インドは「世界最大の民主主義国家」か?――競合的多党制のもとでの政党政治

1.インドは民主主義の国か

 

現在ではやや言い古された感があるが、インドについてしばしば用いられる表現のひとつに、「世界最大の民主主義国家」というものがある。インドは民主主義国家の中で最大の人口を抱える国である、というのがその意味するところである。この表現はインド国内の報道などにも頻繁に登場しており、そこには、共産党の一党独裁国家である(すなわち、民主主義国家ではない)中国とは異なるのだというインド人の自負心や、経済的・戦略的な重要性という点で先を行く中国に対する対抗心なども見え隠れする。

 

インドが民主主義の国であると考えられている根拠は、連邦議会選挙と州議会選挙が定期的に実施され、その結果にもとづいて政権が樹立されるという、民主主義の「手続き」の部分が機能していることにある。しかしその一方で、人々の自由や平等、社会正義が実現されていることなどを民主主義を構成する重要な要素であると考えるならば、インドが民主主義の国であるとみなすことは難しい。女性などの社会的弱者の置かれている状況、貧富の格差、政治家や官僚による汚職、マフィアなどの裏社会と政治との繋がりなど、民主主義を損なう多くの問題が存在しているからである。したがって、インドは本当に民主主義の国なのかという点になると、議論の余地があると言わざるを得ない。

 

このように、民主主義をどのように定義するかによってインドに対する評価は変わりうるが、民主主義を損なうような問題を多く抱えているにもかかわらず、手続きの部分に限定されるにしても民主主義体制を維持してきたということ自体は、高く評価されるべきであろう。そしてインドの有権者は、民主主義およびそれを実現する手段としての選挙に対して高い信頼を置いている。

 

たとえば、2006年から2007年にかけてインドで行われた「世界価値観調査(World Values Survey)」によれば、民主主義的な政治システムによって国を統治することについて、「非常に良い」あるいは「良い」と回答した者は全体の70.0%にのぼった。また同じ調査によれば、「人々が自由な選挙によって指導者を選ぶ」ことを民主主義における不可欠な特徴であると回答した者は、全体の66.0%であった。

 

インドにおいて民主主義の手続きを維持し、民主主義に対する有権者の高い信頼度を支えている要素のひとつとして挙げられるのは、中央選挙管理委員会(Election Commission of India)の果たす役割である。インドの選挙管理委員会は憲法の規定にもとづいて設置されており、連邦政府や州政府からは独立した組織として機能している。選挙管理委員会は、有権者名簿の管理、選挙日程の決定、投票所の運営、開票作業、苦情の処理など、選挙のすべての過程を管理しており、非常に強い権限を有している。有権者数の増加などにともない、選挙管理委員会の役割はますます重要になっているのが現状である。

 

現実には、インドの選挙は必ずしも公正に行われているとは限らない。個々の村や投票所などのレベルでは、有権者に対する脅迫や特定の候補者に対する妨害行為など、さまざまな不正が行われている可能性は高い。また、民主主義の手続きを維持する上で選挙管理委員会の働きが重要であるということはすなわち、選挙管理委員会の組織や機能に何らかの問題が生じた場合には、インドの民主主義体制の正当性までが損なわれる危険性があるということでもある。とは言え、インドではこれまでのところ、選挙における大規模な不正疑惑や、選挙管理委員会が関係したとされる汚職疑惑などは表面化していない。そして有権者の間では、「選挙管理委員会のもとで自由で公正な選挙が行われている」ということが、一定のコンセンサスをもって受け入れられているように思われる。

 

 

2.インドにおける政党政治

 

前述のように、インドにおいては、少なくとも手続きの部分に関しては民主主義体制が維持されている。そして、このようなインドの民主主義体制において重要な役割を果たしているのが政党である。その背景のひとつとして、インドでは団体活動に対する人々の参加度が低いことが指摘されている。

 

2006~2007年の世界価値観調査によれば、インドの人々の50~60%は何らかの団体に加入しているものの、それらの団体で活発に活動している者は全体の10~20%にとどまった。こうした状況のため、インドでは、国家と社会との間をつなぐ存在として、政党の果たす役割が重要になっていると言われる。

 

また、インドの有権者にとっては選挙での投票がもっとも重要な政治参加の手段であり、実際、最近の選挙では平均して約60%の投票率が維持されているが、投票以外の政治参加は活発なものではなく、そもそも政治に対する人々の関心度もそれほど高くない。2006~2007年の世界価値観調査によれば、政治に対して「非常に関心を持っている」あるいは「いくらか関心を持っている」と回答した者は、全体の39.1%にとどまった。また、政治参加の手段として、何らかの請願書への署名を行ったことがあると答えた者は全体の22.6%、ボイコット活動に参加したことがあると答えた者は11.7%、平和的なデモ活動に参加したことがあると答えた者は15.0%であった。政治参加に見られるこのような特徴も、政党の果たす役割をさらに重要なものにしていると考えられる。

 

現在のところ、インドの政党政治は、インド国民会議派(Indian National Congress)(以下、会議派と略)とインド人民党(Bharatiya Janata Party)(以下、BJPと略)という2つの政党を中心に展開されている。

 

会議派は1885年に結成され、M・K・ガンディーやジャワハルラル・ネルーなどの指導者のもとで、インドの独立運動において中心的な役割を果たした。一方、BJPは80年に結成された比較的新しい政党であるが、その前身となったのは、51年に結成されたインド大衆連盟(Bharatiya Jana Sangh)という政党である。2013年の時点では会議派が連邦政府与党を務めており、野党第一党がBJPである。

 

一般に、会議派のイデオロギーは中道、BJPのイデオロギーは右派と言われる。しかし実際のところ、政策に関して、とくに外交・安全保障・経済・テロ対策など国家全体にかかわるような政策に関しては、会議派とBJPの主張内容にそれほど大きな違いは見られない。その一方で、インドをどのような国にするのかという国づくりの根幹に関わる部分については、両党の主張は大きく異なっている。

 

印パ分離独立を許してしまったという歴史的な経緯もあって、会議派は「政教分離主義(セキュラリズム)」を党是として掲げ、民主主義体制のもとですべての宗教や民族などが共存できる国を目指すとしている。これに対してBJPは、会議派のこのような主張を否定し、インドはヒンドゥー教徒を多数派とする国なのであるからヒンドゥー教にもとづいた国づくりをすべきだとする、「ヒンドゥー・ナショナリズム」を主張している。

 

もっとも、両党の主張は政党政治をめぐるその時々の状況によって変化しており、会議派が政教分離主義一辺倒、BJPがヒンドゥー・ナショナリズム一辺倒というわけではない。とは言え、国づくりの根幹に関わる部分での会議派とBJPの対立は根深く、そのため、国政や州の場において両党が協力関係を構築することはほぼ不可能である。

 

 

 

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