医師の知識と良心は、患者の健康を守るために捧げられる――福島の甲状腺検査をめぐる倫理的問題

甲状腺スクリーニング検査の倫理的問題

 

2011年10月以降、福島県では県民健康調査の一環として、甲状腺のスクリーニング検査(無症状の集団に対して超音波で甲状腺の状態を調べる検査)を継続している。対象は事故当時おおむね18歳以下だった福島県民(1994年4月2日から2014年4月1日までに生まれた県民)約38万人で、2018年現在3巡目を実施し、2018年5月からは4巡目が開始される予定である。

 

甲状腺検査を含む県民健康調査の目的は当初「県民の不安を解消すること」と「県民の健康を見守ること」とされていた。2016年に県は県民健康調査についての中間とりまとめを出し、県民健康調査の目的を「事故による被ばく線量の評価を行うとともに被ばくによる健康への影響について考察すること」と「事故の影響が県民の健康に及ぶ事態を想定してその予防や治療に寄与すること」としている。(注1)

 

(注1)甲状腺検査【本格検査(検査2回目)】結果概要に記載されている目的は「子どもたちの健康を長期に見守るために、現時点での甲状腺の状態を把握するための先行検査に引き続き、甲状腺の状態を継続して確認するため」とされる。

また、「県民健康調査」検討委員会設置要綱における目的は「県民の被ばく線量の評価を行うとともに、県民の健康状態を把握し、疾病の予防、早期発見、早期治療につなげ、もって、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ること」とされる。

さらに、甲状腺検査評価部会設置要綱における目的は「甲状腺検査について、病理、臨床、疫学等の観点から専門的知見を背景とした議論を進め、適切な評価を行っていくため」とされる。

 

このことから、2018年1月26日に開催された甲状腺評価部会において、現在行われている甲状腺検査の目的のひとつとして「(東京電力福島第一原子力発電所の事故による)放射線と甲状腺がんとの関連を正しく評価すること」を明記すべきであるという意見が出された。

 

ある集団の健康関連問題と、それに影響するようななんらかの要因(食べものや薬、生活環境など)との関係を明らかにして、健康問題を解決する対策を立てるための研究を疫学研究と呼ぶ。このような人間を対象とする研究を行う場合には、十分な倫理的配慮が必要となる。このため、世界医師会(WMA)は1964年に「ヘルシンキ宣言(人間を対象とする医学研究の倫理的原則)」(http://www.med.or.jp/wma/helsinki.html)を出し、2013年までに9回の改訂が加えられている。

 

県民健康調査の一環として福島県が行っている甲状腺検査について、その医学研究的側面を鑑み、倫理的観点から評価し直すべきであるという意見が、2018年1月の甲状腺検査評価部会で出され、次回以降議論される。今回は大阪大学で甲状腺の研究を専門とし、多くの治療にもあたっている髙野徹氏にお話を伺った。氏は甲状腺の専門家として、県民健康調査検討委員会の委員および甲状腺検査評価部会委員を兼務している。

 

 

高野先生

 

 

「福島で見つかっている子どもの甲状腺がんは放射線の影響とは考えにくい」

 

――2016年に、県民健康調査の中間とりまとめが出されました。ここでは、現在見つかっている福島における甲状腺がんは放射線の影響とは考えにくいと評価されています。この見解は現在においても有効な見解でしょうか。

 

福島県の県民健康調査検討委員会は、いまもこの中間とりまとめの見解を変更していません。また、わたしもこの見解は2巡目以降も引き続き有効だと考えています。

 

当初から、甲状腺の専門医で福島第一原発事故による放射線の被曝によって、子どもの甲状腺に健康影響が出ると思っている方はほとんどおられませんでした。わたしの知る限りでは皆無であったと言ってもいいでしょう。甲状腺の超音波検査を普段からなさる機会の多い専門医の中には、県民健康調査の中で甲状腺検査を始めようという初期の段階で、すでに過剰診断(超音波検査で見つけなければ一生症状が出ることがなかったものを見つけてしまうこと)の危険性を訴える方もいらしたほどです。

 

しかし、現実的には県民の不安も強く、県に甲状腺検査の要望も出ていた状況の下でしたから、検査を始めないわけにもいかなかったと思います。当時、県が公式に検査を始めなかったら、民間で無秩序な状態で検査が行なわれるなど、それはそれで大きな問題が起こっていたことでしょう。

 

 

――実際、福島県で行われている検査とは別に、民間の団体が独自の基準で行う検査の結果が散発的に報告されることで、混乱を助長した可能性も指摘されています。

 

われわれ甲状腺の専門医は、無症状の人に甲状腺の超音波検査を行うことにより、その人に害をもたらす可能性があることを知っています。ですからこれまでも、甲状腺の超音波検査は、本当に必要な人だけに対して慎重に行うようにしてきました。

 

しかし、福島で県民健康調査が始まったことにより、超音波検査で甲状腺の小さな異常を見つけることがあたかも「良いこと」であるかのような誤解が広まってしまいました。その結果、まったく症状のない子どもや若者の甲状腺になんのためらいもなく超音波を当てることが日本全国で行われるようになってしまいました。これはとても気になるところです。

 

ただし、福島で始まった検査は、世界で前例のない規模での子どもに対する甲状腺スクリーニング検査でしたから、計画を立てた段階では、どのような影響が出るのか判断するための材料も乏しかったことは否めません。実際、ここまで深刻な過剰診断の被害が出るとは予想外だったのではないでしょうか。

 

 

甲状腺がんの「自然史」

 

――髙野先生は甲状腺の専門医として、当時この甲状腺検査についてどのような見方をされていましたか。

 

わたしは福島第一原発事故の前から、「甲状腺がんは子どもの頃からすでにできていて、そのほとんどは一生悪いことをしない」と報告してきました。当然、福島で子どものスクリーニング検査をしてしまえば、甲状腺がんがたくさん見つかるだろうということは十分に予想できました。しかし、2011年当時はこのような考えを持っている専門家はほとんどいなかったのではないかと思います。

 

「韓国で成人女性に甲状腺超音波スクリーニング検査をしたところ、たくさんの過剰診断例が発生した」という事実が明らかになったとき、韓国でわたしの論文が読まれるようにもなり、2015年には実際に韓国に招かれて講演をしました。

 

その時点で、韓国の国内ではすでに「甲状腺超音波スクリーニング検査による過剰診断は深刻な問題だ」という共通認識ができはじめていました。正しい認識が浸透して受診者数も下がり、過剰診断の被害が減り始めている、という話を聞いて安心して帰国しました。当時わたしは「福島で検査を仕切っている専門の先生がきちんと韓国のように収束させてくれるはずだ」と楽観視していたのです。

 

韓国から帰った翌週にちょうど福島市で日本甲状腺学会がありました。そこで、「福島県民の安心のために甲状腺超音波スクリーニング検査をがんばります」とおっしゃる先生がいました。わたしはこのご発言に非常な違和感を覚えて「甲状腺検査の危険性に対する対策を考えた方が良いのでないか」といった発言をしたところ、多くの批判を受けたことを記憶しています。このときにはじめて「福島の甲状腺検査は深刻な事態になっているのではないか」ということに気づきました。

 

そこで、自分の研究室のホームページを使って、福島の甲状腺検査についての情報を発信し、専門誌にも寄稿して甲状腺スクリーニング検査の危険性も訴え、まずは検査の関係者に「英断」を期待しました。しかし、先行検査が終わって2016年に中間とりまとめが出ましたが「これで終わりにしよう」ということにはどうやらなっていない。そのまま2巡目、3巡目、まもなく4巡目がはじまるということですが、これは非常に危機的な状況だと思います。

 

 

――なぜ甲状腺スクリーニング検査が継続されることが危機的状況であるといえるのでしょうか。

 

一般的にがんは加齢とともに増加します。とくに甲状腺がんの場合、上昇のピークが他のがんより早く、20代で急に増加してきます。受診率が同じなら、甲状腺スクリーニング検査の対象年齢が上がっていくにつれて甲状腺がんの症例ももっとたくさん見つかるようになると予想されます。

 

甲状腺がんについて考えるときに重要な知見が2つあります。まず1つ目ですが、韓国で甲状腺を超音波でスクリーニング検査した結果、それまでの15倍のも甲状腺がんを発見して治療をしたにもかかわらず、甲状腺がんによる死亡率が変わらなかったというデータです。(注2)このことから「超音波でスクリーニング検査をして見つかるような無症状の小さな甲状腺がんのほとんどは、一生進行せず症状も出ない」ということがわかりました。

 

 

高野画像

Ahn HS et al, Korea’s thyroid-cancer “epidemic”-screening and overdiagnosis. N Engl J Med 371(19):1765–1767, 2014

 

(注2)Lee JH, Shin SW, Overdiagnosis and screening for thyroid cancer in Korea. Lancet 384(9957):1848, 2014

Ahn HS et al, Korea’s thyroid-cancer “epidemic”-screening and overdiagnosis. N Engl J Med 371(19):1765–1767, 2014

Vaccarella S et al, Thyroid-Cancer Epidemic The increasing impact of overdiagnosis. N Engl J Med 375(7); 614-417, 2016

Lin J S et al, Screening for thyroid cancer updated evidence report and systematic review for the US preventive services task force. JAMA 317(18): 1888-1903, 2017

 

もう1つは、神戸の隈病院が出したデータです。小さな甲状腺がんを観察したところ、若い時期はがんがある程度成長しますが、中年以降徐々に成長を止めてしまうことがわかりました。このような甲状腺がんは40代~50代の剖検(別の要因で亡くなった方を解剖する検査)をすると高頻度で見つかりますが、10年単位でしか大きくならないので、遡って計算すると、遅くとも子どもの頃には甲状腺がんができていることになります。

 

これらのデータが、たまたま2014年を境に連続して出てきました。ここ3年ほどで、甲状腺がんの自然史(甲状腺がんの発生と進行がどのような経過を辿るのかということ)の考え方に大きな変更をもたらす知見が出てきたということです。これより前の2011年に甲状腺超音波スクリーニング検査が福島で計画されたこと自体はしかたなかったのかもしれません。しかし、2014年に「超音波で甲状腺スクリーニング検査をすると過剰診断が高い確率で起こる」ということが確実になった段階で、方向転換すべきだったのではないでしょうか。

 

剖検例から、甲状腺の潜在がん(一生無症状のまま発見されないがん)は20代から急激に増加し、40代では200人に1人くらいは見つかります。福島での初期被曝は十分に低かったことはほぼわかっていましたし(注3)、環境省と鈴木元先生らの研究によって従来考えられていたよりもさらに低かっただろうこともわかりつつあります(注4)。

 

(注3)Kim et al, Internal thyroid doses to Fukushima residents-estimation and issues remaining, J. Radiat. Res. 57 (Suppl 1): i118-i126, 2016

(注4)東京電力福島第一原子力発電事故における住民の線量評価に関する包括研究。これまでのところ、UNSCEAR2013報告で推定されていた福島の小児の初期被曝線量が31~93%過大だったことが報告されている。 

第28回県民健康調査検討委員会資料http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/238778.pdf

 

つまり、いま甲状腺検査にかかわる目の前の最大の問題は、非常に低いレベルの放射線の甲状腺への影響の有無を知ることではなく、日々のスクリーニング検査によって、多くの子どもたちが不要な診断をされてしまっているということではないでしょうか。放射線の健康被害を恐れて始めたはずの検査で、かえって健康被害を出してしまっては元も子もありません。

 

 

「超音波による甲状腺スクリーニング検査のメリットはありません」

 

――昨年末の検討委員会で、髙野先生は「甲状腺検査が子どもに与えるメリットとデメリットをきちんと開示すべきである」とおっしゃいました。甲状腺検査にはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。

 

いまの福島の子どもにとって、超音波による甲状腺スクリーニング検査のメリットはありません。一方で、最大のデメリットは過剰診断です。

 

お母さんがわたしのところ(大阪)にお子さんを連れてきて「福島で子どもに被曝させてしまった」とおっしゃることがあります。お母さんたちは「わたしのせいで被曝させてしまったから、せめて子どもに最悪のことが起こらないように」というお気持ちで来院されます。つまり、原発事故の放射線の影響で、我が子が甲状腺がんになるかもしれないという心配をされて、「もしそうであっても、超音波で早期に見つければ大丈夫だろう」と思って連れてこられるのです。

 

ところが、超音波で子どもの甲状腺がんを早く見つけたからといって、その後の経過には違いがありません。わたしたちは、こういったお母さんたちの期待に応えることはできないのです。これはさまざまな論文からも明らかで、われわれ甲状腺専門医にとっては常識です。つまり、甲状腺の超音波検査は、「受けることで子どもにどんないいことがあるのですか」と聞かれたときに、回答することができない検査なのです。

 

早く見つけても何もいいことがない一方で、超音波検査をすると一定の確率で過剰診断が起きるという証拠はあります。つまり、デメリットがはっきりしていて、メリットがないという検査が、子どもに対して大規模に行われており、しかもその事実が親御さんたちにまったく伝えられていないという状況が起こっています。

 

ただし、メリットやデメリットをお伝えする過程というのは、すでに診断や治療を受けられた方々を傷つけることになります。それは非常に大きな問題ですし、わたしの発言がそういった方々を傷つけてしまうであろうことは覚悟しています。それでも、言わなければなりません。皆がいつまでも口を閉ざしていれば、さらに多くの県民が傷つくことになります。

 

 

――県民健康調査の当初の目的として、「県民の不安を解消するため」ということが掲げられていました。

 

生活をしていく上で、不安を解消することは大切なことです。だからこそ、実際にそういった県民からのニーズがあるならば、それに対して最適な対処法を提案するのが専門家の仕事です。ところが、甲状腺超音波検査が実際に不安の軽減に役立っているのでしょうか。むしろ、甲状腺がんの症例が増加したことが報道されるたびに、県民は不安を感じているのではないでしょうか。

 

わたしは普段大阪にいますが、大阪では、医療関係者であってもいまだに「福島の子どもの甲状腺がんは放射線が原因だ」と思っておられる方が多数おられます。そういう方にはそうでないとことを説明するのですが、そこで必ず「じゃあ、どうしていまだに福島では子ども全員に甲状腺検査をしているんですか? 放射線の影響があると考えているからではないんですか?」と訊かれます。

 

この質問には答えようがありません。すなわち、甲状腺の超音波検査を継続していることは、確実に福島の風評被害を助長しているのです。こういった理由からも、現在行われているような大規模な甲状腺超音波スクリーニング検査は「県民の不安の解消」というニーズに対して適切な対処法とはいえません。

 

それにもかかわらず「福島県民が甲状腺検査の継続を希望している」ということを根拠にした議論がされているようにみえます。県民が希望しているのは「不安の解消」であるはずです。それに対しては、より適切な対処法を提案していかなければならないのではないでしょうか。

 

さらに、ヘルシンキ宣言では、対象者が希望しているからといって、対象者に健康被害をもたらすような検査を行ってはいけないという意味のことが述べられています。すなわち「福島県民が希望しているから」という理由をもって、デメリットのある甲状腺超音波スクリーニングを行うことも、医学倫理上許されないことなのです。

 

 

――では、現在の目的のひとつとして掲げられている、放射線と甲状腺がんの影響を正しく評価すること、また県民の健康を長期的に見守るということについてはいかがでしょうか。

 

福島で行われている甲状腺超音波検査は医学調査に分類されるものですから、医学倫理の指針に沿ったかたちで行うことが求められます。まずは「甲状腺超音波検査にメリットがないこと」と「どのようなデメリットがあるのかということ」を正確に、かつ正直にお伝えすることが大切です。第二に、学校の授業時間を使って検査を行うような、半ば強制性をもった現状のあり方にも、なにかしらの改善を加える必要があります。

 

以上のように、医学倫理に沿った手続きを踏み、福島県民が甲状腺の超音波検査の危険性を広く理解するようになれば、受診率はいまよりもずっと落ちてくることが予想されます。現状でも、転居等の理由から18歳以上の対象者の受診率は極端に低下しています。このように受診率の大きな変化があれば、今後超音波検査を継続したとしても、最終的に意味のあるデータが取れなくなるのではないでしょうか。もし、「原発事故による放射線と甲状腺がんの関係を正しく評価する」という目的を達したいのであっても、今後がん登録等で症例の把握がしっかりできるようになりますので、正しい評価は問題なく可能でしょう。

 

ただ、甲状腺の超音波検査は、福島県において6年以上もの間、「良いものである」(不安を減じたり、早期治療につながって予後に良い影響を及ぼしたりするものである)という誤解がされたまま続けられてきました。仮に県がここですぐに検査をやめても、一部の県民が不安を感じて、専門医のいない機関で検査を受けてしまう可能性は高いです。

 

もしそうなれば、かえって健康被害や個人情報の漏えいなど、県民に被害が及ぶ恐れがあります。ですから、そのような方々の不安を無視せずに丁寧に拾い上げていくためにも、超音波検査を継続的に受けたいと考える県民には超音波検査を受診する機会や環境はしっかり残す必要はあると思います。もちろん、超音波検査のデメリットをしっかりとお伝えする努力をした上でのことにはなりますが。

 

とはいえ、現状のように最初から超音波検査をすると、住民が過剰診断の被害を受ける危険性は避けられませんので、ここにも何らかの改善を加えた方が良いでしょう。たとえば、超音波検査をする前に専門医による触診を経ることを推奨する専門家もおられます。専門医が甲状腺を触って、しこりがあるかどうかを確認し、さらに超音波検査の必要があると判断された対象者が超音波検査を受けるという仕組みです。じつは、そもそもこういった流れこそが、従来甲状腺診療の現場で行われてきたことなのです。

 

 

「狭義のスクリーニング効果も深刻な被害をもたらす」

 

――2017年12月の県民健康調査検討委員会で、髙野先生は「15歳未満の子どもを剖検した場合、甲状腺がんは見つからない」とご発言なさいました。このご発言について、もう少し詳しくうかがえますか。

 

スクリーニング効果と呼ばれるものには2つあって、「過剰診断」と、「狭義のスクリーニング効果」(後々症状が出るものを超音波検査によって前倒しで見つけている)ものとがあります。15歳未満の剖検は事例そのものが少ないのですが、ただ、そもそも甲状腺がんができるのが5歳までと言われていますので、15歳未満で発見されているならば、成人に発見されるものより速いスピードで成長しているという考え方もできるかもしれません。

 

この場合、狭義のスクリーニング効果とも考えられなくはないという意図での発言でした。ただ、子どもの甲状腺がんの予後は非常によいので、前倒しで発見するメリットはまったくありません。むしろ「がん患者」としての扱いを受ける時期がより長くなる、という意味で、狭義のスクリーニング効果であってもやはり早期診断は県民に深刻な健康被害をもたらすものとみなすべきです。

 

 

――専門医の触診を経てから超音波検査をして、結果的に甲状腺がんだった場合、その後の経過が悪くなるような心配はありませんか?

 

その心配はまったくありません。甲状腺がんの場合、超音波検査で早期発見してもその後の経過は改善しません。子どもの甲状腺がんの経過は派手に転移することを除けば、良性腫瘍(がんではない、健康影響のない腫瘍など)と大差はありません。

 

通常、学校で超音波検査を受けたりしていない子どもの甲状腺がんは、一目でわかるような大きなしこりがあったり、肺に転移したりして見つかるものです。こういったしこりがあったり肺に転移したりした段階であっても、治療をすれば経過は良いです。

 

甲状腺がんの特徴として、周囲に広がる性質が強くあるので、超音波でしか見つからないような小さいものでも、首のリンパ節には転移します。しかし、たとえ首のリンパ節に転移しても、そのままやがて成長を止めますので、ほとんどがそのまま進行せずに一生を終えます。福島の甲状腺検査で見つかった症例を手術したところ、首のリンパ節に転移があったから、「これは進行例だ」と騒がれたことがありましたが、それは誤った解釈だということです。

 

触診した上で超音波検査をする方法であれば、過剰診断を減らす一定の効果があることは期待できます。しかし、それで甲状腺がんがみつかった場合でも、しこりが出たり肺に転移したりして見つかった症例よりもさらに経過が改善されるわけではありません。その意味では、超音波検査との違いは少なく、いずれにしても経過の良し悪しではなく純粋に受診者の安心のためだけの検査になると思います。

 

 

「自分の子どもだったら」と想像してほしい

 

――甲状腺がんの場合、もっとも心配すべき健康被害は過剰診断なのですね。

はい。まずは過剰診断を減らさなくてはいけません。過剰診断の害を語るときに、手術の影響や後遺症など、身体的な健康被害だけが取り上げられる傾向があります。しかし、実際にはそれと同等かそれ以上に深刻な事態が起こっています。

 

表現が難しいのですが、対象者が「福島の子どもである」ということは避けて通れない要素です。たとえば、実際には遺伝しやすいがんというのは限られているにもかかわらず、いまだに世間では「がんはすべて遺伝する」という誤解が根強いです。これに加えて、「福島の人の次世代になんらかの健康影響が出る」という誤解もまた根強くありますね。(注5)これが両方重なって「福島の子ども(若者)としてがんの診断を受けたことがある」ということになりますので、結婚や就職など、人生の重要な局面で、深刻な差別や偏見を受けてしまう可能性も考えられます。検査対象者の人生全体のことを想像し、その影響をもっと深刻に考慮すべきです。

 

(注5)三菱総研による2017年のMRIトレンドレビュー。「東京五輪を迎えるにあたり、福島県の復興状況や放射線の健康影響に対する認識をあらためて確かにすることが必要」「現在の放射線被ばくで、(福島の)次世代以降の人への健康影響が起こる」と回答した人が約50%に達した。(母集団は1000人の東京都民)

(その1)http://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20171114.html

(その2)http://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20171117.html

(その3)http://www.mri.co.jp/opinion/column/trend/trend_20171121.html

 

わたしが診察している放射線治療等が必要な子どもの場合ですが、生活に後ろ向きになったり、非行に走ってしまったりするケースがあります。「自分ががん患者(がんサバイバー)だ」という意識が、人生に対して前向きな姿勢になることを妨げているように見えます。通常、親御さんは子どもに病名を知らせることを望まれません。しかし、子どもはとても敏感ですので、親の様子から、なんとなく感じ取ってしまうのです。

 

わたしがどんなに「治療すれば大丈夫なんだよ」と言っても、子どもには届きません。治療が終わって、体にはもうなにも異常がなくても、心にはこれほど根深く「がん」という感覚は残ってしまうのです。自分の心にも深い傷が残り、その上差別までされたら、これは本当に深刻な事態です。

 

たとえ予後のよい甲状腺がんであっても、10代や20代の、本来であればのびのびと何の心配もなく青春を謳歌すべき人生の重要な時期を、「自分は明日にでも死ぬのではないか」という不安に怯えて過ごさなければならない。わたしたち大人は、こんなことが自分の子どもに起こったらと想像して、そのつもりで物事を考え、進めていかなければいけません。ですからわたしは、子どもの甲状腺がんの過剰診断の被害を何としてでも食い止めなくてはならないと思っています。

 

福島でいま行われている甲状腺検査でも、福島県立医大の臨床の先生方は、受診者の方々一人ひとりと毎日向き合って検査にあたられていることと思います。そして「目の前の受診者が傷つくようなことは、できる限りないようにしたい」ということは、われわれ臨床医にとって常に切実な願いです。

 

現場の先生方の多くは、矛盾を感じておられるのではないでしょうか。震災当初はすがるような思いで検査に来られた方に、いまは学校で子どもたちに、「メリットはないのに」「過剰診断は大変なことなのに」とよく知りながら、それでも検査をしているわけです。その苦しみは、想像に余りあります(参考:「福島の子どもは、大丈夫です」)

 

しかし、実際には検査をやめるも継続するも、県から受託している県立医大の現場に決める権限はありません。まずは過剰診断の深刻さを検討委員会でよく検討することが第一です。いまの甲状腺超音波検査の状況は、ヘルシンキ宣言に違反しています。非常事態であったから許されてきたことなのかもしれませんが、今後は、まずそういった倫理的なことからしっかり改善しなければいけないでしょう。

 

 

――すでに検査4巡目の実施は決まっていますね。

 

すでに診断も治療も150例を超えてしまいましたから、問題の多い検査であるといまさら誰も言い出せないままに継続しているという側面もあるでしょう。しかし、すでに誰も傷つかないで終えることはできない状況だと思います。全員が傷つきながらでも収束させていかないと過剰診断の被害は止まりません。

 

とくに4巡目は25歳が含まれますから、過剰診断の発生率も増えることが予想されます。すでに2036年までの実施計画が出ていますが、35歳であれば200人に1人くらいの割合で潜在的に甲状腺がんがあるはずなので、最終的に1500人程度の人が甲状腺がんの診断を受けることになります。そしてその多くは過剰診断です。

 

たとえば、先行検査において、原発からも遠く、事故当時から一貫して他県と変わらない被曝線量だった会津地方で、多くの甲状腺がんが見つかりました。その時点で、甲状腺の専門家が過剰診断の可能性を指摘すべきであったと思います。それができなかったのは、科学以外の問題でしょう。大人の都合か、大人の不勉強か、あるいはその両方か。そしてその不勉強な大人の都合の犠牲になるのは子どもです。

 

とくに専門家の方々は「大人の事情」を排し、科学的に正しい事実に基づいた発言をしていただきたいと思います。現時点での専門家の沈黙は罪です。震災直後の混乱の中で、多くの専門家が「御用学者」のレッテルを貼られ、沈黙してしまいました。しかし、いまや沈黙してしまわれた当時の専門家がおっしゃっていたことを、もう一度県民の皆さんには振り返ってみていただきたいと願います。これらの方々の訴えが、いかに科学的に正しく公正であったか、いまになってみればわかることもあるかと思います。

 

 

チェルノブイリ原発事故後の「成功」を単に「英雄譚」で終わらせないために

 

――福島第一原発事故の後、甲状腺がんが心配されたきっかけは、チェルノブイリ原発事故後の周辺地域で甲状腺がんがたくさん見つかったということだと言われています。

 

そもそもチェルノブイリ原発事故後の周辺地域では、当初超音波検査ができない状況でした。そういった状況下にもかかわらず、子どもの甲状腺がん(小児科医でもめったに見られないほど稀な病気)が見つかったことから、事故後の放射線による甲状腺への影響が疑われるようになりました。

 

その後、チェルノブイリ原発事故の後の周辺地域では、7000人ほどが甲状腺がんと診断され、治療を受けています。チェルノブイリ原発事故後の周辺地域においても、福島と同様に無症状の子どもに対して甲状腺の超音波検査が行われていたので、過剰診断がなかった、ということは科学的には考えられないことです。

 

当時、現地で活躍された方々の業績は称賛に値しますし、大変なご苦労が伴ったことと思います。その業績を貶めるつもりもまったくありません。しかし、福島の今後を考える上では、こういった業績をたんなる「英雄譚」とするだけではなく、改めてその結果を冷徹な科学の目で検証することも必要でしょう。チェルノブイリ原発事故後の現地での体験や業績を「成功体験」と過去のものとせず、いま改めて考え直すことが、福島における住民の健康被害を食い止めることにもつながるかもしれません。

 

チェルノブイリ原発事故後に非常に問題になったのは、むしろ住民の心の健康(精神福祉)が守られなかったということでした。自死を選ばれたり、アルコール依存症になってしまったりする方も増加し、社会不安も増大しました。この教訓から、これ以上の精神福祉・社会不安の問題を広げないためには、「心配しなくてはいけないこと」と「心配しなくても良いこと」との線を、専門家がしっかりと引いて、それをさらにわかりやすい言葉で説明する必要があるでしょう。

 

たとえば「被害の可能性はゼロではない」という表現は、覚悟をもってもうやめるべきです。「福島県民の不安を解消する」あるいは「県民の心配に寄り添う」といったことが大切な局面があることも否定しません。しかし、そういった要望に対する専門家の姿勢があまりにも情緒的に偏向し、科学的に誤ったものとなってしまえば、かえって県民自身に深刻な健康被害をもたらします。

 

福島第一原発事故の後、周辺地域の子どもに対して、甲状腺の超音波検査をこれほどの規模で行いました。それによって起きた医学倫理上の問題は、医療者が心に刻んでおくべき甚大な歴史的な事象として、近い将来医学の教科書に載るのではないかと思います。

 

わたしたちは、今回の福島の甲状腺スクリーニング検査をめぐる問題から、多くのことを学ばなければならないと思います。まず、「医学」というものが、人を対象としているために常に不確実性をもっており、しばしば道を誤ることもあるいうこと。そして医学がそのように道を誤ると、非常に多くの人を深く傷つけてしまうということです。

 

そして、もし「道を間違った」とわかったのならば、過ちに気づいた専門家はどのように行動すべきなのかということも重要です。後者はまさに、いまわれわれ自身が試されていることです。「歴史に試されている」という自覚を持って、われわれ専門家一人ひとりが対応する責任があると思います。

 

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.254 公共性と社会

1.長谷川陽子「知の巨人たち――ハンナ・アーレント」
2.岸本聡子「公共サービスを取り戻す」
3.斉藤賢爾「ブロックチェーンってなあに?」
4.山岸倫子「貪欲なまでに豊かさを追いかける」