なぜオーストラリア北部準州ではアボリジニへの飲酒規制がおこなわれているのか?

飲酒規制のその後

 

では飲酒規制がはじまったことで問題は解決したのだろうか。残念ながら、そんなことはない。アボリジニ・コミュニティから酒が消えても、ロードハウスや観光地にいけばいくらでも酒はある。北部準州ではアボリジニ・コミュニティ以外でも酒屋の営業時間の短縮やテイクアウトの監視がはじまったが、酒の流通自体は制限されることもなく、それまで通り酒は出回っている。

 

酒を飲むのが当然の権利と考える人たちが多数派である限り、そして政府がアルコール産業を保護し続ける限り、オーストラリアの禁酒が実現するわけもなく、アボリジニ・コミュニティを出ればどこでも酒は飲めてしまう。結局のところ「アボリジニ・コミュニティ内の禁酒」というルールは飲酒問題を根絶するもののではなく、村からロードハウスへ、ロードハウスから都市へ、酒を求めて移動する人々の動きを促進する装置になったにすぎなかった。

 

私が2012年から通いつづけている中央砂漠のアボリジニ・コミュニティでは、飲酒規制がはじまってからも、ロードハウスや都市に出かけていって相変わらず酒を飲み続けている人たちがたくさんいる。たいていの場合、複数名で移動しているアボリジニたちはどこにいっても視線を集めやすい。酒を飲んで騒いでいたらなおさらである。ロードハウスや都市へ流れ込む人々への監視が強化されるようになると、非先住民に比べてアボリジニの検挙率は右肩あがりであった。今では中央砂漠の刑務所に収容されている囚人の9割以上がアボリジニで、ついに収容人数の限界に達してしまった刑務所もでてきている。

 

結果的に飲酒規制はアボリジニと警察の「いたちごっこ」を加速させただけという指摘が出ているように、介入のあり方自体が疑問視されている。2012年、連邦政府はまだ解決の糸口がみえていないという理由から、当初5年間という期限が設定されていた介入政策の継続を決定した。2022年まで延長される介入政策。この決定にも「やむなし」と反応をせざるを得ないのが、アボリジニ社会の現状でもある。

 

 

ブッシュで酒をあおる女性

バーで酒を楽しむ人々

 

 

辺境の土地でみえてくるもの

 

アボリジニ社会の飲酒問題はこれからどうなるのだろう。一部を除いて、大半のアボリジニ・コミュニティは「酒はよくない」という意見で一致しているようだ。だとすれば(現実的ではないが)入植前のように、大陸から酒がなくなってしまえばいいのかもしれない。2008年、アボリジニに公式に謝罪したオーストラリア政府は、その責任を果たす義務があるだろう。

 

しかし残念ながら、多文化共生を目指すオーストラリアという国では、それも無理な話だ。差異を尊重しあいながら国家統合を目指すオーストラリアにおいて、アボリジニはマイノリティであり、統合という国是のために「管理される側」にすぎない。結局、折衷案として繰り返されるアボリジニの自律と包摂のシーソーゲーム。そんなシーソーゲームのさなかで、アボリジニは「オーストラリアの象徴」として美化されたり、問題を起こす「困った先住民」と揶揄されたりする。そうした主流社会からの一方的な「先住民」ラベリングに対して反発も高まり、アボリジニのスポークスマンたちの中には主流化を掲げて、「オーストラリア市民」として主流社会で生きる術を模索する者も現れている。

 

「先住民」か「オーストラリア市民」か。二重社会に生きるアボリジニたちはどこに向かい、どのような未来を切り開いていくのか、その複雑さは増していくばかりだ。ねじれにねじれが重なる状態で、先の道筋を描くことも容易ではない。そんなアボリジニ社会の末端である辺境の土地で垣間見られるのは、「先住民」とも「オーストラリア市民」とも語らない人たちの日常である。

 

 

 

路上で集まって過ごす家族

 

 

現状を憂いつつ子供たちの未来を案じながら、飲酒規制をかわして手に入れたビールを分け合い、ごくごくと飲み干す人々の姿はここではありふれた風景だ。酔っぱらって問題をおこした人は、周囲から責められ肩身を狭そうに過ごしている。トラブルは日替わりで、今日怒られていた人が、明日は怒る側に転じることもある。刑務所の出入りも頻繁だ。

 

拘留されている家族に会いに週末は刑務所に通い、面会時間ぎりぎりまで村のうわさ話で盛り上がる。悲喜こもごもの暮らし。そんな日々に彼ら自身、決して満足している様子もないし、楽観視もしていない。それでも、トラブルが起こる度に顔をつきあわせて「困ったことが起きた」と言葉を交わす人々の関係は、ニュースで流れるような殺伐な雰囲気とはかけ離れ、どこか人間味があって、温かさがあったりもするのだ。

 

知のネットワーク – S Y N O D O S –

 

 

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