2024.09.02

技術哲学と環境倫理学をいっぺんに学ぶための読書ガイド

吉永明弘環境倫理学

技術哲学 (3STEPシリーズ 7)

著者:金光秀和 吉永明弘
出版社:昭和堂

今年の夏もひどく暑い。もはや「気候変動」ではなく「気候崩壊」、「地球温暖化」ではなく「地球沸騰化」とまでいわれている。この状況を打開するために、「気候工学」という技術を用いた解決策に注目が集まっている。政治的な合意によってCO2の削減を図ることに見切りをつけた人たちが、技術の力によって太陽光を反射したり、CO2を回収・貯蔵したりする方向に活路を見出そうとしている。環境倫理学では、こうした気候問題に対して技術的解決を図ろうとする動きに疑問の目を向けてきた。一方、技術的解決を含む、技術の社会的影響力について哲学的な検討を行ってきたのが「技術哲学」という分野である。

「技術哲学」は、環境倫理学と密接にかかわる分野である。技術の問題は、これまでも環境倫理学の著作のなかで取りあげられてきた。代表的なものにハンス・ヨナス『責任という原理』(東信堂)がある。この著作はいわゆる世代間倫理をテーマにした本であり、同時に科学技術に関する哲学的考察を行った本でもある。これ以外にも、加藤尚武、今道友信、シュレーダー=フレチェットといった人々が、技術と環境の両方に関連する哲学・倫理学の本を著している。

そんな中、『技術の倫理への問い』(勁草書房)の著者である金光秀和氏との共編で、『技術哲学(3STEP)』という本を刊行することとなった(http://www.showado-kyoto.jp/book/b649828.html)。執筆陣はこの分野のオールスターといえる顔ぶれとなっている。

第1部では、技術哲学の理論を扱う。ここでは、技術を考察する必要性、技術と科学との関係、技術の政治性、人工物と政治の関係、人工物をデザインすることの意味と課題、技術と歴史、技術を具現化するためのデザイン・設計などがテーマとなる。第2部には、技術哲学が社会的問題とどのように関わるのかについての考察が並ぶ。AI(人工知能)、ロボット(介護、交通、軍事)、テレプレゼンス、スマート農業、宇宙開発といった話題が論じられる。そして第3部で、技術哲学と環境問題について論じられる。環境問題の技術的な解決を図ろうとする「エコモダニズム」の流れを紹介し、そこで注目されている気候工学、都市、遺伝子工学、原子力発電について、技術のあり方という観点から検討される。

3STEPシリーズの特色は、章ごとにケーススタディとアクティブラーニングが付記され、発展的な学習ができるようになっている点だ。このシリーズの他の本と同様、『技術哲学』も大学の教科書として幅広く使われることが期待される。

ちなみに昭和堂は、これまでにも技術と環境について哲学・倫理学の観点から論じた本をいくつか刊行している。以下では4冊の本を紹介する。夏から秋にかけての読書の参考になれば幸いである。

1.今道友信『未来を創る倫理学エコエティカ』2011年、昭和堂

今道が提唱する「エコエティカ」(生圏倫理学)には、「現在の世界は技術によって織りなされた世界」(村田純一)であるという技術哲学の知見が活かされている。今道によれば、現代の主たる環境は「技術連関」としての環境であり、エコエティカはそうした認識のもとで構想されなければならないという。ここで言われているエコエティカは、現代の環境倫理学と呼ぶにふさわしいものだ。また本書は現代に徳倫理学が有効であることを示した本でもある。現代社会の7つの早逝(餓死、事故死、戦死、公害死、テロリズム、自殺、殺人による早逝)は、7つの徳目が機能していないことによる、という論立てには説得力がある。

2.K.S.シュレーダー=フレチェット『環境リスクと合理的意思決定』2007年、松田毅監訳、昭和堂

著者は環境倫理学(特に環境正義論)における著名な研究者だが、むしろ科学技術社会論の分野で多くの論文を発表している。中でも本書で示されるリスク論は、専門家による一義的なリスク評価(素朴実証主義)と、主観的で共通の基準をもたないリスク評価(文化的相対主義)の両方を退け、複数のリスク評価を重みづけして比較すること(科学的手続き主義)を推奨するという、バランスのとれたものとなっている。科学技術社会における環境倫理のあり方を考えるためには、本書で示されているリスク論の知識は不可欠であろう。  

3.斉藤了文・坂下浩司編『はじめての工学倫理(第4版)』2023年、昭和堂

工学倫理(技術者倫理)は、日本技術者教育認定機構(JABEE)の認定を受けている機関(大学の理系学部や高等専門学校など)において重要な科目として開講されており、また法令の改正などに対応しなければならないため、その教科書が版を重ねることになる。工学倫理の教科書は多数あるが、本書は定番の地位を築いている。本書で取り上げられる企業の社会的責任や内部告発は、公害問題を考えれば、環境倫理を考える上でも非常に重要な論点であることがわかるだろう。

4.伊勢田哲治・神崎宣次・呉羽真編『宇宙倫理学』2018年、昭和堂

20世紀の科学技術によって人間活動は宇宙にまで拡大した。それに伴い、環境改変(テラフォーミング)やごみ問題(スペースデブリ)といった環境に関するテーマが宇宙に拡張されている。そこから宇宙開発にともなう環境倫理が問題となる。第3部の3つの章では、ハーディン、レオポルドによる環境倫理学の古典的な議論や、ラウトリー、ロルストン、ノートンといった著名な環境倫理学者の議論が、宇宙の環境倫理を考えるために援用されている。他の章では、科学技術への公的資金投入のあり方といった、技術に関する政治哲学的テーマも扱われている。

プロフィール

吉永明弘環境倫理学

法政大学人間環境学部教授。専門は環境倫理学。著書『都市の環境倫理』(勁草書房、2014年)、『ブックガイド環境倫理』(勁草書房、2017年)。編著として『未来の環境倫理学』(勁草書房、2018年)、『環境倫理学(3STEPシリーズ)』(昭和堂、2020年)。最新の著作は『はじめて学ぶ環境倫理』(ちくまプリマ―新書、2021年)。

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