12億人の民主主義――政権交代の可能性が注目されるインド総選挙の見取り図

インドで第16回国会下院総選挙(以下「総選挙」)が進行中だ。現下院の任期満了に伴うもので、4月7日から各地で順次投票が行われており、5月16日に全543選挙区で一斉に開票される予定である。

 

今回の総選挙では、最大野党のインド人民党(BJP)が勝利できるか否かに焦点が絞られている。各種世論調査や事前情勢を見る限り、過去10年にわたって政権を担ってきた国民会議派が率いる与党連合は劣勢に立たされており、政権交代が実現する可能性が高まっている。それだけに、インド国内メディアはもちろん、欧米はじめ外国の有力メディアも盛んに今回の総選挙について取り上げており、注目度の高さがうかがえる。

 

そこで、本稿では今回のインド総選挙の見取図を読者に提供すべく、その特色と位置づけ、選挙戦の構図、おもな争点について解説していく。

 

 

「世界最大の民主主義」:膨大な有権者数と政党数

 

インド政治を語るときに枕詞のように付いてくるフレーズが「世界最大の民主主義」だ。総人口約12億1,000万人は中国に次いで世界第2位。インドでは選挙権は18歳から付与されるため、今回の総選挙における有権者数は約8億1,460万人という膨大な数に上る。

 

前回(2009年)総選挙時の有権者数(約7億1,700万人)からの増加分は約1億に達すると言えば、その巨大さがさらに実感を伴って伝わってくるだろう。なお、有権者全体に占める若年層の割合が高いのも特徴で、18〜25歳の層は15%を占めている。

 

総選挙は、全543選挙区で有権者の直接投票により行われる(過半数は272。このほかに、2議席が大統領によって任命される)。投票は地域別に異なる日に分けて実施され、今回の総選挙ではこれまででもっとも多い9つのフェーズが設定された。過去の総選挙における投票率は60%前後で推移しており、それを当てはめれば、今回も5億人弱が全国で投票所に足を運ぶことになる。実際には、これまで投票が完了した地域では60%を超える投票率を記録しているケースが少なくなく、この数字はさらに高くなることが予想される。

 

政党数もインドにおける選挙の規模の大きさを示す指標である。インド選挙管理委員会の資料によると、前回の総選挙に候補者を立てた政党は、7つの全国政党(複数の州で選挙の実績を有する等の一定の要件を満たした政党)を含め363。このうち、議席を獲得した政党だけでも37党に上る。

 

これほどまでに巨大な規模で選挙を実施するのは容易なことではない。しかし、インドは独立以降、非常事態宣言により憲法機能が停止された70年代後半の一時期を除き、国会下院と各州の議会選挙が定期的に行われ、その結果に基づいて政権を発足させ、政府を運営してきた。

 

ただし、「制度」としての民主主義が機能しているというだけでこの実績を手放しで賞賛するわけにはいかない。三輪博樹氏が本誌で「人々の自由や平等、社会正義が実現されていることなどを民主主義を構成する重要な要素であると考えるならば、インドが民主主義の国であると見なすことは難しい」と指摘しているように(インドは「世界最大の民主主義国家」か?)、民主的な手続きだけでなく、それによってなにを実現するかという側面も併せて考えていく必要があるだろう。

 

 

政権交代が現実味を帯びる今回の総選挙

 

今回の総選挙には、これまで以上に増して強い関心が内外から注がれている。その最大の理由は、選挙の結果、政権交代が実現する可能性が事前段階で盛んに指摘されていることにある。少なくとも首相が交代することは確実だ。これは、今年の年頭記者会見でマンモーハン・シン首相が3期目を務める考えはないことを明らかにしたためで、政権枠組みがいかなる形になるかは別にして、インドでは総選挙後に新たな首相が誕生することになる。

 

政権交代の可能性という点では、過去2回の総選挙ではそのような見方は大勢を占めていなかった。前回(2009年)総選挙では、与党・国民会議派が率いる統一進歩連合(UPA)が好調な経済を実績に有利に選挙戦を進め、再選を果たした。前々回(2004年)は、選挙結果そのものはBJP率いる政党連合・国民民主連合(NDA)が敗北し、国民会議派が勝利したが、事前段階ではBJP有利との下馬評が圧倒的であり、政権交代の可能性が論じられることは限られていた。

 

しかし、今回は情勢が異なっている。会議派主導のUPA政権は、第2期(2009年~)に入るとほころびが目立ちはじめ、政策面の対立等により連立を組んでいた政党の離脱が続き、少数与党に転落。汚職スキャンダルも次から次へと浮上し、閣僚の辞任や与党議員の逮捕に至ったケースもあり、国民から厳しい批判の眼が向けられた。

 

さらに追い打ちをかけたのが、経済成長の減速である。第2期UPA政権が発足した2009年時には8.6%だったGDP成長率は、2013年度には4.9%にまで低下。国民生活に影響を及ぼすインフレも、消費者物価指数(CPI)上昇率が10%前後と高止まりした状態が続いている。景気の悪化に外資は敏感に反応しており、外国直接投資(FDI)は2011年度の351億2、100万ドルをピークに、その後は減少傾向が続いている。

 

このように与党を取り巻く情勢は厳しく、最大野党BJPにとっては政権を奪回する絶好のチャンスが到来している。インド主要メディアの世論調査でも、時期や規模によってばらつきはあるものの、BJPが第1党に躍進するとの点では一致している(表参照)。逆に、会議派は100議席を割り込み、同党史上最悪の結果になるとの予想も少なくない。事前の予想を大きく覆した2004年総選挙のようなケースもあり断定はできないが、BJPの議席大幅増と会議派の退潮、その結果としての政権交代が現実味を帯びつつある。

 

 

 

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