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大船渡仮設住宅支援事業、いわてNPO-NETサポート

 

黒沢 岩手から来ました黒沢と申します。ぼくは岩手県内陸の奥州市、旧胆沢町の出身です。いまは人口13万人の町になりましたが、もともとは2万人弱の町に育ちました。高校時代まで地元で過ごし、岩手県立大学で4年間学びましたが、「岩手に残りたい気持ちは強いけれども、このまま岩手に残っていいのだろうか。」という疑問が芽生え、東京で就職活動をしました。SCSK株式会社に入社し、SEとして約3年弱働きました。いま26歳です。現在は仮設住宅支援に関わっております。

 

ぼくはもともと、「将来は岩手でなにかしたい」と漠然とした思いを抱え、そのために東京で自分を磨こうと思い上京しました。しかし、SEはどちらかというと狭く深く追求する職業なので、岩手に帰ってきたときに自分は何で食えるのかという思いと、東京での仕事の現実に、ギャップを感じていました。

 

そんなとき、3月11日が訪れ、ぼくは東京で地震を体験しました。当時、恵比寿で働いていたのですが、約20km歩いて自宅に帰ったことを覚えています。震災後、一週間仕事が休みになって、テレビで被災地の状況をみることしかできず……。一刻も早く何かをしたいと考えました。当時、岩手は個人でのボランティアを受け入れておらず、ぼくは会社の先輩のボランティアチームの一員となり、GWに大槌町と陸前高田市でボランティアに入りました。それから、月に1、2度は岩手に帰って、ボランティア活動を継続していました。

 

東京でもなにかできるのではと思い、東京の被災地出身者の任意団体に注目しました。そのような団体は同年代と出身地区で固まりがちですが、ネットワークを築けばもっと良い活動ができるのではないかと思い、さまざまな集まりに参加しながら、団体のネットワークつくりを行いました。東京での活動を行いながら、被災地に何回も入っていると、「持続的な仕組みをつくらないと、まちの復興は難しいのでは」という疑問を持ちだしました。そこで、岩手に帰りたいという思いがぐっと強くなりました。

 

そんなとき、ネットサーフィング中に、NPO法人ETICの「右腕派遣プログラム」というのを知りました。これは岩手・宮城・福島各震災復興で活動しているリーダーの右腕、つまり補佐役となって事業をサポートしていくという制度です。そして、ETICの右腕としての参画と、SCSKの退社を決意しました。

 

ETIC.右腕派遣プログラム;http://michinokushigoto.jp/about

 

2012年1月から、岩手県大船渡市と大槌町の仮設住宅支援事業に関わっています。事業としては約30ある仮設住宅のすべての集会所談話室に、支援員さんを配置しています。各集会所談話室に2名~10名程度、常駐していただきながら、集会所の管理、住民の方の見守り、お声かけ、自治会のお手伝い、ボランティアのコーディネートなどをしてもらっています。支援員さんには地域の失業者を雇用しています。この事業は岩手県の緊急雇用対策基金を使って、緊急雇用の一環として事業を立ち上げました。

 

きっかけは、内陸の地域である北上市が、沿岸被災地のために何かできないかと、プロジェクトチームを設立したことです。この支援員システムを各沿岸被災地に提案したところ、最初に大船渡市に手をあげてもらいました。支援員さんの雇用・労務・経理の管理などは、大阪に本社があり、北上に支店があるジャパンクリエイトさんという人材派遣会社にお願いしています。

 

ぼくはいわてNPO-NETサポートに所属し、事業運営・コミュニティー支援のノウハウを活かし、大船渡市をメインに活動しています。大船渡市では去年の9月からこの事業を立ち上げ、仮設住宅1800世帯、37団地のうち、集会所・談話室がある33カ所に支援員さんを常駐してもらい、平日の8時半から17時半まで、業務を行っています。

 

いわてNPO-NETサポート;www.npo2000.net/

大船渡仮設住宅支援事業;http://ofunatocity.jp/

 

同様の事業が大槌町でも今年2月からはじまり、48団地、2100世帯、約4700名の方をサポートしています。この事業の目的は、「仮設住宅に住んでいる人全てが健康で前向きな生活を送ることができる環境をつくる」ことです。支援員さんはその「つなぎ役」「お手伝い」として機能します。

 

ぼくらはサービス業を行っているのではなく、インフラの整備をしていると思っています。サービス業のようになんでも住民の方にいわれたことをするのでは、住民の方々の自立を妨げることにもなりかねません。そこに気をつけながら、でも、何かあって手をあげていただいたときには、行政にもお繋ぎするし、外部にもお繋ぎするし、最大限のお手伝いをさせていただこうと思っています。

 

ぼくの役割は、大船渡の各関係会議の参加、事業全体のマネジメントのサポート、事業内での新しい取り組みの推進です。もともとはSE出身なので、IT化も推進しています。たとえば、集会所談話室にPC、プリンター、通信回線を設置してメールでの情報共有や、ネット上のカレンダーを使って集会所の予約管理などをしています。また、どれだけ住民や外部団体を訪れたか、どんな相談があったのかをデータで把握できるようにしています。

 

 

jinzai02

 

 

研修の企画もしています。支援員さんは住民の方と接する機会が多いので、住民同士のいざこざに巻き込まれたり、厳しいクレームがあったりと、メンタル的なフォローというのも事業の大きな課題になっています。たとえば、臨床心理士の方に来ていただいて、メンタルケアーの方法を学ぶ講習会を開いたりですとか、中越の方々に中越の事例をお話していただいたりですとか、弁護士さんに法律の話をしていただいたりしています。それを100%支援員さんが解釈するのは難しいのかもしれませんが、こういう話もあるよと住民の方にお話できるだけでも重要なことだと思っています。

 

ぼくは外部連携の必要性を感じていまして、現地の方が現地の方にノウハウ教える仕組みをつくりたいと思っています。ぼくの職場だったSCSKさんに今月から三カ月間、人材を派遣していただき、ICTの仕組みづくりや、組織としての仕事の取り組み方のノウハウを教えに来ていただいています。

 

SCSK株式会社「東北復興支援 社員派遣プログラム」;http://www.scsk.jp/news/2012/press/other/20120914.html

 

宮本 いつか地元で何かしたいと考えていたところ、地震があり、一刻も早く現地でという活動が、現在までかたちを変えながら続いているということでした。仮設での支援員さんの動きは、バックアップの体制も含めて、かなり系統だててなされている印象がありますね。

 

たしかに、沿岸部の広域にわたる仮設住宅群を落ちこぼれなく見ようというときに、とりわけさまざまな配慮を必要とされる方への支援という意味では大切なことなのかもしれません。一方で、広範囲をみようという志向が強くなったときに、ひとりひとりの方とじっくりおつきあいしながら関係をつくっていくようなことが難しくなるのではという印象もありました。

 

つづいて、唐桑から根岸さんと宮越さんです。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.265 

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