「My農家を作ろう」方式の放射能測定がもたらしたもの

これから2回にわたって、千葉県柏市において展開されてきた、「安全・安心の柏産柏消」円卓会議による協働的な放射能測定の取り組みの一端を紹介しつつ、その活動の中で事務局長を務めたわたしが考えてきた、いくつかの社会的な論点を検討していきたい。

 

 

「安全・安心の柏産柏消」円卓会議の発足から「独自」の測定メソッドへ

 

東京都心から電車で北東に45分ほどに位置し、典型的なベッドタウンである千葉県の柏市。もう忘れた読者もいるかもしれないが、福島第一原発事故後の3月21日に、放射性物質を含んだ雨が降ったために形成された放射能のホットスポットとして、昨春以来繰り返し報道されてきた街である。若いファミリー層を中心として、柏市を離れる「避難家族」も少なくなく、高度成長期以来ほぼ一貫して増加を続けてきた柏市の人口は、2011年には減少に転じてしまっている。

 

一方で柏市は、カブの生産が全国1位であるなど、園芸を中心とした近郊農業の盛んな地域でもある。そして、柏産の農産物は千葉県内でも消費者への直接販売の取引の割合が多い、いわゆる「地産地消」がかなり根付きはじめていた街でもあった(*1)。

 

(*1)「柏市都市農業活性化計画」によれば、もっとも売り上げが多い出荷先として、消費者への直接販売をあげた農業者は、千葉県の10%に対して、柏市では23%と2倍以上にのぼり、調査時点の05年時点ですでに地産地消の取組みが進んでいることがわかるが、この流れはその後さらに拡大傾向にあった。

 

しかしその流れは、原発事故以降、確実に逆風に晒され、市内の大手直売所は、最大で前年比40%、年間を通して前年比30%もの売り上げ減に直面することになった。そうした中で、2009年から地域の意欲的な若手農業者に声をかけて月1回のジモトワカゾー野菜市を開催し、農家とレストランのマッチングを目的とした農場訪問会などを企画してきた、まちづくり団体のストリートブレイカーズ(以下、ストブレ)の声がけで2011年7月に発足したのが、「安全・安心の柏産柏消」円卓会議である。

 

わたしは、2005年からストブレに参加しているが、微力ながら柏の地産地消に貢献してきたと自負しているストブレのメンバーたちは、当時ネット上で「風評被害」をめぐってなされていた、消費者と生産者の間の非難の応酬に心を痛めていた。

 

こんなくだらない罵り合いを、せめて、自分たちの愛する柏でだけは起こさせたくない。まずは、消費者と生産者、飲食店と流通業者、利害も意見も異なる人たちでひとつのテーブルを囲んで、いま心配していることを話し合って歩み寄る。そして、科学的な裏付けを持ちながら放射能問題に向き合い、「顔の見える」信頼関係の回復に向かっていく。そんな協働的な問題解決が、生産者と消費者の距離が近く、住民の街への愛着が強いこの柏でならば、きっとできるはずだ。

 

そんな思いで立ち上げた円卓会議には、農家4名、消費者3名、流通業者2名、飲食店2名、そして、全国的にもいち早く安価に市民が放射能測定できる施設を柏市内で立ち上げたベクミル(*2)が、参加することになった。

 

(*2) 放射能測定器レンタルスペース・ベクミルの運営主体は、㈱ベクレルセンター。ベクレルセンター代表の高松素弘は、のちに「市民目線で放射能問題について分析・行動する」ことを目的としたNPO法人ベクまるを立ち上げ、現在ではベクまるとして円卓会議に参加する形になっている。

 

とはいえ、「とりあえず顔を合わせた」円卓会議の最初の何回かは、重苦しい空気に包まれ、参加者相互の立場の違いを確認し、信頼関係を築くことだけに注力せざるを得なかった。その経緯の詳細は、近刊(『みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』)を参照して欲しいが、2011年秋の消費者アンケート調査で明らかになった「もともと地元農産物を積極的に購買していた層こそが、事故後は買い控えをしている」「買い控え層には、専門家にバックアップされた市民による安全確認・情報発信が有効」という結果を受けて、消費者と生産者の協働による放射能測定メソッドの確立を模索してゆくことになった。

 

紆余曲折の末たどり着いたのが、まず農地土壌の測定により圃場中でもっとも放射能濃度の高いと考えられるポイントを特定し、そこで生育した農産物の放射能測定をすることで個別農場・品目ごとに安全性を確認することを基本線に、土壌放射能濃度以外のリスク要因もあわせてチェックする測定メソッド(*3)。その測定方式を軸とするきめ細かな安全確認と情報発信のプロジェクト(http://www.kyasai.jp/)に、わたしたちは、幅広い柏市民に「信頼できるジモトのMy農家をつくることを提案」したいという思いを込めて、「My農家を作ろう」と名付けた(*4)。

 

(*3) 原則として、土壌から農産物への放射能セシウムの移行は、作物ごとにほぼ一定の移行係数に基づいて起こり、農産物の放射能濃度は土壌の放射能濃度の大小に比例するが、ある特殊な条件下においては、移行係数の跳ね上がるケースがあることが知られている。すなわち、1)土壌中の交換性カリウムの量(カリウムとセシウムは化学的性質が似ており、植物の生育に不可欠なカリウムが、土壌中に吸収可能な形で十分に存在していないと、農作物は「間違って」セシウムを吸いやすくなってしまうと考えられている)、2)流入した汚染度の高い水を直接作物が吸ってしまう状況(土からではなく、セシウムが溶け込んだ水からの直接吸収では、非常に多くのセシウムが吸い上げられてしまう)、3)圃場の土質(土質(粘土質、砂質など)によって、土の粒とセシウムとがっちり吸着するかどうか、すなわち植物がセシウムを吸収しやすくなるかどうかがが変わってくる)、4)土壌のpH(農地は基本的にアルカリ性に土を作るが、酸性の土壌ではセシウムが遊離しやすくなるため、ブルーベリーのように酸性土壌を好む作物の場合は特に注意が必要)、といったリスク要因の組み合わせである。「My農家」方式の測定では、地形的・人為的にこうしたリスク要因が発生しやすい圃場の4隅を含む5点の土壌放射能測定で、もっとも放射能濃度が高かったポイントで生育した農産物の放射能測定を行うことを基本線としているが、土壌の触診や農家への営農履歴のヒアリングによって、上記のようなリスク要因が考えられる場合には、適宜当該ポイントの農産物を検体として追加して、安全確認を行っている。

 

(*4) この測定メソッドは、2012年3月末のSYNODOS JOURNALでも具体的に紹介されている(http://synodos-jp/fukkou/1409/)。この記事は、「My農家」方式による最初期の測定の取材に基づいているが、その後マイナーチェンジされた最新版の測定方式の詳細は、http://www.kyasai.jp/home/ruleを参照していただきたい。

 

この方式は、第一義的には、「汚染農産物がサンプリング調査をすり抜けている」という、消費者の不安を解消することを目的として採用したものである。前述のアンケート調査を行った2011年秋当時、福島県知事が「安全宣言」を出した後に、当時の暫定基準値500Bq/kgを越えるコメが相次いで発見され、消費者の農産物への不安と、既存の検査体制に対する不信が高まっていたからだ。

 

その上、柏市においては、福島第一原発の警戒区域でもそうそうないような57.5μSv/hという空間線量が、2011年10月下旬に住宅地にある空き地で計測され、破損した側溝から流れ込んだ雨水中の放射性物質が一か所に濃縮した結果だと説明されたことも、「柏の農地にも超濃縮ホットスポットはあるのではないか」という消費者の連想へとつながってしまっていたのだ。

 

こうした状況に対処するためのわたしたちの測定方式が、独特な手法に見えるとすればそれは、従来の放射線防護学が依拠している標準的な思想とは、かけ離れた目的意識に基づいているからだ。

 

圃場の特徴によって、「外れ値」的に汚染された農産物が生じうることは、放射線防護学の専門家も十分に認識している。しかし、消費者が市場から「外れ値」の野菜だけを購入し続けることはありえない。放射線防護学の標準的な考え方では、この市場希釈という過程を前提にするために、地域の代表的な圃場で生産された農産物を、集荷後に抽出して精密に測定すれば十分な安全性の確認ということになる。

 

この考え方の科学的な合理性は、十分に理解できる。しかし、こうした発想からの測定体制では、福島や柏のような地域の「風評被害」を払拭するには十分ではないと、わたしたちには思われた。スーパーマーケットなどの購入現場では、消費者に食品の産地を選ぶ幅広い選択肢が与えられている。その状況下では、食品経由の内部被曝を気にする消費者が、「外れ」があるかもしれないと思われている産地のものを、あえて選ぶ必然性はどこにもないからだ。

 

工業製品にたとえれば、1000台に1台不具合があるかもしれない(というイメージを持たれている)会社のエアコンを購入する消費者はいない。ホットスポットと呼ばれている柏で、安全確認以上の安心感を醸成して地元野菜を「選んでもらう」には、工業製品では当然のそうした感覚をベースにして品質管理に取り組むことが、どうしても必要なのではないか。しかし、マーケティングの論理から出てくるこうしたニーズに対しての答えは、残念ながら既存の科学にはなかったのだ。

 

 

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