タイ民主化と政治家の汚職――コメ担保融資制度に対する訴えをヒントに

タイ政治は、昨年10月末から大規模な反政府デモ隊による抗議活動によって混乱状態が続いている。インラック政権は、事態を打開するために下院を解散し2月2日に総選挙を実施したが、反政府デモ隊により約2割弱の選挙区で投票が妨害された。

 

その後、前民主党議員が、憲法裁判所に対して同総選挙の無効、与党の解党および同党幹部の5年間の政治職就任禁止を申し立てていた[*1]。しかし 2月12日、憲法裁判所はこの訴えを退けた。

 

選挙管理委員会は、1月26日の期日前投票において投票が妨害された投票所については4月20日に、2月2日の総選挙の際に妨害された投票所については4月27日に、それぞれ再度選挙を実施する旨を発表した。

 

しかし、依然として事態は先行き不透明である。選挙管理委員会は、反政府デモ隊の妨害によって立候補者の登録が出来なかった南部28選挙区での選挙実施について、新たな総選挙実施の勅令が必要か否か、憲法裁判所に判断を求めている。改めて総選挙実施の勅令が必要となる場合、当該28選挙区のみを対象とするものでいいのか、それとも全選挙区を対象としたものであるべきなのかという問題が浮上する。何故なら憲法が、選挙は国全体で同一の日に実施されるべしと定めているためである。

 

3月6日、今度は、タムマサート大学法学部講師からの訴えを受けた国家オンブズマンが、2月2日の総選挙が非合法であったか否か憲法裁判所に判断を求めた。今週水曜日に憲法裁判所が、選挙委員会委員、インラック首相、国家オンブズマンの代表者に対して事情聴取を行う予定になっている[*2]。

 

 

コメ担保融資制度に関する訴え

 

このように総選挙が延長戦となっている状況下で、連日マスコミを賑わせているのが、国家汚職防止取締委員会(NACC)である。

 

国家汚職防止取締委員会が担当する案件の中でも、とくに注目されているのが、インラック首相のコメ担保融資制度(the rice-pledging scheme)に関する職務怠慢の訴えである。これは先に民主党党首のアピシット前首相が訴えており、同委員会が訴追根拠ありと判断して手続きを開始した案件である。

 

国家汚職防止取締委員会委員は、インラック首相に対して3月14日までに出頭するように要請したが、インラック首相側は、多くの書類を検討しなくてはならないため期限を延長するよう申し入れ、最終的に期限については、15日間の延長が認められた。国家汚職防止取締委員会は、インラック首相側からの資料提出を受けて審議を行った後、上院もしくは検察に報告書を送付すると思われる。

 

また同委員会は、これを刑事事件として扱うとしており、検察に送付された場合は、1997年憲法により最高裁判所の中に新たに設置された、政治職者刑事訴訟部という特別な部門で裁判が行われることになる。有罪となれば、インラック首相は失職し、5年間の政治職就任禁止とされる。

 

この訴えについて、インラック首相は、(1)政策レベルでの汚職は無い。国家汚職防止取締委員会は、実施段階での汚職について厳格な調査を行うべき、(2)国家汚職防止取締委員会には、如何なる偏見や内密の協議事項など無しに調査を実施してもらいたい、(3)農民らは反政府デモ隊による政治ゲームの中に置かれており、彼らに対して申し訳なく感じる、と述べた[*3]。

 

また、一般的に政府派と見なされる「赤シャツ」は、2月27日、国家汚職防止取締委員会本部の玄関を取り囲み、同委員会の汚職取締は「二重基準」(double standard)だとして抗議を行った。

 

いずれの国においても、汚職の取り締まりが重要であるのは疑いようもない事実である。では何故、インラック首相や赤シャツは、国家汚職防止取締委員会による汚職取り締まりに対して、このように不信感や不満をあらわにするのだろうか。

 

 

写真:インラック首相 「Prime Minister of Thailand」by Foreign and Commonwealth Office https://flic.kr/p/dt5X3C

写真:インラック首相
「Prime Minister of Thailand」by Foreign and Commonwealth Office
https://flic.kr/p/dt5X3C

 

 

まず、経過を簡単に確認してみよう。インラック政権は、2011年7月の総選挙で勝利した後、農村部の支持を固めるために、コメ担保融資制度を導入した。これは、政府が希望する農家からコメを担保として引き取り、代わりに農家に資金を融資するというものであり、融資金額はコメの市場価格の約1.8倍という事実上のコメの高値買い取り制度であった。これによって、政府は大量の在庫と損失を抱えることとなった。

 

また、さまざま実施段階での汚職疑惑が噴出した。例えば2012年11月には、不信任討議において野党の民主党議員から、同政策に関係する国家機関の口座の金銭の出入りが不審であり、コメを中国政府に販売したと見せかけて、実はタイ政府と強い繋がりを持つタイのブローカーに売却されているではないか等と追求された[*4]。しかしインラック首相は、不正があれば調査チームを派遣すると答えたにとどまり、当該政策を中止しなかった。故に、インラック首相は職務怠慢の罪に該当する、というものである。

 

この件に関して注目すべきポイントは、以下の3点である。

 

 

(1)実施段階での具体的な汚職に対してではなく、インラック首相が政策を中止しなかったことに対する刑事訴訟である。

 

(2)アピシット政権(民主党)も同様の政策を実施しており、2011年には、現在の与党であるタイ貢献党が汚職の疑いがあるとして国家汚職防止取締委員会に対し調査を求めた。しかし同委員会は、2011年の洪水のため必要な書類を受け取っていないとして、調査の進捗が大幅に遅れている。

 

(3)民主党側は、インラック政権の同政策を批判して国家汚職防止取締委員会に対し訴えを提起したが、元民主党で反政府デモ隊のリーダーであるステープ元副首相らは、支払いが滞り怒る農民らに対して政府を法的に訴えるように促し、訴訟費用の調達等の援助を申し出た[*5]。なお、この時点で政府から農民に対する支払いが停滞していた最大の原因は、反政府デモ隊の圧力によりインラック首相が下院を解散して選挙管理内閣となり、補正予算を組めなくなったことであった[*6]。

 

 

実は、この訴えには、タイ民主化と政治家の汚職取り締まりとの関係を考察する上で、非常に重要な問題が含まれている。浮かび上がるキーワードは、(1)政策汚職、(2)二重基準、(3)政争の道具としての汚職批判、以上3点である。今回の記事では、政策汚職と汚職批判に焦点を当てたうえで、タイ民主化が抱える問題点について、政治家の汚職に対する取り締まりという観点から解説を試みたい。

 

 

[*1] 同訴えは、2007年憲法第68条と、全国同一日での選挙実施を定める第108条を根拠条文として使用していた。第68条については、外山文子著「タイ総選挙と憲法裁判所―タイでは、いま何が起きているのか?」シノドス記事(2014年1月30日掲載)参照。https://synodos.jp/international/6865

 

[*2] The Nation (March17,2014)

 

[*3] The Nation (February19, 2014)

 

[*4] The Nation (November28, 2012)

 

[*5] The Nation (February9, 2014)

 

[*6] 2007年憲法第181条により、選挙管理内閣は、次期政権に対して負債を負わせるような施策を実行することが禁じられており、選挙管理委員会の許可を求めることが必要と定められている。

 

 

 

 

シノドスのコンテンツ

 

●ファンクラブ「SYNODOS SOCIAL」

⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/14015

 

●電子メールマガジン「αシノドス」

⇒ https://synodos.jp/a-synodos

 

●少人数制セミナー「シノドス・サークル」

⇒ https://synodos.jp/article/20937

 

 

 

 

1 2 3
シノドス国際社会動向研究所

vol.2019.4.15 

・打浪文子「知的障害のある人たちと「ことば」」

・照山絢子「発達障害を文化人類学する」
・野口晃菜「こうすれば「インクルーシブ教育」はもっとよくなる」
・戸谷洋志「トランスヒューマニズムと責任ある想像力」
・濵田江里子「「社会への投資」から考える日本の雇用と社会保障制度」
・山本章子「学びなおしの5冊 「沖縄」とは何か――空間と時間から問いなおす」
・鈴木崇弘「自民党シンクタンク史(6)――設立準備期、郵政民営化選挙後」