フェイクニュースに対する適切な対処法とは――ドイツのネットワーク執行法をめぐる議論

ここ数年、世界各地で、フェイクニュースやヘイトスピーチがソーシャルネットワーク上で激増し、それに対する対策に、どの国でも高い関心が置かれています。そんな中、ドイツではソーシャルネットワーク事業者の適切な処理を促進させるため、昨年、過料を科す新たな法「ソーシャルネットワークにおける法執行の改善に関する法律」(通称「ネットワーク執行法」)が制定され、2018年1月から、本格的な運用がはじまりました。

 

この法律については、制定当初から、批判的な意見が社会で幅広くみられ、その是非をめぐり、これまで活発な議論が続いてきました。今回は、この法律の概要と、それをめぐるドイツやEU内での議論や反響についてレポートします。

 

※「フェイクニュース」という言葉は、使う人の立場や地域、文脈によって、言葉の示す内容にくい違いがみられ、明確な定義があるわけではありませんが、この記事においては、主に、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアにおいて、政治や商業的意図などをもって、発信・拡散される、偽情報や歪曲された情報全般を指すものとします。

 

 

 

 

ネットワーク執行法の概要

 

・法律の対象

 

利用者がほかの利用者と任意の内容を共有する、あるいは公開できる、インターネット上の営利的なプラットフォームを運営するソーシャルネットワークサービス事業者(以下「SNS事業者」と表記)で、ドイツ国内の登録利用者数が200万人以上の事業者が対象になります。

 

・専用報告サイトの設置

 

対象事業者は、ドイツの刑法で違法(で処罰の対象)と疑われる内容を、24時間報告できる専用報告サイトの設置が義務付けられました。違法な内容でも、著作権や商標、肖像権、一般データ保護などの知的財産権などはここには該当しません。

 

・報告義務

 

年間100件以上の報告(苦情等)を受けた対象事業者は、違法内容に関する報告の処理について、半年ごとに報告書を作成し、作成後一ヶ月以内に、連邦官報および自身のウェブサイト上で公表することが義務化されました。

 

・報告の審査と処理義務

 

報告を受けた事業者はその内容を審査し、ドイツの刑法上明らかに違法のものは24時間以内、それ以外の違法情報についても7日以内に削除、あるいはドイツのIPアドレスをもつ人が閲覧できないようにアクセスをブロックすることが義務付けられました。審査結果は報告者に通達されます。

 

ドイツの刑法上の違法の内容とは、違憲団体の宣伝や扇動、国家反逆的な偽造、人種憎悪挑発、信条の冒涜、侮辱、脅迫、中傷、名誉毀損、悪評の流布などを指します。

 

・過料

 

事業体が、上記の義務を十分に行っていないと認められた場合、最高5000万ユーロまでの過料が科せられます。

 

ちなみにこの法律は昨年10月1日に施行されましたが、事業者が十分な準備ができるように、本格的な運用は今年1月からはじまりました。

 

・ネットワーク執行法のねらいと背景

 

法務省サイトで「この法律により新しい削除義務ができたのではない。むしろ、すでに存在している法律を守り、遂行することを確かにするものである」(Bundesamt für Justitz)と強調しているように、この法律自体は、新たに何かを禁止するものではありません。

 

1997年以降、違法な内容を速やかに削除することをSNS事業者に課す法律が存在しますが、これまで効果がほとんどみられず、特に、2015年からはSNSでのヘイトスピーチが急増しました。このため事業者の対応は不十分と判断され、SNS事業者の義務の履行を徹底させるために新たに制定されたのが、この法律です。

 

国民の間でフェイクニュースやヘイトスピーチへの規制を望む声が強かったことも、法律の背景にありました。2017月5月に14歳以上の1011人を対象に、社会研究調査機関Forsaが行ったオンラインアンケート調査では、80%の人が、フェイスブックなどの事業体がフェイクユースをより迅速に削除しなくてはならなくなるような新しい法律が必要だと回答し、フェイクニュースが偽ではなく、単なる自由な発言だとしたのは、回答者の8%にとどまっています(Forsa, 2018, S.6)。

 

 

ネットワーク執行法に対する批判

 

一方、この法律については、ジャーナリストや左右の野党政治家、法律専門家など、社会の幅広い立場の人々から強い批判を浴びてきました。主要な批判は以下のようなものです。

 

・審査の正当性への疑い

 

まず、SNS事業者が行う審査では、公平性・正当性が担保されえない、という批判です。

 

誰がどのように審査し、報告処理がどのように行われるかについては、事業者自身に委ねられており、報告内容の審査の仕方が外部からはわかりません。このため、法律に違反しているかを見極めるのは難しい判断で伴うものもあるのに、民間のスタッフがそれを行うことになりますが、それが不当とする意見があります。また、たとえ優れた人材が審査にあたっていたとしても、報告件数に対し人手が少なかったり、処理時間が十分とれない状況で、十分に考慮されずに判断が下されるのではないかという疑念の声もありました。

 

現在の大手SNS運営会社を例にしてみると、ドイツ国外に本拠地を置く会社であり、ある意味では国内の法律違反審査を海外企業に委ねていることになり、そのような委託、あるいは丸投げともとれる状況に不安をもつ人もいます。

 

・オーバーブロッキングになる危険性

 

このような審査体制で陥りやすいととりわけ危惧されるのが、オーバーブロッキング(過剰なブロック)です。SNS事業者が、高額な過料を科せられることへの恐れから、言論の自由の擁護より、迅速に処理することに傾きやすくなり、内容を安易に削除することが多くなるのではないかと批判者はいいます。

 

今年1月に発表されたEU加盟国の比較調査結果は、その疑いを一層強めるものでした。EUでは、違法なヘイトスピーチを含む内容を削除することに賛同するIT企業4社(Facebook、 Twitter、 YouTube、Microsoft)の審査状況を2016年以降まとめており、その最新の結果が、前2回と対比されてまとめられました。

 

それによると、一般の利用者や第三機関の専門家から報告された違法なヘイトスピーチに関する内容で削除されたものの割合は、EU諸国で平均、1回目(2016年12月)が28%、2回目(2017年5月)は59%、3回目(2017年12月)が70%と徐々に高くなる傾向がみられますが、ドイツでは52%、80%、100%と、EU平均をはるかに上回る割合でした(Jourová, Results, 2018, p.3)。

 

この調査をまとめた欧州委員ヨウロヴァJourováは、「ドイツでは厳しい罰則の危険があるためできるだけすぐに除去する。ドイツの法律の抑止効果は機能しているが、もしかしたらよく機能しすぎるかもしれない。私自身としては、これを全ヨーロッパに望みたいかは、わからない」(Hülsen, 2018)とコメントしています。

 

 

EU諸国の報告の除去率

出典: Jourvá, 2018, p.3.

http://ec.europa.eu/newsroom/just/document.cfm?doc_id=49286

 

 

・事業者を審査するしくみが不十分

 

批判者はまた、審査が公正に行われず、事業者が言論の自由や情報にアクセスする権利を侵害していたとしても、それを検証したり異議を唱える制度が整っていないことを問題視します。

 

総じて、ネットワーク施行法は、フェイクニュースやヘイトスピートの正しい排除や抑制につながらないだけでなく、ソーシャルメディア上の言論の自由をなし崩しに脅かす危険にもなると、批判者たちは主張します。

 

・ドイツから広がる世界的な影響

 

さらに、国際的な人権擁護団体ヒューマン・ライト・ウォッチは、この法律が、国内で起こりうる言論の自由の侵害などの問題を引き起こすだけでなく、世界のほかの国々にも望ましくない影響を与えると警鐘をならします。

 

ドイツのこの法律を模範例とし、世界にドミノのようにこのような法的措置が広がり、「ソーシャルメディアに検閲官として働くよう強いて、ネット上の言論の自由を制限する」動きが世界で横行する危険性があるとします。そして実際に、シンガポール、フィリピン、ロシア、ヴェネズエラ、ケニア、フランスやイギリスで、すでに規制に向けた動きがでてきていることに言及しています(Human Rights Watsch, Deutschland, 2018)。

 

 

ネットワーク執行法に対する批判への反論

 

他方、この法律を擁護する人たちもいます。ドイツ連邦教育研究省が助成するデジタル時代のプライバシーの問題について扱う学際的なプロジェクト「フォーラム・プリバートハイト」が1月末に公開した報告書で、この法律に対する批判へ反論している部分(Roßnagel, 2018, S.7-12.)を以下にまとめてみます。(「フォーラム・プリバートハイト」には、ドイツの名高い7つの研究機関の工学、法学、経済および人文社会科学領域の専門家が関わっています。)

 

まず、この法律が、高い過料を恐れる事業者がオーバーブロッキングするのを助長するという批判については、過料は事業体が全体的に義務を怠っていると判断された時にはじめて発生するものであり、個々のコメントや記事についてではないことを事業体がよく理解すれば(するはずであるし)、疑心暗鬼な不安にかられて過剰に反応するようなことは考えられないとします。

 

むしろ、事業者にとっては、掲載した内容をやみくもに削除しているという印象を与えることは、顧客を失いかねない致命的なダメージとなるため、それを避けようとするはずで、このため、言論の自由を軽視するような態度にはでないと推論します。

 

そして、言論の自由はもちろん守られるべきであるが、言論の自由という側面からだけでなく、ほかの側面、掲載された内容によって傷つけられる個人やグループの権利についての側面も考慮にいれて考える必要があるといいます。言論をめぐる批判のなかで、この法律が特定の意見を禁止するものではなく、違法の内容に対し、しかるべき措置をとりやすくするだけのものだという事実がよく誤認されているとも言います。

 

内容の違法性を審査するという行為は、本来その国が行うべきことであるのに、それを民間事業者に委任すること、また、それが実際には検閲のように機能するのではないかという批判や危惧もありますが、これについては、「なにを消去しなければいけないかの基準を定めるのは、ソーシャルネットワーク事業者ではない。唯一ドイツの刑法だけがそれができる」(Roßnagel, 2018, S.8)点を強調します。つまり、重要なのは、(どこの誰であっても)ドイツの法に沿った審査をしているかということであり、事業体がだれなのか、あるいはどこの国のものかということではない、という理解です。

 

24時間以内に除去あるいはブロックしなくてはいけないという規定が厳しすぎるとする批判に対しては、24時間以内の規定に該当するのは、「深刻な人権侵害か明確な民衆扇動に当たるものであり、深い調査なしにも認知できるもの」(Roßnagel, 2018, S.8)であり、過大すぎる要求とは言えないとします。むしろ、違法な内容が掲載されたり拡散することによって受ける被害者の打撃や苦痛は非常に大きいものであり、24時間はそれらの人にとって長すぎるほどであるとします。

 

ただし、この意見書でも、手放しで法律を評価しているわけではなく、法律にある問題点や改善が望ましいとされる点も指摘しています。例えば、内容が不当にブロックされた際の記載者の保護や、被害にあった人の民法上の権利保護や攻撃者に対抗するための暫定的な権利保護などを盛り込んだ法律の改正が必要であるとします。

 

また、違法の内容に対抗するのに「この法律が十分だと国がもしも思うのなら、それは、この法律の最大のまちがいとなるだろう」(Roßnagel, 2018, S.12)とし、犯罪を犯したものに対し迅速かつ効果的に刑事訴訟に持ち込むことなどを重要な課題としてあげています。

 

同様に、「オーバーブロッキング」も「アンダーブロッキング」ものぞんでいないはずのSNS事業者が、効果的に正確に審査を進めていくための支援の大切さについても言及しています。そして、少なくとも半年ごとに研修を行ったり支援体制をつくることなどを提案します。

 

総じて、この法律は、1997年から法的に不法な内容を除去するという、事業体に義務付けられていたことを促進するための新たな法的措置であり、それ以外(例えば言論の自由を規制する)の問題や影響にも及ぶとする批判は妥当ではなく、「ネットワーク執行法は、違法な内容や処罰の対象となる偽のニュース、また公共の民主主義的な議論を危機にさらすものに効果的に戦うための重要な一歩」(Roßnagel, 2018, S.11)だと位置付けています。【次ページにつづく】

 

 

EU内で報告されたヘイトスピーチの内訳

出典: Jourvá, 2018, p.4.

http://ec.europa.eu/newsroom/just/document.cfm?doc_id=49286

 

 

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