米国・途上国を問わず、大人のポリティクスではなく、子供のために、競争的資金が上手く活用される、ないしは競争的資金を実施しない、といった判断が下されるようになるといいですね。

 

 

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