ロシアのWTO加盟問題の政治化とジレンマ  

ロシアの悲願、WTO加盟

 

ロシアは1993年から、世界貿易機関(WTO)の前身である「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」への加盟申請を開始し、GATT、ついでWTOへの加盟を目指してさまざまな交渉や準備を進めてきた。だが2008年8月のグルジア紛争で、ロシアのWTO加盟問題は一旦白紙となる。プーチン首相のほうからWTOに決別を表明したかたちであったが、ロシアにとってWTO加盟は長年の非常に重要な課題であったことを考えれば、それは国際社会で孤立することへの覚悟と強硬さの表われだったといえる。

 

この決断はロシアの大国としての意地によるものだろう。つまり、ロシアにとってもっとも重要な外交課題だからこそ、大国の威厳を維持するために、WTO側から加盟を拒否される前に、自ら距離をおいたと考えられる。実際、WTO加盟国であるグルジアは、グルジア紛争前からつねづねロシアの加盟に強く反対してきたし、米国サイドもグルジア紛争後にロシアのWTO加盟について否定的なコメントを多々出すようになっていた。しかし、2009年にオバマ政権が誕生し、オバマ大統領が「米ロ関係のリセット」を宣言すると、米国はロシアのWTO加盟も支援するようになった。

 

 

米国によるグルジアの説得

 

そこでグルジアは、ロシアのWTO加盟問題を外交カードとしてきた。WTOに加盟するためには、貿易の自由化を進めつつ、WTO加盟国と多国間交渉および二国間交渉を終了させる必要がある。つまり、ロシアはグルジアともWTO加盟交渉を行う必要がある。だがグルジアは、現在、事実上、ロシアの支配下におかれている南オセチアとアブハジアとロシアのあいだの国境の税関を、グルジア税関の管理下におくよう主張し、それが満たされないあいだは交渉に応じないとしてきた。

 

ロシアにとってはこのような要求に応諾することは、アブハジアと南オセチアに及んでいるロシアの事実上の「主権」を放棄することになる。やすやすと受け入れることはできなかったため、米国の説得に期待せざるを得なかった。

 

そして、米国も「リセット」後に、ロシアのWTO加盟を認めるよう説得すると宣言し、グルジアに対してさまざまな援助プログラムや対欧州貿易交渉の支援、(ロシアが2006年からグルジアに対して禁輸してきた)ワインやミネラルウォーターの禁輸措置がロシアのWTO加盟によって解除される、などの「アメ」を並べながら、ロシアのWTO加盟を認めるよう圧力をかけてきた。

 

しかし、今年の3月と5月に行われたロシア・グルジア間の交渉は2度とも決裂している。そのような状況下で、米国の担当者のなかからは、最終的にグルジアが応諾しなくても、ロシアのWTO加盟は論理的には可能だと主張する者が出てきている。歴史的にはこれまで、新規加盟国はすべての既加盟国の合意を取りつけてきたが、WTO協定によれば、加盟国の3分の2の承認をとればよいとされている。つまり、これまでの慣例には反するが、ロシアはグルジアの承認が得られなくとも、論理的にはWTO加盟できるという主張が出てきているわけである。そうだとすれば、グルジアが握っているとされていたロシアに対する外交カードの重みはぐっと低下する。

 

 

グルジアが無条件に応諾?

 

そのようななか、今年の6月上旬、衝撃的な情報がグルジア野党「自由グルジア」のカハ・クカワ党首によって暴露された。ローマで行われたジョセフ・バイデン米副大統領とサアカシュヴィリ大統領の会談で、サアカシュヴィリがロシアのWTO加盟を無条件で支持することに同意したというのである。また、グルジア軍はすでにアフガニスタンに約1000人を派兵しているが、バイデンから駐留兵力の倍増を求められ、それにも応諾したという。

 

クカワによれば、同情報は「大統領府の信頼すべき筋」から出たものであり、(1)米軍のアフガニスタン駐留兵力が削減されている一方で、グルジア政府が兵力を増強する準備をしている、(2)スイスで予定されていたロシアのWTO加盟に関する交渉が公式発表では延期され、それはスイス側の要請で延期されたことになっているが、じつはグルジア・ロシア関係の事情が変わったために、交渉担当者が準備時間を必要としたから、という2点の論拠から、この情報は正しい可能性が高いという。ただし、これらはクカワの意見であり、関係筋がこの発言を支持しているわけではない。

 

なお、同会談後、バイデンは、グルジアに圧力をかけることはやめるので、WTO加盟の問題はロシアの自助努力に任せると発言している。これに関し、もしクカワの暴露した内容が真実であった場合は、グルジアが独自にロシアのWTO加盟支援を決定したことを演出するためではないか、とすら推測されている。つまり、米国はグルジアが米国の支配下にあるかのような、もっといえば、内政干渉をしているような印象を国際的にもたれないように、事前に根回ししたというのである。

 

 

 

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vol.2019.4.15 

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