2011.01.14

中ロ間の蜜月関係と両国間石油パイプラインの本格始動  

廣瀬陽子 国際政治 / 旧ソ連地域研究

国際 #ロシア科学アカデミー極東研究所#セルゲイ・ルジャニン#中国#メドヴェージェフ#ガスパイプライン#フルシチョフ#スターリン#ソ連#BRICs#胡錦濤

近年の中ロ関係の発展

近年、中ロ関係が着々と深化している。ソ連時代は、1950年代後半に、ソ連共産党第一書記だったフルシチョフによってスターリン批判がなされて以降、ソ連と中国の関係は悪化、中ソ対立により政治路線や国境問題での対立が先鋭化し、武力衝突すら生じた。しかし、ソ連が解体すると、中ロ両国は関係改善に相互の利を見出すようになった。

1996年4月には、中国、ロシア、中央アジア3カ国(カザフスタン、タジキスタン、キルギス)が安全保障、経済、文化など各方面での協力を推進するために「上海ファイブ」を結成し、2001年にはウズベキスタンも加え、上海協力機構(SCO)として拡大・改組し、関係を深化させている。

また、2004年10月14日には、最終的な中ロ国境協定が妥結し、ここから中ロ関係が一気に深まっていく。両国はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国という経済成長が著しい四か国を示す)の筆頭として、世界経済に大きな影響を与える存在となっており、米ドルを基軸通貨とする米国の一極的経済体制に強く反発している。両国は自国のルーブル(ロシア)や元(中国)が世界の基軸通貨のひとつになることを望み、少なくとも中ロ間では自国通貨での決済を行うようになってきている。

また、米国の政治的一極支配にも反対し、対旧ユーゴスラヴィア政策などにみられるように、政治的な側面でも中ロが共同歩調を取るなど、近年、中ロの協力分野は政治、経済やエネルギー、安全保障などなどと多面的になってきている。そして、ロシアはアジアでの経済発展のパートナーに、日本ではなく中国を選んだといわれている。

とはいえ、ロシアは中国の世界進出には警戒感を隠していない。とくにロシアが自国の勢力圏と考える旧ソ連諸国、つまり、ロシアが「近い外国」と呼ぶ地域への中国の進出はロシアにとって大きな脅威となっている。なかでも、中国の最近の中央アジアへの進出は目覚ましく、中央アジア諸国から中国にパイプラインが引かれ、2009年末からは中国が中央アジア諸国から直接エネルギーを買うことができるようになったことも、これまで中央アジアの資源を独占的に安く買いたたき、欧州に売っていたロシアにとってはきわめて不愉快な展開なのである。

2010年、戦略的関係を強化

しかし、そのようなロシアの微妙な感情を差し引いてもなお、中ロ関係の最近の深化は顕著であり、とくに2010年には両国の戦略的関係がさらに強化された。

まず2010年9月28日の拙稿(https://synodos.jp/international/1585)で述べたように、ロシアのメドヴェージェフ大統領は、9月26日から3日間、訪中し、1904~05年の激戦地だった大連・旅順口を訪問。日ロ戦争および第二次世界大戦におけるソ連軍・ロシア人の犠牲者追悼行事に参加し、北京で首脳会談を行なって、第二次世界大戦での対日戦勝65周年に関する共同声明を出した。

その共同声明は、中ロ(当時は中ソ)両国は、軍国主義の日本とファシズム政権のドイツに対して共闘した同盟国であり、日本に対する勝利を共に祝うという趣旨となるが、中ロ両国が第二次世界大戦の結果を同様に受け止め、その見直しはあり得ない、つまり両国の歴史観が不変であるということを盛り込み、両国がいうところの歴史の真実を共に守っていくことが重視されている。そして、その後に、メドヴェージェフ大統領は北方領土の国後島を訪問し、日本の大きな反発を買うことになるのである。

日本が領土問題で中ロ両国との関係を緊張させた一方、中ロ関係の進展は、中国人の意識にも明確に刻まれたようだ。たとえば、中国紙「光明日報」は、中国の主要な政治家を対象にした調査の結果をもとに「今年の人」を選んでいるが、その上位10人にメドヴェージェフ大統領が選出されている。同紙は、メドヴェージェフ大統領の北方領土訪問にも言及しており、「大統領は、南クリル(北方領土のこと)はロシアの重要な地域だと述べ、この問題におけるロシアの強硬な立場を主張した」と記している。

また、2010年12月31日に、中国の胡錦濤国家主席は、メドヴェージェフ大統領に新年の祝電を送った。胡主席は、2010年の中ロ関係の発展に鑑み、両国が全理入稿協力条約を締結してから10年を迎えることを指摘し、「2011年、中国はロシアとの関係をより素晴らしいものにするため、あらゆる分野において全面的な協力を発展させ、戦略的パートナー関係と相互信頼を深化させていく」と述べる一方、2011年が両国にとって意義ある年となることを強調した。そして、この10年間で、両国の政治分野の信頼関係は次第に深まり、戦略的パートナー関係もより成熟したものとなり、あらゆる分野での協力の質とレベルも高まって、友好関係も強化されたことにより、両国関係は史上最高レベルに達したとも言及した。

2010年に中ロ関係が深化したという見解はロシア側も共有しているといえる。たとえば、ロシア科学アカデミー極東研究所のセルゲイ・ルジャニン副所長は、2010年の中ロ関係は、(1)戦略的パートナーシップの精神にもとづき、それぞれの国益と国際政治における課題の共通性を明確にしながら、アジアの安全保障を共同で推進したこと、(2)原子力、電気エネルギー、液化天然ガス供給、ガスパイプラインの敷設、エネルギー関係のハイテク分野の協力という各分野での進展、エネルギー設備の共同開発についての重要な契約やシベリア、極東における天然資源開発に対する中国からの大型投資についての契約などエネルギー分野の協力深化、(3)中国におけるロシアの中小企業ブームに象徴されるような両国間の投資関係の強化、という3つのポイントを中心に進展したと分析し、両国関係のさらなる関係発展の潜在的な可能性を強調する。

石油パイプラインの本格稼働とさらなる戦略的互恵関係の強化

そして、2010年の年末から2011年の新年にかけ、中ロ間のさらなる関係進展を予感させるいくつかの重要な動きがあった。

まず、年末には、エクアドルでの水力発電所建設における協力協定が調印され、中ロの経済協力プロジェクトがはじめて南米で実施されることになった。ロシア側のプロジェクトは「インテルRAO統一電力システム」が担当することになっている。中国は急速な経済成長を支えるために、多くのエネルギーを要しているため、先に述べたように中央アジアにも進出しているが、ロシアからのエネルギー輸入もきわめて重要な意味をもつのである。

さらに、中ロは新たな脅威や挑発に有効に対抗するために合同軍事演習が必要だという結論に達し、軍事合同演習「平和の使命」を行っているが、2011年の演習では、両国の陸・海・空軍の精鋭部隊が参加し、海上で実施されることが決まり、ここ5年で最大規模になる模様だ。海上での演習は異例だというが、その理由としては北朝鮮対策で行われた米韓・日米の合同軍事演習への牽制と、それらへの対抗訓練の意味合いがあるとみられている。

そして、元日、1月1日に、ロシアと中国を結ぶ全長999キロの石油パイプラインの商業運用が正式にスタートした。パイプラインはロシアのアムール州スコヴォロジノ市と中国東北部の黒竜江省大慶市を結ぶもので、今後、20年にわたり、ロシアは年間1500万トンの東シベリア産の原油を中国に供給することで合意している。同パイプラインは、西シベリアおよび東シベリア産の石油をアジア太平洋諸国に輸送することを目的に敷設された「東シベリア-太平洋パイプライン」の中国向け部分となっており、両国がそれぞれ自国通過部分の建設を請け負った。中国側は国有石油大手の中国石油天然ガス集団が運営を担当している。

本プロジェクトは、経済発展によりエネルギー需要が増えた中国のエネルギー確保にとって大きな安定要因となる。とくに、近年はじまった中央アジアからのエネルギー獲得はロシアの利害と抵触するが、ロシアからもエネルギー供給を並行的に得ることで、十分なエネルギーを確保できるだけでなく、ロシアとの良好な政治的関係を維持する上でも効果的な意義をもつはずである。

他方、ロシアにとってもこれまで欧州および旧ソ連諸国中心であったエネルギー輸出の多角化を図ることができるだけでなく、中国のみならず拡大しつつあるアジア市場へのエネルギー輸出の展開を期待することもできる。さらに、エネルギー産業の発展により遅れているシベリアや極東の発展も期待できることから、本プロジェクトは大変有益であると考えられている。

日本にとって厳しい外交環境

このように中ロの蜜月関係は顕著であり、今年も両国関係は戦略的関係をさらに深めていくことだろう。今後はハイテク分野での協力をさらに進化していきたいと考えているようである。しかし他方で、ロシアは日本とのビジネス関係の深化や日本からの投資には強い関心をもっており、とくにシベリアや極東の開発に関し、日本が中国と競ってビジネスゲームを繰り広げてくれることを期待しているともいう。

中ロ関係が深まっていくのとは対照的に、日本は尖閣問題と北方領土問題というふたつの領土問題を中国とロシアそれぞれの間に抱え、昨年、両国との関係がきわめて緊張したことから政治的には四面楚歌的な状況にある。この背景に、普天間問題で日米関係が緊張したこと、アメリカの内政の停滞と国際的な影響力低下があることは間違いなく、日本はアメリカにも頼れない状況だ。しかも日本は中ロ両国からエネルギーなど戦略物資も含む多くの産品を輸入しており、中ロとの関係が悪化した場合、困窮するのは日本に他ならない。日本の現在の外交環境はきわめて厳しい。

現状を少しでもよくするためには、日本は、まず少しでも自給率を上げることで国際的な依存率を下げ、自立性を高めていくこと、さらに、周りの顔色をうかがうことなく、国益に見合った政治的発言していくことが肝要だ。しかし、日本が抱える難問はこれだけで解決できるものでもなく、しかもいまの日本にとっては、これすらも難しい課題だ。この窮状を打開することは容易ではなく、日本外交の今後の課題は山積している。

推薦図書

BRICsに数えられる、ロシアと中国の経済は世界規模でも大きな影響力をもつようになっており、当然中ロ経済関係は、世界にとってもアジアにとっても重要な意義をもつ。そして、両国の経済関係やエネルギー貿易のハブとなるのが、まさにロシア極東であり、中国の東北3省であるのだが、それらの地域の発展が長年取り残されてきたこともあり、日本ではあまり注目されてこなかったと思われる。

しかし、本稿でも述べたように、まさにその地域は現在、重要性を増しており、新しいパイプラインポリティクスの舞台でもある。本書は、そのような地域や地域をめぐる経済問題を分かりやすく解説しており、今回の記事の背景を知る上で、また現在のアジア経済の胎動を理解する上でも、最適な入門書といえるだろう。

プロフィール

廣瀬陽子国際政治 / 旧ソ連地域研究

1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。専門は国際政治、 コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス――国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア太平洋賞 特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)など多数。

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