ALSとの遭遇――『宇宙兄弟』作者とALS患者の想い

「知らない」ことが壁になる

 

橋本 お話の途中でシャロンがALSになったのは理由があったんですか? 最初はALSの名前を出さずにいましたね。

 

川口 そうそう、名前がでた瞬間から、ALSは『宇宙兄弟』の重要なファクターになったと私は感じました。

 

小山 漫画は無責任なもので、空想の話を描いています。だから病名は出さない方向で考えていたんです。ALSという名前を出すかどうかはずっと悩んでいました。

 

ALSを『宇宙兄弟』に登場させたのは、あるお医者さんに「宇宙で研究するとしたらどんな病気がありますか?」とアドバイスをもらったときに紹介されたことがきっかけでした。詳しい症状を聞いて、想像して、やっぱり怖いと思いました。その怖さをぼくは想像することしかできないから、どこまで書ききれるのかわからない。でも病気に立ち向かっている人を描きたいって思ったんです。

 

橋本 ALSを発症している物理学者のホーキング博士がきっかけで、ALSを描いたのかと思いました。

 

小山 ホーキング博士のことはあとから知ったんですよ。

 

シャロンが発症したのは、きっとそうしたら六太は宇宙に行きたいって気持ちを今まで以上に強く持つようになる気がしたんです。そしてそれは病名を出さないと伝わらない気がした。

 

橋本 ALSは宇宙なみに深い病気ですよ。

 

小山 そうですよね。ぼくもそういうことを描きたいと思っているんです。宇宙にいる感覚に近いような気がするんです、なんとなく。

 

川口 「ALSが治せるようになったら、すべての病気が治せるようになる」って言われているくらい難しい病気なんです。

 

小山 漫画ですし、未来のことを描いているので、治せるようになりたいとは思っています。ただ現代ではまだ治せずにいるので勘違いされないようにしなくちゃいけないですし、まだ先のことはわかりませんが……。

 

岡部 ALSを取りあげてもらえるのはとても嬉しいです。どうしてかというと、人がコミュニケーションをとる際に壁になるのは、「知らない」ことが大きいからです。知ってもらえる機会があるのはとても大きなことなんです。

 

 

岡部さん(左)、橋本さん(右)とヘルパーの皆さん

岡部さん(左)、橋本さん(右)とヘルパーの皆さん

 

健常者をサポートする患者

 

岡部 勝手な患者の希望を言わせてもらうと、シャロンの活躍を期待しています。橋本さんや私は、呼吸器をつけていながら国内はもちろん、海外にも行って活動しています。シャロンだって天文学者として研究活動を続けることは可能だと思います。それに病気でも活躍できるんだ、ということではなく、いずれ活動ができなくなってしまっても、人間の存在そのものの意味を考えさせてくれるようなことを期待しています。

 

小山 シャロンは仕事ができなくなってしまうんじゃないかというイメージを持っていたので、いまのお話を聞いて、シャロンが活躍している姿は描きたいなと思いました。

 

岡部 ぜひ検討してください!

 

橋本 ほとんどのALS患者は、シャロンのような素敵な言葉を残して健常者をサポートしているんですよ。私は患者さんにシャロンの名言を伝えるようにしています。

 

川口 「健常者をサポートしている」(笑) 実は私たち、患者さんに励まされることがけっこうあるんです。

 

小山 そうなんですね。患者さんに突き動かされるというのも描きたいなあ……。

 

 

「口文字」というコミュニケーション

 

川口 小山さん、今日すごく緊張されていますよね。患者さんに会ったのは初めてですか?

 

小山 緊張していますね……お会いしたのは初めてです。

 

川口 ふたりとも表情が作れなくなってしまっているのでわからないと思うんですけど、とても喜んでいるんですよ。

 

小山 いやいや、ありがとうございます、本当に。

 

川口 おふたりがどうやって話をしているか気になっていると思うので、ちょっと解説しますね。ふたりは「口文字」を使って話をしています。

 

おふたりは、本当に微細ですけど、口で母音の形を作っています。「あ・い・う・え・お」って。その口の形を読み取ったヘルパーさんが、例えば「あ」だったら、「あかさたなはまやらわ」って今度は50音表のア行を横に読み上げていきます。そして、言いたい音がきたら瞬きで小さなサインをだす。そうやって一文字一文字ずつ音を口の形と瞬きで表示して読み取ってもらい、ヘルパーと共同で言葉を紡いでいるんです。この口文字は長い時間かけて訓練された人じゃないと読み取れないんですけどね。

 

 

宇宙兄弟 231話より

宇宙兄弟 231話より

 

 

小山 どのくらい一緒にいるとコミュニケーションってとれるようになるんですか?

 

岡部 毎日練習してだいたい3か月は必要ですね。不自由なくできるようになるのは1年くらいです。

 

小山 読み取れる人は何人くらいいるんですか?

 

岡部 私は6人。橋本さんはもっと一杯います。

 

川口 50音が書かれた透明な文字盤を使ってコミュニケーションをとることもできますし、『宇宙兄弟』の中でシャロンが使っている意思伝達装置のようなものも実際にあります。でも岡部さんと橋本さんみたいに、口文字が流行りだしているんですよ。まだ、この方法ができる人は世界でもわずかしかいないんですけど。

 

 

 

 

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