チェチェンとアメリカの関係 ―― ボストン・テロ事件に至るチェチェン政策の経緯

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解明されぬボストン・テロ事件の動機

 

2013年4月15日、米国のボストンでテロ事件が勃発した。テロの標的となったのは伝統的なスポーツ・イベントであるボストン・マラソン大会である。そして大会から数日経た4月18日には、連邦捜査局 (FBI) が犯行に携わった容疑者2名の写真・動画を公開し、その後、2名がチェチェン出身の兄弟であることがメディアで一斉に報じられるに至った。このような各種報道を契機に、事件当事国である米国だけでなく、わが国でもチェチェンに対する関心が少なからず高まっている。

 

チェチェンはロシア連邦内の北コーカサス地方に存在する共和国であり、2014年冬季オリンピックが開催されるソチとは500km弱の距離にある。チェチェン人の多くはイスラーム教徒であり、とりわけ1990年代以降、チェチェンのイスラーム化は加速していると言われる。このような背景もあり、テロ事件の動機としてイスラーム要因を殊更に強調する憶測なども散見される。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件がイスラーム過激派組織アルカイダにより実行されたことも、上記のような憶測を助長していると考えられる。

 

しかしながら同テロ事件の動機に関してはまだ捜査段階であり、未知数な部分がかなり多い。究極的には容疑者の精神構造を覗いて見ない限り、正確な動機を把握することは不可能だが、この作業はそれほど容易なことではない。(1)チェチェン人としての動機が大きかったのか、(2)イスラーム教徒としての動機が大きかったのか、それとも(3)疎外感に苛まれた移民としての動機が大きかったのか。正確な動機が把握されなければ、同テロ事件が米国政治・米国社会にもたらす示唆を検討することが難しいし、またそれに対する政策を講じることも難しい。

 

本記事ではこのような現状段階での限界を踏まえた上で、チェチェンと米国の関係について、おもに米国のチェチェン政策の観点から整理する。具体的にはチェチェン紛争への米国の対応を、米国の歴代政権と米国内のその他のアクターとに分けて見ていく。

 

 

チェチェンと米国

 

米国においてチェチェンへの関心が高まるきっかけとなったのは1994年12月勃発のチェチェン紛争である。米国でもわが国でも「チェチェン紛争」と一括りにされることも多いが、正確に言うと同紛争は第一次チェチェン紛争 (1994年12月から1996年8月) と第二次チェチェン紛争 (1999年8月から2009年4月) とに分けることができる。チェチェンに対する米国の関心が高まるのはこのような紛争期間中であり、紛争期間中には米国の大統領や連邦議会議員がチェチェンに言及することが多く、加えて米国のメディアによるチェチェン紛争・チェチェン問題に関する報道も数多くなる。米国の各種シンクタンクによるチェチェン分析が頻繁になされるのも紛争期間中である。

 

しかし紛争期間中においてさえチェチェンに対する米国民一般の関心はそう高くない。この点は他の地域紛争と比較しても把握できる。下記の資料は米国の世論調査機関であるピュー・リサーチ・センターによる調査結果であるが、これを見てもチェチェン紛争に対する米国民の関心が相対的に低いことが窺える。

 

 

(出典:ピュー・リサーチ・センター)

(出典:ピュー・リサーチ・センター)

 

 

また第二次チェチェン紛争が米国で強い関心を集めたのは1999年から2001年頃にかけてであるが、同紛争が2000年米国大統領選挙の争点となることはごくまれであった。同選挙期間中に世界各国・各地域の指導者の名前をあてる「外交クイズ」が共和党ブッシュ候補と民主党ゴア候補とのあいだで行われ、結果的にブッシュ候補は同クイズで完敗したのだが、ブッシュ候補のコミュニケーション・ディレクターを務めていたカレン・ヒューズが、「チェチェンの大統領が誰なのかを、米国人の99.9%およびほとんどの大統領候補は答えられない。私はあえてそう推測したいくらいだ」と言い放ったのは象徴的である。

 

さらにつけ加えると、第二次チェチェン紛争は長期間に渡る紛争であったが、同紛争に対する米国の関心は長くはつづかなかった。大統領や連邦議会議員がチェチェンそのものに言及するのは2002年頃から少なくなっていき、その後はチェチェン紛争のことを「忘れ去られた紛争」と呼ぶ向きも多い。

 

 

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