2025.06.02
『フット・ワーク 靴が教えるグローバリゼーションの真実』タンジー・E・ホスキンズ(北村京子訳)
2019年、世界中で作られた靴の合計は、約242億足だった。当時の世界人口(77.77億人)で計算すると、一人当たり年間約3足を買った計算になる。これは買いすぎだろうか。
最近はインフレで、靴の値段も高くなってきた。しかしこれまで靴は安く、しかもすぐに壊れるものが多かった。多くの人は、靴を修理しない。最近の靴は、そもそも修理できない造りになっている。流行に敏感な人は、まだ履けるのに捨ててしまう。靴の世界は、過剰生産と過剰消費のサイクルにある、というのが現状である。
こうした靴の生産と消費が、労働者にとっても地球環境にとっても、悪い影響を与えていることは明白だ。本書の著者、タンジー・ホスキンスは、『ガーディアン』や『アルジャジーラ』に記事を寄せるジャーナリストである。経済がグローバル化するにつれて、靴の生産が、ますます問題を抱えるようになったことを告発する。
靴にせよ衣類にせよ、私たちは劣悪な労働環境で作られているものを、過剰に消費する必要はない。この問題の解決は、端的に言って、私たち消費者の選択にかかっている。これほど明白なことはないのだが、なぜ私たちは、過剰に消費してしまうのだろうか。
著者はいう。
「熱帯雨林を破壊してまで、スニーカーを作る価値はあるのだろうか。工場が年間242億足もの靴を生産している一方で、富が不平等に分配され、何十万人もの子供たちが裸足で学校へ通うせいで病気になるのは、正しいことなのだろうか。皮をなめす人々の寿命が50歳であるのは仕方のないことなのだろうか。もし、心のなかでこれらの答えが「ノー」であるとわかっているなら、われわれは自分自身にこう問いかけなければならない。その答えが「イエス」であるこのシステムのなかで、自分はいったいなのをしているのだろうかと。」(329-330頁)
気に入らなくなったら、靴をリサイクルに出せばいい、という人もいるかもしれない。しかしリサイクル品を大量にアフリカ諸国に送ると、今度は現地で新品の靴が売れないという問題が生じる。実際、2016年に、ウガンダ、ケニア、タンザニア、ルワンダ、ブルンジ、南スーダンの諸国は、先進諸国からの靴の中古品の輸入を、2019年から禁止することにした。すると米国は圧力をかけてきた。「アフリカ成長機会法」を見直す(つまり、これらのアフリカ諸国からの靴の輸入に関税をかける)と言うのである。
靴をリサイクルすることは、それ自体としては望ましい。しかしリサイクルをすると、アフリカ諸国の人々は、自分たちが作った靴の中古品を買って生活することになる。これは労働者たちのプライドを深く傷つけるのではないか。ところが反対に、アフリカ諸国が米国の中古品の輸入を禁止すると、今度は靴を大量に破棄することになる。地球環境への負担は大きい。では、どうすればいいのだろうか。
フランスは2007年に、「拡大生産者責任制度(ERP)」を導入した。これによって2011-2016年のあいだに、使用済みの繊維・ファッション・靴の回収量が三倍に増え、その90%がリユースされるようになったという(228頁)。このような制度を世界的に広げていくことが一つの解決策になるのではないか。
脱炭素化社会に向けて、そして搾取のない経済社会に向けて、私たち消費者にできることは何だろう。本書は深く考えるための機会を与えてくれる好著である。
プロフィール

橋本努
1967年生まれ。横浜国立大学経済学部卒、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学経済学研究科教授。この間、ニューヨーク大学客員研究員。専攻は経済思想、社会哲学。著作に『自由の論法』(創文社)、『社会科学の人間学』(勁草書房)、『帝国の条件』(弘文堂)、『自由に生きるとはどういうことか』(ちくま新書)、『経済倫理=あなたは、なに主義?』(講談社メチエ)、『自由の社会学』(NTT出版)、『ロスト近代』(弘文堂)、『学問の技法』(ちくま新書)、編著に『現代の経済思想』(勁草書房)、『日本マックス・ウェーバー論争』、『オーストリア学派の経済学』(日本評論社)、共著に『ナショナリズムとグローバリズム』(新曜社)、など。