日韓併合100年首相談話の背景と問題点

少し前の話になるが、前回更新の直後、菅直人首相が韓国併合100年をふまえた談話を発表した。日本国内では大して関心をもたれなかったが、韓国や中国ではそれなりに話題を呼んだ。悪い方にである。

 

 

韓国、北朝鮮、中国、それぞれの批判

 

韓国では、政府・与野党・民間団体のすべてが、ほぼ非難に等しい反応をみせた。彼らの多くが強調したのは、「韓国併合ニ関スル条約」が、そもそも無効な条約であったと言明しておらず、韓国人が納得する謝罪とはなっていない、という点だった。

 

もちろん各種の市民団体がもっとも先鋭的であり、条約の無効宣言に加え、個人補償の法制化、独島返還、慰安婦問題への明確な言及、「村山談話」以上の踏み込み、などなど、「これがないから納得できない」理由のリストは、無限につづくかのようである。

 

談話に一定の評価を与えたのは、ほぼ李明博大統領とその周辺だけだった。李大統領は光復節の演説で、部分的とはいえ談話を評価する文言を盛り込んだ。皮肉なことに、国内で不人気である大統領が一定の評価をしたことで、韓国内における談話への反応はさらに冷えこんだ。

 

また北朝鮮からは、韓国だけに謝罪することは「被害者を差別」することであるとした上で、日朝関係の最大の懸案は日本の「過去清算」であるという従来の批判が繰り返された。こうした批判を呼びこむこと自体、談話発表が南北関係の複雑さを踏まえた行動でなかったことの表れである。

 

中国では、「なぜ韓国に謝罪して、中国にはしないのか」という怒りの声が、ネット上などで一定の広がりをみせた。この背景には、中国の大国化に対して、日韓およびアメリカが協力して包囲網をしきつつあるなどという、陰謀論めいた世界観が以前から広がっていることがある。

 

 

国民を無視する日本の「良心派」

 

こうした反発に対し、政府および政府系メディアは、たしかに今回謝罪の意が韓国だけに向けられたことは遺憾だとしつつ、しかし現在日中の政治的・経済的交流は良好な状態にあり「歴史問題は最優先ではない」と述べて、自国民の一部に盛り上がる抗議世論をけん制していた。

 

むろんその背景には、排外主義が運動として具体化することをよしとしない、以前の反日デモや五輪聖火リレーの混乱を踏まえた政府方針がある。

 

韓国研究者の一部からは、韓国の実情をよく知る専門職員の意見を十分に取り入れていなかったのではないかという疑念の声も上がった。

 

何かしら日韓関係の現場に関わるような人びとのあいだでは、「どうでもよい」という冷淡な反応が一般的だったのではないだろうか。わたし自身、これほど評判が悪いとも思わなかったが、いずれにせよよい結果をもたらさないだろうことは容易に予想できた。

 

談話に現れているような日本の「良心派」の思考がもつ、ふたつの問題点を指摘したいと思う。

 

第一に、民意形成や討議のプロセスをすべてすっ飛ばした、トップ同士の密約的な外交で「歴史問題」が解決できると考えている点である。

 

なぜあのタイミングでこうした談話が出されたのか、おそらく首相周辺の人びと以外は誰にも分からないだろう。国民一人一人、むろん私にもまったく分からない。ということは、国民の意思はここには何も反映されていない。李明博大統領が光復節演説で評価を与えることは水面下で調整済みだったと報じられているが、その評価も韓国国民の意思とは何も関係ない。

 

こうしたやり方は、国民の反対を押し切って国交正常化し、「歴史問題」を棚上げしたまま経済援助で関係改善をはかってきた過去のやり方と、皮肉にも類似している。

 

しかしこのやり方は、韓国が軍事独裁体制だったから成立したのであって、現在はむろん、国民の自由な意思表示の回路が比較にならないくらい進んでいる。大統領周辺とだけ密約したところで、それに収まらない要求が国民の間から無限にでてくることは容易に予想がつく。

 

そもそも、韓国における歴史認識にもいろいろ問題があること、それにもとづいた運動すべての見果てぬ要求に日本が応えることなどできないし、すべきでもない。さらには李明博大統領が韓国で不人気であることなどを含めて、この談話を企図された方々はあまりに韓国について無知だったのではないか、という疑念を抱かざるを得ない。

 

 

 

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