2017.10.21
朝鮮半島危機シナリオと日本の役割を検討する
9月25日、首相官邸で会見を開いた安倍総理は、今回の選挙を緊迫する北朝鮮情勢への対応を誰に任せるかなどを問う「国難突破解散」と位置づけた。だが連日メディアを賑わせているのは、小池東京都知事を代表とする新党・希望の党の立ち上げを始め、旧民進党勢力の離合集散を巡る「政局」が主であり、安全保障政策をめぐる具体的な議論が深まっているとは言い難い。
しかしその間にも、北朝鮮の核・ミサイル活動は活発化の一途を辿っており、朝鮮半島情勢は緊張の度合いを強めている。こうした一連の問題は、ワイドショーなどでも度々取り上げられ国民の関心を集めているものの、それが具体的にどのような形で日本の安全に影響を及ぼすのかを明確にイメージするところまでには至っていないのが実情ではないだろうか。そこで本稿では、今後生起しうる蓋然性の高そうな具体的シナリオを踏まえながら、朝鮮半島情勢が日本の安全保障に及ぼす影響について考えるための視座を提示してみたい。
日本と朝鮮半島の戦略的繋がり
そもそも、現代史における日本と朝鮮半島の繋がりは、1950年の朝鮮戦争にまで遡って考える必要がある。1950年6月25日未明に始まった朝鮮戦争の緒戦、兵力に勝る北朝鮮軍の奇襲を受けた米韓・国連軍は、同年8月までに半島南端の釜山まで追いやられていた。この劣勢を打開すべく、国連軍が同年9月に行ったのが「仁川上陸作戦」である。
同作戦は、戦線の遙か後方に奇襲上陸を行うことで北朝鮮軍の補給線を寸断しようとするものだった。南北からの挟撃によって巻き返しを図ることを意図したマッカーサーの大胆な計画は成功し、戦局の改善に大きな影響をもたらした。重要なのは、仁川上陸作戦に参加した米軍の統合任務部隊の多くが、横浜、横須賀、佐世保などの日本の港湾を出撃拠点とし、それに続く米軍爆撃機による攻撃も主として日本を作戦の基盤としていた点である。
こうした日本と朝鮮半島をめぐる戦略地政は、67年が経過した現在でもほとんど変わっていない。例えば、三沢基地に所属する米空軍の第35戦闘航空団は、北朝鮮の防空網を無力化し、弾道ミサイルの移動発射台(TEL)の制圧などを行う各種航空機の回廊を切り開く重要な役割を果たす。また、38度線以北での全面的な地上戦を想定する場合には、わずか1万5000人規模の在韓米軍だけでは到底兵力が足りない。したがって、各地の在日米軍基地は米本土やハワイなどからの増援部隊を受け入れる基盤としての役割を担うこととなる。
だが、朝鮮戦争時と現在の戦略環境とでは決定的に異なる要因がある。それは今日の北朝鮮が核と複数の弾道ミサイルを有し、それらを用いた心理的恫喝や物理的妨害によって、日本から朝鮮半島に向かう米軍を阻止しうることである。無論、米軍の作戦計画によっては、緒戦の攻撃を在日米軍基地に依存しない形――水上艦艇や潜水艦からの巡航ミサイル攻撃、空母艦載機による航空攻撃、グアムや米本土から飛来する戦略爆撃機と空中給油機の組み合わせによる長距離爆撃等――で行うことも想定される。しかし、全面戦争以外のシナリオであっても、韓国に約20万人いるとされる米国人の非戦闘員退避活動(NEO)なども含め、朝鮮半島有事に際しては在日米軍基地を基盤とした作戦支援が不可欠となる。
このことから、北朝鮮が日本を戦域から切り離し、その支援基盤としての機能を失わせることの戦略的利益は極めて大きい。したがって、米朝間で軍事的緊張が高まった(と北朝鮮が認識した)場合、在日米軍基地の使用を含めた日本の対米・対韓支援を阻止するために様々な手段を講じてくることは十分に考えられるのである。
北朝鮮による恫喝シナリオ
蓋然性が高そうな具体的シナリオとして最初に挙げられるのは、通常弾頭を装備した弾道ミサイルによる(1)「警告発射(warning shot)」である。これまでのところ、北朝鮮のミサイルは日本の排他的経済水域(EEZ)か、あるいは日本を飛び越して太平洋上の公海に着弾する形でしか発射されていない。しかし今後は、スカッドERやノドン、北極星1・2型などの短距離弾道ミサイル(SRBM)・準中距離弾道ミサイル(MRBM)を領海内や離島、過疎地、非都市部に着弾する形で発射し、精密誘導能力の誇示やミサイル戦力を躊躇なく使用する意思を示してくることが想定される。
上記の警告発射に核の要素を織り交ぜたのが、(2)「核恫喝(nuclear blackmail)」である。これには、核弾頭を搭載した弾道ミサイルや核爆発装置を搭載した船舶などを用いる。日本海や日本のEEZ・領海付近など人的被害がない(少ない)場所で核爆発を起こし、核エスカレーションの可能性をちらつかせることで、恫喝の信憑性を高めようとするシナリオを指すものだ。
9月22日には、北朝鮮の李容浩外相が「太平洋上での水爆実験」の可能性に言及したことが話題となった。火星12や火星14などの射程が長く、ペイロード(搭載重量)が比較的大きいとされるミサイルに実物の核弾頭を載せ、日本を飛び越えるコースで大気圏内核爆発を引き起こすことは、北朝鮮の意思と能力を各国に見せつける上で非常にインパクトが大きい。
このような核恫喝シナリオは、以前から核戦略を扱う専門家コミュニティでは度々議論されてきた問題であり、単なるコケ脅しと割り切って無視することはできない。また、これらがさらにエスカレートした場合には、(3)在日米軍基地の使用を物理的に困難にするための各種弾道ミサイルによる阻止攻撃や、(4)都市部に対する通常弾道ミサイルによる攻撃が考えられる。さらに最悪のシナリオとしては(5)都市部への核攻撃が想定される他、これらの各種段階と並行する形で、生活・防衛インフラを混乱させるためのサイバー攻撃やEMP攻撃を実施してくることも考えられるだろう。
ただ一般論として、米軍人やその家族に被害が及ぶ(3)のケースや、日本の多くの民間人への被害が想定される(4)や(5)のケースでは、米国による(場合によっては核兵器の使用を伴う)報復が行われる可能性が高い。ゆえに、北朝鮮がこのような自滅的行動を危機の初期段階に進んで行うことは考えにくい。
それよりも日本の安全保障上、蓋然性が高く対応が難しいのは(1)や(2)のケースである。これらのような人的被害のない(少ない)ケース、あるいは不審船による核爆発やそれらと組み合わされるサイバー攻撃のような攻撃はアトリビューション(責任者・実行者の所在)が曖昧となる。その結果、それが我が国に対する明確な武力攻撃事態であるのか、武力攻撃予測事態であるのか、あるいは単なる飛翔実験の途中で不具合が生じ、誤って落下したものなのかといった事態認定やその後の対応をめぐる諸点について、政策決定者は難しい判断を迫られることになる。
すでに韓国はこれと類似した事案として、2010年3月の哨戒艇「天安号」沈没事件や同年11月の延坪島砲撃事件に直面している。天安号事件では、当初より北朝鮮による魚雷攻撃の可能性が強く疑われたものの、アトリビューションに時間がかかり、直接的な軍事報復は行われなかった。延坪島事件では、砲撃が北朝鮮によるものであることが明らかであったため、韓国側が自ら北朝鮮側の攻撃拠点であった砲撃陣地への反撃を行い、さらなる事態のエスカレーションを抑制した。
しかしながら、現在日本は独自の反撃能力を保有していないことから、こうしたケースでは、日米新ガイドラインで定められた同盟調整メカニズムやハイレベルの二国間協議を通じて、その対応を米軍に任せることとなる。だがその際には、反撃の是非はもとより、反撃目標やその規模、さらには反撃を行った後の再報復が日本以外(韓国や他の米軍基地、米本土等)に拡大する可能性などをも考慮した複雑なエスカレーション・リスクを日米で調整しなければならず、その段階で日米間の認識にズレが生じることも考えられる。
このことは、北朝鮮の核・ミサイルによって一種のグレーゾーン事態が引き起こされる危険があることを示している。同時にこうした問題は、新しく核を保有した国家が大規模な軍事衝突を核で抑止できると自信を持った場合に、あまり烈度の高くない限定的な軍事行動や小規模な挑発を行いやすくなることで、かえって情勢が不安定化するという「安定・不安定のパラドックス」の問題と合わせて考える必要があるだろう。
さらに言えば、仮に北朝鮮がこのような恫喝に合わせて「日本政府が米国や韓国に対する一切の軍事的支援を行わないのであれば、日本を標的とすることはない」との条件で、停戦や和平交渉を提案してきた場合、日本国内でも米軍の作戦行動に日本が「巻き込まれる」不安から、「在日米軍基地の使用を認めるべきではない」といった声が出て、世論が分断される恐れがある。
これは同盟のデカップリング(切り離し)論の一種であるが、北朝鮮が米本土に到達しうるICBMを保有することによる古典的なデカップリングとは質的に異なる問題である。すなわち我々は、「米国が同盟国に巻き込まれることを恐れ、拡大抑止の提供を躊躇すること」への対処のみならず、「日本が米韓に巻き込まれることを恐れ、朝鮮半島で生じる事態への支援を躊躇すること」の問題に対しても同時に向き合わなければならない「二重のデカップリング」の問題に直面しているのである。
以上は、主に北朝鮮側が先制的に行動を起こすインセンティブに注目した仮想シナリオである。これらはアトリビューションをめぐる問題などの一部のグレーゾーン事態を除けば、基本的には日本に直接被害が生じるか、その可能性が極めて高いことが予想されるケースだ。そのため、自衛隊の活動内容を規定する事態認定にあたっては、「武力攻撃事態」か「武力攻撃予測事態」と判断される可能性が高い。政府が当該事態を武力攻撃の生起と認定して防衛出動を下令した場合、自衛隊は国土防衛のため武力行使を含む活動が許可されることとなる。この場合、法的制約が活動の実効性を阻害することはさほど心配しなくてもよいものと思われる。
しかし、北朝鮮の核・ミサイル開発を看過しきれなくなった米国が先制的な軍事行動に出るシナリオでは、日本と自衛隊に求められる役割と法運用との兼ね合いにおいて、先に検討したのとは別の問題が生じる可能性がある。以下では、米国による先制攻撃シナリオに沿う形で、2015年に成立した平和・安全保障法制(安保法制)と日米新ガイドラインがどのように運用されうるのかを検討してみよう。
米国による先制攻撃シナリオ
ここでモデルケースとするのは、第一次朝鮮半島核危機と呼ばれた1993年から94年にかけての一連の状況の推移である。1993年3月、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)による同国内2カ所の施設に対する特別査察要求を拒否し、核不拡散条約(NPT)からの脱退を通告。また同時期の米韓年次合同演習に強く反発し、5月にはノドンを日本海に発射するに至った。特別査察を拒否し続ける北朝鮮に対して国連の経済制裁が検討されると、北朝鮮は同制裁を「宣戦布告」と見做して反発を強め、1994年3月には板門店で行われた南北協議において「ソウルを火の海にする」と発言。これにより情勢は一気に緊迫し、同年5月には核燃料棒の取り出しに着手した。
北朝鮮による核武装の可能性を重く見たクリントン政権は、先制的な軍事攻撃による強制武装解除を検討。1994年3月からは開戦に備えて釜山にペトリオット迎撃ミサイルを展開した。さらに、攻撃ヘリ、戦車、装甲輸送車、レーダーなどの各種システムをより高性能・重武装なものに換装し、米軍部隊の緊急展開と増員を図るための事前集積船を半島近傍に展開した。
この際、統合参謀本部はさらに3段階の増派計画、すなわち(1)防空レーダーや攻撃に必要となる情報・偵察・監視(ISR)システムの追加配備、(2)北朝鮮の防空網を無力化し、核施設やTELに対する攻撃を行うためのF-117ステルス攻撃機をはじめとする各種航空戦力、砲兵部隊、1個空母戦闘群の追加的前方展開、(3)38度線以北での本格的な地上戦に備えた陸軍・海兵隊数万人と空軍の大規模増強、を有していた。しかし、同年6月に電撃訪朝したカーター元大統領と金日成主席の間で事態の収束に向けた協議再開が約束されたため、事態は沈静化、さらなる増派が実行に移されることはなかった。
だがこのとき米国は、開戦に先立ち日本政府に対して、燃料や物資・武器・弾薬の補給、朝鮮半島周辺での機雷掃海、情報収集、米艦防護、船舶検査、NEOといった、1900項目におよぶ支援を要請していたと言われている。しかし、当時の日本は55年体制の終焉時期と重なったことも相まって、最も情勢が緊迫していた1年間に細川内閣(1993年6月)、羽田内閣(1994年4月)、村山内閣(同年6月)と3度もの組閣と退陣を繰り返すなど内政的に混乱していた。さらに、要請された内容のほとんどが集団的自衛権に抵触することからも十分な回答が出来ず、その結果として1997年の日米ガイドライン改定と、1999年の周辺事態法の制定に繋がった経緯がある。
では、この状況を限定的な集団的自衛権の行使が可能となった、2015年以降の安保法制と日米新ガイドラインの下で当てはめてみるとどうだろう。
まず米国による先制攻撃シナリオには、北朝鮮からの恫喝シナリオと大きく異なる点がある。自衛隊の活動の幅を定める事態認定に際して、政府に一定の主観的裁量の余地がある点だ。北朝鮮からの武力攻撃とそれに伴う個別的自衛権の発動は、攻撃の被害が日本に及ぶという客観的な判断基準が存在する。だが日本が直接被害を受けていない段階で、米(韓)への支援を行ったり、限定的な集団的自衛権を行使する場合、時の政府がどのような事態認定を行うかによって自衛隊に認められる活動が大きく異なってくる。
「存立危機事態」は、「密接な他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」事態において、自衛隊の防衛出動を認め、武力行使を認める状況を指す。他方「重要影響事態」は、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃のおそれのある事態等」とされる。これは認定に至る裁量範囲がより広くとられている一方で、自衛隊に許可される活動は後方支援や捜索救難、船舶検査などに限られ、武力行使に該当する活動は認められていない。わかりやすく言えば、存立危機事態と重要影響事態の最も大きな違いは、密接な他国に対する武力攻撃の有無と、それによって自衛隊の武力行使が可能となるか否かという点にある。
この法的整理を米国による先制攻撃シナリオに当てはめてみると、米国あるいは韓国に対してすら、直接的な武力攻撃が発生していない段階において、存立危機事態を認定することは難しい。他方で、北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、「ソウルを火の海にする」といった発言や「グアムへの包囲射撃」を示唆している状況をもって、重要影響事態を認定することは十分に考えられるだろう。これは重要影響事態が、第一次朝鮮半島核危機の教訓から生まれた周辺事態概念の延長線上にあることを鑑みても自然と言える。
重要影響事態が認定されると、自衛隊は平時から可能なISRやミサイル防衛にかかる情報協力、米艦防護に加えて、NEOや海洋安全保障、避難民対応、捜索救難、施設・区域の警護、発進準備中の米軍機への給油に代表される後方支援などが可能となる。これにより、1994年に米国から要請のあった協力事項の多くには応じることができるはずだ。こうした措置を通じて、朝鮮半島有事における日米のシームレスな対応が可能となったことは、多くの政治的資源を費やし、安保法制と新ガイドラインを成立・策定したことの大きな成果と言えよう。
事態認定と自衛隊の運用をめぐる問題
しかし、現行法制においても実際の運用上の問題がないわけではない。その一例が、米軍の作戦行動に際しての事前協議と、対処基本計画の国会承認をめぐる問題である。元々、日米安全保障条約第6条には、在日米軍基地を使用して米軍が対日防衛(5条事態)以外での戦闘作戦行動を行う場合、日米間での事前協議を実施することが義務づけられている。
1994年に想定されていたのと同様、北朝鮮の防空網やTELを無力化するための継続的な航空攻撃を実施する場合、三沢や嘉手納などの在日米軍基地はF-16やF-15E、F-35などの各種戦術航空機の出撃拠点となる。さらに、38度線以北での大規模地上戦を想定する場合に至っては、上記以外にも多くの基地が米軍の増援部隊を受け入れる事前集積拠点としての役割を果たす。
もっとも、作戦近傍地域への大規模かつ時間を要する事前集積は、北朝鮮に攻撃の前兆を察知され、かえって作戦の奇襲効果を低下させてしまうリスクもある。よって、米軍が開戦の第一波をグアムや米本土から飛来するB-2ステルス爆撃機やB-1爆撃機などによる長距離爆撃や、オハイオ級巡航ミサイル原子力潜水艦や各種水上艦艇からのトマホークによる一斉攻撃を主軸とすることも十分に考えられる。
こうした作戦は条約上の事前協議義務からは外れるものの、北朝鮮が第一波を逃れたノドンやスカッドERなどのTEL搭載ミサイルを用いて日本への報復攻撃を行う可能性が残る。そうした可能性に備え、日本全土で徹底したミサイル防衛体制を敷くためには、日本海におけるイージス艦等による警戒監視を一層強化し、PAC-3部隊の追加的な緊急展開を行うなどの準備を行う必要がある。したがって、仮に在日米軍基地を使用しない作戦であっても、米軍の攻撃開始時期については首脳間の連絡にとどまらず、同盟調整メカニズムなどを通じた綿密な事前調整がなされなければならない。
こうした状況を念頭に重要影響事態を認定する場合、政府はどのような支援を行うかを示した対処基本計画について、(緊急を要する場合を除き)国会の事前承認を得ることが原則とされている。ここで直面するのが、議論の透明性と軍事作戦の秘匿性をめぐるジレンマである。言うまでもなく、自衛隊の活動範囲を定める決定に際して国会が関与することは、民主的法治国家における軍事組織の統制上重要である。しかしながら、軍事作戦の開始時期に関する情報は、その成否を大きく左右する極めて機密性の高い情報であり、それを完全開示した状態で国会審議を行うことは、情報漏洩リスクなどに鑑みても必ずしも好ましくない場合もある。
より極端な例で言えば、日本の国内政治が攻撃に反対することが明らかな場合や、日米の同盟関係に平素からの信頼が欠如しているような場合には、米側が事前通告そのものを控えるという可能性も否定できない。
同様の問題は、韓国からの邦人退避を行う場合にも起こりうる。NEOの開始は、北朝鮮はもとより、韓国に対しても米軍の攻撃が差し迫っていることを示唆する一種のシグナルとなることから、その実施については関係国間の慎重な連携が必要とされる。具体的には、自衛隊による退避活動の実施よりも先に、外務省が海外安全情報のレベルを引き上げ、渡航の自粛を呼びかけるとともに、現地の大使館や領事館を通じて韓国在住邦人に自主的な国外退避を促すことになる。
しかし、作戦開始時期を明らかにできない状況において、空爆開始以前にすべての邦人が自主的な帰国に応じることは考えにくい。そのため米軍による攻撃が開始されて以降は、収容人数の大きい民間機やチャーター機を優先的に活用しつつ、必要に応じて自衛隊のC-130輸送機などを用いて、仁川や金浦などの主要空港からピストン輸送を実施することが想定される。
しかしこの間に、北朝鮮が多連装ロケット砲や170mm自走砲を用いてソウルに対する攻撃を開始したり、NEOを妨害し米軍の作戦テンポを停滞させることを目的として、日韓の空港管制インフラに対するサイバー攻撃を仕掛けてきた場合には、航空機による輸送が困難となる事態も想定される。
ソウルの主要空港の使用が困難となった場合、主要な代替脱出経路は釜山からのフェリーや輸送船を用いた海上輸送に絞られることとなる。この場合には(1)首都圏から釜山までの陸上輸送ルートの確保、(2)殺到する避難民に紛れた偽装工作員への警戒(スクリーニング)、(3)陸上輸送が困難な場合の韓国内における退避シェルターへの誘導といった諸点において、韓国の軍・警察当局、在韓米軍との調整が必要となる。
だが、情勢の緊迫とともに釜山からの海上輸送が増加することは、北朝鮮としても織り込み済みであろう。ゆえに、退避活動やそれに続く米軍の海上作戦を阻止することを意図して、北朝鮮が釜山港周辺に潜水艦による機雷敷設などを行うことも想定しておく必要がある。
現在、米海軍の掃海艇は太平洋艦隊全体で見ても11隻に限られており、機雷掃海は1994年と同様に米国から協力を求められるニーズが高い任務である(海上自衛隊は25隻の機雷艦艇を有する)。しかし遺棄機雷の除去を例外とすれば、機雷掃海は国際法上の武力行使にあたる行為であることから、その実施には存立危機事態か武力攻撃事態を認定する必要がある。
先のシナリオでは、ソウルが砲撃を受けたことをもって「密接な関係にある他国」に対する攻撃と見做し、存立危機事態を認定することは法的にもさほど無理はない。しかし、対馬沖から韓国の領海を含む釜山近海で海自が掃海活動を行う場合には、米軍のニーズとは別に、韓国政府による事前許可が必要となる。したがって、こうした状況においても平時から日米韓の密接な協議を行っておくことが不可欠となるだろう。
ここに挙げた事例だけでも、朝鮮半島有事において日本が考えるべき課題は多く残されている。また、各種事態と国会での承認手続きをめぐる問題は、前段で検討したような北朝鮮による恫喝シナリオと組み合わさった場合に、悪い方向に作用することも懸念される。重要影響事態や存立危機事態の承認によって自衛隊の支援活動の幅が拡大することが、日本が朝鮮半島有事に巻き込まれるリスクを高めるとの見方が多くなれば、そうした声に乗じた野党が国会での承認手続きを通じて政府与党に政治的圧力をかけ、結果的に日米韓のシームレスな安全保障協力の実効性が損なわれるような消極的な事態認定に傾くというケースも考えられるからだ。
もちろん、自衛隊の活動範囲を闇雲に広げ、かえって国民が被るリスクを大きくするような政策判断が行われることは、安保法制や日米新ガイドラインを策定した本来の意図に反する。だが冒頭で言及したように、朝鮮半島と日本の戦略的位置関係は動かすことができない。半島をめぐる情勢変化が日本の安全保障に極めて大きな影響を及ぼすことに鑑みれば、北朝鮮の脅しに屈して米韓との連携を躊躇することは、中長期的な我が国の安全を高めることにはならないはずである。
今必要とされるのは、ミサイル防衛や「核の傘」を含む広義の拡大抑止、有事の各種作戦計画、NEO等にかかる日米韓の連携を平素から緊密に行うことを通じて、危機が発生した場合に降りかかるリスクを最小化することであろう。しかし万全な対策を講じても、安全保障上のリスクを完全にゼロにすることはできない。となれば、平時にやっておくべきもう一つの重要なことは、残るリスクを引き受けてでも、日本が朝鮮半島問題に積極的に関与していく意義(=我が国が守るべき安全保障上の国益)についての国民的議論を深めることではないだろうか。
※本稿で扱ったシナリオ分析や安保法制をめぐる運用上の課題については、以下の報告書も参考とされたい。平成28年度外務省外交・安全保障調査研究事業(発展型総合事業)『安全保障政策のリアリティ・チェック』(日本国際問題研究所、2017年3月)
http://www2.jiia.or.jp/pdf/research/H28_Security_Policy/00-frontpage_preface_member_index.pdf
プロフィール
村野将
岡崎研究所研究員。拓殖大学大学院博士前期課程修了。現在、日本国際問題研究所「安全保障政策のボトムアップレビュー」研究委員等を兼任。その他、Pacific Forum CSIS Young Leaders Program、米国務省International Visitor Leadership Program(National Security Policy Process)招聘。主な論考に、「北朝鮮の核・ミサイル脅威と日米の抑止・防衛態勢」『東亜』(霞山会、2017年10月号)、「米国が「北朝鮮の核保有」を容認すれば、日本はこうなる」『iRONNA』(2017年9月20日)、“Deterring North Korea: Japan’s responses and regional missile defense cooperation,” Diplomat (May 24, 2017)、「米国の対中戦略の展望と課題 -戦力投射をめぐる前方展開と長距離攻撃能力の問題-」『海外事情』(拓殖大学海外事情研究所、2016年5月号)など。専門は、米国の国防政策、核・ミサイル防衛を含む拡大抑止政策、シナリオ演習。