フィリピン大統領選挙――なぜ、「家父長の鉄拳」が求められたのか?

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5月9日のフィリピン大統領選挙で、ロドリゴ・ドゥテルテ(71)が当選を決めた。ミンダナオ島のダバオ市長を22年間務め、治安を劇的に改善させて名を馳せた人物だ。家父長的な厳格さ、断固たる犯罪者の処罰、即実行の行動力を誇示し、空に掲げた鉄拳をシンボルに「民衆を苦しめる悪党は俺が皆殺してやる」と豪語する。超法規的処刑や汚職の疑惑、権威主義的な言動、数々の暴言にもかかわらず、2位に6百万票以上もの差をつけて圧勝した。このドゥテルテ人気は、どのように解釈できるだろうか。

 

 

選挙戦で争われる「道徳の言葉」

 

まず、フィリピンの選挙について説明しておこう。フィリピンでは政党システムが極端に流動化しており、選挙後に当選した大統領の政党に大量の国会議員が党籍変更していく。そのため、政党間における政策やイデオロギーをめぐる対立も不明瞭でわかりにくい。より重要なのは候補者のパーソナリティと、彼らがフィリピンの現状を変革する指針として語る「道徳の言葉」だ。

 

今回、アキノの後継マニュエル・ロハス前内務自治大臣(58)は、腐敗と戦う「誠実な道」(Matuwid na Daan)を引き継ぐと語った。元マカティ市長のジェジョマル・ビナイ副大統領(73)は、貧困層への福利を約束して「ビナイがいれば生活が良くなる」(Ganda ang Buhay kay Binay)と訴えた。国民的人気俳優の娘グレース・ポー上院議員(47)は「有能で優しい」(Galing at Puso)をスローガンに、従来の政治を一新する清廉潔白さ打ち出した。そしてドゥテルテは「大胆不敵で、困難な人に寄り添う」(Matapang at Malasakit)を語り、混乱と腐敗に満ちた政治を変革すると宣言した。

 

 

キリスト教徒の息子とイスラーム教徒の嫁の間に生まれた孫を紹介するドゥテルテ(写真/Richard Atrero de Guzman)

不正と腐敗に対する怒りの鉄拳を掲げる示すドゥテルテ(写真/Richard Atrero de Guzman)

ドゥテルテの集会

ルネタ公園を数十万人もの参加者で埋め尽くしたドゥテルテの最終集会

 

 

こうした道徳の言葉は善悪で政治を語り、腐敗・貧困・犯罪といった人びとを苦しめる「悪」を攻撃し、新しいフィリピンの姿を描き、それに共感する「私たち」という想像上の仲間を作っていく。それが有権者に響くと世論調査で支持率があがる。すると今度は、勝ち馬に乗ろうとする企業の献金と地方政治家の支持が集まる。言葉が支持率をつくり、支持率が資金と組織をつくる。その点で、ドゥテルテがもっとも成功したのだ。だが、ここにはいくつもの逆説がある。

 

 

ばら撒き型ポピュリズムの頓挫

 

まず、これまでの大統領選挙では、人口の7割を占める貧困層に優しい政治を訴える候補が支持を集めたが、今回は驚くほど低調だった。

 

1998年選挙では、「貧者のための政治」を訴えたジョセフ・エストラダが圧勝した。2004年には、ポーの父親の映画俳優が「すべての食卓に三度のご飯を」と主張して、不正な票操作さえなければ当選していたとされる。2010年大統領選挙でも、貧者に優しい政治を訴えた二人の候補の得票数は、当選したアキノよりも多かった。

 

今回の選挙では、ビナイが貧困層への学用品の無料支給、医療の無償化、高齢者への福祉拡充、所得税の免除などを打ち出した。こうした政策は、貧困層へのばら撒きだと批判されるが、経済成長の果実を再配分にまわすのは間違いではない。また集票にも有効なはずだった。だが、貧困層からの支持も伸びなかった。なぜだろうか。

 

その理由に、ビナイの汚職疑惑を指摘するのは容易だ。彼はアキノ政権の政敵として、腐敗疑惑の集中攻撃を受けたからだ。しかし、これまで貧困層の多くは、政治家がみな腐敗しているのは当たり前で、腐敗していても優しさもってサービスを提供する政治家を選ぶことが大事だと考えてきた。よって、ビナイの不人気は腐敗疑惑からだけでは説明できない。

 

スラムで話を聞くと、選挙のたびに叫ばれる「貧者に優しい政治」に貧困層が飽きてきたことが大きいようだ。ビナイに投票すれば腐ったシステムを継続させることになってしまう。腐敗した政治家からおこぼれをもらうよりも、自分たちを苦しめる腐ったシステムそのものを変革しなくてはならない、というのだ。その背景には、経済成長のなかで一部の貧困層の生活が改善していることもあるし、そこから取り残された人びとの苛立ちもあろう。これまでフィリピン政治を特徴づけてきた貧困層へのばら撒き型ポピュリズムが、少なくとも大統領選挙ではマンネリ化してきたのだ。

 

 

穏健な改革主義の頓挫

 

次に、アキノ政権は数々の政治改革を実施し、海外投資家からの信頼も得て平均6%という高い経済成長を達成した。国民からの支持率も、民主化後の政権の中でもっとも高い水準を維持した。だが、この改革路線の継続に支持が広がらなかった。

 

アキノ政権では、かつて民主化闘争を戦い、後にNGO活動家、大学教授、官僚などとして活躍した穏健左派の改革勢力が、徴税、教育、健康保険、人口対策、貧困対策、反腐敗などの改革を主導した。アキノのような伝統的エリートと彼らを繋いだのは、マルコス独裁政権の下で共に苦しみ戦った経験だ。この改革勢力は、現在、僅差での開票作業が続く副大統領選挙でレニ・ロブレドが当選すれば、一定の影響力を保持できるだろうと期待している。彼女は、農民、漁民、女性、都市貧困層など、周縁化された住民と協働して彼らの福利を促進することを掲げている。これは、NGOと住民組織の政治参加によって政治を変革していくという、フィリピン市民社会の理念と実践に合致する。

 

しかし、なぜアキノの改革路線を継続するとしたロハスは惨敗したのだろうか。選挙戦の後半では、なりふり構わず、全国でバランガイ(末端の自治単位)の役人や、条件付き現金給付プログラムの受給者組織に総動員をかけたにもかかわらずだ。たしかに、エリート一族出身で元大統領の孫であるロハスは、大衆的な魅力に欠ける。政策通の実務家のようで、大衆を惹きつける物語がない。台風ハイエンの復興支援やミンダナオ島和平で実績を上げようとアピールしたが、失敗も目についた。だが、ロハスの不人気だけでは、アキノの改革路線が支持されなかった理由にはならない。

 

人びとは、アキノの改革が正しい方向に向かっているのは知っているが、その進展があまりに遅いと語る。アキノとロハスの掲げた「誠実な道」による改革も、遅々として進まず渋滞中だと揶揄された。社会がより劇的な変革を求めていた時に、継続を訴えたことが不利に働いたようだ。

 

 

心優しき母から厳格な父へ

 

こうした状況で、選挙戦の初期に世論調査で優位に立ったのはポーだ。彼女の魅力はドラマや映画のようにドラマチックな人生である。生後まもなく教会に置き去りにされ、実の両親も知らない。国民的映画俳優のフェルナンド・ポー・ジュニアとスーサン・ロセスの夫婦に養子として育てられ、フィリピン大学とアメリカのボストン・カレッジを卒業した。長らくアメリカで暮らし、政界に入ったのは2010年からと最近である。清々しく清廉潔白なイメージが、変革への期待を膨らませて人気を呼んだ。

 

だが、大統領選への出馬を表明すると、出生の問題からフィリピン国籍を持たず出馬資格がないのではないかと裁判で争われた。すると支持率が低下したものの、すぐに回復した。「孤児だから国籍がなく、出馬資格がない」という批判に、とりわけ貧困層は共感したようだ。彼らは出生届などの書類に不備があるとの理由で、社会保障を受けられない、旅券が取れない、各種行政サービスが受けられないといった苦労を日々経験しているからだ。

 

ポーの人生が一種の殉教者として解釈され、人びとの共感を呼んだ点もあろう。神父から「恩恵」と名付けられた捨て子が、その出自ゆえに裁判で辱められた姿は、無実の罪で訴えられたキリストの受難、死、復活に重なる。この物語の変奏は、ドラマや映画で日々繰り返されており、フィリピン人の意識に深く埋め込まれている。しかし、3月に最高裁で出馬資格が認められると、投票日の2ヶ月も前にポーのドラマは頂点を迎えてしまった。ポーの支持率は徐々に低下していき、それをドゥテルテが追い抜いた。

 

 

ポーの集会

ポーに集った支持者と子どもたち

 

 

これは、国民を導く変革の主体が、心優しき母親から厳格な父親へと変わったことを意味する。なぜ、この転換が生じたのだろうか。より劇的な変革のために豪腕が求められたことは間違いない。だが、その背景に、アキノの社会政策に対する反動があったとも解釈できる。アキノ政権は、貧困世帯の女性を対象に「家族開発セミナー」に参加し、賭けビンゴをやめて子供を毎日学校に通わせるなど、家庭を規律化することを条件に現金を給付した。また、彼女らに避妊の手段と情報を与えて、貧困の再生産を止めようとした。

 

これらは、貧困女性を社会変革の道徳的エージェントにしようとするものだった。もちろん、現金給付を評価する女性は多い。だが、家庭内の権威を看過された父親の反発、過剰な役割を担わされた母親の違和感もあった。それが、家父長的な規律の支持に繋がった側面もあるように思う。 【次ページにつづく】

 

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シノドス国際社会動向研究所

vol.266 

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