リスクを決めるのは科学ではなく、社会だ

東京電力福島第一原子力発電所の事故により、ホットスポット問題に直面することになった千葉県・柏市。放射能汚染の心配から、柏産農作物の売り上げは著しく減少した。そのような状況のなかで「柏の野菜を安全に美味しく食べたい!」という思いのもとに立ち上げられた「安全・安心の柏産柏消」円卓会議。消費者や農家の協働により、農場ごと、品目ごとのきめ細やかな放射能測定を行い、消費者からの信頼回復に努めている。

 

プロジェクトの開始から一年半が経ち、集大成となる『みんなで決めた「安心」のかたち~ ポスト3.11の地産地消をさがした1年』の出版を記念して、柏市民会館でシンポジウムが開催された。円卓会議事務局長である五十嵐泰正さんの司会のもと、様々な立場に立つパネリストたちが各々の立場から活動を振り返り、今後の課題を論じた。(構成/出口優夏)

 

 

不毛な対立を止めるために ―― 円卓会議のはじまり

 

五十嵐 それではパネルディスカッションを始めさせていただきます。司会を務めます五十嵐です。初めに私から少しお話させていただきます。

 

放射能問題は科学の問題ではなく、すでに社会の問題になっています。放射線の人体への影響については専門家のあいだでも議論が割れていますが、「閾値なしモデル」と呼ばれる仮説にもとづいて放射線防護が推奨されるのが一般的です。つまり、何ミリ㏜から危険だという質的にはっきりした区切りがあるわけではないということです。では、どうするか? ここで適用されるのがALARA 原則です。これはas low as reasonably Achievableの略語ですが、放射線の影響を「合理的に達成可能な範囲でできる限り低く」抑えることを目指すべき、という指針です

 

ここで大切なのは「合理的に達成可能な範囲で」という点なんですね。どういうことかというと、測定にも防護にも除染にも一定のコストがかかる以上、ただ単に「できる限り低く」を追及すると、どこかで非合理的になってしまいかねない。そうなると、社会的なデメリットを引き起こす可能性もでてくる。つまり、どこまで放射線防護を行うかは、メリットとデメリットを比較考量して決める必要があります。具体的には、社会のさまざまな立場の人の合意の問題として決めていくべきだということです。

 

食品放射能汚染について考えれば、消費者側の立場からは、当然、数値が低いほど安全ということになります。他方で、生産者にとってはあまりに厳しい数値は現実的ではありません。そうしたなかで震災後、消費者からは、生産者への心ない暴言がぶつけられましたし、善意からのものであっても、生産者の実情に無知で安易な発言も目立ちました。一方の生産者側やそれを支援する行政も、「買って応援」という情緒的なキャンペーンばかりで、消費者の安心感を醸成することは後手後手に回っていました。

 

こうして、本来は対立する必要などない消費者と生産者とのあいだで、深刻な相互不信が生じてしまった。私はストリート・ブレイカーズ(柏市で市街地活性化イベントなどを行う団体。円卓会議の事務局となった)で消費者目線から生産者と関わる活動を行っていたこともあり、両者の争いがとても不毛だと感じていました。それならば、生産者も消費者がともに顔を突き合わせ、ALARA原則に愚直に則った協働的な解決を模索してみよう。こう考えたのが私たちの活動の始まりでした。

 

私たちはまず、「地産地消」というありふれた言葉に立ち返り、プロジェクトを組み立てることを考えました。生産者と消費者とのあいだで大きな壁となっていたのは、両者のモビリティの違いに基づく非対称性だと考えていたからです。消費者に安易に「ホットスポットでは農業なんてやめなよ」と言われながらも、生産者はそう簡単に移動なんてできない。その一方で、消費者はグローバルに調達されたスーパーの商品棚から食品を選択できる立場にあるわけですから、ごく自然なリスク回避行為として「産地を選ぶ」という行動をとります。このこと自体はある意味仕方のないことですし、ここを安易に非難してしまうと、消費者と生産者の分断は深まるばかりで、「風評」の払拭にもつながりません。

 

しかし、消費者にとっても、他のリスク回避の方法があるはずだと私たちは考えました。「信頼できる生産者から、目の前で安全が約束された作物を買う」ということです。これは、産地偽装さえ疑われている状況のなかでは、流通過程が複雑で産地がよくわからなくなっている加工品などと比較しても、ある意味非常に強い安心感をもたらします。幸いなことに柏は、消費者と生産者の距離が近い。そのため、目の前での協働的な安全確認作業を経て、放射能問題を「住んでいる街の問題」として共有することが可能ではないかと考えたんです。

 

確かにホットスポットの問題という深刻でネガティブな契機ではありますが、市民がより震災前より柏の野菜に注目するようになったのは確かです。それに生産者側がきっちりと答えていくことで、以前より直販農家の必須の課題だった「顔の見える信頼関係」を構築していくチャンスだと思いました。そして、「放射能問題にとどまらず、柏野菜をどのようにブランド化していくのか」を最終目標として、2011年7月に円卓会議を立ち上げ、個別農家ごとの放射能測定や情報発信などの活動を行ってきました。

 

では、パネリストの皆様が各地で行っている取り組みをご紹介していただきたいと思います。勝川さんからお願いします。

 

 

五十嵐泰正氏

五十嵐泰正氏

 

 

 

シノドスのサポーターになっていただけませんか?

98_main_pc (1)

 

 セミナー参加者募集中!「スノーデンと監視社会の現在」塚越健司

 

 

無題

 

vol.230 日常の語りに耳を澄ます 

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」

 

vol.229 平和への道を再考する 

・伊藤剛氏インタビュー「戦争を身近に捉えるために」

・【国際連合 Q&A】清水奈名子(解説)「21世紀、国連の展望を再考する」

・【あの事件・あの出来事を振り返る】桃井治郎「テロリズムに抗する思想――アルジェリア人質事件に学ぶ」

・末近 浩太「学び直しの5冊<中東>」

1 2 3 4 5
シノドス国際社会動向研究所

vol.230 特集:日常の語りに耳を澄ます

・荒井浩道氏インタビュー「隠された物語を紡ぎだす――『支援しない支援』としてのナラティヴ・アプローチ」

・【アメリカ白人至上主義 Q&A】浜本隆三(解説)「白人至上主義と秘密結社――K.K.K.の盛衰にみるトランプ現象」

・【今月のポジ出し!】吉川浩満「フィルターバブルを破る一番簡単な方法」