デフレと金融政策に関する9つの論点  

わが国が先進国唯一である10年超にわたる持続的な物価の下落、いわゆるデフレーション(デフレ)の状態に陥っているのは周知の事実です。ではなぜ、デフレについて有効な政策が行われることがないのでしょうか。原因のひとつは、デフレや金融政策についての見解が共有されていないことにあるのかもしれません。以下ではデフレや金融政策についてのよくある見解について、問いを立てて筆者の考えをまとめてみることにしたいと思います。

 

 

1.デフレの定義はないのではないか。

  

デフレとは財と貨幣の相対価格である物価の継続的な下落を指しており、内閣府やIMFの公式的な定義に即していえば、「二年以上の期間に渡って継続的に物価が下落すること」となります。平成23年7月1日の記者会見要旨(http://www.cao.go.jp/minister/1101_k_yosano/kaiken/2011/0701kaiken.html)によると、与謝野大臣は「今のデフレ論議の致命的な欠陥というのは、デフレというもの自体を定義していないということであると思っています」と述べていますが、この発言は民主党政権下の2009年11月20日に「デフレ宣言」がなされていることと明らかに矛盾しています。デフレの定義がないのに、なぜデフレ宣言を行うことが可能なのか、「デフレ宣言」の意味が前任者からきちんと伝えられていたのかといった疑問が浮かびます。政策担当者である与謝野大臣の発言は重大な問題を孕んでいるといわざるを得ません。

 

 

2.デフレがつづいているといっても、物価下落率はマイナス数%のレベルで、非常事態とはいえないのではないか。

  

指摘のとおり、15年程度つづいているわが国のデフレは、物価上昇率(GDPデフレーター)でみて平均1%程度のマイナスとなっています。

 

ただしこの事実からデフレが大した問題ではないと主張するのは早計です。最新の統計(SNA)からGDPデフレーターの推移をみますと、GDPデフレーターがピークを迎えたのは1994年第2四半期で、東日本大震災が生じた時期を含む2011年第1四半期の水準は、1994年第2四半期から15%低く、1981年第4四半期と同じ水準となっています。つまり、平均1%の物価下落でも、積もり積もればその効果は大きいのです。東日本大震災の影響が顕在化し、政府・日本銀行が有効な対策を打たなければさらに物価下落は大きくなる可能性もあるでしょう。ちなみに2011年第1四半期の名目GDPは、1991年第3四半期の水準とほぼ同じ(470兆円程度)です。名目GDPが20年間ほとんど変わっていないという事実は、国民が受け取る所得が1国全体の額面ベースでほとんど変わっていないということを意味しています。

 

1年間で一気に数十パーセントの物価下落が生じれば、雇用環境にも大きな影響が生じるため人々が経済危機だと認識するのは容易でしょう。わが国の問題は、平均して年1%程度のデフレが15年超つづくことで、経済停滞が長期化してしまっていることにあります。悪化した雇用環境や円高基調で進む為替レートといった現象も、この年1%程度のデフレが長期化した結果であることを十分に認識しておくべきでしょう。

 

 

図表1 GDPデフレーター、名目GDPの推移 (注)図表中の数値は季節調整済系列である。 (出所)内閣府経済社会総合研究所『国民経済計算』より筆者作成

図表1 GDPデフレーター、名目GDPの推移
(注)図表中の数値は季節調整済系列である。
(出所)内閣府経済社会総合研究所『国民経済計算』より筆者作成

 

 

3.デフレは人口や投資意欲の減退といった実物的要因から生じるものなので、金融政策では対処できないのではないか。

  

1.で述べたように、デフレは財と貨幣の相対価格である物価の継続的下落を意味しますので、貨幣に影響を与える金融政策なくしてデフレを語ることは不可能であるという点を強調しておくべきでしょう。

 

人口減少に関しては、たとえば最近発表された内閣府『平成23年度経済財政白書』で、生産年齢人口の減少がデフレの原因であるか否かを検証しています。各国比較を行なってみると、生産年齢人口の減少と物価下落が併存している国は日本だけという結果が得られており、人口減少がデフレにつながるという主張は正しくないことがわかります。一方で、将来の生産年齢人口の減少は、期待形成を通じて将来の物価動向や成長率を押し下げるという可能性が指摘されています。ただし、3.にあるように金融政策では対処できないという意見は誤りだといえるでしょう。

 

 

4.マネーの供給を増やしても市中にマネーが流れるわけではない。市中にマネーが流れるには、財政支出と金融機関の貸し出しを通じてしかありえない。よって企業の設備投資意欲が増えないかぎり量的緩和は意味がない。

  

「失われた20年」と呼ぶことが可能なわが国の長期停滞で特徴的な点は、根深いデフレ予想が広く蔓延してしまったことです。将来デフレがつづくという予想が根深ければ根深いほど、企業は消費者が商品を買ってくれないと考えるでしょうし、消費者にとってもとくにいま購入する必要性の薄い商品については購入を手控えることが合理的な行動といえます。よって新規の設備投資は手控えられるでしょう。

 

デフレがつづくという予想が強固であるかぎり、公共投資といった財政支出を行なったとしても、それが呼び水となって民間投資や民間消費が力強く増加することはありません。こういったときには、たんに量的緩和といったかたちでマネーを供給するのではなく、将来、デフレではなくインフレが生じていくのだという予想を形成させることが必要となります。このための手段として有効なのがインフレターゲットという政策枠組みで、たんなる量的緩和ではなく、インフレターゲットつきの量的緩和が必要となるわけです。

 

そしてデフレ予想が根深い状況の下での金融緩和策の効果は、昭和恐慌や大恐慌の経験に照らすと以下のようなものとなると考えられます。

 

金融緩和→デフレ予想の払拭→資産価格上昇→資産効果による消費増、為替レートの円安による輸出増、内部留保を用いた投資増→以上による総需要の増加→将来のデフレ予想ではなく物価の上昇(デフレ脱却)→借り入れ増による金融システムの復活。

ここでポイントとなるのが、昭和恐慌や大恐慌からの脱却過程といった成功例においても、金融緩和により即座に貸し出しが進むという状況にはならず、金融緩和の実行から貸し出しが進むまでには、一定の時間的なズレが生じるという点です。

 

リーマンショック前後の米英の金融政策と量的緩和時における日本の金融政策の比較は、拙著(『日本の「失われた20年」』P342~349)に掲載しておりますが、米英の金融政策は短期間で強力な金融緩和を行なったことで、デフレ予想の払拭に成功しました。わが国の場合は緩やかな金融緩和を長期間にわたりつづけたことで、デフレ予想を払拭することができず、内需は増加せずマイルドなデフレがつづいたのは周知のとおりです。金融システムが曲りなりにも回復しはじめるのは、海外景気が過熱をみせはじめた2006年以降のことです。金融緩和により、「将来もデフレが続くだろう」という予想を変え、「将来は安定的なインフレが続くだろう」という予想を早期に形成すること、これが重要なのです。

 

 

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