朝鮮半島危機シナリオと日本の役割を検討する

9月25日、首相官邸で会見を開いた安倍総理は、今回の選挙を緊迫する北朝鮮情勢への対応を誰に任せるかなどを問う「国難突破解散」と位置づけた。だが連日メディアを賑わせているのは、小池東京都知事を代表とする新党・希望の党の立ち上げを始め、旧民進党勢力の離合集散を巡る「政局」が主であり、安全保障政策をめぐる具体的な議論が深まっているとは言い難い。

 

しかしその間にも、北朝鮮の核・ミサイル活動は活発化の一途を辿っており、朝鮮半島情勢は緊張の度合いを強めている。こうした一連の問題は、ワイドショーなどでも度々取り上げられ国民の関心を集めているものの、それが具体的にどのような形で日本の安全に影響を及ぼすのかを明確にイメージするところまでには至っていないのが実情ではないだろうか。そこで本稿では、今後生起しうる蓋然性の高そうな具体的シナリオを踏まえながら、朝鮮半島情勢が日本の安全保障に及ぼす影響について考えるための視座を提示してみたい。

 

 

日本と朝鮮半島の戦略的繋がり

 

そもそも、現代史における日本と朝鮮半島の繋がりは、1950年の朝鮮戦争にまで遡って考える必要がある。1950年6月25日未明に始まった朝鮮戦争の緒戦、兵力に勝る北朝鮮軍の奇襲を受けた米韓・国連軍は、同年8月までに半島南端の釜山まで追いやられていた。この劣勢を打開すべく、国連軍が同年9月に行ったのが「仁川上陸作戦」である。

 

同作戦は、戦線の遙か後方に奇襲上陸を行うことで北朝鮮軍の補給線を寸断しようとするものだった。南北からの挟撃によって巻き返しを図ることを意図したマッカーサーの大胆な計画は成功し、戦局の改善に大きな影響をもたらした。重要なのは、仁川上陸作戦に参加した米軍の統合任務部隊の多くが、横浜、横須賀、佐世保などの日本の港湾を出撃拠点とし、それに続く米軍爆撃機による攻撃も主として日本を作戦の基盤としていた点である。

 

こうした日本と朝鮮半島をめぐる戦略地政は、67年が経過した現在でもほとんど変わっていない。例えば、三沢基地に所属する米空軍の第35戦闘航空団は、北朝鮮の防空網を無力化し、弾道ミサイルの移動発射台(TEL)の制圧などを行う各種航空機の回廊を切り開く重要な役割を果たす。また、38度線以北での全面的な地上戦を想定する場合には、わずか1万5000人規模の在韓米軍だけでは到底兵力が足りない。したがって、各地の在日米軍基地は米本土やハワイなどからの増援部隊を受け入れる基盤としての役割を担うこととなる。

 

だが、朝鮮戦争時と現在の戦略環境とでは決定的に異なる要因がある。それは今日の北朝鮮が核と複数の弾道ミサイルを有し、それらを用いた心理的恫喝や物理的妨害によって、日本から朝鮮半島に向かう米軍を阻止しうることである。無論、米軍の作戦計画によっては、緒戦の攻撃を在日米軍基地に依存しない形――水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃、空母艦載機による航空攻撃、グアムや米本土から飛来する戦略爆撃機と空中給油機の組み合わせによる長距離爆撃等――で行うことも想定される。しかし、全面戦争以外のシナリオであっても、韓国に約20万人いるとされる米国人の非戦闘員退避活動(NEO)なども含め、朝鮮半島有事に際しては在日米軍基地を基盤とした作戦支援が不可欠となる。

 

このことから、北朝鮮が日本を戦域から切り離し、その支援基盤としての機能を失わせることの戦略的利益は極めて大きい。したがって、米朝間で軍事的緊張が高まった(と北朝鮮が認識した)場合、在日米軍基地の使用を含めた日本の対米・対韓支援を阻止するために様々な手段を講じてくることは十分に考えられるのである。

 

 

北朝鮮による恫喝シナリオ

 

蓋然性が高そうな具体的シナリオとして最初に挙げられるのは、通常弾頭を装備した弾道ミサイルによる(1)「警告発射(warning shot)」である。これまでのところ、北朝鮮のミサイルは日本の排他的経済水域(EEZ)か、あるいは日本を飛び越して太平洋上の公海に着弾する形でしか発射されていない。しかし今後は、スカッドERやノドン、北極星1・2型などの短距離弾道ミサイル(SRBM)・準中距離弾道ミサイル(MRBM)を領海内や離島、過疎地、非都市部に着弾する形で発射し、精密誘導能力の誇示やミサイル戦力を躊躇なく使用する意思を示してくることが想定される。

 

上記の警告発射に核の要素を織り交ぜたのが、(2)「核恫喝(nuclear blackmail)」である。これには、核弾頭を搭載した弾道ミサイルや核爆発装置を搭載した船舶などを用いる。日本海や日本のEEZ・領海付近など人的被害がない(少ない)場所で核爆発を起こし、核エスカレーションの可能性をちらつかせることで、恫喝の信憑性を高めようとするシナリオを指すものだ。

 

9月22日には、北朝鮮の李容浩外相が「太平洋上での水爆実験」の可能性に言及したことが話題となった。火星12や火星14などの射程が長く、ペイロード(搭載重量)が比較的大きいとされるミサイルに実物の核弾頭を載せ、日本を飛び越えるコースで大気圏内核爆発を引き起こすことは、北朝鮮の意思と能力を各国に見せつける上で非常にインパクトが大きい。

 

このような核恫喝シナリオは、以前から核戦略を扱う専門家コミュニティでは度々議論されてきた問題であり、単なるコケ脅しと割り切って無視することはできない。また、これらがさらにエスカレートした場合には、(3)在日米軍基地の使用を物理的に困難にするための各種弾道ミサイルによる阻止攻撃や、(4)都市部に対する通常弾道ミサイルによる攻撃が考えられる。さらに最悪のシナリオとしては(5)都市部への核攻撃が想定される他、これらの各種段階と並行する形で、生活・防衛インフラを混乱させるためのサイバー攻撃やEMP攻撃を実施してくることも考えられるだろう。

 

ただ一般論として、米軍人やその家族に被害が及ぶ(3)のケースや、日本の多くの民間人への被害が想定される(4)や(5)のケースでは、米国による(場合によっては核兵器の使用を伴う)報復が行われる可能性が高い。ゆえに、北朝鮮がこのような自滅的行動を危機の初期段階に進んで行うことは考えにくい。

 

それよりも日本の安全保障上、蓋然性が高く対応が難しいのは(1)や(2)のケースである。これらのような人的被害のない(少ない)ケース、あるいは不審船による核爆発やそれらと組み合わされるサイバー攻撃のような攻撃はアトリビューション(責任者・実行者の所在)が曖昧となる。その結果、それが我が国に対する明確な武力攻撃事態であるのか、武力攻撃予測事態であるのか、あるいは単なる飛翔実験の途中で不具合が生じ、誤って落下したものなのかといった事態認定やその後の対応をめぐる諸点について、政策決定者は難しい判断を迫られることになる。

 

すでに韓国はこれと類似した事案として、2010年3月の哨戒艇「天安号」沈没事件や同年11月の延坪島砲撃事件に直面している。天安号事件では、当初より北朝鮮による魚雷攻撃の可能性が強く疑われたものの、アトリビューションに時間がかかり、直接的な軍事報復は行われなかった。延坪島事件では、砲撃が北朝鮮によるものであることが明らかであったため、韓国側が自ら北朝鮮側の攻撃拠点であった砲撃陣地への反撃を行い、さらなる事態のエスカレーションを抑制した。

 

しかしながら、現在日本は独自の反撃能力を保有していないことから、こうしたケースでは、日米新ガイドラインで定められた同盟調整メカニズムやハイレベルの二国間協議を通じて、その対応を米軍に任せることとなる。だがその際には、反撃の是非はもとより、反撃目標やその規模、さらには反撃を行った後の再報復が日本以外(韓国や他の米軍基地、米本土等)に拡大する可能性などをも考慮した複雑なエスカレーション・リスクを日米で調整しなければならず、その段階で日米間の認識にズレが生じることも考えられる。

 

このことは、北朝鮮の核・ミサイルによって一種のグレーゾーン事態が引き起こされる危険があることを示している。同時にこうした問題は、新しく核を保有した国家が大規模な軍事衝突を核で抑止できると自信を持った場合に、あまり烈度の高くない限定的な軍事行動や小規模な挑発を行いやすくなることで、かえって情勢が不安定化するという「安定・不安定のパラドックス」の問題と合わせて考える必要があるだろう。

 

さらに言えば、仮に北朝鮮がこのような恫喝に合わせて「日本政府が米国や韓国に対する一切の軍事的支援を行わないのであれば、日本を標的とすることはない」との条件で、停戦や和平交渉を提案してきた場合、日本国内でも米軍の作戦行動に日本が「巻き込まれる」不安から、「在日米軍基地の使用を認めるべきではない」といった声が出て、世論が分断される恐れがある。

 

これは同盟のデカップリング(切り離し)論の一種であるが、北朝鮮が米本土に到達しうるICBMを保有することによる古典的なデカップリングとは質的に異なる問題である。すなわち我々は、「米国が同盟国に巻き込まれることを恐れ、拡大抑止の提供を躊躇すること」への対処のみならず、「日本が米韓に巻き込まれることを恐れ、朝鮮半島で生じる事態への支援を躊躇すること」の問題に対しても同時に向き合わなければならない「二重のデカップリング」の問題に直面しているのである。

 

以上は、主に北朝鮮側が先制的に行動を起こすインセンティブに注目した仮想シナリオである。これらはアトリビューションをめぐる問題などの一部のグレーゾーン事態を除けば、基本的には日本に直接被害が生じるか、その可能性が極めて高いことが予想されるケースだ。そのため、自衛隊の活動内容を規定する事態認定にあたっては、「武力攻撃事態」か「武力攻撃予測事態」と判断される可能性が高い。政府が当該事態を武力攻撃の生起と認定して防衛出動を下令した場合、自衛隊は国土防衛のため武力行使を含む活動が許可されることとなる。この場合、法的制約が活動の実効性を阻害することはさほど心配しなくてもよいものと思われる。

 

しかし、北朝鮮の核・ミサイル開発を看過しきれなくなった米国が先制的な軍事行動に出るシナリオでは、日本と自衛隊に求められる役割と法運用との兼ね合いにおいて、先に検討したのとは別の問題が生じる可能性がある。以下では、米国による先制攻撃シナリオに沿う形で、2015年に成立した平和・安全保障法制(安保法制)と日米新ガイドラインがどのように運用されうるのかを検討してみよう。【次ページにつづく】

 

 

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