徹底解析 原子力発電所事故と被災者ニーズの実像(1/2)

 

―― 福島原子力発電所事故は終わっていない。これは世界の原子力の歴史に残る大事故であり、科学技術先進国の一つである日本で起きたことに世界中の人々は驚愕した。世界が注目する中、日本政府と東京電力の事故対応の模様は、日本が抱えている根本的な問題を露呈することとなった。

 

(2012年7月5日、国会東京電力福島第一原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)報告書本編「はじめに」冒頭部分より抜粋)

 

 

東日本大震災と福島県のリーガル・ニーズの全体像

 

弁護士による無料法律相談内容のうち、被災当時の住所地が「福島県」であり、かつ相談内容に原子力発電所事故に関する内容を含むものを、さまざまな切り口で解析した。その結果、時間経過による原子力発電所事故被害者のさまざまなニーズの変化、地域ごとの特徴的な差異など、リーガル・ニーズ増加の真因が浮き彫りになった。

 

*4万件に及ぶ無料法律相談データ・ベースの解析結果については、日本弁護士連合会(日弁連)の報告書「東日本大震災無料法律相談情報分析結果」(第5次分析)http://www.nichibenren.or.jp/activity/human/shinsai/proposal.html#bunseki を参照いただきたい。

 

【図1】は、被災当時の住所地が福島県であった被災者の法律相談内容をまとめたものである(2011年3月から2012年5月までの無料法律相談の累計12294件)。法律相談内容の上位は、「22 原子力発電所事故等」(55.1%)、「12 震災関連法令」(8.4%)、「5 不動産賃貸借(借家)」(7.5%)、「9 住宅・車・船等のローン、リース」(7.0%)、「6 工作物責任・相隣関係(妨害排除・予防・損害賠償)」(6.3%)となっている。

 

 

【図1】無料法律相談の傾向(福島県全体)

【図1】無料法律相談の傾向(福島県全体)

 

 

福島県では、何をおいても「22 原子力発電所事故等」に関する法律相談に注目せざるをえない。

 

そこには、原子力発電所事故等に起因する損害賠償請求問題に限らず、それ以外の多様な相談が含まれていた。過酷な避難生活に伴う紛争、避難後の生活再建に関する相談、事故発生後の契約関係(賃貸借契約、保険契約、住宅ローン、リース契約等)の帰趨、政策提言や立法提言に関する相談、避難後の親族との関係等に関する相談などである。

 

加えて、相談の背景に必ずといってよいほど「原子力発電所事故」の影響が出ている。たとえば、「9 住宅・車・船等のローン、リース」の相談においても、「原子力発電所事故により避難指示を受け、住めなくなった住宅のローンも支払う必要があるのか」という、住宅ローン問題と原子力発電所事故との複合的な相談も多発していた。

 

 

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福島県南相馬市小高区沿岸部。南相馬市の南部は福島第一原子力発電所から20km圏内。2012年4月まで警戒区域に指定されていた(撮影:岡本正、2012年5月)

被害の顕在化とニーズの高まり

 

福島県全体における原子力発電所事故等に関する法律相談動向は、時間経過とともに大きく変遷している。

 

【図2】は、「22 原子力発電所事故等」に関する法律相談の推移をまとめたものである。それによれば、2011年3月には全相談のうち14.8%であった当該法律相談が、その後一貫して増加し、同年10月には78.6%という高い割合に達している。その後も2012年5月まで、63.6%~76.2%ときわめて高い割合で推移している。

 

被災当時の住所地が福島県の相談者の最大のリーガル・ニーズは、まさに原子力発電所事故等に関する法律問題と一致するといってもよいだろう。

 

 

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【図2】「22 原子力発電所事故等」に関する法律相談の推移(福島県全体)

 

 

福島県沿岸部は、ほぼ全域が壊滅的な津波被害を受けた。この点では、岩手県や宮城県下の避難所における法律相談の傾向(震災関連法令、住宅ローン、遺言・相続が高い割合を示す傾向)と類似する傾向を示すかのようにも思える。

 

*岩手県や宮城県の沿岸市町村のリーガル・ニーズの特徴については、「災害復興法学のすすめ~東日本大震災を伝承する危機管理のデザイン」(岡本正)を参照いただきたい。

 

しかし、津波被害を受けた多くの地域は、政府による避難指示区域等に該当しており、これらの声と同時に、原子力発電所事故に関する相談が同時発生した。このため、原子力発電所事故等に関する法律相談が、一貫して上昇し、他の相談をかき消すほどの割合になったと推測される。

 

 

リーガル・ニーズの高まりの真因に「広域被害の顕在化」

 

福島県における原発避難区域別にみた法律相談の推移の特徴を明確にすることで、【図2】 のような福島県内の「22原子力発電所事故等」リーガル・ニーズの高まりは、「広域被害の顕在化」が原因であることを実証することができた。

 

原子力発電所事故の発生後、政府は複数の区域を設定し、住民への避難等を指示した。原子力損害賠償紛争審査会「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(中間指針、2011年8月5日)によれば、①避難区域(警戒区域)、②屋内退避区域、③計画的避難区域、④緊急時避難準備区域、⑤特定避難勧奨地点、⑥南相馬市による一時避難指示区域に分けられている。

 

このうち、①特に影響の大きい警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域の3つの区域のいずれか1つの区域に該当する市町村か、②いずれの区域にも該当しない市町村かといった地域分類を行い、それぞれの地域における法律相談内容の時系列的な変化を分析した(なお、自主的避難区域については、「②いずれの区域にも該当しない市町村」として分類している)。

 

【図3】は、こうした地域分類別に「22 原子力発電所事故等」に関する法律相談の推移をまとめたものである。

 

 

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【図3】避難区域別の原子力発電所事故等に関する法律相談の推移

 

 

これによると、いずれかの1つの区域に該当する市町村では、当該法律相談は初期段階から一貫して高い割合を占め、その傾向は、より顕著になって持続していることがわかる(2011年4月から2012年5月の間は、54.3%~85.8%と高い割合で推移している)。

 

現実に避難を余儀なくされ、賠償等の問題が現実化しているケースが多いこと、避難していなくても相当の日常生活上の苦痛を余儀なくされていること、などから、これらの区域に該当する場合は、法律相談窓口での救済を求める声も大きくなっていると推測される。

 

これに対し、いずれの区域にも該当していない市町村では、2011年3月の相談割合は3.9%であったが、その後、急激に増加し、2011年12月には相談割合が65.3%に達していることがわかる。ここから、福島県全体において原子力発電所事故等に関する法律相談の割合が増加しているのは、当初、行政による区域指定がない地域(自主的避難区域を含む)における当該法律相談の増加によるものであることが明確になった。

 

「いずれの区域にも該当していない市町村」が相談割合の増加を牽引している。その主たる理由は、震災直後1~2か月では、放射性物質の拡散の情報が明らかになっていなかった地域においても、これらの数値が徐々に明らかになり、いわゆる自主的避難地域等における除染の問題、避難の可否・是非の問題、さらには周辺地域の風評被害の深刻化等がよりいっそう顕在化してきたことにあると思われる。特に、自主的避難に伴う各種支援の情報提供、損害賠償請求の相談割合が多くなってきたと考えられる。

 

そして、このような福島県内の自主的避難地域等における強烈なリーガル・ニーズの高まりも相まって、2011年12月6日、政府から「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針追補(自主的避難等に係る損害について)」(中間指針第一次追補)が発表されるまでに至った。ここには、自主的避難者に対する賠償の基準の一部が盛り込まれた。これにより、少なくとも中間指針に明記された一定の賠償の対象者だけでも、百十数万人規模となった。

 

原子力災害の広域化が認識・顕在化するにつれ、原子力発電所事故等に関するリーガル・ニーズも連動して高まったという評価が可能である。

 

 

本稿について

本稿は、小山治青山学院大学助手・日弁連研究員と筆者とによる、以下の共著論文を、日弁連の報告書「東日本大震災無料法律相談情報分析結果(第5次分析)」に基づいて数値をアップデートし、加筆・再構成したものである。

 

小山治・岡本正(2011)「東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の動向 : 被災当時の住所が福島県の相談者に着目して」(自由と正義、Vol.62-13)

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/special_theme/data/lj2011_12.pdf

 

小山治・岡本正(2012)「東日本大震災における原子力発電所事故等に関する法律相談の内訳とその推移 :「損害賠償」等に着目した詳細解析」(自由と正義、Vol.63-1)

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/special_theme/data/lj2012_1.pdf

 

岡本正・小山治(2012)「東日本大震災におけるリーガル・ニーズと法律家の役割-無料法律相談結果からみえる被害の実像」(3.11大震災暮らしの再生と法律家の仕事、日本評論社)

 

なお、本稿は、筆者が所属する団体等の見解ではなく、筆者個人の学術的見解に基づくものであることを念のため申し添える。

 

 

 

 

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岡本正(おかもと・ただし)

弁護士

弁護士。医療経営士。マンション管理士。防災士。防災介助士。中小企業庁認定経営革新等支援機関。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。慶應義塾大学法科大学院・同法学部非常勤講師。1979年生。神奈川県鎌倉市出身。2001年慶應義塾大学卒業、司法試験合格。2003年弁護士登録。企業、個人、行政、政策など幅広い法律分野を扱う。2009年10月から2011年10月まで内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員。2011年4月から12月まで日弁連災害対策本部嘱託室長兼務。東日本大震災の4万件のリーガルニーズと復興政策の軌跡をとりまとめ、法学と政策学を融合した「災害復興法学」を大学に創設。講義などの取り組みは、『危機管理デザイン賞2013』『第6回若者力大賞ユースリーダー支援賞』などを受賞。公益財団法人東日本大震災復興支援財団理事、日本組織内弁護士協会理事、各大学非常勤講師ほか公職多数。関連書籍に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)、『非常時対応の社会科学 法学と経済学の共同の試み』(有斐閣)、『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・ジャパン)、『自治体の個人情報保護と共有の実務 地域における災害対策・避難支援』(ぎょうせい)などがある。

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