2026.07.18

人はどのように英語を話し続けるのか――「逐次生成」から考える英会話能力

英語を話せる人は、話し始める前に、言いたいことを最後まで考えているのだろうか。

発話産出研究では、話し手が発話全体を完成させてから話し始めるのではなく、計画と産出を部分的に重ねながら、逐次的に発話を生成することが示されてきた。

しかし、発話が逐次的に生成されることと、「一つ前の発話が、その後の内容選択をどのように支えるのか」という問題は同じではない。
逐次生成そのものは広く認められている一方、その逐次生成がどのような内部機構によって維持されるのかについては、なお十分に説明されていない。

本稿の関心は、この点にある。

ここで一つの疑問が生じる。
母語話者は通常、伝えたい内容を完成した文としてあらかじめ構成し、それを逐語的に再生することで会話しているわけではない。

それにもかかわらず、日本の英会話学習では、完成した日本語文を英語へ変換することが、話すための基本的な訓練としてしばしば当然視されている。
なぜ、実際の会話とは異なる可能性のある産出様式が、英会話学習の出発点とされてきたのだろうか。

たとえば、「友人について」英語で話す場面を考えてみよう。

筆者の観察では、英語を話すことに慣れていない学習者は、英語産出を「日本語で考えた内容を英語へ対応づける課題」として捉えやすい。

たとえば、

「私には高校で歴史を教えている友人がいる」

という内容を一まとまりの日本語として構成し、それを保持しながら対応する英語を組み立てようとする。

しかし、実際の会話では、同じ内容を次のように段階的に伝えることもできる。

I have a friend.
He’s a teacher.
He teaches history at a high school.

このとき、話し手は最初から三つの発話を完成させていたとは限らない。

まず I have a friend. と発話する。その発話によって「友人」という人物が談話に導入される。
そこから He’s a teacher. と続けることもできる。
さらに、その発話を受けて He teaches history at a high school. と情報を加えることもできる。

最初の発話は、あらかじめ決められていた設計図の一部ではない。

むしろ、話題を談話の中に導入し、その時点で利用可能になった情報を足場として、次の内容を局所的に選択できる状態を生み出していると考えられる。

本稿の中心的な主張は、次の一点に要約される。

発話は、あらかじめ完成した内容を外化するだけの過程ではない。発話そのものが、次の発話を生成するための条件を更新する過程でもある。

この立場に立つならば、英会話能力とは、完成した内容を英語へ変換する能力だけではなく、現在の発話によって更新された条件を利用しながら、次の発話を逐次的に生成し続ける能力として捉え直すことができる。

以下では、この逐次生成の出発点となる発話単位を「初期発話」と呼ぶ。
初期発話は、必ずしも文法的に完結した一文である必要はない。
Well, one of my friends… のような断片であっても、その後の発話を組織する役割を果たすならば、本稿では初期発話に含める。

本稿では、まず心理言語学における発話産出研究を整理したうえで、初期発話が後続する内容選択を支えるという理論仮説を提示する。
あわせて、第二言語学習者にしばしば見られる、完成した母語表現を起点として英語を構成する産出方略を対照的に位置づけ、それが逐次生成をどのように制約しうるかを検討する。
既存研究から導かれる知見と、本稿が新たに提案する理論仮説は明確に区別して論じる。

発話は、完成した文の再生ではない

発話産出研究の代表的な枠組みとして、Levelt(1989)のモデルがある。
このモデルでは、発話産出は、伝達意図に基づいて内容を構想する Conceptualization、それを語彙・統語・音韻の形式へ変換する Formulation、そして音声として実現する Articulation という一連の過程として記述される。

本稿では説明の便宜上、それぞれの過程を Conceptualization、Formulation、Articulation と表記する。

Conceptualization

Formulation

Articulation

ただし、この図は、それぞれの処理が順番に完了してから次の処理へ移ることを意味するものではない。

実際の発話では、話し手は伝えたい内容のすべてを細部まで決定し、一文全体を完成させてから話し始めるわけではない。
発話産出では、計画、言語化、発話が部分的に重なりながら進行することが知られている。

Ferreira and Swets(2002)は、算術計算を伴う発話課題を用いて、計画と調音がどの程度並行して進められるかを検討した。
その結果、話し手は常に一定範囲を計画してから話し始めるわけではなく、課題条件に応じて計画範囲を柔軟に調整していることが示された。

この結果は、「人は常に最小単位から逐次的に話す」ことを示したものではない。
示されたのは、発話開始前の計画範囲が固定されているわけではないという点である。

したがって、本稿でいう逐次生成とは、「何も考えずに話し始めること」を意味しない。
話し手には、伝えたい内容や達成したいコミュニケーション目的が存在する。
また、発話開始前には、一定範囲の内容や言語形式も準備される。

しかし、その準備は発話全体を完成させることを必ずしも要求しない。
準備できた部分から発話を開始し、その発話を利用しながら後続内容を計画できる点に、会話の特徴がある。

この時間構造が、英作文と会話を区別する重要な出発点である。

人はどこまで先を計画するのか

逐次的な発話産出を考えるうえで中心となる研究テーマの一つが、planning scope である。
これは、話し手が発話を開始する前に、どこまで先を計画しているのかという問題である。

計画範囲としては、最初の語、最初の名詞句、最初の節、文全体など、さまざまな可能性が考えられてきた。

Martin ら(2010)は、文頭句の構造的複雑さが発話開始時間に影響することを示し、句が通常の文産出における基本的な先行計画単位になりうると論じている。

もっとも、planning scope に単一の固定値が存在するわけではない。文構造、語彙検索の難しさ、課題、時間制約、話者の方略などによって、計画範囲は変化することが知られている。

Frinsel ら(2023)は、オランダ語を第一言語、英語を第二言語とする二言語話者を対象に、第一言語と第二言語における計画範囲を比較した。
その結果、発話開始前の計画範囲には両言語で明確な差は認められなかった。

一方、第二言語では文頭名詞句の発音時間が長く、発話開始後にも後続部分の計画を継続していた可能性が示された。

したがって、「第二言語では計画範囲が狭くなる」と一般化することはできない。

既存研究から言えるのは、話し手は発話全体を完成させてから話し始めるわけではなく、発話開始前の計画範囲は状況や課題に応じて変化する、という点である。

しかし、本稿の問題関心は、planning scope 研究が扱ってきた問いとは異なる。

planning scope 研究が主に問うのは、

人は話し始める前に、どこまで先を計画しているのか。

という問題である。

これに対して、本稿が問うのは、

ある発話が行われたことによって、次に何を考え、何を発話できるようになるのか。

という問題である。

本稿は、発話開始前の計画範囲ではなく、発話後の状態更新が次のConceptualizationをどのように支えるかを、逐次的な発話産出を理解するための中心的な課題として位置づける。

発話すると、次に考えられることが変わる

本稿の仮説は、「発話は内容を表現するだけではなく、次の内容を考えるための条件そのものを更新する」という一点に要約される。
以下では、この仮説を、具体例を用いて説明する。

次のような発話を考えてみよう。

I have a friend.

この発話の前には、「友人について話そう」という漠然としたコミュニケーション意図があったかもしれない。
しかし、この一文が実際に発話されると、話し手と聞き手を取り巻く談話の条件は変化する。

まず、「友人」という人物が談話に導入される。
その結果、聞き手は、その友人について何らかの情報が続くことを予測できるようになる。

同時に、話し手にとっても、「友人」という対象を前提として、職業、性格、出会い、現在の関係など、次に述べる内容を選択できる状態が生まれる。

つまり、I have a friend. は、あらかじめ完成していた内容を単に外化しただけではない。

本稿では、この発話を話し手自身が知覚し、直前までの談話を内部的に更新することで、その後の Conceptualization に利用できる条件が形成されると考える。

続いて、

He’s a teacher.

と発話すれば、条件は再び変化する。

「友人」という対象に「教師」という属性が加わることで、

He teaches history.

という展開を自然に選択できるようになる。

この過程を模式的に示せば、次のようになる。

漠然としたコミュニケーション意図
「友人について話そう」

I have a friend.

「友人」が談話に導入される

He’s a teacher.

「友人=教師」という情報が加わる

He teaches history.

重要なのは、この系列全体が最初から完成した形で保持されていたとは限らないという点である。

一つ発話するごとに、次に利用できる情報は更新される。
したがって、発話された内容は、過去の産物として消えていくのではなく、次の発話内容を制約すると同時に可能にする条件として機能すると考えられる。

本稿で確認した範囲では、この因果関係を直接検証した研究は見当たらない。
本稿も、「初期発話が存在すると後続する Conceptualization の負荷が低下する」ことを示す実験結果を提示するものではない。
したがって、ここで述べた内容は既存研究の要約ではなく、本稿が提示する理論仮説である。

この仮説が正しければ、初期発話を先に行った条件では、その後の内容生成は、初期発話を行わなかった条件よりも容易になると予測される。
また、翻訳志向の産出方略では、この効果は小さくなると予測される。
これらは将来的に実験的検証が可能である。

初期発話は、設計図ではなく足場である

本稿では、このような初期発話の働きを足場機能と呼ぶ。

ここでいう足場とは、建物全体をあらかじめ決定する設計図ではない。
設計図は、完成形を最初から規定する。
一方、足場は、その上で作業を進めることを可能にするが、完成形そのものは決定しない。

たとえば、

I have a friend.

という発話のあとには、

We met in college.
と続けることもできる。
He’s a teacher.

と続けることもできる。

We go fishing together.

と続けることもできる。

He lives in London now.

と続けることもできる。

初期発話は、その後の展開を無制限にするわけではない。

「友人」という話題を導入することで、後続する内容には一定の制約が生まれる。
しかし、その制約の範囲には、なお複数の展開可能性が残されている。

本稿が注目するのは、このような逐次生成の足場機能である。

話し手は、未来の談話全体を詳細に設計してから話し始める必要はない。
まず初期発話を行うことで、その時点の談話条件を利用しながら、局所的に次の内容を選択していけばよい。

言い換えれば、話し手は計画が完成したから話し始めるだけではない。
話し始めることによって、その先を計画しやすくしている可能性があるのである。

逐次的な発話産出そのものは、既存研究でも広く認められている。

一方、初期発話を、後続する Conceptualization を支える足場として位置づけ、それを第二言語の会話能力や英会話教育へ結び付けて論じる点に、本稿の理論的提案がある。

一度談話に導入された対象が、その後参照しやすくなること自体は、givenness や accessibility などの研究で広く論じられてきた。
本稿も、この点を否定するものではない。

一方、本稿の関心は、指示表現の選択ではなく、発話によって更新された状態が話し手自身の次の Conceptualization をどのように支えるかという点にある。

「発話状態」という記述概念

初期発話の足場機能を説明するため、本稿では発話状態という記述概念を導入する。

ただし、本稿の主張は新しい状態概念そのものではない。
重要なのは、発話によって更新された状態が、次のConceptualizationの入力として再利用されるという循環的な関係である。
発話状態は、その循環を記述するための補助概念として導入する。

本稿でいう発話状態とは、

話し手が直前までの発話を踏まえて保持・更新している内部的な談話表象である。そこには、すでに導入した人物や出来事、共有済みとみなしている情報、現在選択しやすくなっている内容

などが含まれる。

ここで強調しておきたいのは、本稿は「発話状態」という独立した心理機構や脳内モジュールの存在を主張するものではないという点である。

また、発話状態は、話し手と聞き手の間で客観的に共有された共通基盤そのものを意味するわけでもない。

本稿が想定しているのは、

・話し手が何をすでに導入したと捉えているか
・何が共有されたとみなしているか
・どの展開が現在利用可能だと認識しているか

という、話し手内部の談話表象である。

したがって、本稿は語彙、文法、音韻を保持する新たな記憶システムを提案するものでもない。

発話状態に含まれるのは、例えば次のような情報である。

・すでに談話へ導入された人物・事物・出来事
・話し手が共有済みとみなしている情報
・直前の発話によって選択しやすくなった内容
・次の発話に対する局所的な制約

本稿では、この局所的な情報状態が後続する Conceptualization に利用され、一定条件では概念化の負荷を低減すると仮定する。

もちろん、この発想そのものは本稿独自ではない。
談話研究や対話研究には、これに近い考え方がすでに存在する。
発話状態は、談話モデル、情報状態(information state)、共通基盤(common ground)などの概念と重なる部分を持つ。

Clark ら(1991)は、対話参加者が相互理解を確認しながら共通基盤を形成していく grounding の過程を論じた。
Dynamic Syntax(Kempson et al., 2001; Gargett et al., 2009)では、意味表象は完成した文ごとに構築されるのではなく、発話の進行とともに逐次的に成長すると考えられている。

Pickering and Garrod(2004, 2013)は、対話者の表象が語彙・統語・意味・状況モデルなど複数の水準で整合していく過程を論じている。

したがって、

発話によって談話状態が更新される

という考え方自体は、本稿の独創ではない。

本稿の提案は、Dynamic Syntaxやgroundingの代替理論ではない。
これらの理論は談話や意味表象の更新を説明する。

本稿が説明対象とするのは、その更新された状態が、話し手自身の次のConceptualizationをどのように支えるのかという点である。

したがって、本稿が提示する「発話状態」は、新しい心理学的実体ではなく、既存研究を第二言語会話の継続的産出へ統合するための記述概念である。

Leveltのモデルを、発話間の循環へ接続する

Levelt のモデルは、一つの発話が、伝達意図から言語形式を経て音声化され、自己モニタリングされるまでの過程を説明する強力な枠組みである。

本稿が付け加えたいのは、その発話が終了した後である。

本稿では、Articulationによって外化された発話が話し手自身にも知覚され、その内容を踏まえて内部的な談話表象が更新されると仮定する。
その更新された状態が、次のConceptualizationの条件になると考える。

発話された内容は聞き手へ提示される。
同時に、話し手自身にも知覚される。
話し手は、自分がすでに何を述べたかを踏まえて、次の内容を選択できる可能性がある。

実際の対話では、そこへ聞き手の反応も加わり、次の発話条件はさらに変化する。

本稿では、この過程を次のような循環として捉える。

発話状態ₙ

局所的 Conceptualizationₙ

Formulationₙ

Articulationₙ

自己知覚・モニタリング

発話状態ₙ₊₁

局所的 Conceptualizationₙ₊₁

もちろん、この循環図は Levelt 自身が提示したものではない。

また、Articulation の直後に機械的な状態更新が起こることを主張するものでもない。

本稿は、自己産出した発話の知覚とモニタリング、そして必要に応じて聞き手から得られる反応を通じて、話し手内部の談話表象が更新されるという理論モデルを提示している。

この循環において重要なのは、

Conceptualization が発話を生み出す

という一方向の関係だけではない。

本稿が重視するのは、

発話が、次の Conceptualization の条件を生み出す

という逆向きの関係である。

この循環が安定して維持されれば、話し手は長い内容全体をあらかじめ保持しなくても、局所的な計画を積み重ねながら談話を継続できる可能性がある。

この観点から、談話レベルの流暢さを、

小さな産出と状態更新の循環を維持する能力

という観点から捉え直す。

これは既存研究で確立した流暢さの定義ではない。
逐次生成研究と談話更新研究を踏まえて、本稿が第二言語の会話能力について提案する理論的な捉え方である。

「何を言うか」を考える負荷

第二言語の流暢さには、語彙検索や文法処理だけでなく、Conceptualization を含む複数の認知過程が関与することが知られている。

Felker, Klockmann, and De Jong(2019)は、Formulation と Articulation の条件を統制したうえで、Conceptualization の難易度だけを操作し、その影響を検討した。

ここで操作されたのは、「どの語を使うか」ではない。
何を言うかを決める過程である。

その結果、Conceptualization が複雑になると、第一言語・第二言語のいずれにおいても非流暢性は増加した。
また、計画を途中で放棄し、新しい計画へ切り替える条件でも非流暢性が増加した。

多くの指標では第一言語と第二言語の傾向は共通していたが、概念的な問題を解決するために要する時間は、第二言語でより大きく増加した。

この研究から直接言えるのは、Conceptualization の負荷が流暢さに影響し、第二言語ではその影響がより大きく表れうるということである。

一方、この研究は、

詳細な事前計画が常に流暢さを低下させる

ことを示したわけではない。

プレゼンテーションや交渉、複雑な説明では、事前に内容を構成することは不可欠である。

問題となるのは、会話の最中にも、その完成した計画を維持し続けなければならない状況である。

未来の発話内容を細部まで固定すると、予定どおりに言語化できなかった場合には、計画全体を修正しなければならない。

完成した母語表現を翻訳対象として保持する場合には、その内容の維持と第二言語への変換も同時に要求される可能性がある。

本稿では、Felker らの結果と逐次生成研究を踏まえ、次のように考える。

自発的な会話では、未来の発話内容を完成形として保持するよりも、その時点で次の発話を生み出せる程度の局所的な計画の方が、状況の変化や言語化の失敗に柔軟に対応できる可能性がある

これは Felker らの実験結果そのものではなく、本稿の理論的解釈である。

注意制御は何を支えているのか

第二言語の流暢さに関する研究では、語彙アクセスの自動性だけでなく、注意制御を含む認知的能力にも注目が集まっている。

Olkkonen ら(2024)は、フィンランド語を第一言語とする上級英語学習者を対象に、語彙アクセスの自動性と注意制御が発話速度へ与える影響を調べた。

その結果、第一言語における発話速度や認知的流暢さを統制した後でも、第二言語における注意制御の指標は、発話速度を追加的に説明した。

ただし、この研究が測定したのは、

・語彙アクセスの自動性
・Stroop 課題による注意制御
・モノローグにおける発話速度

の関係である。

本稿でいう発話状態を直接測定したものではない。

また、注意制御が実際にどの処理を支えていたかも、この結果だけでは判断できない。
競合する語彙の抑制であった可能性もある。
課題目標の維持であった可能性もある。
Conceptualization や Formulation を支えていた可能性もある。

したがって、以下は Olkkonen らの結論ではなく、本稿の仮説である。

注意制御を含む実行機能は、直前までの発話によって更新された談話条件を維持し、それを利用して次の産出を組み立てる過程にも関与している可能性がある。

この仮説を検証するためには、発話速度だけでは不十分である。
話題の維持、計画変更、語彙検索失敗からの回復、直前の発話を利用した内容展開などを、それぞれ独立に測定する必要がある。

母語の使用ではなく、翻訳を起点とする産出方略を問題にする

ここで、本稿が問題としている対象を明確にしておきたい。

本稿は、母語の使用そのものを問題にしているわけではない。
英語を話す際に、日本語が頭に浮かぶこと自体は自然な現象であり、それを全面的に否定することはできない。

だが、母語による概念化や語彙アクセスが生じることと、完成した母語表現を翻訳対象として保持することは、同じではない。

二言語語彙研究では、第一言語・第二言語・概念表象の関係について多くの研究が行われてきた。
Kroll and Stewart(1994)の Revised Hierarchical Model は、その代表的な理論である。

もっとも、このモデルが扱っているのは、主として語彙アクセスや翻訳処理であり、談話全体をどのような時間構造で産出するかという問題ではない。

したがって、これらの研究を根拠として、

日本語で考えると逐次生成が阻害される

と結論づけることはできない。

本稿が問題とするのは、母語の使用一般ではなく、

完成した母語表現を翻訳対象として保持し、その内容を第二言語で再現しようとする産出方略

である。

本稿では、このような産出様式を、議論の便宜上、翻訳志向の産出方略と呼ぶ。

例えば、

「私には高校で歴史を教えている友人がいる」

という内容を、まず一まとまりの日本語として完成させ、その情報構造を保持したまま対応する英語を構成しようとする場合である。

この方略では、少なくとも理論上、話し手は、

・完成した母語表現を保持する
・情報間の修飾関係を保持する
・日本語と英語の語順差を処理する
・語彙や構文を検索する
・未発話情報を保持し続ける
・必要に応じて計画全体を修正する

といった処理を並行して行う可能性がある。

その結果、注意資源は、現在発話している内容だけでなく、まだ発話していない未来の内容にも配分されることになる。

これらの処理が流暢さを低下させる可能性は、作業記憶への負荷や注意資源の分割という一般的な認知負荷によっても説明できる。
本稿は、この説明を否定するものではない。

ただし、本稿が注目するのは、認知負荷そのものではなく、現在の発話によって更新された状態を後続する Conceptualization に利用できるかどうかという処理構造の違いである。

さらに、最初に構成した母語表現が産出目標となるため、現在の発話によって新たに生じた展開可能性を利用しにくくなる可能性もある。

例えば、

I have a friend.

まで発話できた時点で、

We met in college.

と続けることは自然である。

しかし、最初に

「高校で歴史を教えている友人」

という完成した母語表現を保持している場合には、「teacher」「history」「high school」という情報を予定どおり再現しなければならないという制約が生じるかもしれない。

仮にもし teacher が思い出せなければ、その時点で発話全体が停止する可能性もある。

本稿では、このような翻訳志向の産出方略は、

現在の発話を利用しながら次の内容を組み立てる逐次生成を阻害する可能性がある

と仮定する。

本稿で確認した範囲では、この因果関係を直接検証した研究は見当たらない。
したがって、これは既存研究の結論ではなく、本稿が提示する検証可能な理論仮説である。

教育的含意

本稿の議論が妥当であるならば、第二言語の会話能力は、単に語彙や文法知識の量だけでは説明できない。
重要なのは、現在の発話を利用しながら次の発話を生成し続ける能力である。

日本の英語学習では、完成した日本語文を英語へ変換する練習が広く用いられてきた。
もちろん、このような練習は語彙や構文の習得には有効である。

一方、本稿の立場では、この種の練習には見過ごされてきた構造がある。
この種の練習では、完成した日本語文が最初に与えられる。
したがって、計画範囲はつねに文全体に固定される。

これは、計画範囲が課題に応じて柔軟に変化するという、planning scope研究の知見とは逆の条件である。

その意味で、この種の練習は、逐次生成を訓練し損ねているだけではない。
逐次生成を妨げる方略そのものを、練習によって強化している可能性がある。

翻訳課題では、完成した内容を保持することが課題となる。
一方、実際の会話では、現在話している内容を利用して次を生み出すことが課題となる。

両者は似ているようで、求められる認知処理は必ずしも一致しない。

したがって、逐次生成を育成するには、

・初期発話から話し始める
・その場で内容を追加する
・発話を足場として話題を展開する

といった課題設計が重要になる可能性がある。

例えば、

I have a friend.

だけを与え、30秒間自由に話を続ける課題では、最初から全文を完成させることではなく、現在の発話を利用して内容を発展させることが要求される。

本稿の限界

本稿は理論論文であり、初期発話が Conceptualization の負荷を低減することや、翻訳志向の産出方略が逐次生成を阻害することを実験的に証明したものではない。
本稿で提示した内容は、既存研究を統合したうえで導かれた理論仮説である。

したがって、以下の点は今後の検証課題として残される。

・初期発話は実際に Conceptualization を容易にするのか
・発話状態はどの程度維持されているのか
・翻訳志向の産出方略は逐次生成を阻害するのか
・逐次生成を促す課題は流暢さを改善するのか

これらはいずれも、行動実験、視線計測、発話ログ分析、二重課題法、認知負荷測定などによって検証可能な仮説である。

本稿は、既存研究を統合し、初期発話・発話状態・翻訳志向の産出方略を一つの枠組みで説明するとともに、それらを検証するための具体的な研究課題を提示する理論的出発点として位置づけられる。

結論

本稿では、第二言語の会話を、

完成した内容を英語へ変換する過程

としてではなく、

発話を重ねながら内容そのものを逐次生成していく過程

として捉える理論的枠組みを提示した。

既存研究は、

発話産出が逐次的であること
発話開始前の計画範囲が固定されていないこと
Conceptualization が流暢さへ影響すること
談話が発話とともに更新されることを

それぞれ明らかにしてきた。

本稿は、これらの知見を統合し、

発話そのものが次の Conceptualization の条件を更新する

という観点から、第二言語の会話能力を捉え直した。

そのために、初期発話、足場機能、発話状態、翻訳志向の産出方略という記述概念を導入し、それらを一つの理論モデルとして整理した。

もちろん、これらの概念の多くは、現時点では実験的検証を待つ理論仮説である。
本稿は、新たな心理機構の存在を主張するものではない。
既存研究を踏まえながら、第二言語の会話を説明する一つの統合理論を提案することを目的としている。

もしこの理論が支持されるならば、英会話教育の焦点も、

完成した英文を正確に再現すること

から、

現在の発話を利用しながら次の発話を生成し続けること

へと移る可能性がある。

言い換えれば、英会話能力とは、完成した内容を一度に英語へ置き換える能力ではない。
小さな発話を積み重ね、その発話を足場として、次の発話を生み出し続ける能力である。

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