農業政策がもたらす食料不足――ザンビアの多民族農村におけるフードセキュリティ

シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。今月は「最前線のアフリカ」です。

 

 

今年はみな空腹になりそう

 

「化学肥料がしっかり届かなかったので、トウモロコシのできが悪くなりそうね。今年の12月にはみな空腹(inzala)―食料不足―になるでしょう。」

 

2016年3月13日の昼下がり、調査地である南部アフリカのザンビア共和国北西部州のS地区で、わたしは午前中の仕事を終えて畑から帰宅し、居候先のお父さんルーウィとお母さんアイーダとともに、マンゴーの木の下で休憩していた。そのときアイーダは、心のなかで募らせていた政府が支給する化学肥料の不足・遅延に対する不満や、食料不足への懸念をわたしに漏らした。

 

ほかのサブ・サハラ・アフリカ諸国と同様に、ザンビアにおいても農業は基幹産業であり、ルーウィ夫妻のように自給指向性の強い生活を営む小規模農家が多い。一方で少数の大規模農家によってプランテーション農業もおこなわれ、トウモロコシのほか、ラッカセイやコムギなどの商品作物が生産されている。このような大規模農家の増加もあって、2000年以降、ザンビアはアフリカ諸国のなかで唯一、穀物貿易が黒字の国となっている。トウモロコシを中心とした穀物を周辺国のボツワナやナミビア、コンゴ民主共和国などへ輸出している(平野 2013: 143-144)。つまり国レベルでみれば、ザンビアでは食料が確保され、農業が輸出産業に発展しているといえる。

 

穀物貿易が黒字という事実からは、ザンビアでは地域や農家の規模にかかわらず、十分な食料を確保して輸出しているという印象を受けるが、実情は複雑である。ルーウィ夫妻のような小規模農家は、天候不順や地力の低下によって自家消費分の食料も十分に確保できないことがあるうえ、食料が欠乏するときにすぐに穀物を購入することは経済的に厳しい。このような課題に対応するため、ザンビア政府は小規模農家の所得向上を目指し、国民食であり、重要な輸出用商品作物でもあるトウモロコシの栽培を奨励し、その生産に用いる化学肥料に対して補助金を支給している。しかし化学肥料はうまく農家に届いていない。

 

ザンビアでは大規模農家が増えているが、いまだ国民に対して均一に食料を配分できず、国家政策が小規模農家の食料生産の向上をもたらさないという課題を抱えている。食料不足に関する問題は、前世紀から長いあいだアフリカ全体で指摘されているが、現在にいたるまで解決されていない。この問題の改善にはマクロな政策からのアプローチだけでなく、農村に暮らす人びと自身がこれまで培ってきたローカルなフードセキュリティを明らかにしたうえで、食料問題を改善する方途を再検討していく必要がある。

 

本稿では、ザンビアの農業政策が農村で暮らす人びとの食料確保に与える影響について示し、食料不足に対して村びとがとる対処を明らかにしていく。そのうえで、国家政策に依存しない農村におけるフードセキュリティの可能性を検討し、食料問題を改善する方策について考える。

 

 

トウモロコシの国ザンビア

 

 

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農家にとってトウモロコシの収穫は喜ばしい

 

 

アフリカでは、主食作物のなかでトウモロコシの生産量が最も多い。20世紀後半には、東アフリカと南部アフリカでトウモロコシが中心的な主食となっている(McCann 2010: 49)。ザンビアではシマ(nshima)と呼ばれる練り粥が主食となっており、トウモロコシのほかに、モロコシやシコクビエといった雑穀、キャッサバのイモなどを製粉したデンプン粉を熱湯で練り上げて作る。シマとともに食べるおかずは、鶏肉やヤギ肉、豚肉、干した魚などの動物性食材のほかに、インゲンマメといったマメ類、キャベツやサツマイモの葉、カボチャの葉などの葉菜類である。

 

 

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農村における雨季の食事(左:トウモロコシのシマ、中央:炒めたサツマイモの葉、右:鶏肉)

 

 

農村に限らず、都市に暮らす人びとも毎食のようにシマを食べており、食堂でもシマが代表的なメニューである。都市ではおもにトウモロコシの粉がシマの材料として用いられ、スーパーマーケットや商店では、多数のトウモロコシ粉が売られている。このトウモロコシ粉の多くはザンビア国内で生産されている。ザンビアの首都ルサカ近郊には、円形や方形のプランテーションがいくつもあり、青々とした作物が育っている。大規模プランテーションの数は年々増える傾向にあり、都市や周辺国への食料供給を担う。都市で流通するトウモロコシ粉は地方でも販売されているが、輸送費がかかって価格が高いうえ、農村の人びとの収入では十分な量を購入することは難しい。

 

 

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首都ルサカのスーパーマーケットで売られているトウモロコシ粉

 

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首都ルサカ近郊のプランテーション

 

 

トウモロコシ中心の農業政策

 

ザンビア政府は国内の食料需要に対応するため、トウモロコシ生産に力を入れ、時代ごとに農業政策を策定してきた。イギリスの植民地であった北ローデシア(現在のザンビア)では、1920年代に複数の銅鉱山が操業しはじめ、その労働者の食料としてトウモロコシが消費されるようになった。トウモロコシ栽培は、鉱山や都市で働く労働者が急増し、彼らへの食料供給を確立する過程で発展した(Lukanty and Wood 1990)。自家消費用にも換金作物にもなり、それぞれの生産が競合しないため、農民にもすぐに受け入れられた。

 

1964年にザンビアが独立すると、政府は農産物の流通を統括する機関を設立し、トウモロコシなどの農産物を独占して売買しはじめた。トウモロコシの流通に多額の補助金を投入することで、農産物の買い付け価格と農民への農業投入財(化学肥料とトウモロコシのハイブリッド種子)の売り渡し価格を全国均一にし、地域間における輸送費の格差が解消された。1993年に本格的に農業流通の自由化がはじまるまで、ザンビア政府はトウモロコシ流通を手厚く支援しており、高い生産者価格を保つことで農民に現金収入をもたらす一方で、消費者価格を低く抑えて都市住民に安価な食料を提供していた(Mason et al. 2013)。1996年に政府は、国内の食料不足に備える目的で食糧備蓄庁(Food Reserve Agency: FRA)を創設した。

 

FRAは現在、全国均一価格でトウモロコシを買い上げて備蓄し、食料不足が予測されると、備蓄したトウモロコシを市場に流通させる。小農が購入する農業投入財に対する補助金制度は、毎年のように内容が変わりながらも継続されている。2016年現在では、農業投入財補助プログラム(Farmer Input Subsidy Programme: FISP)が実施されている。このプログラムでは、総耕作面積が0.5ha以下の小規模農家が購入するトウモロコシ栽培パック(1袋50kgの配合肥料と尿素肥料を2袋ずつと10kgのトウモロコシのハイブリッド種子1袋)に対して補助金が支給される。2011年には市場価格の約8割が補助されており、農家は市場価格の約2割を出せば化学肥料とハイブリッド種子を購入することができた(Mason et al. 2013)。しかし2011年の政権交代のあと、2012年には補助金額が市場価格の約5割に縮小され、農家の実質負担額が増加した。

 

農家が栽培するトウモロコシの収量は、国家政策の転換に大きく影響を受けており、とくに化学肥料の遅配や不足が深刻な問題となってきた。年や地域によって状況は異なるが、補助金制度の国会承認や政府による手配、化学肥料の生産や配送の遅れが原因として指摘されている(Namonje-Kapembwa et al. 2015)。ルーウィ夫妻によれば、とくに2011年の政権交代以降、化学肥料の遅配や不足が目立つようになったという。次にみるように、近年では毎年のように化学肥料の配給に関する問題が生じており、村びとの多くは政府に対して不満をもっている。

 

 

トウモロコシ栽培と化学肥料の配給

 

ザンビア北西部の季節は、4月から10月の乾季と11月から3月の雨季に明瞭に分かれている。S地区の人びとはみなトウモロコシを栽培しており、トウモロコシ畑では降雨がはじまる11月に畝立てと播種がおこなわれる。トウモロコシがひざの高さまで生長する12月には配合肥料を施肥し、腰の高さになる1月から2月に尿素肥料を追肥する。5月から7月にかけて収穫したトウモロコシを脱穀し、50kgごとにナイロン袋に詰め、自家消費用として保管するとともにFRAに出荷している。現金を必要とする世帯では、自家消費用に育てていた分も含めて、大半を出荷してしまうこともある。畝立てや施肥、除草、収穫、運搬などで作業が集中する時期には、親族や知人を労働力として雇う世帯もある。

 

 

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S地区の人びとがトウモロコシを出荷するFRAの集荷場

 

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雨季にはトウモロコシの生育を妨げないよう、こまめに除草する

 

 

農家は協同組合をつくり、政府の補助金制度を利用して安価に農業投入財を入手する。協同組合の会計係が補助金の希望者を取りまとめ、農業省へ申請して代金を事前に振り込む。ここでは2015年11月~2016年2月の農繁期におけるS地区のT組合を例にして、化学肥料の供給実態とそれに対する農家の対応をみていこう。

 

S地区のT組合には43人が所属している。T組合の会計係は、例年通りの2015年11月に43人分の申請と振込を終わらせていた。しかし配合肥料と尿素肥料、トウモロコシのハイブリッド種子はすぐには配送されず、配合肥料とハイブリッド種子は2015年12月、尿素肥料は2016年1月になってようやく到着した。化学肥料の不足を理由に、配送されたのは合計で33パック分だけだった。このうち、すでに支払っていた10パック分の代金は後日返金されたが、33パックでは43人のメンバー全員に1パックずつ行きわたらない。そこでT組合は各メンバーに対して、1パックあたり2袋ずつあるはずの配合肥料と尿素肥料をそれぞれ1袋(50kg)ずつ配布した。そのあと残った肥料を配合肥料か、尿素肥料かどうかにかかわらず1袋ずつ配っていった。メンバーひとりが入手した化学肥料は、種類にかかわらず3袋のみとなった。

 

播種時期の早い農家では、このときすでにトウモロコシが生長しており、2回に分けて施肥するはずの配合肥料と尿素肥料を混ぜて1回で施肥していた。種子と化学肥料が分かれて届くこともあり、化学肥料の到着時期がわからないので、トウモロコシの播種を遅らせることもある。化学肥料を使わない農家も増えている。2012年と2015年に化学肥料の使用状況を聞いたところ、2012年には64%が施肥していたが、2015年には47%になっていた。その理由は、政府による補助金の削減や不安定な化学肥料の供給である。いずれにしても、人びとは希望通りに化学肥料を入手できないことで、化学肥料を用いたトウモロコシ栽培をやめるようになっている。それでは、S地区の人びとはどのようにして日々の食料を得ているのだろうか。【次ページにつづく】

 

 

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