学校へは行かなくてもよいのか?――不登校をめぐる諸問題

私と不登校児童生徒とのかかわり

 

私が初めて不登校の支援を始めたのが不登校の男の子A君でした。A君は当時アスペルガー症候群と診断されており、小学校1年生の夏休み後から登校せず家でゲームなどを行っていました。A君が小学校3年生の時に、生活習慣のスキルの獲得支援や学習支援、学校での支援を行うことで学校へ行くようになりました。これが私の初めての不登校児童への支援です。

 

その後、心療内科や精神科でのカウンセリングで不登校児童生徒への支援を実施していました。心療内科で初めて受け持ったケースも不登校の生徒でした。声優が好きで、学校へはなんとなく行きたくないと話し、カウンセリングではどうすれば声優になれるのかについて話し合うことがほとんどでした。しかし、この病院での初めてのケースはドロップアウトという結果に終わりました。

 

カウンセラーである私が、母親の意向を汲み、本人へ登校刺激を出した後にカウンセリングには来なくなってしまいました。当時ケースの相談をしていたカウンセラーの先生に、「あなたは誰のカウンセリングをしているの?」と指導を受けたことを今でも覚えています。この一件以降は、ほとんどの児童生徒の不登校に関しては登校することができるような支援を行えるようになってきました。

 

 

不登校とは

 

不登校とは、連続または断続して年間30日以上欠席し、「何らかの心理的、情緒的、身体的あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況である(ただし、病気や経済的な理由によるものを除く)」(文部科学省)とされています。かつては、「学校嫌い」、「登校拒否」などと呼ばれていましたが、現在は「不登校」という呼ばれ方が一般的になっています。

 

 

不登校の現状

 

一時期減少傾向の見られた不登校児童生徒数は、平成25年を境にふたたび増加傾向にあり、平成28年度では、13万人以上の小中学生が不登校となっています。児童生徒の全体数からも見ても、ここ26年間で最も高い割合となっています(1.35%)。さらに、不登校になった経緯に関するアンケートでは、小中とも家庭にかかわる問題がもっとも多く、ついで「いじめを除く友人関係をめぐる問題」が多くなっています。

 

一方で、「いじめ」がきっかけであるとの回答は小学校、中学校とも1%も満たしていません。しかし、これは不登校となった児童生徒の在籍している学校が回答した結果です。平成26年に公表された、不登校生徒本人を対象とした調査では、回答者のうち不登校のきっかけでもっとも多いのは、友人関係(いやがらせやいじめ、けんかなど)で53.7%、親との関係や家族の不和はそれぞれ14.4%、10.1%でした。

 

平成25年度から不登校児童・生徒が増加しているのと同様に、同年から小中学校のいじめの認知件数の増加がみられています。統計的な関連は不明ですが、本人を対象とした調査結果からすると、不登校児童生徒が増えていることと、いじめの認知件数が増えていることはなんらかの関係があるのではないのでしょうか。もし関係しているとしたら、学校における児童生徒の人間関係の理解を見直さなければならないでしょう。

 

 

学校に行かないことはいけないことなのか?

 

学校に行く、行かないの話しをする前に、まずは学校とは何だろうということについて考えます。私は、学校は好きではありませんでした。決められたことを決められたように行うことが難しく、字を書くことや、絵を描くこと、音楽がとても苦手であり、人前に立つことが嫌で、やりたくもない発表会など当時は最悪に思っていました。いじめこそありませんでしたが、同級生とは喧嘩があったり、遊び相手がいなかったり、おおむねつまらないところであったと記憶しています。

 

なぜやりたくもないことを強制されるのか、やりたい人でやればいいのではないかとも考えていました。中学校から学校はバスケットボールをするところとなりました。やりたいことがあったため、学校に通い続けられたと今振り返ります。もしかすると、学校外にバスケットボールのできるところがあれば、学校に行かなかったかもしれません。中学校は小学校のように、発表会を実施することや字や絵の丁寧さを求められることは減り、他児からの私にとっての不必要な介入(字が下手、絵が下手と言われる。失敗をからかわれる。など)も少なくなり、私にとってはすごしやすかったように記憶しています。

 

学校教育法では、第18条に小学校では8項目、中学校においては3項目、目標を掲げています。まとめると、各個人の有する能力を伸ばしつつ、社会において自立的に生きる基礎を養うとともに、国家・社会の形成者として必要とされる基本的な資質を培うことを目的とする(文部科学省,2016)となります。これを確認しても学ぶことが学校でなければいけないとはならないことが分かるかと思います。

 

ということは、学校とは行かないといけない場所ではないということだとは言えるでしょう。ただし、学校は非常に多くのことを学ぶカリキュラムを持っています。これらすべてを学校以外で学ぼうとすると、多くの費用と自分で学ぶ場を開拓する労力が必要になると思います。学校はさまざまなことを「学ぶ場」であり、学ぶ手段を労せず提供してくれる場だといえるでしょう。

 

さて、平成28年に文科省は、不登校児への教育指針に大きな方向転換を行いました。不登校児童生徒への方針として、学校に行く事のみを目標としないという点です。これは、学校に行けない子どもたちや保護者の方にとってはとても重要な意味を持つと考えられます。

 

 

不登校その後

 

不登校そのものは、いじめや病気、虐待や貧困などによるものではなく、自分の意志で学校以外の学び場を見つけ、学校へ行っていないのであれば、問題ではないかもしれないません。しかし、ここでご理解いただきたいのは、筆者は決して学校に行かなくてもよいと言っているわけではないことです。

 

文科省が不登校児童生徒への支援目標として、学校に行くことのみを目標としないとしたとはいえ、学校に行けないことで自分を責めたり、学業が遅れることへの心配や、周りから取り残されてしまったような感覚になってしまう場合があります。問題となってくるのは、このようなことから起こる抑うつ気分や不安感、あるいは無気力感などといったことです(あるいは、抑うつ気分や不安感などが不登校のきっかけの場合もあります)。

 

状態としては、ひきこもりや家庭内暴力などが考えられます。その他、学力不振であるとか、対人関係の困難なども考えられます。そのため、不登校であった児童生徒がその後どのような状況にあるのか、というのはとても大事な視点となります。

 

平成26年に公表された文部科学省の不登校児童生徒の追跡調査に関するデータを見ると、平成18年度に不登校であった中学3年生の生徒は、20歳になった時点で就業のみ34.5%、就学のみ27.8%、就学と就業は19.6%でした。未就学・未就業率は18.1%となっています。就学に関しては正社員の割合が9.3%でした。これは就職氷河期と言われた平成5年に調査した結果(22.3%)よりも低い値となっています。

 

また、進学率については、大学・短大・高専への就学している割合が平成5年の調査よりも増加(8.5%→22.8%)しているものの、社会的にも大学進学率は増加(28.0%→50.8%)しています。平成5年には不登校であっても正社員で就職していたような人が、日本社会において大学への進学率が上昇したため、就職する代わりに大学に進学するようになったとも取れます。これらのデータのみで一概には言えませんが、相対的にみた場合、実際にこれまで不登校児童生徒対して行ってきた支援にどれほど効果があったのかについては疑問が残ります。【次ページにつづく】

 

 

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