2016.09.02

非正規雇用は自己責任か?――格差と闘う青年たちの物語【PR】

『小説・非正規外されたはしご』著者、北沢栄氏に聞く

情報 #非正規#新刊インタビュー#『小説・非正規外されたはしご』

ジャーナリストの北沢栄氏が「非正規雇用」をテーマにした『小説・非正規外されたはしご』を上梓した。過酷な労働環境の中、東大卒の主人公弓田が自らの体験を生かし企業を目指すサクセスストーリーだ。なぜ、小説として本書を出すことになったのか。そして、裁判記録からあぶり出す非正規雇用の実体とは? 著者の北沢氏に話を聞いた。(聞き手・構成/山本菜々子)

●ストーリー

弓田誠、34歳。非正規雇用の彼は、東大卒にもかかわらず、年収わずか220万円。過激残業、パワハラ、雇い止め――。様々な体験を資産とし、現代ニッポンの格差社会と闘うためにあるプロジェクトをスタートする。外食チェーン、自動車工場、特殊法人、学校、メガバンク…。いずれも過酷な非正規雇用の多面的な構造問題を、小説形式でわかりやすく浮き彫りにする。

労働者の4割が非正規の時代に

――北沢さんは、もともとは共同通信の記者をされていて、長年ジャーナリストとして活躍されてきました。『小説・非正規外されたはしご』では、「非正規雇用」をテーマにした小説を書かれています。なぜ非正規雇用をテーマとして扱おうと思ったのでしょうか?

非正規の問題には、以前から注目していました。本を書こうと思ったのは、『21世紀の資本』がきっかけです。ピケティが指摘していますが、資本の収益率が経済成長率を上回ると、資産を持っている者が富むため、格差が拡大してしまいます。

日本は、上位10%の富豪による富の占有率が50%以下となっており、米欧より低い。しかしここ数年、日本では格差がずっと問題になっています。その典型例は、正規と非正規との間にあると言えるでしょう。

ぼくは長年ジャーナリズムの現場にいましたが、労働担当記者にとっては、春闘などでの労働組合を取材するのが基本的には主流でした。しかし、労使対立の裁判記録などを追っていると、非正規の置かれている厳しい状況が見えてきました。

一言に「非正規」と言っても、働いている人の4割が非正規雇用者だと言われている現在、多種多様な人がいます。専門的な技能を持った契約社員や、再雇用の嘱託社員、主婦層のパートタイム労働者、派遣社員など、それぞれの置かれている状況は様々です。ですので非正規の問題と言われてもピンと来ない方も多いでしょう。

もちろん、正規でないからこそ、自分の都合のよい時間に働いたり、副業に力をいれられたりなど利点はあるかもしれません。しかし、私が問題視しているのは、「正社員になりたくてもなれない」不本意な非正規の人々です。

平成 26 年に行われた「就業形態の多様化に関する総合実態調査」では、派遣労働者の37.7%が「正社員として働ける会社がなかったから」いまの雇用環境を選んだと回答しています。さらに、仕事内容に正規と非正規との差がないにも関わらず、現在の正規と非正規の間には1:0.6という賃金格差があると言われています。

その現状を受け、「同一労働・同一賃金」が話題になっていますが、欧米のように職務ではなく年功序列型に賃金を割り振っていくタイプの日本では、どうやって「同一労働」を明確にするのかは難しく、導入にはハードルが高いでしょう。

さらに、非正規を取り巻く問題は、景気の悪化による企業のコスト削減だけでは説明できない。というのも、現在の採用システムは、新卒一括採用が主流であるため、その時期に病気になるなどチャンスを逃すと、かなり厳しい状況に追い込まれます。1年留年できればいいのですが、家庭ごとの事情もありますから、本書の弓田のように日常を維持するために非正規の仕事にまずは就かざるを得ない場合もあるでしょう。

新卒一括採用の慣行から、日本の場合は非正規でキャリアをはじめてしまうと、正規社員として雇用されることは難しい。まさに一度就職に失敗すると、「外された梯子」が待ち受けるわけです。

k-1

東大卒でも非正規雇用が待ち受ける

――主人公の弓田は東京大学出身ですが、どのような意図があるのでしょうか。

ぼくは1942年生まれなのですが、そのときの「非正規」はむしろ自由で珍しい生き方と捉えられていました。ぼくも若いときにはヒッピーみたいな放浪をしましたね(笑)。それでも、大学を卒業していたから、最終的にはマスコミに正規社員として入社できたのです。そのような世代からみると、非正規は「自己責任」とか「能力不足」ではないかと見る向きが少なくありません。

ですが、いまの若者たちは選択の結果でもなく、東京大学にいける能力があっても、非正規の職についてしまうことがあり得ます。就職氷河期の時期に就職活動がかぶってしまったらなおさらです。

弓田には実際のモデルがいました。東京大学を出て、非正規になってしまった男性です。いざ30歳になって、好きな女性ができて結婚しようとしても、年収が200万なので生活できないと行き詰まってしまった。一度レールを外れてしまうと、高学歴でも非正規になる可能性があることを強調したかったのです。

――主人公である弓田誠の職歴を追いながら、非正規の現場を体験できる構成になっていますよね。冒頭の外食産業のシーンがショッキングでした。

訴訟事件の実際の裁判記録にも当たって書きました。弓田の同僚の田中が、居酒屋の中でも非常に大変なコンロ場で、1日12時間以上、12連勤をしているところからはじまります。しかも、休みを取るために、店長とかけ合いますが、その条件は「バイトがもし休んだら代わりに出ろ」「休みの日は感想レポートを書け」というものです。

レポートの提出期限が遅れると、給与に反映されます。過労で倒れそうになりながら、なんとか出したレポートも、店長に「誤字脱字がある」「声に出して読んでみろ」と言われてしまいます。仕事中に思わずつぶやいた「疲れた、つらい」という言葉に、「口に出さずに胸にしまっておけ」と叱責される。

そんな中、田中は弓田に愚痴をこぼします。しかし、弓田は、「それは理屈が通っている。仕事中に『疲れた、辛い』とブツブツ言えば、聞く方は『うるさい、黙って耐えろ』となる。ぼくが店長でもそういうよ」と声をかけてしまいます。

閉店後、店長は僕を呼び寄せてこう訊いてきた。「そんなに仕事はきついか?」と。「ハァ、きついです。残業が辛いです」と僕が答えると、「こんなのが我慢できんようなら、お前はどこにも勤まらん。どこへ行っても仕事をモノにできん」と。

こういわれて、ガックリきました。それから追い討ちをかけてきました。

「お前、ここに来る前に職を転々としているな。今度辞めたらもうまともなとこには行けない。仕事にありつけても、そいつはロクな仕事じゃない。俺も20代の頃、いろんな職に就いたが、いまやっとこうやって店長に認められ、落ち着いている。俺の立場からすると、お前のような『疲れた、辛い』とこぼすやつは使えない。今度ブツブツ不満を言ったらクビだ。いいな、分かったな。1年365日、崖っぷちに立たされたつもりでやれ」

(本文より、田中の発言を引用)

さらに、弓田は「崖っぷちに立たされたつもりで、弱音を吐かずに頑張ってみよう。人生、頑張ればなんとかなる」と田中に言います。「頑張ればなんとかなる」というのは、多くの人が人生で得た教訓であると思います。だから、気軽に言ってしまうのです。ですが、過労状態の前で「頑張れ」はしばしば、相手をさらに追い詰める言葉になってしまうのです。翌日の早朝、田中は自殺体となってみつかります。

――続きはどうなるかは、本を確認していただくとして……「非正規」への視点で新鮮だと思ったのは、教員や公務員の非正規雇用にも触れていた点です。

一般的に教員は安定した仕事だと思われていますからね。本では埼玉県立校の常勤教員である山岸という男が登場します。非正規雇用であるにも関わらず、正規教師と仕事の内容は変わりません。担任として教壇に立ち、授業をし、生徒を指導します。ただし、職員会議には参加できません。

山岸も一生懸命頑張るのですが、待遇は上がらない。校長から、「常勤の教員に事情があって退職することになったので、あなたの能力を見込んで、4月からプラスで3カ月任期を延長してもらえないだろうか。その後の仕事は私が責任をもって探すから」と頼まれます。喜ぶ山岸ですが、校長は口約束したことをすっかり忘れてしまう。4月だったら次の仕事はみつかるものの、山岸は7月に雇い止めになってしまいます。このように、校長の一存で非正規教員の運命は簡単に決まってしまうのです。

地方自治体の公務員も同様です。3人に1人が非正規労働で、その年収は200万にもならないと言われています。教員と同様に、常勤職員と同じ仕事をこなしているのです。中には、「特別職非常勤職員」という名称で任用し、勝手な法解釈で運用している場合もあります。中津市で33年勤めあげてきた学校司書職員が、退職金が1円も支払われなかったと不当を訴え、2審の福岡高裁で逆転勝訴したケースもあります。

このように、暗い話が続いていきますが、弓田は様々な現場を体験しながら、これを非正規労働者しか得られない「体験資産」と前向きに捉え、成長していくのです。

978-4-7825-3441-0

非正規体験を活かす、ひとつのロールモデルを提示

――本書はサクセスストーリーですよね。最後のメインバンク編からは、衝撃の事実がわかり、それを利用して弓田はのし上がっていきます。因縁が因縁を呼ぶすごい展開です。これは、小説ならではの展開ですよね。弓田は知力・体力・運のすべてにかなり恵まれているように見えるのですが、非正規に限らず、一般的にあまり見当たらないヒーローのような強い人物像ではないかと感じました。

そうですね。勇敢にブレークスルーに挑んだ一種のヒーローだと思います。ぼく自身、一つのロールモデルを示してみたかった。現在、非正規雇用の若者たちの描かれかたは、自己責任と言いたくなるような勝手なタイプだったり、悲惨でかわいそうな面が強調されたり、「年収200万でもいいかなぁ」と自分の状況を受け入れ、それでも幸せに生きるというふうなものが多い。

――社会のメインストリームに挑むような話ではないと。

ですが、発想を逆転して、「非正規だからこそ」その体験を生かせるような仕事がないだろうかと考えました。正規の縦割り体験と違い、非正規の多くの場合、業種を横断的にまたいで様々な仕事を転々とします。

現在の日本では、これをキャリアとしてネガティブなものだと捉えていますが、もしこれを「体験資産」と位置付けると、非正規の違った面が出てくるのではないでしょうか。弓田は、転々としながらも自らネットワークと友人、サポーターをつくっていき、体験資産を生かした起業をします。

もちろん、弓田と同じような行動をするのは難しいかもしれませんが、非正規でも発想を逆転することで希望が現れる。その道筋を本の中では物語というかたちで示しました。「こんなの小説だろ」と読みながら思われるかもしれませんが、「もし自分だったらどうするだろう」「こうやるのではないか」などと考えながら読んでみてほしいですね。

プロフィール

北沢栄ジャーナリスト

1942年12月東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。 共同通信経済部記者、ニューヨーク特派員などを経て、フリーのジャーナリスト。2005年4月から 08年3月まで東北公益文科大学大学院特任教授(公益学)。 公益法人問題、公務員制度、特別会計などに関し、これまで参議 院厚生労働委員会、同決算委員会、同予算委員会、衆議院内 閣委員会で意見を陳述。07年11月から08年3月まで参議院行政監視委員会で客員調査員。 10年12月「厚生労働省独立行政法人・公益法人等整理合理化委 員会」座長として、報告書を取りまとめた。主な著書に『公益法人 隠された官の聖域』(岩波新書)、『官僚社会主義 日本を食い物にする自己増殖システム』(朝日選書)、『静かな暴走 独立行政法人』(日本評論社)、『亡国予算 闇に消えた「特別会計」』(実業之日本社)、連詩『ナショナル・セキュリティ』(思潮社)、近著に中小企業小説『町工場からの宣戦布告』『小説・特定秘密保護法 追われる男』(産学社)。訳書に『リンカーンの三分間 ゲティズバーグ演説の謎』(ゲリー・ウィルズ著、共同通信社)。日本ペンクラブ会員。現代公益学会理事。

この執筆者の記事