知識人の反則

仮設住宅で暮らしているある女性が、「近ごろ、毎朝悪夢をみて、汗びっしょりになって起きる」と一言、言ったそうです。わたしは女性の台詞を人づてに聞いて、どきりとしました。

 

心当たりがあるからです。わたしも、悪夢にうなされるときがあります。それは大抵、何が起きているか把握することすらできぬ「嵐」にあっている最中です。

 

震災は、平等に人をおそいません。神戸の仮設住宅で、仮設診療所をひらいていた額田勲さんというお医者さんが、こういうことを書いています。

 

「瓦礫の下敷きになった受難者は、圧倒的に社会的弱者と考えられる人びとであった。『医療の不平等はどうにもならぬが、死はある程度平等だ』と、漠然とその辺のことをごまかしてきた自分にとって、死の不平等を目撃させられたことは強烈な衝撃であった…」

 

福島で今起こっている事態は、神戸とすこし違う面もあります。すこし、というのは腰の引けた遠慮がちな表現です。「原発震災」がほんとうにはじまるのは、これからです。

 

「なんとかなる」とは、とても思えません。無残に人が死んでゆくことを、しかも比較的弱った者から死んでゆくことを。その姿をスルーして「なんとかなる」。それを正気と呼ぶならば、狂気の沙汰に顔をつっこむほうがよっぽどまともで果敢であるように思います。

 

時間の経過とともに、低所得、雇用形態が不安定、何らかの慢性疾患に罹患している、さまざまな要因から社会的に孤立してゆく人が、劣悪な住居もしくは周辺領域で病死や自死に至る。震災以前から抱え込んでいた問題が、原発震災で一気に融解してゆきます。

 

むきだしになったのは、炉心だけではなく。人の心も、社会のありようも。全部、むきだしになりました。

 

「福島の民衆の受難」とか。「ミヤザワケンジ」とか。「美しい」とか。この期に及んで、うまいこと言うのは無理です。ちょっとそれは。遠慮がちに言いますが、知識人の反則です。

 

(本記事は9月26日付「福島民友」記事からの転載です)

 

 

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