福島レポート

2026.03.13

普通の福島に「潜入」はもう要らない 『いちえふ』竜田一人が素顔で語る15年目の真実

服部美咲 フリーライター

インタビュー・寄稿

東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原子力発電所事故から15年。構内の除染やフェーシングが進み、かつて全面マスクでなければ歩けなかった場所は、今や私服での視察が可能な場所へと変貌を遂げた。福島第一原発(1F)での作業経験を綴った記録漫画『いちえふ』。その新装版発売を機に、作者・竜田一人氏へのロングインタビューを行った。現場の劇的な変化、そして竜田氏が今回素顔を公開するに至った決断を切り口に、福島の現状と今後の課題に切り込んだ。

潜入から15年、変貌した1F

――今回、『いちえふ』の新装版が発売されました。震災から15年という月日が経ちましたが、現在の福島第一原発(1F)の状況をどう見ていますか?

竜田氏: 一番大きな変化は、環境が劇的に良くなったこと、つまり汚染が抑えられたことです。僕が最初に入った2012年当時は、休憩所から一歩外に出れば全面マスク着用が当たり前でした。でも今は、高台の上などであればマスクなし、あるいは普通のサージカルマスクで歩けます。

これはフェーシング(舗装)のおかげですね。敷地内の土をアスファルトやコンクリートで覆ったことで、放射性物質を含んだ粉塵が舞わなくなった。それによって、今は旅行者のツアーが組まれるくらい、一般の人が普通に入れる場所になったんです。

――当時、竜田さんが「潜入取材」という形をとったのは、情報が閉ざされていたからですね。

竜田氏: そうです。2012年頃は、今のように一般の人が申し込んで構内に入れるような状況ではありませんでした。地元の住民ですら、中がどうなっているか分からなかった。だからこそ、働きに行って、自分の目で見たものを描く必要があった。

でも今は、もう「潜入」なんて言葉を使う必要がないくらい1Fは開かれています。より深い、原子炉建屋の内部のような場所ならともかく、構内の様子は誰もが知ることができる。僕が素顔を隠してまで潜入して情報を取ってくるという役割は、もう終わったんだと感じています。

「素顔」を公開した決断と理由

――今回、メディアの前で初めて素顔を公開されました。これまでは徹底して顔を隠されていましたが、どのような心境の変化があったのでしょうか?

竜田氏: ずっと顔を隠しているのも、今の状況では失礼だなと思ったのが一番です。もう僕もいい歳ですし(笑)、東電さんや現場の人たちにも知り合いが増えて、顔はバレているわけです。今さら隠し通すことに意味がないというか、逆に隠していること自体が何かをにおわせているようで嫌だった。

あとは、もう素顔を出したからといって、誰かに怒られるような時代でもなくなった。現場がそれだけ落ち着いたという証拠でもありますね。

――かつて顔を隠していたのは、身の安全のためでもあったのでしょうか。

竜田氏: それもありました。当時はまだ、活動家のような過激な人たちもいましたから、そこに絡まれるのはやばいなという警戒心がありました。それに、現場で作業員として働く以上、顔が割れていると周りに迷惑がかかるかもしれない。あくまで一作業員として現場に馴染む必要がありましたからね。

現場の記憶:2012年と2014年の経験

――改めて、竜田さんが現場で経験された仕事について教えてください。

竜田氏: 1Fには大きく分けて2回入っています。最初は2012年。この時は休憩所の管理業務がメインでした。現場で働く人たちのお世話をする、いわば後方支援ですね。でも、それだけじゃ現場のコアな部分が見えないと思って、もっと現場に近い仕事を探しました。その年の秋からは、原子炉建屋の隣にある廃棄物処理建屋などの配管関連の仕事をしました。

2回目は2014年です。この時は1号機の調査、3号機の建屋内の瓦礫撤去の仕事に関わりました。中をロボットで調査したり、瓦礫を片付けたり。これはいかにもロボット操縦という感じで、響きはかっこいいですが、現場は地道な作業の連続でしたね。

――2012年当時の1Fは、今とは全く別世界だったのですね。

竜田氏: 全然違いますよ。当時はJヴィレッジがまだ復旧していなくて、作業員の集合地点になっていました。あそこからバスに揺られて中に入る。構内も、津波で流されてきた車がボコボコになったまま放置されていたりして、しっちゃかめっちゃかでした。

それが今、改めて視察に行ってみると、道は綺麗に舗装され、立派な防潮堤ができている。昔は土嚢を積んだだけのフレコンバック(大型土嚢)の壁で、「これ、また津波が来たらやばいな」と思って見ていましたが、今はもう安心感が違います。

15年目の検証:過剰対策と「大人の保身」の弊害

――15年が経過し、廃炉作業は進んでいますが、一方で廃炉以外の復興への対策についてはどうですか?

竜田氏: 山ほどあります。この15年を振り返って、何が正解で、何が過剰対策だったのかを検証しないと、また同じ過ちを繰り返すと思いますよ。

一番の問題は、安全側に寄りすぎて避難を長引かせたことです。もっと早く避難解除してあげれば、住み慣れた家で最期を迎えられたお年寄りもいたはずです。それを、基準値がどうこうと頑なに縛り続けて、戻りたい人を戻さなかった。これは、避難先で亡くなった方々に対して、本当に申し訳ないことをしたと反省すべき点です。

――甲状腺検査についても、かなり踏み込んだ発言をされていますね。

竜田氏: あれはもう「大人の保身」の典型ですよ。検査を続けることで、本来見つけなくていい、命に別状のない甲状腺がんを見つけてしまう過剰診断が起きている。それをやめると「過去の検査が間違っていた」と認めることになるから、誰もやめようと言い出せない。

学校で案内が来るから親も受けさせるけれど、そのせいで子供たちが不必要な手術を受け、一生傷を背負うことになる。これこそが「実害」です。放射能による健康被害ではなく、過剰な対策による被害が出ている。これを放置しているのは、研究実績を作りたい学者や、責任を取りたくない大人たちのエゴでしかない。

これからの福島

――ALPS処理水の放出については、放出前後の反応をどう見ていますか?

竜田氏: 流してみたら、結局風評被害は起きなかったでしょう? 中国がやや騒いだりしましたけど、国内ではむしろ「応援しよう」という声の方が大きかった。これは重要な教訓です。理不尽な批判にビビらず、粛々と計画通りにやれば、風評被害なんて起きないんです。

それをいつまでも「風評、風評」と騒ぎ立てるから、逆にそれが不安を煽ることになる。甲状腺検査も同じです。いつまでも「安全を確認するために検査しています」と言い続けるのは、裏を返せば「まだ危ないかもしれない」とにおわせているのと同じ。もう福島は普通の土地なんだから、普通に戻すべきなんです。

――今の福島で、特にお気に入りの場所はありますか?

竜田氏: やっぱりいわき中心に浜通りによく行きます。釣り仲間も音楽仲間もたくさんいますし。あとは大熊や双葉。行くたびに街が変わっていく。新しい施設ができたり、草木に覆われていた場所が綺麗になったり。移住してくる人も増えているようですし、人が生きる場所としての活気が戻ってきた感じがします。まだまだ課題も多いようですけど。

――最後に、新装版を手に取る読者の方へメッセージをお願いします。

竜田氏: まあ、好きに読んでください、というのが一番ですね(笑)。ただ、この本に残っているのは、あの当時の異常な状況の記録です。今はもう1Fも福島も、普通の場所になりつつある。

もし興味があったら、実際に福島に遊びに来て、自分の目で今の姿を見てほしい。食べ物は美味しいし、海も綺麗です。15年経って、何が変わり、何が変わっていないのか。それを肌で感じてもらうのが、一番の「除染」になるんじゃないかなと思います。

プロフィール

服部美咲フリーライター

慶應義塾大学卒。ライター。2018年からはsynodos「福島レポート」(http://fukushima-report.jp/)で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島の状況についての取材・執筆活動を行う。2021年に著書『東京電力福島第一原発事故から10年の知見 復興する福島の科学と倫理』(丸善出版)を刊行。

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