『わが闘争』とナチズム後のドイツ

ナチズムと聞いて思い浮かべるテクストといえば、アルフレート・ローゼンベルクの『20世紀の神話』、ヨーゼフ・ゲッベルスの日記、そしてアドルフ・ヒトラーの『わが闘争』であろうか。なかでも『わが闘争』は、第二次世界大戦後、ドイツでは長らく再版が許されてこなかったが、2015年末の著作権消滅を機にその扱いをめぐる議論がメディアで大きく取り上げられ、このテクストに対するドイツ社会の関心の高さを改めて印象づけた。

 

本稿では、ナチズム後のドイツ社会が『わが闘争』とどのように向き合ってきたか、『わが闘争』をめぐる近年の議論から何が見えるかを考えていきたい。

 

 

ナチ体制崩壊後のドイツにおける『わが闘争』の規制とその限界

 

1925年に出版された『わが闘争』の売り上げは33年以降に飛躍的に伸び、45年までの総販売部数は1000万部を超えた。しかし、第二次世界大戦後、ドイツ占領にあたった連合国管理理事会の方針により、『わが闘争』は(学術研究のために図書館に保存される一部を除いて)貸本屋、書店、図書館等から撤去された。

 

また、戦後に著作権を保有することになったバイエルン州(65年以降はバイエルン州財務省)は、『わが闘争』の再版を許可しなかった(注1)。ミュンヒェンの現代史研究所は、ヒトラーの著作や演説を集めた全13巻の史料集(注2)を出版しているが、この史料集に『わが闘争』を収録しようとする計画にも許可が下りなかった(注3)。

 

しかし、『わが闘争』は禁書だったわけではない。ドイツの刑法86条は憲法に反する組織の宣伝物を流布させることを禁じているが、連邦憲法裁判所は1979年に『わが闘争』を古書として販売することは同条による規制の対象とはならないと判決を出している。『わが闘争』は(西)ドイツの憲法秩序が定められる前の出版物であるため、その内容は、基本法に定められた自由で民主的な基本秩序に反するものとはみなせないという理由だった。

 

占領期に公共の場からは排除された『わが闘争』だったが、個人が所有していたものが古書店に流れ、それが今日にいたるまで取引されている(注4)。ZVAB、Abebooks.deなどの大手の古書取引サイトが取り扱いを自粛する一方で、『わが闘争』の古書販売専門サイトも作られた。また、インターネットが普及してからは、本文テクストが自由にダウンロードできる状況が生まれている(注5)。

 

『わが闘争』の場合、著作者の権利を保護するためではなく、望ましくない書籍の影響から読者を守るために著作権が行使されてきた(注6)。しかし、古書の流通を考えるとその実効性には限界があり、再版禁止は、ナチ・イデオロギーを排するという公的規範を象徴する意味合いにとどまったと言えるだろう。こうした状況のなかで、2015年末をもって『わが闘争』の著作権保護期間(70年間)が終了することになった。

 

これを機にドイツでは、『わが闘争』の再版は許されるか、許されるとすればどのような形がありうるかをめぐって大きな議論が展開された。最終的には、ミュンヒェンの現代史研究所が詳細な注釈を施したうえで、総計2000ページ近い二巻本の史料集として刊行することになった。2016年1月に刊行されたその史料集が『ヒトラー わが闘争 批判的注釈版』(以下、『わが闘争』(注釈付)と表記)である(注7)。

 

 

今日の『わが闘争』―古びたテクストだが危険がないとも言えない―

 

『わが闘争』は、今日、ネオナチのあいだでどのような意味をもっているのだろうか。実際のところ、第1巻の刊行から90年以上が経過した現在、『わが闘争』で言われていることを今日の世界にそのままあてはめてもほぼ意味をなさない。若い世代であれば、読んでも意味すら分からない表現もあるだろう。

 

しかしながら、生物学的な論理に立脚した人種主義、敵と味方を明確に分ける二元論の論理、人間の尊厳を傷つけるような表現など、『わが闘争』に含まれる思考枠組や表現形式の危険性を過小評価することはできない。また、『わが闘争』の翻訳、とくにアラビア語版がアラブ世界で広く普及しており、キーワードやフレーズの一部が反イスラエルのスローガンとして利用されているという実態がある。これがドイツに逆輸入されてアラブ系の青少年層やネオナチに影響を与えることも危惧されている(注8)。

 

ただ、現状では、ネオナチにとって意味があるのは『わが闘争』の内容よりもその特殊な象徴性だといわれる。たとえば「嵐18」という極右のロックバンドは「褐色のテロリスト」(2002)という歌のなかで、「自分は国民的社会主義者で[…]反ユダヤ主義者/国賊で[…]素晴らしい人種主義者で[…]褐色のテロリストだ/毎朝、『わが闘争』を読む」と歌っている。同じく極右バンドの「ギギと褐色の音楽家」の「テロの独房」(2014)では、『わが闘争』を所持すると白眼視されるという状況が国家による抑圧であるかのように描かれている(注9)。この二つの例に共通するのは、国家や社会の規範に反抗することに美学を求め、そういう自分に酔うという精神性である。

 

ミュンヒェン現代史研究所が刊行する全13巻の史料集が(そこに含まれるテクストが『わが闘争』と比べて無害とは言えないにもかかわらず)研究者以外の関心を集めていないことも、ヒトラーの思想そのものではなく『わが闘争』のもつ象徴性とタブーへの挑戦が問題の核心であることを示している。したがって、再版を禁じつづけるよりも、このテクストをしっかりと史料批判し、その成果を社会で共有することによって脱神話化する必要があるというのが『わが闘争』(注釈付)の出版にいたった現代史研究所の判断だった(注10)。

 

『わが闘争』(注釈付)の前書きには、この史料集は学術的でありながらも中立ではなく、明確に「立場性をもつ」書物だと書かれている。すなわち、この史料集の注釈は、『わが闘争』という象徴的なテクストのもつ潜在的な影響力を断ち切ろうとする明確に批判的で啓蒙的な意図に基づいて付されているということである。

 

3700箇所を超える注釈の具体的な内容は、ナチ・イデオロギーの中核的概念の説明に加えて、事実関係に関わる間違いの指摘、ヒトラーの偏った見解に対する修正、ヒトラーの主張と後のナチ体制下での政策の異同をめぐる検証などである(注11)。『わが闘争』(注釈付)は4000部が即日完売した後、1年間に7版を重ね、総計8万5000部を売り上げるベストセラーになった(注12)。

 

『わが闘争』については、著作権消滅に先立つ2014年6月、注釈なしでの再版は今後も阻止する必要があるとの認識で各州の法相が合意した(注13)。これは、刑法130条による規制を念頭に置いていると考えられる。刑法130条は、特定の民族的、人種的、宗教的集団に対して憎悪をあおり、暴力行為や恣意的行為を誘発したり、人間の尊厳を傷つけたりする行為を禁じている(注14)。

 

極右勢力の側では、ライプツィヒのデア・シェルム社が16年8月に1943年版の復刻再版に踏み切った。復刻版には、ホロコースト否定論者であり、90年代に刑法第130条違反で有罪判決を受けたフレデリック・テーベンが前文を寄せているといわれる。この件については、刑法130条に抵触するかどうかの捜査が始まっており、検察の判断が待たれる(注15)。【次ページにつづく】

 

 

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