「国民的議論」をいかに進めていくか ―― ドイツ倫理委員会の実情と脱原発へのプロセス

『ドイツは脱原発を選んだ』の著者ミランダ・シュラーズ。ドイツの「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」(*1)に委員として参加し、同国の脱原発のプロセスを経験的に語れる人物である。

 

現在、日本では新しいエネルギー政策を決めるタイミングにあり、3つの選択肢が国民的議論にかけられている。これから討論型世論調査が行われ、8月中にはエネルギー戦略が決定される見通しだ。私たちはこれからの日本のエネルギー政策について何をどう議論していけばいいのか。ミランダ氏にドイツ倫理委員会の成り立ちや、3つの選択肢を考える際のポイントなどについて伺った。(聞き手/古屋将太、山下紀明、構成/宮崎直子)

 

(*1)ドイツ・安全なエネルギー供給に関する倫理委員会

アンゲラ・メルケル首相の委託により2011年4月4日から5月28日まで設置された委員会、通称「倫理委員会」。委員による非公開の議論と、テレビ中継による公開の議論を経て報告書「ドイツのエネルギー転換—未来のための共同事業」を提出し、ドイツの脱原発を倫理的側面から方向付けた。

 

「倫理委員会と専門家によるテレビ公開討論会議事録」(ユミコ・アイクマイヤー 訳/丸山康司 ・ 青木聡子 監修)

http://www.sc.social.env.nagoya-u.ac.jp/achieves/reports/ethikkommision

 

「ドイツのエネルギー転換—未来のための共同事業」(松本大理・吉田文和暫定訳)

http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonmondai/3rd/3-82.pdf

 

 

ドイツ倫理委員会の構成

 

古屋 本日は、ドイツの倫理委員会がどのように組み立てられ、運営されてきたのか、またこれから日本の国民的議論をどのように進めていけばいいのかについてお伺いしたいと思っています。まずは、ミランダさんが倫理委員会へ参加することになった経緯を教えていただけますか。

 

ミランダ ある日ドイツのメルケル首相の秘書から電話がありました。「倫理委員会のメンバーになる気持ちがあるか」と聞かれ、その約一週間後には、首相のオフィスでミーティングが開かれ、他のメンバーとはじめて顔を合わせました。

 

みんな「どうして私が選ばれたのか」とお互いに話していました。メンバーはメルケル首相が10人選び、残りを委員長のクラウス・テプファー(*2)さんが選んだという話を聞いています。環境問題に取り組む人と、企業的な考えを持っている人をバランスよく選出したのだと思います。

 

原子力の専門家や電力会社関係の人は一人もいません。エネルギーのことをわかっている人、ほとんどわかってない人の両方がいます。印象的なのは、教会のメンバーはカトリックとプロテスタントの両側が代表されていることでした。その他には、消費者に詳しい方、倫理やリスク社会専門の教授などが招待されました。与野党の議員も入っていましたが、緑の党はいませんでした。環境を代表していたのは私で、緑の党的な位置づけで見られたのだと思います。

 

古屋 なるほど。委員長がクラウス・テプファーなので、全体のバランスは一応とれていると感じます。実際に会議はどんな感じだったのでしょうか。誰かの発言が特別に重視されたりということはありましたか。

 

ミランダ 委員長は政治家と研究者の二人がいたのですが、やはり両者の関係が非常に大切でした。議事録を見るとわかりますが、政治の話に加え、将来のためには研究も大切であるということがよく書かれています。

 

また、委員会では意見がまとまらずに議論が進まないときがありましたが、そういうときはテプファーさんが場を仕切り、目標は「脱原発」であるということを繰り返し主張しました。最初のミーティングでメルケル首相は、「日本のような技術の高い国でさえこうした被害が起きてしまった。ドイツは昨年脱原発の時期を延長したが、考え直すべきだ」と発言しています。だから、議論をはじめる前から、この委員会の目的が「脱原発」であるということは明らかでした。

 

古屋 福島原発事故のあと、日本では菅直人元首相が「脱原発」路線に舵を切り、首相を辞める直前には固定価格買い取り制度を成立させ、自然エネルギー推進の方向を打ち出してきました。その後、エネルギー政策全体を一から見直そうということで、経産省のもとで委員会が設置され、議論が行われてきました(総合資源エネルギー調査会基本問題委員会)。

 

メンバーは経済系、金融系、環境系の人や研究者、消費者団体代表などを25人集めていますが、会長が鉄鋼会社の人なので、環境派の議論が隅っこに追いやられるようなことが多々ありました。もともとは脱原発依存という方向ではじまった委員会にもかかわらず、この委員会の成果として出され、現在「国民的議論」にかけられている3つの選択肢の中には、原発を増設する案すら含まれています。出発点は日本もドイツと同じだと思いますが、委員会の組み立てや運営で、こんなにも結果が違ってくるのかという感触があります。

 

(*2)クラウス・テプファー(Klaus Topfer):倫理委員会の委員長。1987年からドイツ環境大臣を務め、1998年から2006年にかけて国連環境計画(UNEP)の事務局長を務めた。現在、持続可能性高等研究所(IASS)所長。 http://www.iass-potsdam.de/index.php?id=58

 

 

「原子力安全委員会」と「倫理委員会」の関係

 

山下 倫理委員会と平行して、「原子力の安全を確認するための委員会(原子炉安全委員会)」もできましたが、この安全委員会のほうにはどういうコンセプトがあったのでしょうか。

 

メルケル首相は最終的に安全委員会ではなく、倫理委員会の意見を尊重したのではないかといわれています。安全委員会では、福島のようなことはドイツでは起こらないと結論されています。地震や津波はほとんど考えなくていいし、テロのリスクが残るものの、安全面については日本よりもきちんと規制を行っていると。しかし、それでもメルケルは脱原発を唱えています。

 

ミランダ 安全委員会のメンバーの一人と話をしたいと思ってコンタクトをとってみたのですが、断られました。やはりお互いに独立する必要あるという考えがあったのでしょう。しかし、おそらく委員長レベルでは情報交換はあっただろうと思います。安全委員会のレポートが私たちのレポートの数日前に出来上がり、だいたいどういう内容が書かれているかは私たちにもわかっていました。ただ、それは私たちの倫理的な考え方に影響するものでもありませんでしたので、結果としては独立的に働いていたと思います。

 

倫理委員会を進めていくうえで一番難しかったことは、本当の倫理的な考え方をもつと「原子力発電はすぐに停めたほうがいい」という考えに至ることです。稼働停止を10年先延ばしにしても、リスクはどこかのコミュニティが負担することになるわけですからね。しかし、やはり政策を考えていくうえで、簡単にそう言い切ることは難しいのです。

 

日本は「いつまでに脱原発したいのか」ということが不明瞭なのが問題だと思います。「2030年までに」という数字は一応出ていますが、ドイツに比べると、ずいぶんと先の話をしています。もう少し近いところで目標を設定するべきです。

 

古屋 やはり委員会の組み立て方に問題があると思います。日本は経産省が議題を設定し、議論をまとめてペーパーに落とすということをやっていますが、まんべんなく記述しようとすると、「定量的な数値が必要だから、シナリオを作りましょう」という話になる。

 

シナリオはあくまで計算の結果でしかない。大事なのは「最終的に我々はどこにいくのか」を決めることなんです。環境派の委員は、そうした計算に基づいた議論の進め方に対して抵抗しているのですが、なかなかうまくいきませんでした。

 

委員会の構成メンバーは、産業界、市場主義、環境派のだいたい3つに分けられますが、どうしても産業側の声が強くなって、当初の脱原発依存で白紙から見直すという部分がかすんでしまっているところがあります。

 

 

 

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