「倫理の溶ける瞬間」は誰にでもある。

「介護」の現場を真正面から描いた小説『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕さん。自らの難病体験を綴った『困ってるひと』で2011年にデビューし、このほど2冊目の単行本となる『さらさらさん』を上梓した大野更紗さん。娯楽の体裁をとりながら、日本社会へ大きな問いを投げかける二人の新進作家が、初めて出会って、語った。

 

 

「ロスジェネ」世代の実感

 

大野 葉真中さんは、1976年生まれということで「ナナロク世代」とか「ロスジェネ」とか言われますよね。

 

葉真中 言われますね。

 

大野 『ロスト・ケア』の中にも、「ロスジェネ世代」という言葉が出てきます。

 

葉真中 今の30代半ばぐらいを中心とした世代のことですね。

 

大野 だんだん働き盛りになってきて、会社や組織の中堅になってくるような世代。いわゆる「フリーター」や「ニート」、そういう表現が世の中で一般的に使われ始めた時期に社会に出ていて、「氷河期世代」という言い方もされます。しかし、そのような言い方が出始めた10年前は、みんな20代だったわけで。……10年前というと、葉真中さんは何歳でしたか?

 

葉真中 今37なので、27歳です。

 

大野 27歳のときはそんなに気にならなかったことも、10年経てば、いろんなことが気になってくるんじゃないかなと。

 

葉真中 はいはいはいはい。

 

大野 当時は、その日1日を生きるのに精一杯で、非正規雇用でもいいと考えていたり、あるいは社会制度などが自分とは縁遠いものだったかもしれない。しかし今はなかなか切じつに、介護や医療についても悩むことがある。まずは、自分たちの親をどうしたらいいのかということに悩み始めているのではないでしょうか。そもそも葉真中さんが『ロスト・ケア』を書かれたのは、何かきっかけがあったんですか?

 

葉真中 まずは、不遜な言い方ですけれども、小説家になろうと。これまでもライター業みたいなことをやっていたんですが、ちゃんと文筆一本で食っていけるような作品を書こう、新人賞に出して勝負しようと思ったんです。そのときに、娯楽性の高いミステリー小説にしようというのは決めていたんですね。で、モチーフを選ぶときに、自分でも一番深刻に考えていることで、世の中の人にもっとも突き刺さるテーマを選ぼうと。

 

 

介護体験と「コムスン事件」

 

葉真中 さっき大野さんが言っていた、20代後半ぐらいまではまだ実感がなかったことが、だんだん当事者性を帯びてくるというのはまさにその通りで。私ちょうどその頃に結婚しているんです。結婚と同時に実家に戻って、祖父を介護して看取るところまでやりました。 これはもういろんなところで言われていることですが、介護とかってある日突然当事者になる。これだけ「高齢化、高齢化」と言われていて、それ自体は知っているわけですよ。

 

大野 日々のニュースに頻出する出来事として、頭ではわかっている。

 

葉真中 はい。でも実際、家族が要介護状態になったときにどうしたらいいか、たとえば介護保険制度の使い方なんかがぜんぜんわからない。自分が家族の中で一番若くて細かい字も読めるとか、そういう理由でいろいろな資料を集めたりして、やっと、随分おかしな制度だな、使いづらい、めんどくさいと思うわけですね。そうやって、身内の介護を通していろいろ感じた違和感というのが、何か書こうと思ったときに、モチーフ選択のとっかかりになったかなというのはありますね。

 

大野 なるほど。葉真中さんご自身はそのとき、どんなところでおかしな制度だなとか、使いづらいなと感じたか、今ぱっと思い浮かびますか?

 

葉真中 ぼんやりした記憶なんですが、祖父が要介護認定を受けるときに、たしか市役所の人が来ていろいろ質問をされたんですけれども、事前に「なるべく答えられないようにしたほうがいい」みたいなアドバイスをくれた方がいたんです。それが「要介護度」を上げるための知恵だというんですね。

 

同じようなことが『さらさらさん』の中で熊谷晋一郎さんとの対談で触れられていたと思うんですけれども、同じ人でも調子が良ければできるし、ダメなときはできないという、ものすごい振れ幅があるわけですよね。それを、「要介護」という数字に落とし込んでいくこと自体に違和感を覚えました。

 

そうやって「程度」で切っていかないと制度が回らないというのもわかるんですが、とにかく当事者として強い違和感があった。そのときの調子の良し悪しだったり、さらに言えばちょっと気をきかせてお芝居をするかどうかみたいなことで、その人の「要介護度」が違ってくる。すると、受けられる介護の時間が全然違ったりする。それが、その人の生活の質や、下手をすると寿命まで左右してしまう。「こういうものなのか」というのが、まず実感したことです。

 

大野 なるほどなるほど。

 

葉真中 その話でいくと、当時、立て続けに祖父の兄弟が次々と要介護状態になっていったんです。私は一回経験しているので、どうしたらいい? と聞かれるわけです。それで、いろいろ調べて、親戚の一人にコムスンのサービスを使ったら? というようなお手伝いをしたんですけれども、ちょうどそのときに「コムスン事件」が発生したんですよ。

 

(*「コムスン事件」とは……

2006~2007年にかけて、訪問介護最大手のコムスンによる介護報酬の不正請求や違法な指定申請が発覚し、厚生労働省の処分を受け、最終的に分割譲渡された事件)

 

 

 

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