トランプ政権を支える「福音派」の素顔――「エルサレム大使館移転」を実現させた宗教的世界観

分かりにくい「トランプ支持者」像

 

トランプ政権についてよく分からないことの一つに、その支持者はどんな人びとなのか、という問題がある。トランプ支持者を突き動かしているものは何か、という問題といってもよい。国内外でさんざん批判をあびているのにもかかわらず、それでもトランプを支持しているのは一体どんな人びとなのか。

 

通俗的な見方をすれば、でたらめなトランプ政権を支持しているのだから、トンデモない人びとに違いない、ということになるだろう。支持者の実態に迫ろうとする現地レポートなどでも、興奮した支持者の様子や熱狂した集会の情景が切り取られる。一見して分かりやすいし面白いが、特徴が誇張されていたり一面的だったりするのではないか、という懸念がぬぐえない。

 

一方、統計調査やルポルタージュを通して明らかなってきたのは「白人労働者の中間層」という支持者像であった。じつは、あとで見るように、福音派にまつわる「混乱」を理解するためには、この白人中間層についても、いくらか把握しておかなければならない。トランプを支持する白人中間層が形成された背景には、アメリカ、ひいては世界における大きな産業構造の変化がある。

 

アメリカでは1970年頃から、それまでの経済構造の中心であり、かつ中間層が従事していた製造業が衰退していった。例えば、鉄鋼業などで潤っていた地域は、工場の海外移転などで荒廃していき、いわゆる「ラストベルト(錆びついた地帯)」が生じた。

 

また、製造業の代わりに中心となったサービス業でも中間層は没落していった。高度な専門知識や技能を身につけグローバルな市場に対応できるエリートと、単純労働に従事しローカルな領域にとどまるしかない一般大衆とに分かれ、格差が広がっていったのである。より問題なのは、格差が固定化されるようになったことである。「だれでも努力次第で生活を向上させられる」というアメリカン・ドリームが抱けなくなってきた、と言ってもよい(注1)。

 

(注1)トランプ政権成立の背景を、経済的観点のみならず思想的観点からも論じたものとして、会田弘継『破綻するアメリカ』(岩波書店、2017年)が参考になる。

 

同時に、マイノリティの尊重が追求され、文化の多様性が徹底されるようになったことも大きく作用している。白人文化の優位性は失墜し、むしろ自分たちこそマイノリティになった、という意識をもつようになってきたのである(注2)。

 

(注2)藤本龍児「トランプ支持者のアメリカ観:「移民の国」をめぐる文化戦争」『US Report』国際問題研究所、vol. 11。https://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=266

 

かくして白人中間層は、グローバリズムや多文化主義を推進するエリートへ反発し、またエリートに優遇されるマイノリティや移民を敵視するようになってしまった。そのような人びとは、共和党であれ民主党であれ、既存のエリートから裏切られ続けてきた、という思いがある。そうした思いを巧みにすくい上げたのが、ドナルド・トランプであった。

 

トランプ支持者は、たんに狭隘なイデオロギーの持主というわけではなく、グローバリズムや多文化主義の趨勢によって、底辺に追いやられるようになってきた白人なのである。この白人中間層については、ある程度は理解されるようになってきた。それに対して、トランプ政権のもう一つの強固な支持層である「福音派」については、ほとんど皮相な理解にとどまっている、と言わざるをえない。

 

識者は、トランプ政権やエルサレム大使館移転について解説するにあたり、それらと福音派のつながりについてはまったく触れないか、言及してもあまり深く論じていない。たんによく知らない場合もあるだろうが、不可解なことが多いので慎重に言及を避けている、と言った方がよいだろう。

 

では、福音派の素顔とは、どのようなものなのか。福音派は多様な相貌をもっており、てっとりばやく知ろうとしても、先にみたような一面的な理解に陥ってしまう。ここでは、福音派が注目されたエルサレム大使館移転の問題を題材として考え、そのうえで歴史的かつ思想的な観点から福音派の多様な側面を素描してみよう。

 

 

「エルサレム大使館移転」をめぐるヴィジョン

 

2016年の選挙中はほとんど伝えられなかったにもかからず、トランプ政権が成立してからはにわかに、「福音派」という宗教勢力が政権を強固に支えている、と言われるようになった。いよいよ報道が増えたのは2017年12月6日、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定し、そこに米国大使館を移す、と表明してからである。

 

エルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの聖地がある「東エルサレム」と、1948年のイスラエル建国後に発展した「西エルサレム」からなる。三つの宗教の聖地が集中している東エルサレムの旧市街は、わずか一キロメートル四方の広さしかない。そのため、それが誰のものか、という帰属をめぐる争いが、十字軍の昔から千年以上ものあいだ続いているのである。

 

イスラエルは、1967年の第三次中東戦争で東エルサレムを占領し、1980年には全エルサレムを「不可分で永久の首都」と宣言した。それに対してパレスチナは、東エルサレムを将来の首都であると主張し、その奪還を目指している。しかしイスラエルは、ユダヤ人の東エルサレムへの入植を進め、2002年からは入植地を囲む分離壁の建設を進めている。

 

国際社会は、エルサレムをイスラエルの首都とは認めないまま、和平交渉を見守ってきた。両国家が共存できるように、当事者が交渉する「二国家解決」を方針としてきたのである。ところが、今回の首都認定と大使館移転の表明は、その和平交渉の方針をご破算にした、と言われた。

 

アラブ諸国が加盟する「アラブ連盟」はすぐに、決定の撤回を求める声明を出した。国連総会も、日本を含め128国という圧倒的多数で撤回要求を決議した。そのように世界各国から批判を受ける宣言を、なぜトランプ大統領はおこなったのか。

 

支持率の低下やロシア疑惑にたいするなりふりかまわない「目くらまし」のためであるとか、正統派ユダヤ教徒の娘婿クシュナーによる進言であるとか、多くの解説がトランプ大統領のパーソナリティやトランプファミリーの影響力を理由として挙げた。それ以外の理由として挙げられたのが、ユダヤ・ロビーの歓心を買うため、そして福音派の要請に応えるため、というものであった。2018年11月の中間選挙をにらんだ国内向けの政策ということである。

 

こうした流れのなかで紹介された福音派が、トランプ大統領のキャラクターや、ユダヤについての俗説と重ねられ、非常識であるとか陰謀論といった負のイメージをもたれたであろうことは想像にかたくない。これまでもアメリカの宗教は、たいていキワモノ扱いされてきた。しかし、エルサレム大使館移転をめぐるその後の経緯には、そうしたイメージを反省するための契機が含まれている。

 

中東情勢にかんするトランプ政権のヴィジョンは非常識極まりなく、アラブ諸国のなかで孤立を深め、和平交渉の仲介役ができなくなった。もし、大使館移転を実施すれば、第五次中東戦争が勃発する可能性すらある。であるからには、今回の宣言は口先だけにすぎず、実施はされないか、されるとしてもずいぶん先のことだろう。それが大方の分析であり予想であった。 

 

ところが、早くも年が明けた2018年1月にはペンス副大統領がイスラエルに訪問し、移転時期を2019年中と特定した。さらに2月には、移転の日取りを前倒しし、2018年5月14日に決定してしまった。この事実は、トランプ政権の分析や予想の方が当たっていたことを示している。つまり、アラブ諸国の反応が「予想どおり大きくなかった」ということである。

 

アメリカは、中東にたいする最大の支援国にほかならない。サウジアラビアやエジプト、ヨルダン、UAE、カタール、バーレーンなどは、アメリカから軍事支援を受けている。とくにサウジアラビアは、イランとの中東における覇権争いを激化させており、後ろ盾であるアメリカから離れるわけにはいかない。

 

本気なのは、イランやトルコ、シリアぐらいである。しかしシリアは、2011年の「アラブの春」以降、内戦が続き、パレスチナを支援する余裕はない。つまり中東のほとんどの国は、表では強く批難しても、具体的な対抗策をうつことはない。じつは、口先だけなのはアラブ諸国の方であり、孤立感を深めているのはパレスチナの方なのである。であるからには、第五次中東戦争はおろか、国家単位での反抗はないだろう。

 

もちろん、アラブの民衆は、アメリカに依存している各国の支配層とは違い、反米感情を高まらせるにちがいない。そのぶん、非国家単位でのデモやインティファーダ(民衆蜂起)、そしてテロの可能性は高まるだろう。ただし、それは、アメリカやイスラエルに向けられるだけでなく、アメリカに追従し堕落したと見られる中東諸国の政府や支配層にも向けられる。その意味で中東は不安定になるが、それでも和平交渉は、イスラエルに影響力のあるアメリカを通じて進めるほかない。

 

そうしたヴィジョンをトランプ政権はもっており、事実、トランプ大統領の宣言の内容も、今後の和平交渉に余地を残すよう配慮されたものになっていた。大統領選挙中とはちがい、エルサレムを「不可分にして永遠の首都」とは言わず、境界の画定については、当事者同士の交渉によるとして、二国家解決の方針を維持しているのである。

 

エルサレム大使館移転の宣言は、そうしたトランプ政権なりの読みや、それに基づく対策があってはじめて成されたものであった。トランプ大統領はともかく、上級顧問にして中東政策担当のクシュナー、そして福音派の代表者たるペンス副大統領は、そうしたヴィジョンをもっており、今回はそちらの方が的確だった、と言わざるをえない。

 

以上のような認識をふまえておかなければ、エルサレム大使館の移転は、無知な大統領と特殊なユダヤ・ロビー、そして反知性的な福音派による無謀な政策、とみなされておしまいになる。もちろん、アメリカが大きくイスラエル側に寄ったことは確かであり、中東政策に大きな変更を迫ったことは間違いない。しかし、そこにこそ、福音派の本領を問う意義が見えてくるのである。【次ページにつづく】

 

 

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