2025.06.19

『動物のもつ倫理的な重み 最小主義から考える動物倫理』(久保田さゆり)

吉永明弘環境倫理学

動物のもつ倫理的な重み 最小主義から考える動物倫理

著者:久保田さゆり
出版社:勁草書房

本書は動物倫理に関する重厚な研究書です。動物倫理の主張に疑問をもったり反感を抱いたりしている人たちを強く意識して書かれており、そういった人たちにこそ読んでもらいたい本です。

1章と2章ではこれまでの動物倫理の議論が概観されます。シンガーの功利主義、レーガンの義務論に加えて、徳倫理とニーズ論までカバーされています。徳倫理とニーズ論に関しては、動物に向かい合う人間のあり方を重視している点が評価されます。そのうえで3章では、動物の「痛み」だけでなく「死」の悲劇性が問題視され、その理由を、動物が豊かな内面をもっていることに求めています。

著者は、動物に対する配慮が必要だという命題は、倫理理論から帰結するものではなく、多くの人々の直観やある種の常識的な感覚に基づくものと考えています。動物をモノ扱いする側にこそ正当化の挙証責任があるという指摘には、なるほどと思いました。

4章では、動物がもつ内面的な豊かさと、動物のもつ倫理的な重みを理解するうえで参考になるものとして、実際に動物とふれあい倫理的に接しようとしている人々の経験と、動物に対するそのような経験を間接的に体験できる文学作品を挙げています。ここでの文学論は、動物倫理にとどまらず、文学と倫理との関係を考える上で大変興味深い内容になっています。

5章では、文学研究者・動物倫理研究者のザミールの議論が丁寧に紹介されます。人間と動物の対等性を主張せずに、動物への配慮の必要性を説いており、シンガーやレーガンの議論よりも多くの人に受け入れやすいと著者は評価しています。最後にザミールの議論に不足している点を指摘していますが、全体的に著者の考えとザミールの考えは深く共鳴しているといえます。

6章では、野生動物と家畜動物、ペット動物との間の差異が注目されます。ペット動物は人間による配慮がないと生きていけない動物だということを正面から論じており、この本の読みどころの一つになっています。ペット動物の不妊去勢手術などの具体的な問題についての著者の考えも示されています。

7章で著者は、動物の「権利」よりも「福利」に訴えかけるほうがよいと主張します。ただし著者は現在の「アニマルウェルフェア」については極めて不十分なものと考えています。

このように、本書は従来の動物倫理の本とは一味違うアプローチをとっており、動物倫理に好意的で、より深く学びたい人だけでなく、これまでの動物倫理に違和感をもっていた人も、この本から大きな刺激を受けることと思います。

プロフィール

吉永明弘環境倫理学

法政大学人間環境学部教授。専門は環境倫理学。著書『都市の環境倫理』(勁草書房、2014年)、『ブックガイド環境倫理』(勁草書房、2017年)。編著として『未来の環境倫理学』(勁草書房、2018年)、『環境倫理学(3STEPシリーズ)』(昭和堂、2020年)。最新の著作は『はじめて学ぶ環境倫理』(ちくまプリマ―新書、2021年)。

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