なぜ北朝鮮はアメリカと非核化協議を始めることになったのか

2018年3月5日、鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長を団長とする韓国特使団が訪朝、北朝鮮の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)と会談した。3月6日、金正恩が非核化問題の協議と米朝関係の正常化のために、アメリカと対話ができると語ったと、韓国側が発表した。金正恩は、軍事的脅威が解消され、北の体制の安全が保障されれば、核を保有する理由はないとも語ったという(注)。

 

(注)「体制保障」や「体制保証」という単語は北朝鮮にないので、おそらく「平和の保障」を韓国が解釈して「体制の安全の保障」にしたと考えられる。

 

さらに、3月8日に訪米した鄭義溶が、金正恩が米朝首脳会談の早期開催の意志があると語ったと、ドナルド・トランプ米大統領に伝える。そして、トランプから5月までに会うという返事を得た。この結果、北朝鮮の非核化に向けて、米朝首脳会談が開催される可能性が出てきた。

 

トランプは4月9日に、ホワイトハウスでの閣議で、米朝首脳会談は5月か6月上旬になると語ったので、5月までの開催は難しいかもしれない。しかし、いずれにせよ、米朝は首脳会談を開催するための調整を現在行っている。

 

4月17日に米国紙『ワシントンポスト』の電子版が報じたところによると、3月末から4月初に、次期国務長官に指名されているマイク・ポンペオ米中央情報局(CIA)長官が、北朝鮮を訪問して金正恩と会談したという。トランプもポンペオの訪朝をツイッターで認めた。にもかかわらず、いまだ米朝首脳会談の見通しについて具体的なことが発表されていないのは、米朝首脳会談を開催するためにはまだ埋められない大きな問題を抱えているからであろう。

 

米朝首脳会談が実際に開催されるかは予断を許さないとしても、トランプも金正恩も首脳会談を開催する意志を確実に持っているようである。半年前、2017年9月には、米朝首脳による子供じみた悪口の応酬があったにもかかわらず、である。

 

9月19日にトランプは、就任後初めての国連総会での演説で、金正恩を「ロケットマン」と呼び、「アメリカと同盟国を守ることを迫られれば北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はない」と恫喝した。それに対して、金正恩は21日に、トランプを「アメリカの老いぼれ狂人」と罵った。それが、約半年後の2018年4月24日にトランプは、「今の状況から判断すると、本当にオープンで、とても立派だと思う」と金正恩を褒めたたえている。人とは分からないものである。

 

 

1.説明の落とし穴

 

北朝鮮はなぜアメリカと非核化協議を始めることになったのか。これを説明するにあたって、いくつか落とし穴があるので注意する必要がある。1つ目は、「何でも説明できる魔法の言葉」を使ってはいけないことである。例えば「体制を維持するために米朝対話を始めた」という説明である。

 

「体制を維持するために」という曖昧な言葉は他にも使える。「体制を維持するために核兵器を開発した」とか、「体制を維持するために制裁緩和を狙った」とかである。何でも説明できそうである。反対に言えば、何も説明していない。

 

「体制を壊すために」行動する国家は想像しにくいから、国家が「体制を維持するために」行動することは当然といえる。他にも、「カリスマ性を守るため」とか、「利益を獲得するため」という言葉は、何でも説明できる場合が多いので気をつけねばならない。

 

2つ目は、原因を個性だけに還元することである。対話を始める原因を、トランプと金正恩の個性だけで説明しようとすると、説明に合わせて都合よくトランプと金正恩の個性を解釈してしまいがちになる。

 

トランプと金正恩は、ついこの間まで、破壊の魔王のごとく世間から非難されていた。その頃には、トランプと金正恩が、いかに壊れたひどい経歴と性格を持っているのか説明している向きが多かったであろう。それが、今やトランプと金正恩は、70年近く軍事的に対立してきた米朝を和解させる平和の天使になろうとしている。

 

個性だけでどうやって説明したら良いのだろうか。例えば、「トランプと金正恩は、いったん大げさに騒ぎ立ててから事態を収拾して取引をしようとする」性格だから、お互いに罵り合った後に、米朝対話をできるようになったのだと説明したとしよう。これは自分に都合の良いトランプと金正恩の個性を作り出していないだろうか。もし米朝首脳会談を開催できなければ、「でも、トランプと金正恩は実は猜疑心が強く、最後にはお互いを信じることができない」と説明を付け加えることになる。

 

そもそも国際政治学で個性を強調することはそれほど多くはない。もちろん、トランプと金正恩の個性が米朝関係にまったく影響しないということはないだろうが、個性をあまり強調しすぎると、米朝対話を説明するために、トランプと金正恩の経歴や性格を都合良く解釈をしてしまう落とし穴に陥る。それは説明ではなく、こじつけになってしまうのである。

 

3つ目は、北朝鮮が何かスケールの大きい戦略をもって対話を推進していると論じると、決定的な反証を出しにくい陰謀論に陥ってしまうことである。もっとも典型的なのは、実は以前から北朝鮮は、米朝対話を考えていて準備をしてきたのだと説明することである。

 

具体的に、例えば「北朝鮮は、核実験やミサイル実験を繰り返していたが、それが終われば対話に出るつもりであった」と説明したとしよう。ここでは、いかに北朝鮮はアメリカを対話でやり込めるのか、スケールのでかい計画を以前から組み立てていたのかを説明することになる。

 

さらに、証拠みたいなものを示すこともそれほど難しくない。北朝鮮は、核実験やミサイル実験ばかりしてきたわけではなく、他の国とは貿易も外交もしてきた。だから外交や貿易を拡大しようとする動きを証拠として後付けで示せば、自分でも何となく納得してしまいそうになるかも知れない。後付けだと、いくらでも説明できそうである。いくらでも説明できるということは、やはり何も説明していないのである。

 

 

2.北朝鮮はなぜ南北対話に出てきたのか

 

まず、北朝鮮の融和政策は南北対話から始まったと考えられているから、南北対話と米朝対話の違いについて説明しなくてはならない。多くの論者はこの2つを同じ外交と考える傾向がある。しかし、南北対話と米朝対話は、北朝鮮では根本的に異なるものである。南北対話は外交ですらない。

 

南北朝鮮は同一民族であり、いずれ統一することを国家の最高目標に掲げているため、南北対話は国内の政治勢力間の対話として扱われる。アメリカや日本などの外国と交渉する外交とは根本的に異なる。そのため、北朝鮮が南北対話を望んでいるからと言って、アメリカや日本との対話も望んでいるとは必ずしも言えないのである。

 

これは理念だけではなく、制度上の問題でもある。南北朝鮮では、南北対話のための組織と外交のための組織が異なる。現在の制度では、韓国の行政組織で南北対話を担当するのは統一部であるが、外交を担当するのは外交部である。北朝鮮の行政組織で南北対話を担当するのは祖国平和統一委員会であるが、外交を担当するのは外務省である。支配政党である朝鮮労働党で対南政策を担当するのは統一戦線部であり、対南工作を担当するのは225局であるが、対外政策(党外交)を担当するのは国際部である。

 

さて、北朝鮮が韓国に対して融和政策に出てきたのは、金正恩が2018年1月1日に発表した「新年辞」で、南北対話や緊張緩和の意志を示してからと言われている。実際に、1月9日に南北高位級会談が約2年ぶりに再開して、南北対話が始まった。これを見ると、金正恩の2018年「新年辞」が、北朝鮮の融和政策の始まりのように見える。

 

しかし、金正恩が「新年辞」で南北対話を呼びかけたのは、2018年が最初ではない。2013年以来、毎年1月1日に金正恩が発表する「新年辞」では、常套句のように南北の対話と緊張緩和を訴え続けてきた。ここでは2015年からの「新年辞」で、南北対話と緊張緩和を呼びかけた部分を取り出して、表にまとめてみよう。2015年には首脳会談まで呼びかけている。

 

 

 

 

4年分の「新年辞」を見ても、大きな違いはあまり感じないであろう。南北対話と南北緊張緩和は、金正恩政権では既定路線であったのである。では、なぜ2018年「新年辞」によって南北対話が始まったのか。それは北朝鮮ではなく、韓国の政権が変わったことが大きい。つまり、2017年5月10日に、北朝鮮に対して積極的に南北対話を呼びかける文在寅政権が成立したことが要因である。北朝鮮に対して強硬的な態度を見せていた以前の李明博政権や朴槿恵政権では、「新年辞」のメッセージを積極的に活用することはなかった。

 

ただし、文在寅政権が韓国で成立してから、約半年間は南北対話に否定的であったのも北朝鮮側であった。それは、当時、米朝関係が極度に緊張し、アメリカに対する抑止力のための核兵器と大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発を急いでいたためである。

 

核兵器とICBM開発は、核攻撃が可能なアメリカからの攻撃を防ぐために、北朝鮮にとっては安全保障上、南北緊張緩和より重要な課題であった。北朝鮮は、2017年11月29日にICBMである火星15型を打ち上げ、これについて、金正恩は「核武力完成の歴史的大業を果たした」と語った。また、2018年の新年辞でも、「昨年…国家核武力完成の歴史的大業を果たした」と語っている。金正恩は、2017年末にアメリカに対する抑止力が完成したという見解を示したのである。

 

アメリカに対する抑止力が完成すると、次は南北緊張緩和が必要である。金正恩が2018年の新年辞を発表した時には、アメリカに対する抑止力が完成したことで、北朝鮮側でも南北対話の準備ができていたわけである。平昌冬季オリンピックへの北朝鮮の参加問題もあって、文在寅政権はすぐに北朝鮮に対話を呼びかけ、南北対話が始まった。南北対話と南北緊張緩和はもともと北朝鮮の既定路線であった上に、アメリカに対する核抑止力が完成したと認識したことで、南北対話を始められたと考えられよう。【次ページにつづく】

 

 

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