出場条件はホームレス!――もうひとつのワールドカップ

「ブランドイメージが悪くなる」

 

―― パリのワールドカップに行くために、パスポートを取った話が印象的でした。

 

公的な書類どころか住民票もないので、パスポートを取るのに苦労しました。驚いたのが戸籍のない選手です。法律上死亡したことになっているんですよね。ある選手の場合は、家族との関係が絶縁状態になっており、親族から出された失踪届けが7年経ってしまっていたので「死亡」になっていました。社会的にも法的にも、存在を消されている人がいるなんて、非常にショックを受けました。

 

さらに、パスポート取得の段階でも、「ホームレスなのにワールドカップ?」と渡航目的を理解してもらえず、翌日スタッフも一緒に、懸命に説明し、やっとわかってもらったということもありました。自立に向かって頑張ろうとしている人や自身の知らないことに理解を示さない日本社会の壁のようなものを感じました。

 

 

―― 協賛する企業を探すのも大変だったようですね。

 

はい、とても大変でした。ホームレス・ワールドカップに出場した多くの国では、通常のスポーツの代表のように民間企業がスポンサーになったりサッカー協会やクラブチームが応援しています。

 

しかし、日本の組織にはとにかく断られました。私たちの営業力が原因なのかもしれませんが、日本企業では「個人としては興味があるが会社としてはブランドイメージがあるので応援できません」といった話や、「サッカーをする前に他にやることがあるのでは?」と言ったことを何度も言われました。すごく悲しいですよね。社会の重要な問題だという意識が日本社会全体として共有できていないんです。

 

どうしようもない状況の中で、私たちを救ってくれたのは外資系企業でした。ホームレスの問題や貧困問題は、社会の重要な問題だから企業も積極的に応援しようという風土、マインドがありますね。

 

 

―― 日本のCSRやCSVって環境や教育関係が多いイメージです。

 

それも重要です。ただ、もっと他の社会課題にも目を向けても良いと思います。名著『失敗の本質』にもありますが、日本は依然としてある特定のモノやコト、状態に過剰適応しますよね……。

 

2011年のワールドカップの後にホームレス日韓戦をソウル市でやったのですが、韓国のソウル市や企業もサッカー協会も協力してくれましたし、プロのカメラマンや映画監督も来てビデオをとってくれた。韓国に大きな差をつけられたと感じました。今はまだ、日本では同じような環境にありません。日韓戦を日本で開催するのにはまだまだ時間がかかりそうです。

 

活動をしていると、日本は本当にホームレスの人に厳しい社会だなと感じます。この前も、「スカイツリーの周辺で生活をしていたのに、追い出されてしまった」という話を聞きました。

 

目にするニュースでは、世界一のタワーが出来て良かったね、という話ばかりですよね。でも、その背後ですごく苦しんでいる人達がいるわけです。彼らはまた次の場所に行かなければいけませんが、ホームレス状態の人たちにはそこで仕事を譲り合ったり必要な情報を交換していたりする。出て行った先に福祉の制度がきちんと用意されていないのならそれはただの社会的な「排除」でしかありません。

 

いま、2020年のオリンピック・パラリンピックで日本は盛り上がっています。いまを生きる日本人として、私もとても嬉しく思っています。しかし、その一方でホームレスの人たちが追い出される事例が、すでにいたるところで起こっています。ぜひ、そこにも注意を向けてほしいです。海外の人たちを「おもてなし」ておいて、日本人の一部を「排除」するやり方は共感できません。ブラジルのW杯でも光の部分と影の部分がありましたね。

 

 

現場のリアルをみて欲しい

 

―― 面白いのが、野武士からの卒業がホームレスの卒業と重なるところです。みんな「よかったね」と送り出していますね。

 

普通の日本代表だったら、代表選考から漏れて悲しいかもしれませんが、そういうものでもありません。チームの目的や価値観が勝負だけではない。チームにいて、自立に向かうことができたら、成功です。

 

この本は「蛭間という鬼コーチがいて、人生を諦めてしまったホームレスたちを鍛えまくって、続々と選手たちが就職に向けて歩んでいきました」という単純なハッピーストーリーではありません。昔のスポコンをイメージされる方が多いのですが、それは勘違いです。

 

 

―― そうですね。たしかに、そんな本ではないですね。もっとドラマチックに書けるはずなのですが、あえて淡々と書いている印象を受けました。

 

ただただ自立に向けて、選手が何度も壁にぶつかりながら愚直に歩んでいて、私たちコーチやスタッフといったいろんな仲間がいる。それだけで価値があると思うんです。いきなり自立できたり、スーパーマンになれるわけじゃないし、鬼コーチが全部面倒見てくれるわけでもありません。これは現実の話、人生の物語ですから。

 

 

―― ストーリーとしては、「鬼コーチが鍛えて、みんな就職!」みたいな方がキャッチーですよね。

 

もちろん、我々もこの活動をみなさんに知っていただくために、そういったスポコンの面を強調したりもします。それはある意味で事実でもありますし、広報戦略上のコンテンツとして面白いですから。ですが、それを一部のマスコミは面白おかしく誇張し感動物語に仕立て上げようとします。その影響を直接受けるのはホームレスの人たちです。この現場のリアル感を広く知っていただくことは、なかなか難しいですよね。

 

ですので、この本を読んで興味を持った方は、ぜひ練習に来てください。よくも悪くもメディアに載る情報には執筆者のバイアスがかかっていますから、リアルをみてほしいと思います。選手、スタッフ、そして私自身についてもメディア上の虚像ではなく、リアルな実像があり多様なキャラクターがあります。野武士ジャパンというチームが、なにをやろうとしているのか、このチームの強さは現場で見ないと分からないと思います。

 

 

野武士チームVS練習参加者、ゲーム形式での練習中

野武士チームVS練習参加者、ゲーム形式での練習中

 

 

―― 練習に参加しましたがすごく楽しかったです。取材そっちのけで夢中になってボールを追いかけてしまいました(笑)。一緒にプレーすることで隣の人とも自然に喋るようになりますよね。

 

そうなんです。最初は、見知らぬ人たちが集まるので固いんですが、一緒に体を動かしていくことで不思議と仲良くなっていきます。汗をかいたり、大笑いしたりする機会って社会人になるとほとんどないですよね。自分で言うのもなんですが、すごく楽しいんですよね(笑)。このチームに五感で触れることで、どういうチームなのかを分かっていただけると思います。初めて来られる方にも満足していただける工夫もしています。ぜひ、多くの人に、選手のあきらめきれないゴールを目指した頑張りを見に来て欲しいですね。

 

○野武士ジャパンHP: http://www.nobushijapan.org/

○練習ブログ:http://ameblo.jp/one-goal-one-step/

 

 

 

 

蛭間芳樹(ひるま・よしき)

日本政策投資銀行

株式会社日本政策投資銀行 環境・CSR部 BCM格付主幹。1983年、埼玉県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業(修士)、同年(株)日本政策投資銀行入行。企業金融第3部を経て2011年6月より現職。専門は社会基盤学と金融。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダー2015選出、フィリピン国「災害レジリエンス強化にむけた国家戦略策定(電力セクター)」アドバイザー、内閣府「事業継続ガイドライン第3版」委員、国交省「広域バックアップ専門部会」委員、経産省「サプライチェーンリスクを踏まえた危機対応」委員、一般社団法人日本再建イニシアティブ「日本再建にむけた危機管理」コアメンバーなど、内外の政府関係、民間、大学の公職多数。日本元気塾第一期卒業生「個の確立とイノベーション」。また、2009年よりホームレスが選手の世界大会「ホームレスワールドカップ」の日本代表チーム「野武士ジャパン」のコーチ・監督をボランティアで務め、2015年からはホームレス状態の当事者・生活困窮者・障がい者・うつ病・性的マイノリティ(LGBT)などが参加する「ダイバーシティ・フットサル」の実行員も務める。NHK-Eテレ2016年元日特番『ニッポンのジレンマ ―競争と共生―』に出演。著書は『責任ある金融』(きんざいバリュー叢書/共著)、『日本最悪のシナリオ 9つの死角』(新潮社/共著)、『気候変動リスクとどう向き合うか(きんざい/共著)』、『ホームレスワールドカップ日本代表のあきらめない力(PHP研究所)』などがある。

 

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