欧州統合は「国民国家」から「国際帝国」へ――2014年欧州議会選挙を中心に

欧州議会議員選挙(以下欧州議会選挙)が、2014年5月22日から25日にかけて、全欧州連合(EU)加盟国で行われた。この欧州議会選挙は、地域統合とそれに加盟する国民国家のロジックの相克の中で行われたといってよいであろう。

 

欧州議会選挙は、1979年から5年ごとに行われている。今回の選挙は、昨年クロアチアが加盟したことにより、加盟国は28カ国、5億人を超える人口の行方を決める選挙となった。また今回は、いくつかの制度的な変更が行われている。その中でも大きいものは、議員定数の変更である。議員定数が、それまでの766議席から751議席へと削減されることになった。この議員定数の変更は、2009年12月1日に発効したリスボン条約の規定によるものである。

 

今回の選挙には、2009年に政権交代したギリシャの財政的な問題に端を発し、2010年にユーロ圏を中心とした全欧州の問題へと拡大し深刻化した、いわゆる「ユーロ危機」が大きく影を落としていたといえるであろう。端的に言って、ユーロ危機の際に欧州連合(EU)がとった対策に対する、各国住民の意思を問うという性格を持つものであった。

 

これは薔薇色の未来を約束したかに見えた地域統合に対し、冷水を浴びせることになった「ユーロ危機」を経験して、各国有権者が地域統合をどのように捉えているかを明らかとしている。2014年欧州議会選挙では、どういった民意があらわされたのであろうか。

 

 

地域統合にまつわる民主主義の実現:民意は反映されるのか

 

欧州議会選挙は、加盟各国の有権者の意思を表明する唯一の機会であるといえる。従来、トップダウン的に欧州統合を進める性格を指し、「民主主義の赤字(democratic deficit)」と批判されてきた。つまり、欧州統合にまつわる政策は、必ずしも民意の負託を受けて選抜されているとは言えない欧州委員会とEU理事会(閣僚理事会)によって支配されており、加盟国の国民の民意が十分に反映されないというものである。

 

この「民主主義の赤字」を乗り越えるために、加盟国の有権者の意思を反映する欧州議会の権限の強化が順次行われてきた。欧州委員会の委員長の選出に関して、欧州議会の結果を配慮するように変化してきたことなどがその例である。

 

また、2009年に発効された欧州連合の基本条約を修正するリスボン条約においても、欧州議会の権限の強化が図られ、欧州議会は統合していく欧州の中で大きな位置を占めるようになってきている。例えば、EU理事会と欧州議会が共同で政策決定を行う「共同決定手続き」といわれていた領域を、「通常立法手続き」と名称を変更し、これまでよりも拡大している。さらに欧州議会は、自らが決定形成に関わる領域については、ほぼすべての政策領域の立法に関わるようになったことである。

 

その上、リスボン条約では、三つの基準によってEU内の民主主義の更なる強化が考えられていた。第一に「民主的平等」をもってすべてのEU市民に同等の配慮をあたえ、第二に「代表制民主主義」を拡大することで欧州議会と加盟国議会の影響力を増大し、第三に「参加型民主主義」をもって100万人以上の市民からの直接参加の機会を与えるということを試みている。そうして権限が強化された、欧州議会の議員を選ぶ今回の欧州議会選挙は、これまでの欧州議会選挙よりも重い意味を持っているといってよい。

 

こうして強化されてきた欧州議会に、どういったロジックで代表者を選んでいくかに関しても、各国で実践されてきた民主主義に対する考え方を反映する試みがなされている。つまり欧州全体で統一した選挙制度を採るのではなく、加盟各国の事情を反映し、それぞれ別の選挙制度を採っている。どのような選挙制度を採るかという決定に関しても、それぞれの国家の民主主義に関する考え方が反映されているとみてよい。

 

さて、今回の欧州議会選挙では、何が問われていたのであろうか? それは換言すれば、欧州統合を推し進めるEUの政策を容認するのか、それともより強く国家主権に基づく国民国家への権限の回帰を目指すのかということであったのであろう。つまりは、有権者レベルでいうならば、EUの「欧州市民」アイデンティティか、それとも国家にまつわる「国民」アイデンティティか、そのどちらを強く持つかといった選択ではなかったであろうか。そうした二つのアイデンティティの相克の中で行われた選挙であったことは、選挙結果から明らかといえる。

 

 

欧州大の民意としての選挙結果:EUの「欧州市民」か、加盟国の「国民」か

 

欧州議会選挙は、かつてノルウェーの政治学者であったシュタイン・ロッカンが提示した政治的な対立の軸に沿って、多様な政党・政治グループが議席を競っていた。

 

ロッカンは欧州の政党について、前近代的な文化などの対立に基づくものと、近代以降の経済的な対立に基づくものといった二つの区分で政党を分類することを提起した。彼の問題提起は、階級闘争などの経済的な対立だけではなく、文化的なアイデンティティの対立の重要性を示唆したものと解釈できる。ロッカンの問題提起は、「欧州市民」としてのアイデンティティか、「国民」としてのアイデンティティかについて、有権者に選択を迫った今回の選挙に一つの示唆を与える。

 

欧州議会選挙の結果を伝えるニュース報道のヘッドラインだけを見れば、センセーショナルなタイトルが並んでいる。そのうちのいくつかを挙げるだけでも、今回の選挙の一つの断面が明らかとなってくる。例えばNHKのニュース報道のヘッドラインを見ると、選挙結果を伝える5月26日の第一報では「欧州議会選挙:EU懐疑派が躍進」、続く5月27日には「欧州議会選挙:極右政党が台頭」となっている。

 

ヘッドラインだけを見れば、EUの統合に対して暗雲が立ち込め、あたかも欧州統合が頓挫するような選挙結果となっている印象をさえ与える。しかしながら、報道されている選挙結果を客観的に見れば、民意は必ずしも欧州統合に対して「ノー」であるばかりではないのである。そこには、国家によって、地域によって、選挙に現れた民意が分裂していることが見えている。

 

確かに、今回の選挙の一つの大きな特徴は、EU懐疑派が躍進したことである。選挙結果では、フランスのマリーヌ・ルペン党首の率いる極右政党「国民戦線(FN)」が、フランスの投票では首位に立ち、イギリスにおいても、イギリスのEU脱退を唱える「英国独立党(UKIP)」が首位に立っていた。また、ユーロ危機の震源地であったギリシャにおいては、緊縮財政に反対する急進左派連合が第一位を占める結果となった。

 

これらは全て、加盟国の国政においては野党であり、与党が進めてきた欧州統合政策、特にユーロ危機への対応に対して批判的な政党ばかりである。これらの政党を含めて、欧州統合に懐疑的な勢力が欧州議会の2割ほどを占める結果となったことは、確かに特筆すべきことである。

 

しかし、こうした欧州統合に批判的な事例だけをもって、今回の選挙の全てであると結論づけることは、早計なのではないだろうか。2014年7月1日の最新の統計による選挙結果を検討すれば、これまで欧州統合を進めてきた二大政党グループである中道右派の「欧州人民党」グループは221議席、中道左派の「社会民主進歩同盟」グループは191議席であり、ともに議席は減少するものの、二大会派が過半数を占めている。これまで欧州統合を進めてきた議会の構成には変化が無いものとなったことは注目すべきである。

 

例えばドイツの選挙結果を見てみよう。しばしば、フランスとともに欧州統合の「屋台骨」といわれるドイツは最大の人口を抱え、96議席を定数として持つ、EUの政策決定に大きな影響を与える国であり、ドイツの選挙結果は事前から注目をされていたものであった。ドイツにおいても、昨年、欧州統合に批判的な右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が結成されていたが、選挙結果では党勢を拡大したものの、二大政治グループに属する欧州人民党グループの「キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)」、社会民主進歩同盟グループの「社会民主党(SPD)」には遠く及ばなかった。

 

また、ドイツ、フランスとともに欧州統合の原加盟国であったイタリアにおいても、反ユーロの運動を展開した「五つ星運動(M5S)」は、与党である社会民主進歩同盟グループの「民主党(PD)」に大敗することとなった。【次ページにつづく】

 

 

 

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