教育の国際性向上に向けて――国際バカロレアへの期待とイギリスからの示唆

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はじめに

 

皆さんは、「国際バカロレア(IB)(注1)」という大学入学資格および教育プログラムをご存知だろうか。筆者の勤務校の講義で尋ねると、手をあげるのはつねに2、3人である。IBとは、1968年にスイスで設立された非営利団体およびその団体が開発しているK-12向けのカリキュラムのことである。そして、IBの特徴の一つがその「国際性」である。IBのカリキュラムは国際的に広く認知されており、その卒業資格は各国の大学入学者選抜において大学入学資格として認められている。そのため、外交官やグローバル企業の子弟など、国際的に活躍する人材の子弟が多く学んでいる。

 

(注1)「国際バカロレア」の正式名称はインターナショナル・バカロレア(International Baccalaureate)であり、略して「IB(アイ・ビー)」と呼ばれる。

 

日本の大学生の認識が示すように、IBを知るものはごくわずかであり、日本では帰国生を中心とする一部の子弟が学ぶカリキュラムに過ぎなかった。しかし、このIBが近年にわかに注目を集めている。

 

2018年2月12日の朝日新聞朝刊記事は「大宮国際中等教育説明会ほぼ満員に バカロレアなどに注目 来月も開催」と報じた。これは2019年4月、さいたま市教育委員会が開校予定の市立大宮西国際中等教育学校の説明会を催したところ、募集予定の生徒160人を大幅にこえる約900人が参加したことを伝える内容であった。1月に開いた説明会には2千人超が訪れ、さらに要望があることから、3月にも説明会を開くことを予定していることを伝えている。

 

この大宮西国際中等教育学校こそ、一部を除き授業を英語で実施するほか、海外の大学入学資格が得られるIBの導入を目指す学校の一つである。この記事では、IBの国際性について、海外大学への進学という観点から論じていこうと思う。

 

まず、大学入試に向けた準備段階にあたる、高等学校カリキュラムに目を向けてみよう。IBでは、日本の高校2年~3年にあたる2年間、生徒は「ディプロマ・プログラム(Diploma Programme、略称 DP)」と呼ばれる教育プログラムを履修する。DPは、6つの教科グループからの1教科ずつの選択科目、および課題論文、知の理論、社会奉仕活動からなる。

 

それぞれに異なる特徴を持つが、国際理解を通じた、より平和な世界を築く人材を育成するという一貫した思想を背景として持つ。この思想にもとづいたカリキュラムであるからこそ、国際的に通用する大学入学資格として、世界各国で認められているのである。そのため、DPの要件を満たすことで、IBディプロマ資格(以下、IB大学入学資格とする)と呼ばれる認定証書を取得することができる。IB大学入学資格は、世界75か国約2500以上の大学において、自分の学力や能力を証明する選抜資料として活用することができる。

 

 

日本で普及・拡大するIB認定校とその背景

 

2019年5月現在、国際バカロレア機構から認可を受けた学校(IB認定校)は、世界153以上の国・地域に約5000校存在している。そのうち、日本には71の認定校が存在している。しかし、遡ること6年前の2013年時点では、全国に16校しか存在せず、その認定校の大半はインターナショナルスクールであった。最初に指摘した日本での知名度の低さは当然のことである。ではなぜ、日本国内のIB認定校は急激な増加を遂げたのか、まずはその背景について説明したい。

 

 

・海外で学ぶ生徒のための教育

 

日本国内にIB認定校はごく少数である。その理由は、IB認定校を卒業しても、長らく日本国内では高校卒業資格を得られなかったからである。日本の学校制度では、学校とは学校教育法第一条に規定された教育施設を指し、文部科学省が「教育課程の基準」として公示する学習指導要領にもとづいて定められている。一方、IBを導入するインターナショナルスクールは、この「第一条校」には属さず、第134条に記される「各種学校」扱いとなる。各種学校では、日本人児童・生徒が通っても就学義務の履行とはみなされず、義務教育を修了したことにはならないのである。

 

このようななか、IB認定校に通っていたのは、おもに帰国生となる。彼らがIB認定校を修了した場合、国際的な大学入学資格を取得することとなる。そのため、保護者の転勤などで他国に行くことになったとしても、その国で大学を受験する資格を得ることができる。しかし、IB大学入学資格は、日本の大学入試では認められなかった。

 

日本の大学の「帰国生入試」の出願資格・条件は、(1)海外学校を卒業していること、(2)海外学校への在籍期間が最終学年を含んで2年以上継続して在籍していること、と記されるのが一般的である。この要件の場合、海外のIB認定校を卒業した生徒は要件を満たすことができる。しかし、国内のIB認定インターナショナルスクールを卒業した生徒は対象にならない。先述したことを正確にいうならば、国内のIB認定校は、国内的には高校卒業資格として認められてこなかったのである。国内のIB卒業生が学んできた科目や、IB入学資格の有無、最終スコアは評価されなかったのである。

 

また、IB認定資格を持った帰国生が「帰国生入試」を受けられるからといって、学んできた内容が尊重されていたわけではない。帰国生入試で実施される内容は、理系分野では「数学、理科、小論文、外国語、面接」、文系分野では「小論文、外国語、現代文、面接」というのが定番である。このことからわかるのは、日本の大学にとって重要な点は、大学の授業を受講するのに差し支えのない日本語運用力や所属予定の分野に関する基礎知識、英語力といった程度である。IBで習得した内容や認定資格の有無は、日本の入試においてまったく有利に働かなかったということがいえる。それどころか、国内カリキュラムに準拠していない知識しか習得していないという点では、マイナスであったとすらいえる状況が続いていた。

 

 

・「グローバル人材育成」の手段として注目され始めたIB

 

こうした流れを変える契機となったのは、2011年6月に提出された「グローバル人材育成推進会議(注2) 中間まとめ」(内閣府、以下、中間まとめ)である。中間まとめでは、「グローバル化が加速する21世紀の世界経済の中にあっては、豊かな語学力・コミュニケーション能力や異文化体験を身につけ、国際的に活躍できる「グローバル人材」を我が国で育てていかなければならない」ことの必要性が論じられた。

 

(注2)首相官邸公式ウェブサイトによれば、「グローバル人材育成推進会議は、我が国の成長を支えるグローバル人材の育成とそのような人材が活用される仕組みを構築を目的として設置されました」とある。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/global/index.html(2019年5月2日閲覧)

 

さらに、若者の留学離れを問題視した。これらの対応策の一案として、「国際バカロレア資格を取得可能な、又はそれに準じた教育を行う学校を5年以内に200校程度へ増加」と明記した。グローバル人材育成が国家課題となったことで、これまでの帰国子女教育を支えてきたIBに白羽の矢が立ったのである。

 

中間まとめ後の文部科学省のIB認定校政策からは、3つの流れが読み取れる。第1に、IB機構との正式な窓口となる「国際バカロレア機構デュアルランゲージ・ディプロマ・プログラム国内連絡窓口」の設置である。これまでは、国内のIB認定校が個別にIB機構と連携していた点が、IB拡大制約の1つとなっていた。そのため、IB機構と日本でIB認定校を目指す学校を結ぶ窓口を設置したという点で大きな意味を持つ。

 

第2に、IB導入を進めるための各種教育法規の新設・変更である。2015年に文部科学省は「学校教育法施行規則」を改正し、IBと学習指導要領の双方を無理なく履修できる特別措置を新設した。また、これまで認められなかったインターナショナルスクールの在籍についても、別途、法律が公布されることとなった。一定の要件を満たせば、IB認定資格が国内大学の入試要件として認められるようになったのである。

 

さらに文部科学省より、国内大学の入学選抜でIB大学入学資格およびスコアを活用することも推進され(注3)、2018年時点で54の大学が一部または全学部でIB大学入学資格を発表している(注4)。全学部で「国際バカロレア(特別)入試」を実施している大学は、岡山大学、筑波大学、大阪大学、鹿児島大学、国際教養大学、上智大学、玉川大学、関西学院大学など国立大学を中心とした大規模私立大学である。

 

(注3)教育再生実行会議第4次提言によれば、「大学は入学者選抜において国際バカロレア資格及びその成積極的な活用を促進する」と明記している。

 

(注4)「国際バカロレアを活用した大学入学者選抜例(平成29年10月現在)」 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/12/13/1353392_4.pdf(2019年5月2日閲覧)

 

この流れは義務教育にも拡大している。2016年公布の「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保保持に関する法律」により、小中学校でも所属の教育委員会へ学習状況を報告することで、就学義務履行を満たすことが可能となった。こうした特例の新設や法整備により、インターナショナルスクールや私立学校のみならず、公立学校にもIB認定校の導入が進んだ。

 

公立学校のIB認定校として、いち早く導入したのは、東京都立国際高等学校国際バカロレアコースである。2018年卒業の一期生は、イギリス、アメリカやオーストラリア等の海外有名大学(注5)へ合格し、進学している。海外大学進学者以外にも、早稲田大学や慶應義塾大学、上智大学をはじめとする国内大学への進学者もいる。こうした流れに続き、現在は、神奈川県立横浜国際高等学校、高知県立高知国際中学校・高等学校など、公立学校への導入例がみられるようになった。

 

(注5)ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(英国)、エジンバラ大学(英国)、キングス・カレッジ・ロンドン(英国)香港大学(香港)、香港科技大学(香港)など。いずれも2018年版タイムズ・ハイヤー・エデュケーション世界大学ランキングにて50位以内。東京大学は46位。都立国際高等学校ウェブサイトよりhttp://www.kokusai-h.metro.tokyo.jp/ib/course/condition.html(2019年5月3日閲覧)

 

第3に、IB認定校で教える教員を養成するコースを設置する大学が現れたことである。2014年に玉川大学大学院教育学研究科に「IB教員養成コース」が開設され、続いて2016年に岡山理科大学が「IB教員養成コース」を開設した。2017年には筑波大学大学院修士課程教育研究科が「教育学(国際教育)修士プログラム」を開設した。その他7大学が同様のプログラムを実施している。【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.267 

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