インドネシアのイスラームと政治――「宗教的寛容」のゆくえ

インドネシアは「寛容なムスリム大国」であるといわれてきた。人口の9割はムスリム(イスラーム教徒)であるが、キリスト教徒の政治家は珍しくない。

 

しかし、近年、宗教的不寛容が高まっているともいわれる。2016年末には、華人でキリスト教徒の州知事バスキ・プルナマ(通称アホック)が口にした「宗教冒涜発言」に対して、数十万人にもおよぶ大規模な抗議デモ「イスラーム防衛行動」が首都ジャカルタで起こった(注1)。アホックは州知事選に敗れ、2017年5月に宗教冒涜罪で、禁固2年の有罪判決を受けて収監された。

 

(注1)アホックは2012年に、現大統領のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)とペアで、ジャカルタ州知事選に立候補して副知事に当選。2014年、ジョコウィの大統領就任により、知事に昇格していた。「宗教冒涜」事件は、コーランの一節(「信仰する者よ、ユダヤ教徒やキリスト教徒を、指導者としてはならない。」食卓章51節、ただし「指導者」の訳には議論がある)を根拠に、キリスト教徒であるアホックの再選阻止を目論む勢力を、アホックが揶揄したことから起こった。アホックの発言がソーシャルメディアを経由し、コーランそのものを侮辱したとの理解が拡散した。

 

だが、なぜ多くのムスリムが抗議デモに参加したのだろうか。不寛容の高まりの理由はどのように説明できるのだろうか。本論では、マジェリス・ラスルッラー(預言者の会)という新興の宗教組織を通してこの問題を考えてみたい。というのも、マジェリス・ラスルッラーは宗教的に寛容だとされているにもかかわらず、この組織から多数の信奉者がイスラーム防衛行動に参加したからである。

 

 

イスラーム防衛行動「212同窓会」の様子(2017年12月2日、著者撮影)

 

 

宗教に基づく政治の高まり

 

政治と宗教をめぐる動向を理解するための手がかりとして、インドネシア世論調査機関(LSI)が昨年8月に行った全国調査の結果を見てみよう。

 

まず「非ムスリムが政府の代表になること」に反対する人々が増えていることが分かる(図1)。2010、11年の調査のあと間が4年空いていることに注意する必要があるが、非ムスリムに対する許容度が狭まっているようである。正副大統領、地方首長に分けた質問でも同様に「反対」が増えている。つまりは、候補者の支持不支持を宗教によって決める傾向(アイデンティティの政治)が強まっている。

 

 

図1

出典:Lembaga Survei Indonesia (2017), Burhanuddin Muhtadi (2018)

 

 

例えば2012年と2017年のジャカルタ州知事選を比較しても、宗教に基づく投票と、それを前提とした選挙運動の高まりが明らかである。先に触れた、アホックが副知事候補として立候補していた2012年州知事選でも、宗教を利用したキャンペーンは激しかった。あちこちのモスクで「同じ信仰を持つもの」への投票が呼びかけられた。

 

ただし、そうした呼びかけを行った国民的な歌手が、政府の選挙監視機関に呼び出されて事情聴取を受け、涙ながらに謝罪するという出来事もあった(宗教や民族に基づく選挙運動は法律で禁じられている)。2017年には、先に触れたアホックへの抗議デモ(イスラーム防衛行動)に加え、かなりの数のモスクに、アホックを支持するムスリムへの脅迫紛いの横断幕が堂々と掲げられた。アイデンティティ政治の高まりが、ヘイトスピーチを生んでいる。

 

ところがさきほどの世論調査では、もう一つ「近所での他宗教の活動」への賛否を問う質問への結果が示されていた。こちらをみると、逆に寛容さが次第に高まっているようにみえる(図2)。

 

 

図2

出典:Lembaga Survei Indonesia (2017), Burhanuddin Muhtadi (2018)

 

 

世論調査からは、非ムスリムが政治代表になることへの許容度は低くなっているが、近隣での他宗教の活動への寛容性は高まっていることがわかる。この相矛盾するような調査結果をどう解釈すればいいのだろうか。

 

本論では冒頭で述べたように、こうした傾向をより具体的に把握するために、新興の宗教組織マジェリス・ラスルッラー(預言者の会)を取り上げてみたい。

 

マジェリス・ラスルッラーは過去20年間に急成長し、現在ジャカルタでもっとも人を集めることができる組織の一つである。マジェリス・ラスルッラーの台頭は、世論調査にみるムスリムの志向の変化をよく反映している。その信奉者は非ムスリムの宗教活動に対しておおむね寛容であるものの、多くが2016年末のジャカルタ州知事に対するデモに参加し、宗教的差異を政治行動に反映させる傾向を強めたからだ。

 

 

ジャカルタにおけるスーフィズムとマジェリス・ラスルッラー

 

マジェリス・ラスルッラーは1990年代初頭から都市部で拡大してきたスーフィズムに基づく組織の一つである。スーフィズムとは、イスラームにおいて、自省的な内面探求を重視する思想や運動を指す(注2)。具体的には、聖者廟への参拝や神の名を連禱する修行(ズィクル)、神への愛を歌う詩の朗誦などを行う。スーフィズムは世界的な教団(タリーカ)によって組織化されているが、その宗教行為は教団に属さない一般のムスリム民衆の間でも実践されている。

 

(注2) スーフィズムは神との合一を説く神秘主義を一つの核とするため、一般にイスラーム神秘主義と訳される。神秘主義は仏教でいえば密教に見出すことができる。内面の、スピリチュアルな要素を重視する潮流の流行は、イスラームあるいは体系的な宗教に限らない世界的な現象である。マジェリス・ラスルッラーはアラビア半島のイエメン・ハドラマウト地方にある教団に連なる組織であるが、入会儀礼や明確な会員制はなく、教団を名乗ってはいない。

 

ジャカルタのような都市部では、旧来の社会的つながりが薄らぎ、また道徳の荒廃が危惧されるなかで、宗教への回帰現象が起こった。なかには厳格な教義解釈を行うサラフィー主義も現れたが、マジェリス・ラスルッラーに代表される、インドネシアの民衆的な宗教伝統と親和性のある運動の方がはるかに多くの信奉者を得た(注3)。また、マジェリス・ラスルッラーの集会は、敬虔なムスリム向けのテレビ・コンテンツとして、一般視聴者にも広く消費されてきた。

 

(注3)サラフィー主義の静かな伸張は不寛容の拡大の重要な要素であるが、本論ではジャカルタでより顕著なスーフィズムに絞って、考えてみたい。

 

マジェリス・ラスルッラーを急速に成長させたのは、カリスマ的な指導者である創設者ムンズィール・アルムサワ(1973-2013)である。ムンズィールは、イエメンのハドラマウトに留学後、1998年からジャカルタで宣教活動を始めた。それはアジア経済危機をきっかけに、長年、権威主義的な支配を続けてきたスハルト体制が倒れた、政情が不安定な時期であった。

 

ムンズィールは個人の家やモスクを巡回し、徐々に信奉者を増やしていった。その過程で、ズィクル(神の名を連禱する修行)とともに、預言者ムハンマドの生涯から導きだした倫理的規範を、ストーリーとして語るスタイルを見出した。2000年代後半には、数万人の集会を開催できるまでにいたった。

 

信奉者は特定の地域社会には集中しておらず、学校や職場の友人などの口コミで広がった。中間層のどちらかといえば下層、そして若年層に人気があり、信奉者は揃いの黒いジャケットに身を固め、原付バイクで会場に集まる。

 

生放送のテレビ番組の一環としてズィクル・イベントが行われることもしばしばある。ムンズィールの人気にあやかりたい政治家、なかでもユドヨノ前大統領はマジェリス・ラスルッラーの集会に何度も登壇した。マジェリス・ラスルッラー側にしても、大統領からのお墨付きは組織の威信を高めることになった。

 

ムンズィールは人々に神への愛による心の平安、他者への寛容を説いた。また公共のルールに反した行動やデモへの参加を諌めた。その低くよく通る声でズィクルを始めると、泣き出すものいる。病気がちだった彼にはどこか哀愁が漂っているようでもあり、それが一層人々を惹きつけた。2013年にムンズィールが急逝したあとも、ハドラマウトの同窓生らによってマジェリス・ラスルッラーの活動は続いている。現在までムンズィールは組織のシンボルであり、カリスマである。

 

 

ムンズィールによる講話とズィクルの様子

 

 

ムンズィールの寛容の対象には非ムスリムも含まれていた。他宗教へのヘイトスピーチや、暴力的な手段を使ってイスラームの道徳を押し付けるような急進的な勢力にも否定的な立場を示していた。ただし公の場で、こうした急進的な勢力を批判するようなことはなかった。

 

ムンズィールは、宗教間の調和や少数派の権利擁護を積極的に推進するわけではない(注4)。例えば、マジェリス・ラスルッラーの集会では、他宗教からイスラームへの新規改宗者を紹介するのが一つのルーティンになっていたが、こうしたことからも宗教間の調和に積極的ではないことがうかがわれる。ムンズィールはまたチャリティー活動としてインドネシアでもっとも開発が遅れたパプアへたびたび訪れていたが、これも少数派の権利擁護というよりも、あくまでイスラームの宣教のためだった。

 

(注4)インドネシアでは、宗教間の対話や交流による共同意識の構築、および宗教的少数派の権利擁護を積極的に主張する多元主義者(進歩派)がそれなりの政治勢力を維持してきた。多元主義を代表者するのはアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領(1940-2009)である。彼は宗教的少数派の権利を積極的に擁護し、政治的にも連携した。

ワヒドはインドネシア最大のイスラーム組織ナフダトゥル・ウラマー(NU)の創設者の孫であり、自身も会長を務めた。ワヒドの思想と行動は、一部の知識人だけではなく、NUなど主要組織の少なからぬ信奉者にも共有されている。例えば、クリスマス期間にNUの青年組織が、キリスト教教会の警備をするのが慣例になっている。5月に起こった、教会を標的とするスラバヤの連続自爆テロのあとも、連帯を訴える集会が多数開催された。

 

また、政治との関わりもマジェリス・ラスルッラーの活動のためであり、ムンズィールには非ムスリムの候補者にわざわざ投票するという発想はない。2008年にマレーシアから寄せられた「イスラーム政党を勝たせるために、非ムスリムの候補者に投票することは許されるのか」という質問に、「ムスリムの福祉のためであっても、非ムスリムの指導者を選ぶことは、イスラーム法のなかでは正当化できない」と、あっさりと答えている(注5)。

 

(注5) 当時マレーシアでは、野党汎マレーシア・イスラーム党(PAS)が華人政党の民主行動党(DAP)と選挙協力をしていた。質問はDAP候補者への投票の是非についてのものだと思われる。

 

したがって、マジェリス・ラスルッラーの支持者にしてみれば、非ムスリムの隣人に寛容で親切な態度をとることは、彼らの道徳にかなう「正しい」行為である。ムスリムの宗教活動を邪魔するものでなければ、他者の信仰に介入すべきではない。それと同時に、ムスリムの政府代表を選ぶことも至極当然である。彼らにしてみれば、それが不寛容な態度である、とは考えないだろう。【次ページにつづく】

 

 

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