子どもの家庭背景による学力格差は根深い――学力の追跡的調査の結果から考える

1.はじめに

 

2018年8月2日、大阪市の吉村洋文市長が、文部科学省が実施する全国学力・学習状況調査(以下、「全国学テ」と表記)の数値目標を市として設定し、達成状況に応じて教員の手当を増減させる人事評価の導入を検討すると発表したことが話題になっている。

 

そこで本稿では、改めて、学力の獲得がいかに子どもの家庭背景によって「根深く」左右されているのかについてデータを示していく。そして読者には、データを見たうえで、こうした教育への介入が適切な方向であるかどうかについて考えるきっかけにしていただければ幸いである。

 

 

2.全国学テによる学力格差の実態

 

文部科学省が全国学テを本格的に毎年実施するようになったのは平成19年度からである。この調査の主たる目的は、「義務教育の目標の実現状況の評価と検証」としているため、児童生徒の家庭環境についての情報収集は、基本的にはほとんど行われていない。しかし、平成25年度には保護者調査も実施され、保護者の収入や学歴水準等と子どもの学力の関係が分析されることになった(なお、平成29年度にも同様の保護者調査が実施されている)。

 

このデータの分析はお茶の水女子大学の研究チームに委託され、報告書もウェブサイト上で公開されている(お茶の水女子大学 2014)。

 

お茶の水女子大学の研究グループは、まず保護者に対する調査結果をもとに、家庭所得、父親学歴、母親学歴の3つの情報から子どもの家庭背景を測定した。このように測定される子どもの家庭背景は、社会学では「社会経済的地位(Socio-Economic Status:SES)」と呼ばれる。こうして測定されたSESを「上位」、「中上位」、「中下位」、「下位」に四等分し、それぞれのグループごとに学力の平均正答率を比較したものが図1である(注1)。

 

結果を簡単にいえば、「家庭が裕福な児童生徒の方が各教科の平均正答率が高い傾向が見られる」というものであった。この知見そのものはもちろん重要なのだが、より重要なことは、(1)日本の学力格差の様相が国家的規模で明らかにされ、(2)(委託研究ではあるものの)文部科学省の名において公表された、という2つの事実である。

 

 

図1.家庭の社会経済的背景と学力の関係

出典 「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)保護者に対する調査結果概要」に掲載された表を加工した。

http://www.nier.go.jp/13chousakekkahoukoku/kannren_chousa/pdf/hogosha_summary.pdf

 

 

3.格差は「連鎖・蓄積」するものだと考えてみる

 

図1のような結果が国家的規模のデータによって広く発信されたにも関わらず、学校や教師の努力によって学力格差が克服されるのではないか、という意見は根強い。こうした見方が蔓延する理由のひとつには、学力を一時点で観測しているため、家庭背景に根差した学力格差の深刻さが今一つ認識されていないことに起因していることが考えられる。

 

周知の通りだが、文部科学省の全国学テは、毎年小学6年生と中学3年生を対象として実施され、その前にもその後にも同一児童生徒への学力調査は実施していない。換言すれば、全国学テの結果は、子どもの学力格差はいつから始まり、その後どのような推移をたどるのかを把握しておらず、すでに出来上がっている学力格差を一時点で切り取っているに過ぎない可能性がある。結論を先取りすれば、学力格差は小学6年生よりももっと早い段階に発生しているのである。

 

石田浩氏(2017)は、格差の「連鎖・蓄積」(cumulative advantage and disadvantage)という考え方を用いて、人々の人生を通じた不平等の形成プロセスを説明しようとしている。通常、個人の不平等は、ある時点での有利さ・不利さが時間とともに積み重なっていく(「富める者はますます富む!」)。その時にスタート地点となる不平等は、家庭環境や性別のような当人の意思や努力によって獲得できない〈生まれながらの差異〉である。このような〈生まれながらの差異〉が、その後の人生における学歴や職の獲得に対して影響し続けるという考え方を格差の「連鎖・蓄積」と呼んでいる。

 

 

4.日本の学力格差の「連鎖・蓄積」の様相を把握する

 

それでは、格差の「連鎖・蓄積」という枠組みから日本の学力格差の様相について把握してみたい。これには同一の対象を追跡的に繰り返して調査して得られたデータが必要となる。同一の対象を追跡的に繰り返して調査して得られたデータを「パネルデータ」と呼ぶ。日本では学力情報を含んだ小中学生を対象としたパネルデータの蓄積はそれほど多くないが、ここではその一例を紹介したい。

 

「青少年期から成人期への移行についての追跡的研究(Japan Education Longitudinal Study: JELS)」(代表:お茶の水女子大学・耳塚寛明)は、2003年から2010年まで関東地方と東北地方において、小学3年生―6年生―中学3年生を対象に、3年ごとに同一の児童生徒を追跡した学力のパネル調査である。最終的な分析ケース数は1,085人、学力調査は算数・数学のみ、児童生徒の家庭背景を親の学歴で定義している、などのいくつかの限界はある。しかし、こうした類のデータは他に例が少ないため貴重なデータである(注2)。

 

 

(1)学力格差はどのように推移するのか?

 

パネルデータの特徴を活かした分析によって、学力格差の推移をビジュアル化したのが図2である。結果は、(1)小学3年次において、すでに親学歴による学力格差が観測され、(2)学年(年齢)の上昇とともに学力格差が拡大していくこと、の2点が示された(注3)。

 

改めて確認しておくと、文部科学省の全国学テは小学6年生と中学3年生に対し、一時点で実施されている。図2の結果を勘案すれば、私たちが新聞等で把握する図1で見られた学力格差の様相は、「すでに出来上がっている学力を一時点で切り取ったもの」に過ぎないことがわかる。【次ページにつづく】

 

 

図2.算数・数学通過率の推定結果(成長曲線モデル)

出典 中西啓喜(2017)『学力格差拡大の社会学―小中学生への追跡的学力調査結果が示すもの―』東信堂、p.61より。

 

 

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